アルコル橋|パリ名所案内

パリ観光|パリの名所案内

アルコル橋|Pont d'Arcole

パリの中心!ノートルダム大聖堂に近い橋

アルコル橋はパリの中心にある市庁舎の目の前にある橋。パリ観光に便利な橋で、橋の右岸側にはパリ市庁舎やポンピドゥー・センター、シテ島側にはノートルダム寺院やパリ市立病院「オテル・デュー」があります。右岸からはノートルダム寺院に最も近い橋で、いつも多くの観光客でにぎわっています。

吊り橋から鉄の橋へ

橋ができた1828年当初は歩行者用の吊り橋(グレーヴ歩行者橋)でした。2年後の1830年にはパリ市民による革命が起き、ブルボン朝が倒れます(フランス七月革命)。その後交通量が増えるにつれて、車も通れる大きく丈夫な橋が計画されます。そして1854年に完成したのが今のアルコル橋です。このとき鉄の橋に架け替えられ、セーヌ河の橋の中で唯一川の中に橋脚をもたない橋として話題になりました。また橋の素材が初めて鋳鉄製から錬鉄製になったことも大きな変化でした。アルコル橋は1888年と1994年から95年にかけての2度に渡って補修が行われ、現在に至っています。

橋の名前になった「アルコル」って?

最初の橋が出来た当時はグレーヴ歩行者橋と呼ばれていました。それは、橋の目の前にあるパリ市庁舎広場がグレーヴ広場と言われていたせいです。グレーヴ(greve)とは砂の意味で、ここにはかつて貨物船の船着き場(砂場)がありました。その後につけられたアルコル橋という名前の由来には諸説あります。皇帝ナポレオンが1796年にオーストリア軍に勝った場所であるアルコレ(イタリアのヴェローナ県)という地名に由来するというものと、1830年の七月革命で倒れた若き共和主義者アルコルの名前に由来するというもの。どちらにしてもパリでは外国の地名や人名を橋や通りの名前につけることが多く、それらは永遠に人々の記憶の中に刻まれていくのかもしれません。アルコル橋を見るとナポレオンと七月革命を思い出すように。

アルコル橋
パリの橋。ノートルダム寺院に近い橋。
完成:1854〜56年
最寄りメトロ:オテル・ドゥ・ヴィル(Hotel de Ville)、シテ(Cite)


アルコル橋の写真
アルコル橋近くのパリ観光
パリの橋

パリの観光地案内