新第三回
Some reports from modern R.O.C in Taiwan
Since Oct.1998
現代台湾の社会と文化:since 1998

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第三回目は台湾で流行している日本の文物を通して日本文化を考えます。 以下の文章は、1998年1月に発表した内容に、2005年5月19日に、新たに加筆したものです。

第 三回 台湾から見た日本の文化

 日本にいたときには、自分からははっきり見えなかった日本の文物が、ちょうどこちらに来てから、よく分かるようになりました。それは何かと言えば、とかく批判されがちな、日本の若者世代が支持し生み出した「大衆文化」の産物です。日本のいわゆる知識人・文化人の目から見ると、世界に誇るべき日本文化と言ったとき、ロックなどの若者の音楽、書店にあふれている漫画や若者向け雑誌、若者向けテレビドラマやアニメなど、全く批評するにも値しない存在と見られがちで、「日本にはオリジナルな文化はない」と戦前からも言われてきた自己卑下を平気で語ることになっているのですが、実は、戦後、若者世代が支持し次々に生み出してきたこれらの文物こそ、日本が今、世界に誇ることができる「現代文化」と言えるものなのです。

 どうして、世界に誇ることができるかと言えば、国境を越えて幅広く支持される可能性を持つ、非常に豊かな感性と国際性を備えているからです。
 まず、音楽の分野では、去年、チャゲ&アスカが定期コンサートに来たり、亜室奈美恵がテレビ出演にくるなど、日本の音楽、そして歌手・芸能人は台湾でも非常に人気があります。新聞の芸能欄を見ると、日本の歌手・芸能人の情報もよく報道され、アメリカのスターと同じ扱いを受けているのです。日本のメロディーに影響された曲が出るのはもちろん、日本の若者風俗である「チャパツ」もすぐに流行りだし、キャンパスでも時々見かけるようになりました。
 また、台湾のケーブルテレビの番組を見ればすぐに分かることですが、日本のテレビ番組(NHK・民放を問わず、ドラマ、バラエティー、クイズなどあらゆる分野に及ぶ)を翻訳してそれだけを専門に流している「緯來日本台」や「國興」、東映映画を一日中流している「博新」など、台湾には日本専門局が幾つかあり、古いところではNHKの「おしん」から始まって、「東京ラブストーリー」、最近では「家なき子」、「失楽園」など、日本で流行した番組は、台湾でもすぐに紹介されるのです。もちろん、必ずしも人気が出るものばかりではありませんが、「おしん」は私が知っているだけで、すでに五回以上、いろいろな局で再放送されました。また、「東京ラブストーリー」が放映されていたときは、特に若者の間で非常に大きな反響を呼びました。
 アニメ番組も既に定番化しているものが幾つかあり、現在では「一休さん」、「ちび丸子ちゃん」、「サザエさん」、「クレヨン新ちゃん」などが、いろいろな局で再放送されています。私の教えている日本語学科の学生さんたちに聞くと、子供の頃から日本のアニメを見て日本に興味を持つようになったと言う人が非常に大勢います。人気のあるアニメの中で、特に、宮崎俊の一連の作品はアニメビデオでは定番商品と言えるもので、氏の作品を熱烈に支持している台湾の若者は非常にたくさんいます。ちょうど四年前、始めてこちらへ来たとき、「となりのトトロ」のキャラクターグッズやTシャツが溢れていた光景にはびっくりしました。今、大学では新作が発表されるたびに、すぐに上映会が開かれますし、昨年の「もののけ姫」はすぐに中国語字幕版のビデオが店に並びました。
 さらに、漫画の分野でも、日本の各種雑誌はすぐに翻訳されて紹介されていると言っても言い過ぎではありません。そして、それらの漫画雑誌、単行本は主に貸本屋を通じて若者達に広まっています。学校がある近くには必ず、この貸本屋があって、学生達に日本の漫画の翻訳版を貸し出しているのです。そして、日本の漫画の影響を受け、漫画家を目指す若者が今では台湾オリジナルの漫画を描くようになっています。

 以上、幾つか見てきたように、台湾では日本の大衆文化の産物は国境を越えて広く受け入れられ、台湾の若者文化に非常に大きな影響を与えています。一見すると、現在、台湾の若い世代がしていることは、戦後日本の若者がしばらくの間、アメリカの華やかな文化に憧れてそれを貪欲に学ぼうとしたのと似ているようですが、実際には敗戦後の日本の場合のようにことは単純ではありません。
 一部の日本の方々は「日本の植民地だったから日本文化が受け入れられやすい」と勘違いなさっているかもしれませんが、それは明らかに思い上がりであり、事実誤認です。確かに1945年の日本敗戦まで、日本の植民地支配下に置かれていたため、台湾には植民地時代に強制された日本語を今でも覚えている六十歳以上の世代の方々がいらっしゃいますが、光復(植民地からの解放)後は、公に日本語を使うことはもちろん日本に関係した物事を公共の場に出すことも禁止されていました。ちょうど、今でも韓国や中国大陸がしているように日本の文物を大衆の前に出すことなど夢にも考えられない時代があったのです。また、台湾の歴史教育でも韓国などと同様、日本の植民地支配の過酷さと残酷さをはっきりと小学生から教えているのです。ですから、台湾の戦後世代は、日本のことなど知る由もなかった時代が長かったのですし、日本の悪事だけを教えられて育ったともいえるのです。親しみなど持てるわけがありません。もともと日本に対して親しみを持っているというような考え方は全く根拠がないと言えるでしょう。
 それから、確かに経済面では日本との関係がこの二十年ほど深まってきたといえますが、実は軍事面、政治面、経済面いずれの面でも戦後の台湾はアメリカとの関係の方がずっと深く緊密なのです。大陸との関係上、台湾の政界はアメリカの議会と大統領への工作を何より重要な外交課題と考えていますし、アメリカからもしばしば、議員などが訪れて来て、正式の外交関係はないにも関わらず、アメリカ議会への影響力は日本のそれより大きいかもしれません。外国語で一番人気があるのは何と言っても英語で、アメリカやカナダなどへ留学する学生も多数に上っています。

 ですから、当然日本人の若者がしているように強くて華やかな文化に憧れるというなら、強力なアメリカの若者風俗を台湾の若者も熱心に取り入れそうなものですが、アメリカの文物といっても、今一般に受け入れられているものは音楽、映画が中心で、それ以外には目立ちません。年齢の広がりと受容の広さという点では、先に挙げた例を見ても分かるように日本の若者・大衆文化と風俗の方がはるかに好まれているような気がしてなりません。
 結局、台湾で日本の若者文化の産物がより好まれてきたのは、日本の若者文化が、アメリカ文化に対する東アジアでのクッションの役割を果たしてきたからなのかもしれません。音楽にしろ、漫画にしろ、テレビ番組にしろ、元はアメリカから戦後の日本へ一時にどっと流入してきた文化でした。しかし、これらは短期間の内に日本で一度消化されて、今では全く違う感性を備えた文物に生まれ変わっていると言えます。例えば、アメリカのディズニーのアニメは確かに子供には受け入れられるでしょうが、大人も楽しんで見られる作品はそう多くないでしょう。しかし、宮崎俊の作品ならば、子供も大人も同時に物語の世界に引き込む魅力と完成度を感じられるのではないでしょうか。
 また、蛇足ながら欽ちゃんの「仮装大賞」が今、ケーブルテレビの「民視」局で毎週放映されて、人気を集めています。台湾版も作られて、日本へ代表を送ったということですが、皆さんはご存じでしたか?ばかげた番組などとけなす前に、ODAがと言う前に、実際には、国際交流はこんなところからも始まるのです。この欽ちゃんのような番組も日本でなければ作れなかったでしょう(アメリカのテレビ番組は見たことがないので臆断ですが)。マスメディアの優れた一本の番組は千人の大使、大臣、学者を海外へ送るよりも、大きな友好使節となり得るのです。
 この点から考えてみると、台湾の若い世代は、そのままでは毒にもなりかねないアメリカの大衆文化を昇華した、こんな日本の若者・大衆文化が持っている柔軟な吸収力と感性を認めてくれる貴重なパトロンと言えるかもしれません。

 ただ、残念なことに、文部省・大学などの公的機関はもちろんのこと、一般に日本の文化人・知識人は決定的に東アジアから文化を見る視点が欠けているために、日本の若者が今まで独自に昇華してきた大衆文化をけなしたり、見下したり、無視したりするばかりで、正当に評価する視点を持っていません。アンダーカルチャー、サブカルチャーのような言い方をすれば、問題は特殊な領域のものと見なされるだけですし、また、「欧米文化と日本文化」、「知識人と大衆」、「正統と異端」というような歴史的価値観からの見方に囚われると、実際に今活動しているマスメディアの役割やそこから生まれた文物を認識し評価することはできません。私の場合も、こちらに来るまでは、「現代日本には技術はあるが独自の文化はない」と思っていました。しかし、台湾で受け入れられている日本の文物を見ると、子供の時代から娯楽として親しんできた漫画やアニメが、立派に精神的な交流の架け橋の一つになっていることが非常にはっきり分かりました。それは私にとってはこの上もなくうれしいことでした。この小さく些細な、しかし、庶民的で親しみやすい文物こそ日本文化の精髄なのです。
 中国五千年の歴史の中ではぐくまれた台湾の人々の感性が受け入れた日本の文物への評価は、歴史的には遙かに若い欧米からの評価より、何より確かな物差しに拠っていると思われるのです。自らの文化が持っている能力を正しく見つめ、それを大切にしていくところから、今後の文化の方向も見えてくるのではないでしょうか。

 以上を書いた頃(1998年)、日本の多くのメディアや文化企業(図書、音楽、映画など)は、日本の若者文化の創造性と先進性および國際性に十分気が付いていませんでした。番組や漫画雑誌は、国内のためだけに作られ、海外へそれを売り出して販路を広げる、あるいは、それを日本文化の文化使節として広く作製を援助するなどという発想すらなかった頃です。その後、花園大学で漫画学科が作られたり、漫画やアニメ作者に国が作った賞が贈られたり、あるいは、宮崎駿監督作品が記録的ヒットを出したり、日本映画がベルリン映画祭やカンヌ映畫祭などで賞を受賞したりと、やっと、マイナスイメージが国民の間から消えたというところでしょうか。しかし、積極的に学術的分野で、若者文化の役割を考え、質的な向上を目指し、後継者を育成する取り組みはまだまだです。その中で、最近は漫画雑誌の部数が伸びず、漫画文化の将来に暗い陰が落ちています。新しい作家は出ていますが、かつてのように広く読まれ支持される作者は多くはありません。アニメの分野でも同様で、宮崎監督の世代亡き後、誰が、後継者になれるか、心細いかぎりです。今あるアニメは、いまだにウルトラマンや假面ライダー、ガンダムシリーズなどが余命を保っているように、依然あったものをリバイバルする自己模倣の時代に入っており、若者文化の生産性は、急速に落ちています。
 流行歌にしても、危機の時代と言えます。一面では、現在のLAPやHIPHOPのように、曲作りの基本が失われて、歌詩主体のいわば江戸時代の「小唄」レベルに退行しています。また、60年代から70年代の流行歌が却って今、見直され、再びCDが出ているなど、ある意味では、日本の若者文化はもう最後の光芒の時代を迎えていると言っても言い過ぎではないのかもしれません。
 そして、2005年の現在、日本のメディアや文化企業は今まで生み出してきたものの可能性に向かって変化したでしょうか。残念ながら、その対応は、消極的退嬰的でむしろグローバル化に逆行し、日本の文化的創造力を奪っているように見えます。一例として、台湾では衛生放送を中継したケーブルテレビで唯一見られるNHKの例を取り上げましょう。
 ご存じのように、NHKは、日本を代表するマスコミであり、国民から強制的に徴收した受信料で運営される半国営企業です。従って、完全に広告収入にたよる民間マスコミより、冒険が出来るので、新しい分野に積極的実験的に参与して、民間マスコミを援護する使命があると言えます。国際的事業展開についても同様ですが、台湾の場合は、まったくその役割を果たしていません。台湾で日本の番組を翻訳して放映しているケーブル局は、「緯来」「国興」「JET」などがありますし、その他の台湾のケーブル局でも「さようならクイール」など話題の日本ドラマを流す場合は少なくありません。こうした局で取り上げられる日本の番組は、「東西料理軍(どっちの料理ショー)」「電視冠軍(TVチャンピオン)」など日本の民放が作っているバラエティー番組か、フジテレビなどのドラマです。NHKの番組で今も放送されているのは、「阿信(おしん)」「醤油屋的女將御香(おこう)」などでなければ、「不思議の海のナディア」「未来少年コナン」などいずれも1970年代、80年代の古い作品ばかりです。
 NHKの長期低落傾向は、「紅白歌合戦」や「朝の連続ドラマ小説」「大河ドラマ」の視聴率低下にはっきり現れていますが、そうした企画力の低下の背後には、この1、2年明るみ出た制作費を巡る横領事件など、NHKとその関連企業が、いわば利權集団化し、年功序列による閇鎖的な人間関係の中で、特定の集団のために制作資金が流されたりする、構造的瘉着があるのではないかと思われます。
 また、「シルクロード」制作や「女子十二楽坊」の拔擢など中華人民共和国との黒い噂や”韓流”という世論操作での韓国との利権的関係など、そうした国の意向にそったドラマやニュースを使った世論操作、あるいはそうした国の制作したドラマの放映など、海外情報の摂取や日本からの情報発信と言う面でも、国営メディアとしての能力を発揮しているとは言えません。
 1960年代、70年代のNHKは、日本を紹介する地味な番組「しん日本紀行」や「日本史探訪」「ベトナム戦争特集」など、今のように質の悪い民放のような編成ではなく、バランスのとれた番組編成があり、「少年ドラマシリーズ」「人形劇里美八犬伝・三国志」アニメの「未来少年コナン」や「不思議の海のナディア」など、少年向き娯楽の面で新しい試みをいろいろ行っていました。宮崎駿監督や、「エバンゲリオン」を制作した庵野秀明監督に仕事を提供するなど、その成長を応援したパトロン的役割を果たしていたとも言えます。そうした作品に比べると、今のNHKアニメは、二番煎じあるいは作品としての独立性の低い宣伝映画的な内容(たとえば自然保護)で、まさに無知な国民に環境保護を訴えるのだというような指導者意識をふぃりかざす、偽善ということばがまさにあてはまる低劣な作品が多いようです。文壇政治家と呼ばれる創作力が落ちた作家が、若手をコントロールし、創作の芽を摘んで、結局、文壇から国民の関心を失わせたように、NHKは、その傲慢さのゆえにテレビメディアから国民の関心を失わせようとしているといえるかもしれません。
 地上波では、「プロジェクトX」「ご近所の底力」「サイエンスアイ」「ためしてガッテン」など、いくつか地道な取材で新しい可能性を見つけようとする番組もありますが、大半は、制作費を浪費して関連企業や関係者に資金を環流するために作っているとしかおもえないような二番煎じの愚劣な番組です。今回(2005年)新しく始まった「シルクロード」、「世界遺産紀行」など、歴史の理解が浅いため何のために制作しているのか分からない新鮮さのかけらもない、お粗末な番組が高額な費用で作られているのは、今の日本人の創作力の低下を如実に物語っている気がします。
 日本の番組の最もよい理解者は、台湾の若者たちです。彼らが支持しない番組は、普遍性がなく、質が低いと言っても言い過ぎではないでしょう。
 欽ちゃんの「仮装大賞」をいつも流している台湾のメディアの感覚は、まさに健康な庶民のものです。台湾のメディアから見向きもされない、誤った指導者意識にとりつかれた、国営メディアNHKの退廃性は、やがて日本国民の意識を腐敗させるかもしれません。
 20世紀以後のメディアの力は、一国の指導者と同じぐらい大きいのです。日本が社会的文化的活力を取り戻すには、NHKの解体と再建が不可欠な条件の一つではないか、台湾での日本メディア評価からは、そうした問題が浮かんできます。

第三回続く