「カスピ海横断」を最初に考えたのは、インドのデリーにあるイラン大使館を訪れた時のことだ。今でもしっかりと覚えている。

   厳重に警備されている扉をくぐると、足元に絨毯が敷かれている。今までに絨毯の敷いてある大使館などなかったのでそれだけでだいぶ驚きだったが、さらに各テーブルにはティシュペーパーが置いてあり、部屋のコーナーには冷水気、温水器があり、紅茶がいつでも好きなだけ飲めるようになっていた。こんなサービスは日本大使館でもない。

 そして壁に大きくイランの地図が張ってあった。イランの形をこんなに細かく見たのはこれがこれが初めてだ。それまでに私が持っているイランのイメージというのは砂漠と石油の国、そしてあの何年も前に上野の公園でイラン人が偽造テレホンカードを売っているというとことぐらいだ。

 この壁に貼ってあった大きな地図はイランの各都市が書かれていてイランの北部にかかる大きな湖もこの地図に大きく食い込んで書かれていた。「カスピ海か・・・」。中学の地理で覚えた「世界最大の湖」。イランの北部にカスピ海はあった。北部はアゼルバイジャンや、トルクメニスタンに接しているが、カスピ海南部は左岸から右岸にかけてイランの領土内に入っている。これを見つめていると、「もしかして同一国内でカスピ海を横断できるのでは?」という考えが浮かんだ。

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