オルセー美術館|パリ名所案内

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オルセー美術館/パリ7区 オルセー美術館|Musee d'Orsay

カイユボットの遺言から生まれた美術館

パリ観光の定番ともいえるオルセー美術館は、使われなくなった駅舎を利用した19世紀専門の美術館。「印象派の殿堂」として有名な美術館で日本人に人気。今では美術館の目玉となっている印象派だが、19世紀当時のフランスでは「不完全な絵」として世間に認めてもらえず、絵の売れないモネやセザンヌ、ルノワールなどの画家たちは貧しい生活を強いられていた。そこに経済的支援を差し伸べたのが自身も画家であったギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)であった。印象派の作品を買い取り、印象派美術展の費用を提供した。自身もたくさんの絵を描き、印象派美術展に多数出品した。今オルセー美術館があるのは、カイユボットの印象派コレクションのおかげで、彼が絵をフランス政府に寄贈するという遺言(これを国が受け入れるのにルノワールが折衝して2年かかった)がなければ、美術館自体が存在しなかったかもしれない。まさにカイユボットの遺言から生まれた印象派のための美術館といえる。

壊される寸前に生き延びた19世紀の遺物的美術館

もともとはオルセー駅だったためオルセー美術館と言われている。夕方、セーヌ河ととも夕日に照らされる姿は美しく、19世紀の美学を感じさせる。しかしこの建物ももとは嘲笑の対象であった。この駅舎の歴史をひも解いてみると面白い。

オルセー駅は1900年のパリ万博に合わせてオルレアン鉄道が作った新駅だった(当時まだ国鉄はなかった)。対岸にあったルーヴル美術館などの宮殿建築と景観を合わせるため、重厚な石造りの駅舎ができあがったが、20世紀に入るとその外観は時代遅れの産物として見られるようになった。そしてついには廃駅となってしまう。過去の歴史を大事にするパリで、なぜこんな風潮が起こるのかも不思議だが、とにかくオルセー駅は1961年に建て替えが決まり取り壊されることになった。しかし取り壊しの決定が延期されている間に、過去の建物を美しいものとして感じる風潮が再び現れ、オルセー駅はオルセー美術館として残ることになった。

そう考えると、今パリ中心部にどんと構えるこの美術館も、もし歴史が少しでも違っていたら存在しなかったのかもしれない。不意にセーヌの前に立つオルセー美術館が歴史の中でかろうじて生き延びた「奇跡の建物」に見えてくる。とにかく、古いものはとっておくパリの美学がこの駅を救ったのだろう。

*最寄メトロ:Solferino(ソルフェリノ)またはRERのMusee d'Orsay(ミュゼドルセイ)



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