三國志、三國志Ⅱの各機種用の顔グラを並べてみた


 『三國志』は、昭和60年(1985年)に光栄から発売された歴史シミュレーションゲームです。知力や武力といった属性値が与えられた255人の人物が登場し、彼らが、他の人物に忠誠を誓い、助言を行い、内政を行い、戦場で暴れ回るという、人物に着眼したゲームシステムでした。

 そして、登場人物には、それぞれの顔のグラフィック(以下「顔グラ」といいます。)も用意されていました。必ずしも三国志の世界に詳しくない者にとっても人物の識別がしやすくなり、それが、このゲームが多くの人を惹きつけた要因ではなかったかと思います。

 その顔グラを拝んで懐かしもうと企てました。255人全員に顔グラがあったのですが、多くはいわゆるモンタージュ顔で、用意されたパターンを組み合わせて作られたものでしたが、主要メンバーには個別に描かれた顔グラがあてがわれていました。PC-8801版等の初期の版では31人分、PC-9801版等のでは65人分です。その65人分について、いろんな機種用の顔グラを並べてみました。それが第一部です。

 装い新たに、光栄が『三國志Ⅱ』を出したのは平成元年(1989年)のことです。『三國志』にどっぷり浸かった私としては、「なんか顔グラが違う」との理由から『三國志Ⅱ』を当時全くやらなかったのですが、今にして思えば『三國志』の顔グライメージにできるだけ忠実に描いたつもりの、いわば正統進化版ではないかと思われます。なので、第一部には『三國志Ⅱ』の分も併せて並べてあります。

 『三國志Ⅱ』では、個別顔グラは219人分(PC-9801版)へとどどーんと増えました。これは、司馬徽のような旅人や「おいおいオルドじゃないってば」とツッコミを入れる姫も含めての人数です。スーパーファミコン版では、さらに、曹豹、孫和などの20人にも個別顔グラがあてがわれています。計239人分について『三國志Ⅱ』の顔グラも並べてみました。そのうち旅人、新規君主、姫など特殊な人物分が第三部、それ以外の分が第二部です。

 まぁ、こんなことをやっていると、この方にこんなことを言われそうな気がしますが。

諸葛亮いわく、
他にする事はないのですか。

<戻る>  次へ>>