ルーヴル美術館|パリ名所案内

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ルーヴル美術館|Musee du Louvre

世界遺産にも登録された世界で最も古い美術館の一つ

ルーヴル美術館は世界的に有名なフランスの美術館です。ルーヴル宮殿の中にあり、世界で最も古い美術館の一つ。パリのセーヌ河岸の一部として世界遺産に包括登録されています。過去500年の間にフランス政府によって集められた絵画や彫刻が展示され、約3万5000点の膨大なコレクションの数には疲れさえ感じさせるほど。古代から1848年までの西洋芸術の名作がそろい(1848年以降の美術はオルセー美術館に所蔵)、有名な作品にはダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、『ハムラビ法典』、『ミロのヴィーナス』、アングルの『トルコの浴場』、他にミケランジェロやラファエロ、ボッティチェリなどの作品があります。また西洋美術だけでなく、古代オリエントや古代エジプトなど世界中の美術工芸品が展示されているのも特徴です。ルーヴル美術館の建物はルーヴル宮殿の一部で、元々はセーヌ沿いの立つ中世の要塞でした。その後フランス国王の宮殿へと変化し、1793年に今の美術館となりました。1989年には建築家イオ・ミン・ペイの設計によるガラスのピラミッドが美術館の入り口として作られました。

ルーヴルの歴史 ― 要塞から城館、宮殿。そして美術館へ

ルーヴル(Louvre)の語源は定かではありませんが、ラテン語で「狼狩り」を意味する"lupara"から来ているとされています。最初ルーヴルは、フィリップ2世(フィリップ・オーギュスト)によって12世紀後半に建築された要塞でした(フィリップ・オーギュストの城壁)。今も当時の要塞の一部が美術館の地下に残っています。中世のパリは堅固な城壁がめぐらされた都市でした。城壁の西端に外敵から身を守るために作られた堅牢な要塞がルーヴルで、当時は小塔が設置されていました。ルーヴルの小塔(La Tournelle du Louvre)は当時のセーヌ河岸にあり、夜には対岸のネールの塔との間に重い鉄の鎖を下ろして外敵の侵入を防いでいました。当時パリジャンたちを恐怖に陥れたノルマン人や海賊は川から侵入することが多かったようです。

要塞ルーヴルはシャルル5世の時代に美しい城館に変わります。このときの城館の絵が「ベリー公のいとも麗しき時祷書」に残されています。パリとは思えないような流麗なお城です。その後ルーヴルは、レオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに招いたフランソワ1世によって宮殿へと改築されました。中世の象徴だった主塔が撤去され、ルネサンス風の城館に変わっていきます。しかし工事を始めて一年後の1547年にフランソワ1世が死去。宮殿計画は途中で頓挫し、半分は中世の城が残されました。次の国王アンリ2世の妃カトリーヌ・ド・メディシスによってルーヴルの隣に新たにチュイルリー宮殿が建てられたり、アンリ4世、ルイ14世によってルーヴル宮殿の拡張工事が行われましたが、結局ルーヴル宮殿が完成することはありませんでした。この頃にはルーヴル宮殿の荒廃が進みます。その後フランス革命を経てナポレオンの時代に、ようやくルーヴル宮殿は国立美術館として新たな道を歩み始めます。1793年のオープンから200年以上を経た現在も収蔵品は増え続け、2012年にはランスに別館がオープン予定です。

モナ・リザは何故フランスにある?

ルーヴル美術館といえばやはり『モナ・リザ』ですが、イタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの名画が何故ルーヴルの代表的な所蔵品となっているのでしょうか。それはルーヴルを宮殿へと変えたフランソワ1世とダ・ヴィンチとの出会いがあったためでした。モナ・リザは1503年ごろに制作されたダ・ヴィンチの代表作。ミラノでダ・ヴィンチと出会ったフランソワ1世は、彼をフランスへ連れて帰ります。ダ・ヴィンチはそのとき、モナ・リザを持ってフランスに渡ったのです。フランソワ1世の庇護のもと晩年までフランスロワール地方のアンボワーズ城(クルー館)で過ごしたため、彼の死後「モナ・リザ」などの作品がフランスに残されました。モナ・リザは1510年頃にフランソワ1世によって4000エキュで買い取られ、フランス国家の美術品となりました。当初はフォンテーヌブロー城にありましたが、フランソワ1世の死後にルーヴル宮殿に運ばれました。その後ルイ14世によってヴェルサイユ宮殿に運ばれたり、ナポレオンによってチュイルリー宮殿に飾られたりしましたが、1804年にはルーヴルに戻されました。

ルーヴル最大の事件

ルーヴル美術館の顔とも言えるイタリアの名画モナ・リザ。しかし何故ここまで有名なのでしょう。モナ・リザを世界的に有名にしたのは、1911年に起きた盗難事件でした。イタリア人のガラス職人ヴィンチェンツィオ・ペルッジャによってルーヴル美術館から盗まれました。最初は複製のための写真撮影で移動されているのだと警備員が思いこみ、盗難だとは気付かなかったそうです。その後盗まれたことが発覚し、館内は大騒ぎになりました。ペルッジャはイタリア愛国者で、モナ・リザはイタリアに返還されるべきと考えていました(贋作の価値を上げることが目的だったとも言われています)。彼はパリの小さなアパルトマンに絵を隠し、その後イタリアに運びましたが、フィレンツェのウフィッツィ美術館に売却しようとして逮捕されます。その後モナ・リザはフランスに戻されました。今もモナ・リザはルーヴルの代名詞として、多くの謎を見る人に投げかけています。

もう一つのルーヴル、「ルーヴル・ランス」が誕生

2012年末に新しいルーヴル美術館が誕生しました。北フランスのランスにできたルーヴル・ランスです。日本人建築ユニットSANAAとアメリカの設計事務所の共同設計による新しい美術館で、パリに集中するルーヴル美術館の観光客を緩和させる目的で作られました。ランス(Lens)はシャンパーニュ地方の観光地ランス(Reims)のほうではなく、ベルギー国境に近い小さな町です。かつて炭鉱町として栄えていました。そのランスの町に62万平方メートルという広大な土地が残されており、そこが第2のルーヴル建設地となりました。この建設にはランスの町の再活性化という目的もあります。ルーヴル・ランスの設計を担当したSANNAは、金沢21世紀美術館を設計し、またパリのサマリテーヌデパートのリニューアルを手掛けている才能ある建築ユニット。彼らが設計したルーヴル・ランスはガラスとアルミニウムを使い白を基調とした現代的で斬新なデザインになっています。ルーヴル・ランスは所蔵コレクションを持たない新しい美術館で、ルーヴルの美術品が5年間を一区切りに展示されます。また全ての作品が広い空間にひとまとめに展示されるのも特徴で、同時代に別の地域で生まれた美術作品を比べることができます。

Musee du Louvre
パリ1区にあるフランスの国立美術館
住所:99 rue de Rivoli 75001 Paris
最寄メトロ:パレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル(Palais Royale-Musee du Louvre)


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