新第一回
Some reports from modern R.O.C in Taiwan
Since Oct.1998
現代台湾の社会と文化:since 1998

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 以下の文章を書いたのは、1998年10月のことでした。台湾の社会的「活力」に驚いたことを何とか分析しようとして、日本との比較をしたものです。この分析に加えて、2004年8月、最近の動きを取り入れて、日本と台湾の社会的再生について考えてみることにします。
第一回 管理された統制社会と自由な専制社会
      ─アジアへの視点の転換─


 みなさん。はじめまして。私は現在台湾に居住しておりますが、海外居住者の目から見て今回は、社会の活力を観点に日本と台湾の両国を比較したいと存じます。

 経済政策の失敗に端を発した90年代からの日本経済の衰退は全世界へその影響が波及し、現在、二十世紀社会は未曾有の経済混乱を目の前に立ちすくんでいるという感じがします。日本の経済を立直すための方策もいろいろ立てられていますが、今のところほとんど効果はなく衰退へ向って、急な坂を滑り落ちているというところではないでしょうか。日本がこのようになった理由のひとつは、若者の力を生かし切れなかったことがあると思います。
 アメリカの九十年代での奇跡的復活を見ても分るように、また、戦後日本の高度経済成長を見ても分るように、経済再生の鍵は若い世代の活力を生かすことにあるということは、はっきりしています。
 
 台湾と日本とを比較した場合、台湾の成長率は落ちたとはいえ現在でも3%から6%の間を維持しており、欧米のシンクタンクや信用調査機関からも高い評価を受け、経済的競争力の点では日本よりも高い評価を受けているのです。
 人口比での経済力ではもはやたぶん台湾の方が生産性が上になっていると思われます。具体的に言えば、たとえば、私が台湾で今住んでいる町は人口十万人で、台北市の郊外にあり、都心まで電車で四十分のところです。現在、台北のベッドタウンとして人口が急増しています。これを、同じ人口の日本のベッドタウンたとえば東京の日野市(二年ほど東京で働いていたとき住んでいました)と比べると、市内での経済活動は十倍以上台湾の方が盛んだと思われます。
 こちらも、東京近郊の町と同じく道も狭く、商環境はよくありませんが、それでも毎夜、市が立ち、買物客や見物客で混雑しています。日本の郊外の町では考えられないことです。
 その秘密は、いろいろ考えられますが、こちらではオートバイやスクーターは中学生以上ならば誰でも乗ることができるため、手軽な交通手段があって人が集りやすく、車ほどの交通問題が起らないということや、誰でも自由に夜店や屋台を出しても良いという自由さが理由の一端であることは否定できません。どちらとも実際は法律違反でしょうが、警察も実害がなければ何も言いません。

 それに対して、道路一つを使うにしても規則に縛られ、しかもそれをいつまでも忠実に守り続けなくてはならない日本、そして、国民も管理された社会を望み責任を行政に求める日本の姿を見ると、明らかに日本の方が社会が硬直しており活力が低下し始めたとしか思えません。それを知る鏡として台湾の姿から学ぶことは幾つもあります。

 その第一は、日本は既に下り坂に入ってしまったのに、台湾は安定成長を続けている理由として、台湾が「自由な能力主義」社会であると言う点です。意外と思われるかもしれませんが、ここは基本的にアメリカ式の能力給の社会で、若者は自分の能力を伸さなければ立身はできません。が、逆に言えばどんなに若くても、会社の支配人になれるということです。
 また、生計の道も全く自由で、小さな個人商店でも屋台でも、たとえ本当は法律違反(日本の都市計画法のような法律から見ると)でも自由に出すことができ、実害がなければ何も罰せられることはなく、各自の能力に応じて、競争をしています。若い人は、可能性を求めて転職するのが普通で、例えば公務員を辞めてラーメン屋に転業するとかそんな人がいくらでもいるのです。腕さえ良ければ、一攫千金も夢ではない、それが若者に希望を与えているようです。
 生産技術の点ではすばらしい日本企業が経営や販売で今停滞しているのは、若い人材が活用できないことが大きいのではないでしょうか。人材活用の自由は台湾が遙かに上です。
 ただし、その一方で、アメリカのように競争社会での敗北者が大量に生れて犯罪者になることはありません。古きアメリカのように、今の台湾ではまだ一軒の屋台の店からはじめても、味がよければ大繁盛して、一財産作ることも夢ではないからです。また、日本人がもはや失ってしまった人情を尊重する社会性は民族性の一部として社会の崩壊をくい止める力になっています。
 そして、日本のように「ーをしてはいけない」式の役所、法律の規制も最低限しかありません。あるいは、法律はあっても、実際にトラブルが起るまで、規制はされないということです。
 日本ではもう道に「屋台」を出す自由すらないと思いますし、また、「衛生」「安全」云々という確信のために、味より場所を選ぶことになっているようですが、こちらでは、法律に違反することでも実害がなければ何も規制しないくらいのおおらかさがあります。

 とはいえ、台湾では貧富の差は非常に大きく、学歴による給料の差も数倍以上あるので、全く公平ではありません。それに、大金持であれば、仕事は何であれ大きな自由が許されるというのが基本的な考え方なので、「裏の巨大組織」も財界や政界に自由に参加しています。また、一度権力の座に座ったら、大きな権限が与えられ何でも許されてしまうとも言える状態なので、たとえ「**主任」というようなごく小さな管理職でも、全く前任者と違うやり方を部下に命令し、前例を無くしてしまうこともきるのです。その意味では、大変専制的な社会でもあります。
 しかし、「大財閥に入って出世する」という日本人なら誰でもしそうな考え方を、台湾の親も子も持ってはいません。台湾の人々は「牛後」より「鶏頭」を選ぶ勇気と冒険心を尊ぶ気質があると同時に、「大きな組織に入っても組織は崩れるときは崩れる」という歴史的な知恵を持っているからかもしれません。
 そして何より、生活の糧は道路に出す小さな一軒の屋台からでも努力すれば十分に得られるのです。競争といっても、道は多様で一つではありません。社会的勝者といっても、そこへたどり着く道はいろいろで、何の制限もありません。

 一方、翻って日本を見たとき、今、競争原理を取入れ能力主義に転換せよという声が高まっていますが、しかし、このようなやり方が果して日本でできるでしょうか?というのは、今の日本社会には、ほんの限られた道しか身を立てる可能性がなく、また実質的に「生計の手段は法律、行政、官僚制、政治などによって厳しく管理されている」からです。
 その上、日本人は他民族に比べて社会的脱落者に対する制裁意識が強すぎるため、日本社会で脱落した人には全く希望も可能性もないことになるでしょう。
 具体的に言えば、今でも日本は学歴社会から脱落した若者たちには、はい上がるチャンスがほとんどない統制社会になっているのではありませんか?
 私は日本で高校の教員をしばらくしていたことがありましたが、「最近の若者は」と言っている方々は、いわゆる教育困難校で何が日常起っているか親しくご覧になったことはございますか?それを知らないで、青少年犯罪の異常な増加に対する対策を語っても、むなしい限りです。彼らの犯罪は、自分をどん底に落した社会に対する恨み、憎しみの表現にほかなりません。
 結局、今の段階で「生計の道が非常に限られた自由のない日本式競争社会」を導入することは、より大きい絶望と憎悪しか生み出さないことになるのではありませんか?今以上に、競争の敗北者を生み出して、果して高齢化を迎えた社会が成立っていくのでしょうか?
 結局、能力主義の競争社会とは、発展の可能性が大きいと同時に、大量の社会的敗北者が生れる社会だということです。ただでさえ数が少ない日本の子供たちをこれ以上傷つけていいのでしょうか?
 若者を生かすという点で、日本社会は現在全く失敗し、青少年に対して、全く同じ大きさの「ユニフォーム」を着せるために、手が長ければ手を切り、足が短ければ足を引き延すようなことをしているだけのように見えます。

 もっとも、日本でも能力主義の徹底をはかる道がないわけではありません。台湾のように競争するコースが非常にたくさんあり、また、競争への参加の仕方も、いろいろある規制の少ない社会なら、競争の敗者はいくらでもやり直すことができます。その点で、台湾では比較的自由な競争が守られ、安定して発展を続けていますが、その秘密は日本人から見ればいい加減に見える放任主義・無責任主義から生れる自由さと多様さです。
 台湾社会の生き方に見習えば、活力を生み出す競争原理を日本に導入する前提として、まず、「生計の手段が法律、行政、官僚制、政治などによって厳しく管理されている」状態を改め、統制経済的要素、経済競争を行政が統制する要素を排除することが必要です。と同時に、判断し行動する責任は行政などに責任転嫁せず、個人が負うという意識を確かに持つことです。
 また、統制的、専制的な旧弊に陥らないために、必要な情報は全て開示するということも是非必要でしょう。
 とにかく、まず、基本的には誰がどんな生計を営んでも政治と行政の制約を受けない社会に体質を改善しなければならないのが、今の日本だと思います。その点で、たとえば小さな屋台や商店など関わる所から、とにかく、日常の細部にまでいろいろな名目で作られた規制を徹底的に緩和することと、日常の生活に統制的に働いている規制要素を排除することが大切だと思います。

 それから、最後に、台湾から日本を見ると、この二十年ぐらいの間に日本人は「社会は全部管理できる」、「社会を管理すれば不幸は起らない」という一種の新興宗教に犯されているように見えます。どうして完全に管理された安心な社会を望むようになったのでしょうか?
 もちろん、社会組織として安心な社会を追究するのは当然ですが、一人一人の生き方の問題として考えたとき、残念ながらこの考え方は、原理的に誤りであり、実行不可能なものではないでしょうか。いったい、「社会」は本当に管理できる存在でしょうか?自分以外の誰が自分の不幸を受入れられるでしょうか?日本人がこの二十年ぐらい無意識に求めている管理信仰は、実は人間は全てを支配できるという安直な人間中心主義から生れているような気がしてなりません。もはや窮まれりというところです。東洋の知恵は「諸行無常」と、ずっと語りかけてきたはずです。何の自覚も痛みもなく「こころの時代」などとと言う前に、自分たちの文化が失おうとしているものを、もう一度アジアの人々から学ぶことができるのではないでしょうか?
 

第一回 終わり

 日本に「活力」を取り戻すには、一つには、価値観の転換が必要です。その価値観の転換をもたらす原動力の一つは、「アジアへの視点の転換」です。これを書いた1998年当時でも、まだ「アジアへの視点の転換」というのは、日本ではほとんど話題になっていませんでした。日本は第二次橋本内閣の「行政・財政改革」が消費税率引き上げによる国民の反対で頓挫し、経済的衰退が急速に進んでいた時代でした。中国大陸の経済的発展はいまだ途につきだした頃で、日本企業の進出も手始めという時代 です。かたや、その他のアジアの国は、1997年からのヘッジファンドによる為替操作から生じた金融危機がインドネシア、タイ、韓国などを直撃し、その経済発展がすくんでいた時代 でした。 一方、台湾は金融恐慌の影響をものともせず、李元総統の元で、竒跡的な経済発展を続けていました(注:インターネットには、この時の台湾経済に関する台湾行政院院長の談話が出ていますhttp://www.roc-taiwan.or.jp/news/speech/chern/gio3.htm)。しかし、それから六年経った今、アジア各国はどうで しょうか。

 一見して気がつくのは、日本も含め当時の勝ち組だった、かつての経済の中心地・香港と台湾は、その地位が危うくなり、それほど目立たなかった中国大陸の急成長が世界各国に脅威を与えるほどになっているということです。そして、金融危機で危うかったタイや韓国は、急速に回復して、今や東南アジア・中国大陸・韓国という巨大な市場が中華人民共和国主導で生まれつつあるとも言えます。この時期、まさか日本の経済回復が中国大陸の景気に左右されるなどということは、誰も予想できなかったことでしょう。それに、日本の景気は回復してきたとは言え、その他の不安要因が社会全体を拘束し、かつてのように、経済に全力を集中することはもうできません。六年間で、アジア経済の主導権は、海洋側の日本、香港、台湾から大陸側の中国大陸、東南アジア、韓国などへ移ってしまったようにも見えます。

 経済面ばかりでなく、社会面でもこの頃から日本には社会の停滞を端的に象徴するような事件が頻発するようになりました。いくつかあげてみると、一つは、日本での外国人犯罪が治安に深刻な影響を与え始めたのが、この頃からだということです。外国人といってもその過半は中華人民共和国人と韓国人であり、アジア系犯罪者がエスニックなグループで、あるいは日本人犯罪者との共同で、日本の社会に深刻な被害を与えるようになったのが 、この頃です。そうした犯罪は次第にエスカレートして、2003年に発生した中華人民共和国人留学生三人組による福岡一家四人惨殺死体遺棄事件のような一連の凶悪事件で一つの頂点に達しました。
 不況とリストラによる経済不安で日本人自身の犯罪が増加し始めたという日本の内部要因に加えて、今までの日本社会とは全く違う価値観を持ったアジア系の犯罪者が大量に流入し、そうした急激な変動に日本人の意識も社会組織も対応しきれなかったのが、その原因と言えるでしょう。 90年代の治安意識を表す出来事として、この頃、覚えているのは、勤務先の大学で夜間に頻発していた婦女暴行の予防のために、防犯用具について東京駅にある交番に尋ねに言ったところ、当直の警官から、「抵抗して危険があってはいけませんから、防犯ベルか笛を携帯していただくぐらいしかありませんね」と言われたことです。今、ホームページで各種の防犯用品や護身術などが紹介されているのとは意識に大きな差がありました。それだけ危険がないと思われた、無防備な時代だったのです。そうした 変化に「対応しきれない」結果が、犯罪検挙率が20%代まで低下するという極端な状態に現れているとも言えるでしょう。

  もう一つは、社会人や若者の意識変化が顕著になったということです。映画の『失楽園』が話題になったのは1997年、その他、「出逢い系」と言われる携帯やインターネットにまつわる享楽的利用 や「援助交際」が、急速に広がっていったのもこの時代です。また、フリーターと言われる定職に就かない若者の増加が社会問題になりだしたのもこの頃で、日本人の意識の中に、退嬰的な気分が目立って広がりだしたのがこの頃ではないかと思われます。こうした変化は,今でも止まるところを知りません。2003年から2004年にかけて日本で大ヒットした韓国のテレビドラマ『冬のソナタ』は、家族にはばまれる成人してからの初恋(純愛)の再燃という話のバリエーションが、『失楽園』の家庭のある男女の「純愛」というテーマに重なって見えます。どちらも「純愛」ですが、既に成人である主人公の、家族という最も小さい 、しかし自分にとっては他に替えることができない社会に対する態度は同じように屈折しています。
 「家族崩壊」の肯定というバリエーションで二つの物語の均質性を捉えることも間違いとは言えないでしょう。また、2004年には総理府の労働力調査では、20歳代の若者の20%が就職も勉強もしていないという結果が発表されました。 小は家族から、大は経済社会全体まで社会を支える個々の人の意識が、少しずつ崩れ始めているとも見られるでしょう。人間はどんなに自由であっても、犯してはならない一線があるはずで、第二次大戦前夜のナチスの抬頭を許したドイツ人の退廃を、エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』として分析しています。

 しかし、このように危うい流れを抱えながらも、日本人や日本社会が消極的に推移してきたばかりではありません。 周囲からの状況の変化に、応えようとする動きも始まっています。
 留学生や人材という面で言えば、当時の文部省が外国人留学生への博士号授与を積極的に勧める政策を始め、また、大量の中華人民共和国人留学生などを国内の大学に迎えるよう入国審査をゆるめ始めたのがこの頃です。留学生の大半はアジア圈の学生で、台湾の場合で言えば、この頃日本へ留学した大学卒業生が博士号をもらって帰国し、今、教職につくようになっています。留学生の多い、他の国でも事情は同じでしょう。日本で育ったアジア各国の人材が活躍を始めているのです。一方、2004年8月4日の朝日新聞では松下電器が海外出向者を減らすというニュースが出ています。日本人駐在員ではなく現地の人材を起用するのは、今では避けられない要請でしょう。
 今、勤務している大学には京都の橘女子大、千葉の麗澤大学をはじめとする日本の私立大学の学生が毎年、一年間、中国語学習を目的とした留学に来ています。各種のホームページでも、中国大陸、台湾、韓国などへの留学・滯在を紹介するページが確実に増え、こうした交流の拡大も、この数年間に広がりを見せた現象であり、かつてのように留学=アメリカ、イギリス、フランス、ドイツのような固定した価値観を確実に知り動かす事態がアジアから始まっていると言えます。

 また、アジア文化への注目という点では、中国大陸だけではなく、台湾、韓国などが大きな注目を集めるようになったのが大きな変化でしょう。1998年当時の日本でのアジアと言えば、 まず「中華人民共和国」でした。「大黄河」、「海のシルクロード」、「故宮」などNHKなどが矢継ぎ早にいろいろな「中華人民共和国」アピール番組を次々に流していた時代です。しかし、その後、台湾の経済発展が注目を集め李元総統の出した『台湾の主張』が日本でベストセラーになったり、ワールドカップ共催により韓国の文化やドラマが目を惹き「冬のソナタ」が大ヒットするようになったりしました。アジア文化への注目という点でも、少しずつ多様化が進んでいると言えるでしょう。ホームぺージ やブログでも、そうした自分のアジア体験を紹介するサイトが多数、開かれています。
 
 以下、台湾を「開かれた民族社会」のモデルとして、それを手本とし問題を日本に限定しますが、台湾のような「開かれた民族社会」を形成するために「アジアへの視点の転換」を具体化すればするほど、日本 で新しい可能性が開けてくると思われます。以下に 二つの点でメリットを示します。

1.治安対策・住民の管理・人材登用:
 身近なアジア諸国との交流で、この数年、日本人が思い知ったのは、「治安」「安全」に尽きると言っても言い過ぎではないでしょう。実は、台湾で見る中華人民共和国関連のニュースでは、中国大陸の「治安」、「安全」の暗黒面がよく判るニュースが多いのです。一つは、中華人民共和国人留学生による福岡一家四人惨殺死体遺棄事件のような 盜みのために殺人を実行する凶悪事件は、中華人民共和国では日常茶飯事だということです。2004年だけでも、中華人民共和国に渡った台湾人企業家が慘殺される事件が、数件あり、福岡のような一家惨殺という事例も一つは上海、一つは東完でありました。二つの事件とも、数人の犯人グループが子供と女性、老人を含む家族数人を刄物などで慘殺し、殺し方の残酷さと飛び散った血のあまりのひどさで、訪れた台湾の縁者が目を覆うほどだったといいます。こうした形で殺害された台湾人企業家は、大陸との経済交流が始まった1990年以降、数百件に及ぶと言われています。また、大陸を訪れた台湾人観光団24名が 、盜みを目的とした強盗団に文字通り虐殺され湖に沈められた事件も1994年の千鳥島事件として記憶に新しいところです。日本では普通はそこまではしない場合が多い のですが、中国大陸では、盜みのために計画的に相手を殺害するのは日常的な強盗団の手法と言えるでしょう。
 こうしたニュースが日本のマスコミに取り上げられることは全くと言っていい程なく、中華人民共和国といえばNHKの「シルクロード」に代表されるような一種の幻想が日本人の頭の中にできてしまってい ます。しかし、これは具体的交流を行う場合、大変な障害になります。台湾に住む場合も当然のことながら、身近なアジアの国の人々との交流で最も大事なのは、その国の犯罪組織、犯罪者の侵入をいかして防ぐかだと言えます。そうした点で、日本は90年代後半から、いつも後手に回り、対応が遅れてきたと言えます。「アジアへの視点の転換」によって、 アジアの諸国と日常的に交流し、犯罪状況への認識を具体的に持つことができれば、安全管理に対する意識を高め未然に被害を防止し、犯罪者の日本への滯在、不法入国を予防できるでしょう。
 台湾では、外国人の滯在には、かなり厳しい法の網がかかっています。たとえば、台湾へ合法的に滯在できる外国人は、ビザで細かく目的が審査・管理され、同時に居住地で警察の発行する身分証を必ず持たなくてはなりません。台湾人全員に身分証があるのと同様に、外国人もこの登録証の番号で管理されています。この番号は、預金をする、仕事をする、部屋を借りる、電話の契約をするなどあらゆる生活の場面で契約をするときに必要になってきます。ニュースでは偽の身分証なども出回っているようですが、「ことば」で見破られるため、登録証なしの滯在は実際には困難でしょう。日本の場合は、そうした身分の確認が生活の中で十分行なわれてこなかったため、自分の国民も含め、大都市では、今は本人確認が困難です。しかし、預金引き出しの例を見ても明らかなように、生活の中で今ある法令を嚴格に執行すればかなり、身分を偽る人や不法滞在者が野放しにされる状態は改善できるでしょう。外国人を迎えるには、自国外国を問わず、まじめに働いている人々の安全のために、自国民を含め、まず本人確認の手続きを厳格に作っておく必要があります。身分証というと日本では「国民総背番号制」という全体主義のイメージがいまだに強く、なかなか抵抗が大きいのですが、比喩的な言い方をすれば「良民」と「浮浪民」を区別する手段と考えればいいでしょう。以前のように安定した終身雇用の時代なら会社などの所属組織がその人の身分証でした。今ではありえないことですが、会社の名刺一枚で身分が証明され、保障されていたのが1990年頃までの日本です。しかし、そうした社会はもう終わりました。私のように海外で雇用されている人間や、固定的な所属組織のない派遣社員やアルバイトの人はどうやって身分を証明するのでしょうか。こうした形態でも立派な労働者であり、納税者であり、日本社会の担い手なのです。「運転免許証」が今そうした代用品に使われていますが、期限切れなどで何かあれば、番号が変わってしまったりして、十分な機能は果たせません。まじめに働いている納税者である、これ以上によい身分証明はないはずです。「アジア」に目を向け、さらに国際化を進めるには、そうした形での身分証明書が不可欠になるでしょう。日本人と外国人という血筋や種族というような生理的条件ではなく、「働く者」と「働かざる者」というような社会への貢献で 国民ではなく、地域に住む人を分けなくてはならない時代が来ているのです。
 台湾のような入国管理は、日本のいわゆる人権団体には評判が悪いでしょう。しかし、滯在を厳格に管理してもらうということは、人権団体の人々が考えるのとは逆に、外国人にとってもメリットが大きいのです。私の場合で言えば、日本人の滞在資格が厳格にコントロールされているために、日本語教師などの職業で専門性が守られているということです。事情は、日本料理や日本建築などの専門分野で働いている方でも同じでしょう。もし日本語ができれば誰でもいいということになれば、一切の教育や研究を抜きに、日本語が話せる人は誰でも教えられるということになってしまいます。今のように就職難の時代、仕事がないからという理由で台湾に来る日本人がそうした形で誰でも滯在できるとしたら、教師の質は玉石混交、「日本語教育」に対する信頼性はいっきょに失われてしまうでしょう。そして、日本で犯罪を犯しているような人間でも大量に長期滯在できることになり、台湾での日本人の評価は地に落ちるに違いありません。専門技能のある人や特技のある人は、こうした条件でその国での仕事を保証され、また、同国人の犯罪者流入による評価の低下から守られているということになります。留学生の場合も事情は、まったく同じでしょう。2003年の福岡一家四人惨殺事件のあと、日本でも留学生ビザの発給が見直されましたが、外国人留学生の問題は、逆に言えば、まじめに勉強したい学生を選別して日本に入国させれば、そうした学生だけを効果的に援助できるということです。財政赤字が続く中、奨学金の戝源は限られており、優秀で意欲の高い学生をいかに残すかが、日本の大学にとっても死活問題になっています。90年代後半から始めたような、外国人入国の量的緩和は、本国で大学に行けないからというような動機の中国大陸の学生を無審査に近い形で大量に日本入れる結果になり、逆に能力の高い学生が日本を敬遠し、大陸から来た学生全体の質が下がってしまったとも言えます。
 マンションで、身分証により居住者の身分を特定・確認するとか、不特定多数の出入りを禁ずる、カメラの設置や警備員の常駐で居住地の安全を高めるなど、台湾では日常的に行なわれている住宅地での犯罪対策は、検挙率の向上や犯罪の予防という点でかなり効果的です。こうした犯罪対策は外国人だけを標的にした差別だという主張をしている人も多いようですが、資本主義の前提は私有財産の保証であり、自分の所有するマンションの安全を守る権利は所有者に当然あります。「**人」だからだめだというのではなく、住んでいる人全員に同じように出入りのコントロールをすればいいのです。デメリットが大きければ、窃盗などが目的の犯罪者の日本への侵入は確実に減るはずです。

2.人的国際化
 
 2005年3月、インターネット企業のライブドアが日本テレビ株を買收し、フジテレビを支配しようとしたというニュースがテレビや新聞を賑わせました。また、SONYの経営陣が交替し、外国人のトップが生まれるという報道もありました。そして、かつては世界の億萬長者に取り上げられた西武グループ総帥の事件もメディアを賑わしています。各界からの反応はさまざまですが、ライブドアに資金を提供したのは海外の証券会社であり、取り引きの方法も、時間外取り引きを利用するという、いわば隙を衝いた方法で、この方法は、90年代後半にアジア経済に大打撃を与えた「ヘッジファンド」のマネーゲームのような印象を与えます。また、SONYの場合も、原因はさまざまにいえるでしょうが、一面では、中国等への過剰な投資が経営を圧迫しているとも見えます。PS2など主力ゲーム機の製造も今は多くが大陸製であり、自社の技術をコストだけを考えて、法的保障のほとんどない中華人民共和国に移転したため、不正なコピーが氾濫し、経営を圧迫していると言う面も指摘できるでしょう。今年、長男に台湾で買ったPS2は、49のバーコードがついて、箱には、「Maid in Japan」と書いてあるにも関わらず、ゲーム機本体には、「Maid in China」と書いてあり、失望しました。いつ壊れるかと心配しながら使っている状態で、かつての高品質のSONYはどこへ行ったかと思わざるを得ません。
 こうした事件は今後ますます増えていくでしょう。経団連の奧田会長も「SONY」の例は、今後いくらでも起こることだと記者会見で述べています。日本を支えてきた経済界でも、確実に海外の直接的影響力が高まってきていると言えるでしょう。 そして、対応を誤れば打撃は深刻です。そうした状況に対応するには、人材の育成がまず第一です。台湾が90年代の経済成長を実現できた背景には、アメリカでコンピューター産業に従事していた頭腦流出者に好待遇を与えて帰国を促し、台湾国内で起業を援助したという政策も大きく寄与したことでしょう。今、新竹の科学工業地区にある企業の多くやそこの経営者も、そうした政策の中で、台湾のコンピューター産業を発展させてきたということです。
 日本の場合も、こうした人材の活用と登用が今後ますます重要になってくるかもしれません。
 もう一つは、教育の活性化です。国際化時代は文字通り、言語文化の衝突する時代です。ことばができれば働くチャンスが生まれ、ビジネスチャンスも掴めるのに、そうした機会に恵まれないために、次第に衰退していく国内産業にしがみつかなくてはならない時代とも言えます。台湾の小学校では、英語を一年生から取り入れる選択をしました。その一方で、時間の配分で不十分だという批判はあるものの、国語と算数に大きな比重を置き、漢字の書き取りと暗唱、珠算などを利用した計算の反復練習などで、基礎学力低下を止めようとしているようです。日本の学校でも、今、基礎学力の回復が言われ、いろいろな活動が報告されていますが、こうした内容は私が小学校へ通っていた頃には、当たり前のことでした。台湾の小学校でしていることも、一目で、読み書き計算を大事にしていると分かるすっきりした内容です。「理解しなくてはできない」ということは確かですが、同時に「理解するためには記憶と練習が必要だ」ということは忘れてはならないでしょう。
 中学以降で国際化に対応するには、こうした基礎学力が不可欠です。「慣れる」ことで次のステップへ抵抗なく進んでいけるという面を考えるべきでしょう。こうした基礎があれば、中学以降でインターネットを通じて、いろいろな国とコミュニケーションすることもできるでしょうし、海外へ短期留学することもできます。いろいろな海外との取り引きを知らせることで、将来何をするか、進路を考える刺激にもなるでしょう。
 そして、海外と言っても、今後は、欧米だけでは明らかに、世界が狭く小さく成ってしまいます。人口の大半は、途上国にあり、そうした国々と交流するには、その国の言葉が不可欠です。また、日本の近鄰のことばに目を向けることも忘れてはなりません。韓国、ロシアとの交流が多い地域なら、そうした内容を中学、高校で取り入れるような柔軟性が必要でしょう。中国はじめ東南アジア諸国とのつながりでも同様です。
 郵政民営化が実現すれば、今後、近くの郵便局から、今まであった故郷便のように、産物を海外へ送ることもできるようになります。
 
 深刻な問題というマスコミの「解釈」に踊らされず、準備さえすれば、大きなチャンスがかくれていることに目を向けていただきたいと思います。

第一回終わり