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「0円」「持ち物着ている服だけ」スタートのリアルタイム旅行記
ようこそ、はじめまして!
このページは製作者そして旅行者であるけいが無銭(自己定義)で旅行をし、その経過や様子を綴っているページです。
国際化が叫ばれる近年、海外旅行が目新しいものではなくなってきました。パッケージ旅行、個人旅行などから始まり、人の数だけ旅行のスタイルがあると言ってもよいでしょう。
数ある旅行スタイルの中でも無銭旅行が他の旅行スタイルと決定的に違うのは旅費の部分です。通常旅行は蓄えを消費しながら行われるのですが、無銭旅行は蓄えを消費するのではなく、資金が無い中でいかに進んで行けるかというところにあります。
例えば500km先の街に進むのに、旅費があれば、電車やバスに乗ったり飛行機という手段があるでしょう。反対に旅費がなければ、その距離は自力、またはヒッチハイクで進まなければなりません。その過程は旅費使ったものより、時間がかかり一筋縄ではいかなくなります。しかし、そうした行程を辿ることにより予期しなかった出会いや経験をするかもしれません。
これは無銭旅行の困難な部分でもあり、同時に醍醐味でもあります。この様な金銭のやり取りのない、一風変った過程を経験することで人の本質をかいま見たり、新たな観点を発見できる可能性があるのではないでしょうか。
2002年に日本を出国して以来、無帰国、中断なしで続行中、2017年で丸15年経過。 世界一周でさえ早い人で数ヶ月、遅い人で数年ですが、私はまだまだ時間がかかりそうです。
2011年から2017年の近年は路上で行う芸の面白さを知り、移動よりも路上で芸を行うことに力を入れています。
英語ですがNationalGeographicや英紙発行部数一位を誇るTelegraphに掲載されたことがあります。
現代の日本では生き方の多様化が見られる様になりました。この無銭旅行も「旅行」とは冠してしますが、一つの人生の歩み方「生き方」の側面も提示していけたらなと思います。
このページは製作者そして旅行者であるけいが無銭(自己定義)で旅行をし、その経過や様子を綴っているページです。
国際化が叫ばれる近年、海外旅行が目新しいものではなくなってきました。パッケージ旅行、個人旅行などから始まり、人の数だけ旅行のスタイルがあると言ってもよいでしょう。
数ある旅行スタイルの中でも無銭旅行が他の旅行スタイルと決定的に違うのは旅費の部分です。通常旅行は蓄えを消費しながら行われるのですが、無銭旅行は蓄えを消費するのではなく、資金が無い中でいかに進んで行けるかというところにあります。
例えば500km先の街に進むのに、旅費があれば、電車やバスに乗ったり飛行機という手段があるでしょう。反対に旅費がなければ、その距離は自力、またはヒッチハイクで進まなければなりません。その過程は旅費使ったものより、時間がかかり一筋縄ではいかなくなります。しかし、そうした行程を辿ることにより予期しなかった出会いや経験をするかもしれません。
これは無銭旅行の困難な部分でもあり、同時に醍醐味でもあります。この様な金銭のやり取りのない、一風変った過程を経験することで人の本質をかいま見たり、新たな観点を発見できる可能性があるのではないでしょうか。
2002年に日本を出国して以来、無帰国、中断なしで続行中、2017年で丸15年経過。 世界一周でさえ早い人で数ヶ月、遅い人で数年ですが、私はまだまだ時間がかかりそうです。
2011年から2017年の近年は路上で行う芸の面白さを知り、移動よりも路上で芸を行うことに力を入れています。
英語ですがNationalGeographicや英紙発行部数一位を誇るTelegraphに掲載されたことがあります。
Ever dream about packing up and leaving it all behind? Now what if you only had $2 in your pocket? Ten years ago that’s...
National Geographicさんの投稿 2011年9月13日
現代の日本では生き方の多様化が見られる様になりました。この無銭旅行も「旅行」とは冠してしますが、一つの人生の歩み方「生き方」の側面も提示していけたらなと思います。

イタリアでの手品の様子(2011年撮影)
「なぜ無銭旅行なのですか?」とよく聞かれます。幾つか理由がありますが、お金も大事かもしれないが、それ以上に大事なものがある「意志のあるところに道がある」ということをこの旅行を通じて伝えていけたらよいなと思います。
現在までの大まかな流れ
| 2001年4月〜5月 | 東京の新宿でホームレス生活を営む。 |
| 2001年6月〜9月 | 一直線に韓国を目指すつもりだったが、寄り道でヒッチハイクで47都道府県を回る。 |
| 2001年9月 | 沖縄から北海道、47都道府県、ついでに本土最東西南北端をヒッチハイクのみでまわりきり、海外に向けて移動。 |
| 2001年10月〜11月 | 北海道羽幌町の友人宅に滞在させてもらう。 |
| 2001年12月 | 北海道羽幌町を留萌まで雪の中を50kmほど歩く。再び海外に向けて日本を南下。 |
| 2002年3月 | 山口県下関市から友人の友人にいただいたフェリーチケットで韓国へ。 |
| 2002年4月〜5月 | 中国、いただいたお金でママチャリを買い、青島から広州へ。 |
| 2002年5月〜12月 | 東南アジアの国々をママチャリ&ヒッチハイクで通過し、シンガポールへ。 |
| 2002年12月〜3月 | シンガポールで調子よく貨物船に乗せてもらいインドへと考え、港で5週間粘るが乗せてもらえず・・・・・来た道をタイのバンコクまで引き返す。 |
| 2003年3月〜4月 | ラオス、そして中国に再入国し、チベットを目指す。 |
| 2003年4月〜6月 | チベットに中国雲南省より突入、ヒマラヤ山脈をママチャリで越え、無事にネパールに。 |
| 2003年6月〜10月 | 友人の友人であるアツコさん&プラカスさんの家に滞在させてもらう。 |
| 2003年11月 | そしてネパールよりインドへ! |
| 2004年1月 | インドビザ再取得のためバングラディシュヘ。 |
| 2004年2月〜4月 | インドの最南端の岬に向けてインド内を移動。4月30日にインドの最南端岬である、コモリン岬(カニャクマリ)に到着。次の企画として「海抜0mから、0円、0燃料で世界最高峰のエベレストを目指す」ことにする。 |
| 2004年5月〜7月 | エベレストの国ネパールを目指しインドを縦断。 |
| 2004年8月〜 2005年2月 |
世界最高峰エベレストを有するネパールにてエベレスト登山の情報集め、資金集め、登山練習を行う。 |
| 2005年3月〜6月 | エベレストの登山開始、自転車でいけるところまで行き、そこからベースキャンプまでは歩く。そして5月31日エベレスト登頂、日本人として123番目の登頂者となる。海抜0mから人力のみでエベレスト登頂は日本人としては初。 |
| 2005年7月〜9月 | ネパールの首都カトマンドゥのアツコさん&プラカスさん宅に再びお世話になる、その間に「海を越えた家族愛」という番組で母が突然に会いに来る。その後父も会いにネパールへ。 |
| 2005年10月〜12月 | 今度は最高峰から海抜0mまでという全く逆のことをしようと、インドの「ベナレスからガンジス河を手漕ぎボートで海まで」行く。 |
| 2006年1月〜6月 | 西回りにて日本を目指しインド・カルカッタを出発。再び所持金を0円に。路上で手品をしながら、インドからパキスタン、イランへと進む。 |
| 2006年6月〜9月 | イランにある世界最大の湖「カスピ海」が横断したくなり、手漕ぎボートで横断を試みる。 |
| 2006年9月〜12月 | イランからアゼルバイジャン、グルジアを通過してトルコへ。 |
| 2007年1月〜7月 | トルコからヨーロッパへ。旧ユーゴスラビア、バルカン半島の国々をめぐる。 |
| 2007年7月〜10月 | ハンガリーの首都ブダペストの日本人宿アンダンテにてお手伝い滞在させてもらう。 |
| 2007年11月〜12月 | スロバキア、オーストリア、チェコ、ドイツへ、いよいよ西欧へ。 |
| 2008年1月〜4月 | ドイツの冬があまりに寒かったため再びハンガリーの「アンダンテ」でお手伝い滞在させていただき春を待つ。 |
| 2008年5月〜12月 | 再びドイツに戻りママチャリにてオランダ、ベルギー、イギリス、フランスを経てスペインへ。 |
| 2009年1月〜3月 | スペインからポルトガルに向けて移動、ユーラシア大陸最西端ロカ岬着。 |
| 2009年3月〜11月 | ロカ岬から折り返し、スペイン、フランス、スイスへ。 |
| 2010年1月〜2月 | イタリア地中海沿いを南下中。ニースに立ち寄る。 |
| 2010年3月〜5月 | フランス、コルシカ島、イタリアサルディーニャ島、シチリアを経てマルタ共和国へ。 |
| 2010年5月〜7月 | マルタ共和国に滞在。 |
| 2010年8月〜11月 | イタリア、シチリア島からイタリアを北上、ナポリ、ローマ。 |
| 2010年12月〜2月 | ローマに滞在。 |
| 2011年3月〜5月 | ローマからさらにイタリアを北上。 |
| 2011年5月〜12月 | サンマリノ共和国を経て、更にイタリアを北上中、フィレンツェ、ベネチア。 |
| 2012年1月〜12月 | ベネチアで年越しアドリア海沿いを東に向かう。スロベニアを通過しクロアチアのイストラ半島を南下。 | 2013年1月〜5月 | イストラ半島の東の付け根のリエカで年越し。アドリア海沿いを南下。 |
| 2013年6月〜12月 | 再びイタリア、アルバニア、モンテネグロを周遊。 |
| 2014年1月〜4月 | イタリア・ローマで越冬。 |
| 2014年5月〜10月 | イタリアはナポリ、フィレンツェからスイスはジュネーブ周遊。 |
| 2014年10月〜11月 | イタリア南部の島シチリアからアフリカ北部のチュニジアに渡るが、暑さのために早々に走行を断念、イタリアに引き返す。 |
| 2014年11月〜2015年6月 | ローマで三度目になる越冬中。 |
| 2015年6月〜10月 | イタリア自転車一周を完了、イタリア南部にバカンス!でなくバカンスに集まった人に芸をするために南部に移動。 |
| 2015年10月〜12月 | イタリア南部で出会った大道芸人達に北部がよいという話を聞いて再びイタリア北部に電車移動。 |
| 2015年12月15日〜19日 | 第4回ドバイトラベラーズフェスティバルに招待されてドバイへ。 |
| 2015年12月〜2016年2月 | 再びイタリアはミラノに戻り、寒さに凍えながら路上に立つ日々を送る。 | 2016年3月〜4月 | ミラノの寒さに耐え切れず電車でローマに南下。3月30日放送のイタリアのオーディション番組Italia's got talentに出演。出演動画の再生回数が公開一週間で100万回、三週間で200万回を超える。 |
| 2016年5月〜6月 | 3月に出演したオーディション番組オーディション通過者99人の中からせみファイナルに進める24人に選出、再びテレビ出演。動画。 |
| 2016年6月〜11月 | イタリアの南部に行きたくなり再び南下ブーツの形のイタリアかかと部分にある街レッチェに滞在 |
| 2016年12月〜2017年2月 | 冬のレッチェは道行く人が少なくなったので南部の都市ナポリに移動、滞在。 |
| 2017年2月 | ルーマニアのコメディ番組iUmorから出演オファーがあり出演→動画はこちらから |
| 2017年3月〜現在 | ベネチアカーニバル後バルカン半島周遊、アルバニア、モンテネグロ、セルビア、ルーマニアへ。最新の日記はこちらから |
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