40度を超える炎天下のインドを汗まみれになりながらママチャリをこいだ、自分のことを何度も「馬鹿だ」と思った、「一体何をやっているんだ俺は?」と何度も自分に聞いた。ゲロ吐き、熱が出て、おまけに下痢だ、そんな時軒下に横になりながら、自分に問う、「なにをやっているんだ」。答えは返ってこない、「ただ、そこに行けるのか、行けないのか?」。エベレストで消息を絶った、マロリーが言っていた「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるからだ」という言葉。そんなのをまねするつもりはねぇけど「できんのか?、できないのか?」できたら愉快だ、そう快だ、何もなくても希望が持てる。

 この話を人にした時の反応は「冗談だろ」とか「本気?」というものだった。でも俺は真剣だった。チベットをママチャリで越えるときも多くの人が「それはできない」「無理だ」と言っていた、でも実際にヒマラヤ山脈を超え、インドまで来れた。「やってみないと分からない」それが俺が思ったことだ。「できない」と思うのはいつも自分の心、心が諦めなければ「できない」という言葉は出て来ない。

 「がむしゃら」な奴に対して人間は優しい、国籍だの、民族だのそんなものは関係ない。今にも壊れそうな自転車で1000km先に進もうとする奴に人間は優しい。もし、俺がただの乞食だったらそうはいかないだろう。生きているだけで精一杯だ。だけど一たび、目的を持ち、進もうとすれば、その時から人の見る目が変わる。前に進もうとしている奴は見ていて気持ちがいい、がむしゃらに進んでいる奴は応援したくなる。

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