パリ観光の写真|Photo of Paris

モンマルトル|Montmartre

モンマルトル
見晴らしのいい祝祭の丘へ
モンマルトル モンマルトル

モンマルトルの由来は?
パリの右岸18区にあるパリで一番高い丘。この丘は約2000年前から信仰の対象となっていて、ローマの商売の神メリクリウスを祀った神殿がありました。3世紀にパリで初めてキリスト教を布教したサン・ドニが首を切り落とされた場所で、殉教者の丘モン・デ・マルティール(Mont des Martyrs)が名前の由来とされています。モンマルトルは今でこそ有名観光地ですが、19世紀まではブドウ畑と風車が回るひなびた農村でパリの郊外に位置していました。その頃はパリの税法が適用されないため、多くの人がここに移り住み、その結果安い居酒屋が多くできました。丘の上で修道女たちがワインを作っていたことも飲み屋街になる要因でした。1860年、当時のセーヌ県知事オスマンの命によって12区だったパリは20区に拡大されます。その拡大によってモンマルトルはパリ市の一部に組み込まれました。

19世紀の半ばからは、パリ改造で整備されてしまったパリ市内から逃れるように多くの芸術家たちがモンマルトルの丘に集まり、まだ残る農村風景をカンバスに描きました。そして19世紀の末には、自由奔放な芸術家たちの溜まり場となり、エミール・グドー広場にある洗濯船(Bateau Lavoir)にピカソやモディリアーニが暮らしながら絵を描きました。19世紀末から20世紀にかけて、モンマルトルはシャンゼリゼ大通りに代わって「パリ最大の歓楽街」になり、ムーラン・ルージュ(赤い風車)やシャノワール(黒猫)といったキャバレーが生まれました。中でも有名なのは芸術家や文学者が集まっていたラパン・アジル(跳ねウサギ)で、ピカソ、ブラック、アポリネール、マックス・ジャコブ、カルコなどが出入りしました。

1914年以降(または第1次世界大戦後)は、多くの芸術家たちが活動拠点を左岸のモンパルナスに移してしまったため、芸術家の溜まり場としての人気は寂れていきます。これは主にモンマルトルの観光地化・高級住宅地化のためでした。2010年現在では観光客に人気のパリ観光地として栄え、未だに下町的な陽気な雰囲気が残っています。


モンマルトルの写真
モンマルトルの丘(全景) モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル モンマルトル
サクレ=クール寺院 パリ一高い丘のシンボル
モンマルトルの丘と言って真っ先に思い浮かべるのは、モンマルトルの丘の頂上にある白亜の寺院サクレ・クール。パリの様々な場所から眺められるモンマルトル一の観光名所です。これはもともと普仏戦争(1870-1871)の戦没者を慰霊するためにカトリック教徒とたちの献金によって造られたもの。1873年に建設が決定されましたが、パリ・コミューンの叛徒たちが死を遂げた場所でもあり、建設に反対の意見もありました。また丘の地盤は古代ローマ時代からの採石場だったため地盤が悪く、寺院が完成したのは40年後の1914年でした。

設計はポール・アバディによるローマ・ビザンチン様式。当時のパリでは異色の建築様式です。エッフェル塔と同じく、完成当初これを美しいと思った人はいなかったそうですが、今ではパリ随一の観光名所として毎日多くの人でにぎわっています。何より、この寺院の目の前から眺めるパリのパノラマは最高で、パリという「大海原」を眺めている気分になれます。近くには画家の多いテルトル広場もあり、下町の楽しい雰囲気が残っていますが、似顔絵を勝手に売りつける強引な画家もいるのでご注意を。

またサクレ・クール寺院は上ることもできます。寺院内のらせん階段を234段ほど上がっていくと、円天井に出ます。ここから眺めるパリの風景はまさに絶景。ガーゴイル(怪物の石像)越しにエッフェル塔、晴れた日にはパリのはるか向こうの丘を見渡すことができます。おすすめは閉館前の夕暮れ時。赤く染まるパリのパノラマはずっと見ていたいと思うほど美しいです。


サクレ・クール寺院の写真
サクレ・クール寺院 サクレ・クール寺院 サクレ・クール寺院 サクレ・クール寺院 サクレ・クール寺院 夜のサクレ・クール寺院 夜のサクレ・クール寺院
モンマルトルのブドウ収穫祭のパレード モンマルトルのブドウ収穫祭
モンマルトルの丘は10月になると祝祭ムードに包まれます。モンマルトル美術館の裏手に小さなブドウ畑があり、毎年10月にブドウが収穫され、大々的なお祭りが開催されるのです。フランス各地の特産品やワインが味わえる祝祭イベントで、中世の伝統的な衣装に身を包んだフランス各地のパレードや盛大な花火も行われます。この期間にモンマルトルにいれば、フランス各地の文化と食を味わうことができます。

モンマルトルのブドウ畑の総面積は1556平方メートル、生産される品種は75%がガメ、20%がピノ・ノワールです。ワインの名前は「ル・クロ・モンマルトル」。他のフランス地域に比べて味においては劣るかもしれませんが、パリ産ワインという珍しさから毎年高値でも売れ行きは上々。大衆酒場にあるようなアルコール低めのワインらしいです。10月にモンマルトルへ行くときは、是非試してみてください。

モンマルトルのブドウ収穫祭の詳細
時期:毎年10月の2週目(5日間)
場所:モンマルトル周辺


アメリのカフェ アメリのカフェ
日本人女性にとって、モンマルトルといえば映画「アメリ」のカフェだろう。どこにでもあるカフェ&ブラッスリーであるカフェ・デ・ドゥ・ムーラン(Cafe des 2 Moulins「2つの風車カフェという意味」)は今や人気の観光地となっている。それくらいこのフランス映画の人気は高く、多くの女性がモンマルトルにあるこのカフェに立ち寄る。そこには映画「アメリ」のポスターも飾られていて雰囲気満点。映画の中で主人公アメリが食べていたクレーム・ブリュレはもちろん店の人気商品だ。しかし下町にある普通のカフェがこんなにも人気を博すなんて誰が想像しただろうか。まさにジャン=ピエール・ジュネ監督さまさまである。監督自身もよくこのカフェに行くらしいが、日本人女性には未だに監督だと気づいてもらえず、ポスター写真を撮るからどいてと言われることもよくあるという。ちなみにカフェの名となっている「2つの風車」とは、キャバレーであるムーラン・ルージュの飾り風車とパリで唯一の風車ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット(かつては有名な屋外居酒屋だった)のことを指しているようだ。

アメリのカフェの詳細
カフェ・デ・ドゥ・ムーラン(Cafe des 2 Moulins)
住所:ルピック通り15番地 (15 rud Lepic 75018 Paris)


モンマルトル墓地 モンマルトル墓地
モンマルトル墓地はモンマルトルの丘の西にある墓地です。ペール・ラシェーズ墓地やモンパルナス墓地と比べて知名度は低いかもしれませんが、多くの作家や映画監督、画家が眠り、毎日多くのファンが訪れます。サクレクール寺院やムーラン・ルージュなどの観光地にも近く、モンマルトル観光の合間に散策することができます。

モンマルトル墓地の詳細
パリ18区にある墓地
最寄りメトロ:プラス・ドゥ・クリシー (Place de Clichy)


その他のパリのカルチエ
モンパルナスパリ北駅・東駅周辺ボブールマレ地区メニルモンタンベルヴィル

モンマルトルの主な観光


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