ホテル・ドゥ・ルーヴル|パリ名所案内

パリ観光|パリの名所案内

ホテル・ドゥ・ルーヴル|Hotel du Louvre

19世紀にできたパリの老舗ホテル

ホテル・ドゥ・ルーヴルは1855年創業のパリの老舗ホテル。当時で700の客室もあったフランス初の豪華ホテルでした。オペラ座の前のオペラ大通りをルーヴル美術館方面に歩いて行くと、突き辺りの正面にホテルの立派なファサードが見えてきます。ホテル・ドゥ・ルーヴルの4つのファサードはオペラ座、ルーヴル美術館、パレ・ロワイヤル、コメディー・フランセーズという4つの有名観光地に面していて、まさにパリ観光の中心地です。豪華な装飾はナポレオン3世様式で、オペラ座と同時代の建物です。ホテル内のブラッスリー(ビアレストラン)からは、コメディ・フランセーズとルーヴル美術館を見渡すことができ、テラス席からはパレ・ロワイヤルを眺めることができます。

画家や作家が描いたパリ伝統のホテル

ホテル・ドゥ・ルーヴルは作家や画家たちにも影響を与えました。1897年、印象派の画家であったカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro/1830-1903)はこのホテルに滞在しパリの風景を描きました。死の数年前に彼の滞在した部屋は現在「ピサロ・スイート」と呼ばれ、今も彼が見た風景を眺めることができます。また『シャーロック・ホームズ』の作者であるアーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle/1859-1930)は、ホテルの雰囲気に感銘を受けて、作品の中でホテル・ドゥ・ルーヴルを描いています。現在、シャーロック・ホームズ協会が定期的にこのホテルで会合を開いています。

福沢諭吉が滞在したホテル

文久元年(1862年)、日本初の欧州使節団(文久遣欧使節)がヨーロッパに向けて出港しました。その中にいたのが慶応義塾の創設者である福沢諭吉。欧州使節団の目的はフランス・イギリスなどの欧州各国と結んだ修好通商条約の延期交渉でした。使節団は英国海軍の軍艦で品川を出港、香港、シンガポール、イエメン、エジプトを経てフランス・マルセイユに上陸しました。パリには4月に到着し、そのとき滞在したのがホテル・ドゥ・ルーヴルでした。このホテルにとって、初めての日本人の客が福沢諭吉たちの欧州使節団だったわけです。残念ながら当初の目的である開港延期の同意は得られませんでしたが、福沢諭吉は著書『福翁自伝』の中でこのホテルに泊まった時に驚きを書き残しています。

ホテル・ドゥ・ルーヴル
1区にあるパリの老舗ホテル
創業:1855年
住所:Place Andre Malraux 75001 Paris
最寄りメトロ:パレ・ロワイヤル・ミュゼ・ドゥ・ルーヴル(Palais Royal Musee du Louvre)


ホテル・ドゥ・ルーヴルの写真
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