ミラボー橋|パリ名所案内

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ミラボー橋/パリ15区・16区 ミラボー橋|Pont Mirabeau

詩人アポリネールによって有名に
パリの西にある美しい緑色の鉄橋。ミラボーと言う名前はフランス革命当時の政治家ミラボーに由来します。見た目はただの鉄骨の橋ですが、ベルエポックの詩人ギョーム・アポリネールが歌った「ミラボー橋」で有名になりました。「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ われ等の恋が流れる(Sous le pont Mirabeau coule la Seine, Et nos amours)」(堀口大学訳)という彼の詩句が橋の袂に刻まれています。この詩は、アポリネールが恋人マリー・ローランサンとの破局後に書かれた詩です。当時モンマルトルのエンエル通り(rue de Hennel)9番地に住んでいたアポリネールは、ピカソのアトリエ「洗濯船」で出会った女流画家マリー・ローランサンに恋します(キュビズムの作家ジョルジュ・ブラックの紹介でした)。その後、ローランサンの家の近くに住むため、ミラボー橋近くのグロ通り(rue de Gros)15番地に引っ越しました。その後何度か引っ越し、1911年10月にはラ・フォンテーヌ通り(rue de la Fontaine)10番地に定住します。そこで「ミラボー橋」は書かれました。しかしすでにアポリネールはローランサンと破局していました。悲しみの舞台になったミラボー橋は、今でもセーヌ河の上にかかっています。

アポリネールに愛されたマリー・ローランサンはフランスの女流画家。ブラックやピカソと親しく、フランソワ・トリュフォーの映画『突然炎のごとく(Jules et Jim)』に出てくる女神のような女性カトリーヌは、マリー・ローランサンがモデルとも言われています。

*最寄メトロ:Mirabeau(ミラボー)

ギョーム・アポリネール
「ミラボー橋」で有名なフランスを代表する詩人。本名はWilhelm Apollinaris de Kostrowistky。ポーランド系の両親のもとでローマに誕生した。温泉地の旅館に置き去りにされたりした過去を持つ。家庭教師や銀行員として働いた経験もあり、有名な「モナ・リザ」盗難事件では容疑者にされた。大戦中に志願兵となったが頭に重傷を負う。休戦の2日前にスペイン風邪で亡くなった。享年38歳。



ミラボー橋の写真
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