アンヴァリッド|パリ名所案内

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アンヴァリッド|L'Hotel des Invalides

ルイ14世が建てた軍人のための聖域
フランスの英雄ナポレオンが眠るアンヴァリッド(L'Hotel des Invalides)はパリ7区にあるフランス退役軍人のための療養所。アンヴァリッドは日本語で「無効」の意味です。4000人の傷痍軍人の療養所として1670年代にルイ14世の指示で建てられました。フランスのために戦った軍人たちを讃えたこの建物には今も100人ほどの傷痍軍人が暮らしています。アンヴァリッドの一階は軍事博物館になっていますが、元々は退役軍人たちのための広い食堂がありました。夕暮れにはルイ14世時代の黄金のドームが黄昏の空に輝きます。手前にはパリで一番豪華な橋であるアレクサンドル3世橋があり、人気の観光スポットになっています。

アンヴァリッドの歴史
アンヴァリッドが建てられる前、ここは何もない沼地でした。グルネル地区と呼ばれるこの場所は、サン・ジェルマン・デ・プレ修道院の所有地で耕作しても何も育たない場所だったそうです。この地にルイ14世が輝かしい黄金のドームを持つ療養所を建てたのには理由がありました。一つはフランスのために戦った傷痍軍人たちの功績を讃えるための美しい療養所を作ること。ルイ14世はパリの街中を歩く傷ついた兵士たちの姿に心を痛めていたと言われています。しかしその一方で、片手を失ったり負傷をした軍人たちがパリの中心部を歩いている風景は、王にとって華麗な都パリの中で目を背けたい事実でした。そのためルイ14世は、パリ中心部から離れたグルネル地区(今のパリ15区)にアンヴァリッドを建設することを決定します。1674年にアンヴァリッドは完成し、それは施療院と養老院を兼ねるもので、退役軍人たちはそこで死ぬまでの間食事と住居が与えられました。しかし規律か厳しかったようです。その後も工事は続き、長い時間をかけてアンヴァリッドの中に教会が完成します。今日私たちが見ることのできる黄金のドームが完成したのはさらに後の1706年のことで、太陽王ルイ14世もすでに68歳になっていました。

フランス革命の発端になった
フランス革命の発端と言えば、「バスティーユ襲撃」が有名ですが、パリの民衆がバスティーユ要塞を襲撃する前に、アンヴァリッドへやってきました。アンヴァリッドの武器庫内にある銃を奪うためでした。アンヴァリッドへ押しかけた民衆は小銃と大砲を奪い、その後弾薬を求めてバスティーユ要塞に向かいました。アンヴァリッドがフランス革命の発端だったと言えますね。

ナポレオンが眠る黄金のドーム
アンヴァリッドで有名なものと言えば、皇帝ナポレオンの墓です。フランス革命の頃からアンヴァリッドは「勝利の寺院」としてフランス軍人にとって重要な場所になっていました。ナポレオンもたびたびアンヴァリッドを訪れては負傷兵たちに尊敬の念を抱き続けていました。アンヴァリッドに多額の予算を与えたのもナポレオンでした。1840年、セント・ヘレナ島から移送されてきたナポレオンの遺骸はアンヴァリッドの教会に置かれ、壮大なお墓が作られました。中庭には元々ヴァンドーム広場の円柱の上にあったナポレオンの銅像が立っています。


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