パリ観光の写真|Photo of Paris

日記|Diary

マルセル・ムルージ『エンリコ』を読む【小説】(2015/11/5)

マルセル・ムルージ『エンリコ』 この前神保町の古書市へ行ったとき、ふと一冊の本が目に留まった。赤ワイン色の表紙にモノクロの写真が2枚載っている。まさかとは思ったが、やはりそれはウジェーヌ・アジェのパリ写真で、本には『エンリコ』という不思議なタイトルがつけられていた。小説の表紙がアジェの写真で飾られていることにただならぬ気配を感じ、買うことにした。このような発見があるからこそ古書市はやめられない。

作者はマルセル・ムルージ。日本ではほとんど知られていない作家で、私も初めて知ったが、どうやらシャンソンの歌手でもあったようだ。日本では『ちいさなひなげしのように』という曲で知られているので、ご存知の方もいるかもしれない。1943年の発表らしく、70年以上も前の小説だから戦時中だ。タイトルは主人公の名前だった。物語はパリの貧民街ベルヴィルで生きる少年エンリコの日常を描いたもの。心の優しい主人公の貧困と周囲からの隔絶という意味では、エマニュエル・ボーヴの作品にも通じるものがある。しかしエンリコにはボーヴの主人公のような暗さはない。暴力を振るう母親、アル中の父親に挟まれながらも、絶望的な環境の中で文句も言わずに必死に生きるエンリコは信じられないほど強い気力の持ち主だ。愛と憎しみがこれでもかというくらいに混ざりこんだ小説。文体はヘミングウェイのようにシンプルでいながら詩的で、非常に強烈な印象だった。


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クリス・マルケル特集【映画】(2015/7/27,29)

アテネフランセ 久しぶりに御茶ノ水のアテネフランセへ行ってきました。
クリス・マルケル特集で『ラ・ジュテ』『不思議なクミコ』『サン・ソレイユ』を鑑賞。
『ラ・ジュテ』は前からずっと見たかったSF映画。
写真(静止画)のみを使ったフォトロマンという編集方法で作られた映画でした。
第3次世界大戦後の崩壊したパリを舞台に、過去にタイムトラベルした男が
子供時代に見かけた女性と再会する物語。
モノクロ写真とナレーションのみの静かな破滅的世界が美しい。
ゴダールの『アルファヴィル』もこの映画の影響を受けている。

『サン・ソレイユ』は日本とアフリカについてのドキュメンタリー。
監督が考える生の存続の二極地が日本とアフリカということらしい。
80年代の東京の映像。まさに自分が生まれた頃。なんだか懐かしく、
また遠い国の風景のように感じるのは、撮影したフランス人監督の眼で街を観ているからだろうか。
監督の日本への尽きない興味を感じさせる映像とナレーション。

アテネフランセのひっそりとした青い光、目の前にあるお堀の向こうに見える文化住宅。
帰りの御茶ノ水駅のホームから見える聖橋はなんだか古代ローマを思わせる。
ホームから壮大な橋脚を見ることができる駅も珍しい。


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6月のパリを撮影してきました【報告】(2014/6)

6月のパリ撮影 2014年6月にパリへ行ってきました。
夏のパリ風景とまだ取材できていないパリの観光地を撮影しに約6日間の強行取材でしたが
近いうちに皆様に写真をお届けできればと思っています。
今後ともパリの写真をよろしくお願いします。
(写真:セーヌ河岸にて)


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写真展『アジェの見たパリ』【写真】(2014)

写真展『アジェの見たパリ』 稲垣徳文さんの写真展『アジェの見たパリ』を見てきた。
約100年前に写真家アジェによって撮影された場所で再び撮影する試み。
講演会ではパリでの撮影エピソードなどが聞けて本当に楽しかった。
濡れた石畳を撮るためにわざわざ雨が降る日を選んだことや、
アパルトマンの正面に光が差すまで待っていたことなど、
パリへの静かで強い愛が伝わってきた。
やはり写真は待つことが大事だ。
また人物写真は2度目のシャッターのほうがいい笑顔をしてくれるなど、
なるほどと思わせてくれる経験を聴けて大変参考になった。
いくらアスファルトが多くなっても、パリはいつまでも石畳の街だ。
そして人と光と影がこんなに美しく撮れる街は他にないだろう。
この写真展を見て、改めてそんなことを思った。


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アラン・レネ『あなたはまだ何も見ていない』【映画】(2014)

アラン・レネ追悼上映 今年の3月にアラン・レネが亡くなった。
ヌーヴェル・ヴァーグの旗手がまたひとり。91歳。
いつも知的で美しく挑戦的な映画を見せてくれていた監督の新作はもう観れない。
日仏学院でアラン・レネ監督の追悼上映があったので行ってきた。
前からずっと見たかった『あなたはまだ何も見ていない』(2012)を観ることができた。
この映画から伝わるのは愛することの難しさ、複雑さだ。
愛を美しく単純にするには、現実の外にある異世界に行かなければならない。
ストーリーはジャン・アヌイの戯曲『アントワーヌ、あるいは挫折した恋』を下敷きにしていて、
物語の中に出てくる劇『エウリディケ』はやはりジャン・アヌイの『ユリディス』をモチーフにしている。
彼の作品もいつか読んでみたい。
また『ユリディス』はさらにギリシャ神話『オルフェウスとエウリディケ』の影響を受けている。
恋に落ちたが死に別れ、地獄で再会し、そこから逃げ出そうとする男女の物語だ。
この神話もとても興味深い。黄泉の国の日本神話にも共通点がある。
ギリシャ神話はまさに現代のドラマにも息づいている。


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アブデラティフ・ケシシュ『アデル、ブルーは熱い色』【映画】(2014)

『アデル、ブルーは熱い色』 ようやく『アデル、ブルーは熱い色』(2013)を観ることができた。
映画史上初めて監督と主演女優2人にパルムドール賞が受賞されたことで 話題になっていた作品だが、
個人的には青い髪のレア・セドゥが出演することで一年ほど前から気になっていた。
青い髪という設定は原作のフランス漫画(バンドデシネ)から来ていて
そのビジュアルインパクトがなんだか日本の漫画のキャラクターに重なる気がした。
まず上映時間が3時間と聞いてその長さに驚いた。
映画を観て、たしかに長かったが、それは悪い意味ではなく、
まるでアデルという女性の人生に何年間も入り込んだような濃密な3時間だった。
もう一人の主演女優アデル・エグザルコプロスの次回作も楽しみ。

映画『アデル、ブルーは熱い色』の感想


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永遠に失われた写真【思考】(2014/5/6)

私は撮ることのできなかった写真のことをよく考える。それはたった一度の機会を失って永遠に見ることができなくなった想像の中にしか存在しない写真だ。今でもあのとき、写真を撮れなかった後悔が胸を過ぎり、結局今までに大事なものを何も得ることはできなかったのではないかという気持ちになる。一方で撮ることのできた写真は手元のパソコンに半永久的に残ることになる。永遠に残る写真と永遠に失われた写真。その大きな違いはただシャッターを押したか押さなかったかの些細な違いだ。言いかえれば、撮る人間の意識や価値観の違いとなるだろう。その瞬間が大事なものかどうか、それを見極めるためにこれからも撮影を続けなくてはならない。


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ギヨーム・ブラック『女っ気なし』【映画】(2014/3/28)

ギョーム・ブラック『女っ気なし』 ギヨーム・ブラックの『遭難者』と『女っ気なし』を観てきた。すごい映画が出てきたと嬉しくなった。ジャック・ロジエ監督の『オルエットの方へ』を観たときの衝撃を思い出す。バカンス映画だけど、映画全体に漂ううらぶれてさえない感じが、とてもいい。孤独でせつないエリック・ロメール映画といった感じ。両方の映画に出演していた俳優ヴァンサン・マケーニュのシャイなダメ男ぶりが文句無しに素晴らしい。一目見て好きになった俳優だ。フランス人らしからぬシャイでさえないダメ男を演じたヴァンサン・マケーニュは愛らしく憎めない。リアリティあふれる色彩とカメラワークはジャック・ロジエ監督のバカンス映画に通じるけど、なにもかもさえない感じがこの映画の特徴でもある。天気の悪いうらぶれたリゾート街を舞台に、独身中年のホテル管理人の実らない恋を描く。ギヨーム・ブラックの『女っ気なし』はまさに、あのヌーヴェル・ヴァーグの精神が今も続いていることを教えてくれた。今年最も印象に残る映画になる気がした。

映画『女っ気なし』の感想


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エリック・ファーユ『長崎』【読書】(2014/3/10)

フランソワ・オゾン監督『17歳』 フランスの作家エリック・ファーユの『長崎』を読みました。数年前に日仏学院で彼の講演を聴いて以来ずっと気になっていたのですが、その邦訳が2013年の秋に出版。ようやく読むことができました。長崎に住む独り暮らしの男に起きた不思議な事件に関する物語。フランス人から見た不思議でミニマルな日本を舞台に平凡な日本人を主人公にした今までにないフランス小説です。久しぶりに新しい世界を堪能しました。

小説『長崎』を読んでの感想


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フランソワ・オゾン監督の新作『17歳』【映画】(2014/2/22)

フランソワ・オゾン監督『17歳』 フランソワ・オゾン監督の新作『17歳』を観てきました。主演のマリーヌ・ヴァクトが美しい。現代パリの若者の売春を題材にしつつ、思春期の女性の内面に迫る上質のフランス映画を堪能しました。久しぶりに正統なフランス映画を観たかもしれません。ラストの先が見たくなります。シャーロット・ランプリングがいい味を出していて、彼女がスクリーンに出るだけで映画の謎がさらに深みを増しますね。ブログに感想を書きました。

映画『17歳』を観ての感想


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古本のマルシェ【日常】(2013/11/8)

古本のマルシェ(日仏学院中庭) 今日はフランス語学校で行われた古本のマルシェに行ってきました。
フランス関連の古本やバンド・デシネ(フランスの漫画)、写真集、CDが売られていて、
なかには5冊で2000円のコーナーや一冊100円のセールまで。
アジェの写真集やヌーヴェル・ヴァーグ関連の本、シュールレアリスム作家の本が 目に留まりました。
日本で買うと高いフランスの原書も数百円で購入できます。パトリック・モディアノはやはり人気のよう。
フランス関連の古本市は日仏学院ならではの催しで 時間を忘れて見入ってしまいました。
中庭での開催だったので、近くの猫も来ていましたよ。
あまりお客さんが来ていませんでしたが、土日に開催ならもっとにぎわうかもしれません。
神保町にもなさそうなフランス小説もありそうで、来年も是非来ようと思いました。


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アジェの写真集【日常】(2013/9/28)

ウジェーヌ・アジェの写真集 仕事でお世話になっているイギリス在住のYさんより、 ウジェーヌ・アジェの写真集を以前お土産に頂きました。
とても気に入っているので、たまに出して眺めています。
タッシェン社の豪華な写真集で、19世紀パリを撮り続けた作家の視線を
心ゆくまで楽しむことができます。
アジェの撮るパリは人気のない街路ばかりで沈黙のパリですが、
じっと見ていると100年以上前に街路に立っていた彼の思念が聞こえてきそうな気がします。 知っている通りが出てくると嬉しいものです。




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目に見えぬもの【思考】(2013/6/5)

私が常日頃考えていることは、時間は見えないということだ。
自分が子供時代に10年間住んだ街と言っても、
そこにあるのはただの街であり、10年という歳月ではない。
懐かしくなってその街の写真を撮ったとしても、他人からしてみたら ただの何の変哲もない風景なのだろう。
また街が壊され風景が変わってしまったら、もはやその10年間は 記憶の中にしか留まらないだろう。
その記憶さえも不安定であるから、いずれは変化し忘却し どこにもなにも残らないだろう。
それでも私が写真を撮るのは、そんな忘却への無駄なあがきの一つなのかもしれない。


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カレンダー買いました【日常】(2013/2/16)

ロベール・ドアノーのカレンダー
新年になって、しばらく家にカレンダーなかったのですが、ようやく気に入ったものを見つけました。
フランスの写真家ロベール・ドアノーの写真カレンダー。
モノクロ写真が主張しすぎず、部屋に合う。
パリを身近に感じられて、すごくいい感じです。


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リュック・ムレの「ビリー・ザ・キッドの冒険」を観る【映画】(2013/2/9)

リュック・ムレ映画特集
アテネフランセでリュック・ムレ映画特集をやっていたので行ってきました。 リュック・ムレの『ビリー・ザ・キッドの冒険』。ヌーヴェル・バーグの周辺にいたムレの低予算西部劇。『おとなは判ってくれない』で子役を演じたジャン=ピエール・レオー主演と聞けば観ないわけにはいかない。西部劇なのに馬は走らず派手な銃撃戦も皆無。非常に脱線的で面白い恋の映画でした。一応ストーリーにはなっていますが、リアルではなく、むしろ漫画的でコミカル。その世界観にジャン=ピエール・レオーが見事にはまっていました。彼の動きは非常に面白い。あのせわしないコミカルな動き、無垢で開放的な欲求、飄々とした態度。まさに子供が大人になったようなぎこちなさと愛嬌がある。動き自体が特徴となる俳優はなかなかいない。彼の映画はどれもスクリーンから眼が離せない。「女は銃」という劇中挿入歌が印象的。女は武器、女は荷馬車だといった歌詞で、映画の中でも、主人公(レオー)は女によって苦しめられますが、愛を与えられるのも女によって。破天荒な物語ながらも深い愛についての映画でした。

映画上映後、映画作家による講演会がありました。ムレ映画は低予算と山がキーワードになっているとのこと(ムレの趣味は山登り)。エピソードをつなげたようなストーリーのない映画が彼の特徴で、ロメールからブニュエル的(構成がない、脱構築)だと指摘されたという。講演ではムレの他の作品も部分的に上映され、貴重な体験でした。

『ビリー・ザ・キッドの冒険』(A Girl Is a Gun, Une Aventure de Billy le Kid/1971/フランス)


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レオス・カラックスの「ホーリー・モーターズ」を観る【映画】(2013/1/27)

ホーリー・モーターズ
レオス・カラックスの新作『ホーリー・モーターズ』を観てきました。 長編としては前作『ポーラX』以来13年ぶり。 日本ではジュリエット・ビノシュ主演の『ポン・ヌフの恋人』の監督として知られ、 名優ドニ・ラヴァンと30年に渡って仕事をしてきたレオス・カラックス。 その彼が10年以上の沈黙を経て、衝撃的な新作を見せてくれました。

『ホーリー・モーターズ』の感想はこちら

『ホーリー・モーターズ』(Holy Motors/2012/フランス)


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谷口ジロー原作のフランス映画を観る【映画】(2012/11/14)

遥かなる町へ
日仏会館で秋に開催される文学関連のイベント「読書の秋」。今年は谷口ジローの漫画『遥かな町へ』がフランスで映画化されましたので、その上映会に行ってきました。14歳の中学生時代に戻ってしまう男の不思議で美しい物語。舞台も日本からフランスに移されてます。自分がもし中学生に戻ったらと考えて、妙に懐かしい気持ちになりました。ありえないタイムスリップがとても自然に描かれていて、一応SFなんですがそれ以上の深みとリアリティがあります。

この漫画はフランスでも翻訳されているほど人気。映像も美しく静かに物語は進みます。60年代くらいのフランスの風景や暮らしが再現されていて、レトロなフランスが好きな人にはたまらない映像です。キャスティングや登場人物の演技など、原作者谷口ジローへのリスペクトが随所に感じられ、原作者自身もカメオ出演で登場しているところも面白いです。今年観た映画の中では一番印象的な映画でした。

『遥かな街へ』(Quartier Lointain/2010/ベルギー、ルクセンブルグ、フランス、ドイツ)


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アルザス料理【日常】(2012/05/03)

東京のフレンチ 東京のアルザス料理
東京はすでに梅雨のような季節です。水分の多い街は嫌いではないんですけど、初夏になって気温が徐々に高くなるとパリへ逃げ出したくなります。この日は都内でアルザス料理を食べました。鳥レバーのパテとシナモンたっぷりのパンの相性が抜群でした。値段は少々高めでしたが、たまにはこういうお店で食べるのもいいなと思いました。お店で一番気に入ったのは、実は紙のテーブルクロスのデザイン。黄色い地図ってなぜか好きです。


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ロベール・ドアノー生誕100年【写真】(2012/04/14)

今日はフランスの国民的写真家ロベール・ドアノーが生まれて100年の日です。Googleのロゴで気づいたわけですが・・・。彼の撮ったモノクロのパリの日常風景は、やはり私のパリ歩きの原点です。彼の写真に出会わなければ、パリを撮ろうとは思わなかったと思います。夜のパリを撮ったブラッサイと合わせて、私をパリに導いた写真家です。「パリ市庁舎のキス」が演出された写真だったのはショックでしたが。2007年にパリ市庁舎で行われたロベール・ドアノー展が印象に残っています。


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2012年【挨拶】(2012/01/01)

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ますます時代のスピードは速くなっていきますが、私はいつも通り自分の歩みで隠れたパリの魅力を記録し続けていく予定です。今年もパリとの距離を少しでも縮められるように、写真を通してパリの魅力を届けていければと思います。

→年賀状2012


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パリ撮影に行ってきました【写真】(2011/07/23)

パリ撮影旅行 宿泊したホテルの窓から
一年ぶりにパリへ撮影に行ってきました。行きの飛行機で、トラブルに見舞われ北京に1泊逗留というアクシデントもありましたが、なんとか無事にパリに着くことができました。

今回は前回見れなかった路地裏や家具工房の残るパリ下町、近代写真の父ウジェーヌ・アジェの撮った地点を中心に撮影してきました。もちろん大好きな猫探しも。やはり6月のパリは最高です。非常に暑かったんですが、湿気はなく公園などの木陰は本当に気持ちいい。何ももたずにただいるだけの幸せ、それこそがパリですね。


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フェリックス・ティオリエ写真展【写真】(2010/07/25)

フェリックス・ティオリエ写真展 フェリックス・ティオリエ写真展
東京で久し振りに写真展へ行ってきました。世田谷美術館で開催されていた「フェリックス・ティオリエ写真展」。新聞で紹介されていた「ヴェリエールの農場」というモノクロ写真が美しく、見に行こうと思いながらようやく足を運んだのは展覧回の最終日。どうやらこの日にしか見られないという絶体絶命的な日にならないと私の足は動かないようです。

フェリックス・ティオリエ(Felix Thiollier 1842-1914)はフランス人の写真家。なんでも写真が発明されたばかりの黎明期に、37歳でリボン工場経営の仕事を辞めて、残りの時間を趣味(写真)のために費やした人らしい。ということはアマチュアの写真家なんでしょうか。1850年代に写真を学び始め、1860年代には本格的な撮影を始めています。今のようにボタン一つで押すタイプの写真ではもちろんないから、撮影には勉強が必要だったんですね。写真にのめりこんだ彼は、1870年代にフォレ地方(ロワールからオート=ロワールに広がる地方)に2つの屋敷を購入し、そこに残る自然を撮影しています。その一つは農場付の屋敷、もう一つは13世紀に建設された騎士団の館(ヴェリエールの邸宅)だというから、裕福な人だったんでしょうね。

展示会場は世田谷区にある世田谷美術館(砧公園内)。駅からは遠いですが、森の中にあるような静かな佇まいの美術館。美術館の前に「いま蘇る19世紀末ピクトリアリズムの写真家」という広告が飾られていました。19世紀末、そしてピクトリアリズムという言葉に惹かれます。ピクトリアリズムとは何ぞや?絵画的な写真ということだろうか。よく分からない。

フェリックス・ティオリエ写真展 展示写真のポストカード
とにかく、写真は実物を見ることが何よりも大事です。チケットを買って早速鑑賞。まず目に入ってきたのは肖像写真。彼自身の姿や家族の写真など。この辺りは初期の写真にありがちな被写体なので、なるほどという感じで見る。しかし驚いたのは『エトラ村の「レ・ブルノー」でのエマ・ティオリエ(フォレ地方)』という作品。まるで絵のような美しい風景の中に佇む女性の構図が、あまりにも決まっていて唸るほどであった。これぞピクトレスクというのではないだろうか。それにしても写真の構図が美しい。カメラ自体がまだ目新しかった「発明品」だった頃から、こんなに美味く光と構図を捉えた「粋な」作品を撮っていた人がいたとは。写真は自然や家族写真だけでなく、交流のあった芸術家の肖像、農村の風景、ワインの収穫風景、パリで開催された万国博覧会の写真まであって興味深い。メトロの工事風景などの貴重な写真も!どんな場所でも工事中の写真を撮っている人っているんですね。彼らのおかげで当時の様子が分かるのはありがたいことです。個人的に気に入ったのは、パリのノートルダム寺院の上で怪物と同じポーズとしている妻の写真。今回の写真展は、一人の写真家の作品でありながら、パリとフランス地方の歴史を眺めているかのようで、非常にダイナミックな写真展でした。こんな素晴らしい写真家が今まで埋もれていたとは。まだまだ発見は多そうです。


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エリック・ロメール日本未公開作品「室内遊戯」とエロイーズ・ベネット来日【映画】(2010/05/29)

久し振りのパリ日記です。昨日の土曜日、日仏学院で驚くべき上映会がありました。エリック・ロメールの日本未公開の映像をその日限りで上映するというものです。しかもフランスでさえテレビで一度公開されただけの貴重なフィルム!これは観なければ!

タイトルは『室内遊戯』"Les Jeux de societe" (1989)。フランスのテレビ局アルテ(芸術系番組)のドキュメンタリーチャンネルとして制作された57分間の映像作品です。各時代に行われていた実際の遊戯を再現して、そこから歴史を読みとこうとする主旨の番組のようです。

上映室に入り、見る前から興奮していましたが、なんと今回は『春のソナタ』にエーヴ役で出演したエロイーズ・ベネット(Eloise Bennett)が会場まで来てくれました!こんなことが起こるなんて信じられません・・・「春のソナタ」の登場人物が実際の目の前に現れる瞬間は、あっさりと訪れました。そして素晴らしかったのは、エロイーズ・ベネットが映画の中とほとんど変わらず美しく、笑顔の素敵な女性だったことです。

実際の上映作品は非常に難解なものでした。(意識が半分飛びました)執政政府時代に行われた「尋問台ゲーム」やルイ14世時代の「目隠し鬼」、ルイ16世時代の「私は恋人を**だから愛している」という言葉遊びゲームなど。しかし上映前にエロイーズ・ベネット自らこの作品の解説をしてくれたので、なんとか理解することができました。(それでも30%くらいしか分からなかった)

映画「春のソナタ」の一場面
上映後に頂いたエロイーズ・ベネットのサイン(写真は『春のソナタ』の一場面) 上映後は再びエロイーズが舞台に登場し、エリック・ロメールとの出会いや作品について語ってくれました。ロメールは原作者の主観的な視点を大事にしているということ。文学作品のテキストを一字一句変えずに映画に採用していること。また、いかにその時代のリアリティを出すかについては、絵画が動くような『グレースと公爵』の映像を流しながら、解説してくれました。 他にパスカルやカントなどの哲学者を多く引用するシーンについては、『モード家の一夜』『春のソナタ』の映像の一部を流しながら解説。なんだか映画の講義を受けているかのような充実感でした。

彼女がロメールと最初に出会ったのはパリのサンジェルマン・デ・プレに住んでいた13歳のとき。『海辺のポーリーヌ』のオーディションでした。ロメールはお茶が大好きで、彼の事務所でお茶を飲んだそうです。そのオーディションには落ちてしまいましたが、ロメールは彼女のことをずっと覚えていて、本日上映の『室内遊戯』で抜擢され、美しいギリシャ風の衣装に纏った女性を演じました。そして四季物語の第一回作品『春のソナタ』でエーヴ役として出演することになるのです。

彼女は現在、ベトナムで教師として生活しているようです。彼女にとってベトナムに行くことは、ロメールの映画に出演するのと同じくらいエキサイティングなことだと言っていました。この日は私にとってもエキサイティングな一日でした!

「室内遊戯」"Les Jeux de societe"(1989/フランス)
監督:エリック・ロメール


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イタリア映画祭【映画】(2010/05/03)

今回はフランス映画ではなく、イタリア映画の話です。パリに関係がありませんが、ご了承を・・・。なぜイタリア映画かと言うと、前の職場の先輩が都合が悪くなって観にいけなくなったため、急遽僕がチケットを頂いて見ることになったのです。行ってきたのは有楽町で開催中のイタリア映画祭2010。僕にとってイタリア映画は「ベニスに死す」であり「イル・ポスティーノ」であり、最近のイタリア映画は全く知りません。最近は合作が多くて知らないうちにイタリア映画を見ている可能性もありますが、純粋な(?)イタリア映画は本当に久し振り。そのため、これは素晴らしい機会となりました。しかし一日に2本もイタリア映画を見たのはきっと初めての経験でした・・・

イタリア映画祭2010 まず最初に観たのが「重なりあう時」"La doppia ora"(写真)。ポスターのビジュアルからして、サスペンスもしくはホラー要素が強そうだなというのが第一印象。2009年ヴェネチア映画祭で主演女優賞を受賞したクセニア・ラパポルトが主演。トリノのホテルで清掃係として働くソニアはスロベニア移民。テープでイタリア語を勉強しながら、日々ベッドメイキングの仕事をこなしている。オープニングはホテル客の自殺のシーンをソニアが目撃したところから始まります。最初その女性客が主人公かと思ってみていたら、いきなり投身自殺を図ってしまい、見ているほうも驚きでした。一体この映画どうなるんだ?なにやら始まりから不穏な空気が映画全体に流れていました。

ある日ソニアは、「スピードお見合いパーティー」でグイドという男と知り合います(イタリアにもこういうイベントがあるんですね。薄暗いシックなレストランで10分おきくらいに違う人と次々と話していくせわしないイベント)。口数の少ないグイドは別荘のガードマンとして生活しています。仲の良くなった2人は、グイドの勤務する大金持ちの別荘で時を過ごします。しかしそこに突然強盗が入り、恐ろしい事故が起こります。映画のストーリーラインからいきなり外れた感触があって、その意外な展開に驚きました。徐々に内容はサスペンスの様相を呈していき、途中で主人公に意外な正体が判明します。

ラストは結局何かが解決したわけでもなく終わったような唐突さが残りました。しかし観客を騙す監督の手腕は見事。そして主人公の起こした過ちへの後悔が恐ろしい夢となって表出してくる中盤のシーンはこの映画の肝でしょう。原題は「2層の現在」という意味でしょうか。夢と現在が映画の中で進行していくという意味での「2層」になっていて、人間は決して一つの人生を生きているわけではないのだということを教えてくれます。後悔や理想を引き摺りながら複雑に生きている。後からいろいろ考えていると、この主人公の複雑な心理が映像の中にちりばめられていたことに気づきます。映画祭だからこそ見れた映画でしたね。この映画はトリノが舞台でしたが、トリノ舞台のイタリア映画といえば「トリノ、24時からの恋人たち」がありました。こっちは若者の三角関係を描いた恋愛映画。

イタリア映画祭2010 2本目は「まっさらな光のもとで」"Lo spazio bianco"(写真)。フランスでいうカトリーヌ・ドヌーヴのような貫禄ある女優マルゲリータ・ブイが主演。夜間中学の教師として働くマリアは離婚経験のある女性。あるとき映画館で出会った男と関係を持ち、予期しない妊娠をしてしまいます。相手が出産を望まないため、マリアは一人で産み育てることを決意します。しかし早期出産のため未熟児として生まれた赤ん坊はなかなか呼吸器を外すことができず、マリアは苛立ちと無力感の中で日々不安を募らせていきます。病院の保育室のカーテンが全て白く、その映像のあまりの白さは人生のある「空白期間」を象徴しているように見えました。子供が元気に育っていくかまだ分からない。そんな母親誰もが抱える先の見えない不安な気持ちがこの白い光の中にあったような気がしました。ちょっと怖くなるほどの白さです。

主人公は保育器の前で、待つことを学びます。そして自分の自由を奪った生命と向き合いながら自分自身も成長していきます。こちらはハッピーエンドで終わるストレートな映画でした。親子をテーマにした映画は無数にありますが、出産直後の母の不安を描く映画は意外と少ないと思います。とても新鮮な映画でしたね!

どちらもストーリーが伏線がありそうで消えたりと不思議な感じでしたが、これがイタリア映画なのかなと勝手に思いました。2本とも女性が主人公だったのが印象的でした。特に違和感もなく世界に入っていけたのは自分が最近まで女性を主人公にした小説を書いていたせいかもしれません。

「重なりあう時」"La doppia ora"(2009/イタリア)
監督:ジュゼッペ・カポトンディ

「まっさらな光のもとで」"Lo spazio bianco"(2009/イタリア)
監督:フランチェスカ・コメンチーニ


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ハデウェイヒ【映画】(2010/03/22)

フランス映画祭2010 フランス映画祭4日目に観た「ハデウェイヒ」は間違いなく今年最大の収穫でした。謎めいたタイトルに惹かれて観に行ったんですが、期待以上の映画!良質な水のように揺らぎのないテーマと儀式的なストーリー展開に惹かれました。タイトルは13世紀に実在したフランドル地方の神秘主義者の名前。映画の中ではそこまで出てきませんが。

セリーヌはパリの裕福な親元から離れてフランドル地方にある修道院で生活をしています。しかし信仰の異常な強さからか、規律を守らずに断食をしたり寒風の中に身を晒したりしたため、修道院から俗世へ戻るように指示されます。パリに戻ったセリーヌは、サン・ルイ島にある豪華すぎるアパルトマンで無為な生活を送ります。あるときカフェで出会ったアラブ人の青年と付き合い始めますが、キリストを愛するあまり、肉体関係を持つことを拒否します。しかしいくら祈ってもキリストは目の前に現れてくれません。キリストの不在を嘆いた彼女は次第にイスラム教自体に感化されて危ない行動に出ます。その後修道院に再び戻り、最後にある発見をします。

この映画の面白いのは現代ではなかなかお目にかかれない信仰心の強すぎるパリジェンヌが主人公だということ。教会へ行く人の少なくなったパリでは意外な人物設定かも。監督自身もこの主人公にはリアリティがないと断言していて、「彼女は『愛するという感情の象徴』」だと言っています(確かに彼女の透明な美しさは、人間自体というより何かをひたむきに愛する感情そのものに見える)。彼女の顔のロングショットが多いのはそれを表現したかったかららしい。しかしその愛はちょっと異常なものです。セリーヌはキリストを恋人のように愛していて、そのために人間の男を愛することができません。このような信仰心の深さを描くだけの物語だったら私は共感できませんでした。しかし後半でイスラム教に感化されて大きな罪を背負い、その後再び修道院に戻ったとき、ようやく監督の描きたかったことが分かる仕掛けになっています。最初と最後に登場する修道院の壁を直す土木職人の男がセリーヌに変化をもたらすのです(最初は彼が一体主人公とどんな関係があるのが不思議だったんですが・・・)。

監督は鬼才といわれるブリュノ・デュモン。以前は哲学の教師だったらしく、映画にもその影響が現れています。そして面白かったのは、トークショーで監督が「私はキリスト教などどうでもいい」と答えていたことです。本当がどうか分かりませんが、少なくともキリスト教の信仰者であったらならこの映画は絶対に作れなかったと思います。ラストに待ち構える主人公セリーヌの感情の揺れこそ、神を捨てた後に彼女がようやく見つけた最高のものなのだと思います。とはいえ、映画の中で凱旋門があんな大惨事になるとは驚きました。これは是非多くの人に見て欲しい傑作です!

「ハデウェイヒ」"HADEWIJCH"(2009/フランス)
監督:ブリュノ・デュモン
主演:ジュリー・ソコロウブスキ、カール・サラフィディス


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フランス映画祭開幕【映画】(2010/03/19)

フランス映画祭2010

今年もフランス映画祭がやってきました。祭といっても最近はそんな雰囲気も徐々に減り、唯一の目玉は初日のレッドカーペットくらい(横浜時代のベルエポックはいずこ?)。本当に寂しい限りです。それでも年に一度の最高のフランス的イベントであることに間違いはない。規模が縮小するからこそ、参加して励ましたくなる映画祭なのでした。チケットを予約してくれていた先輩は、ちゃっかり数名の女優のサインをすでにレッドカーペットでもらっていたようです。私は遅れてきたこともあって遠く微かにジェーン・バーキンの姿を見るのみでオープニング作品の上映される映画館内へ。

観たのは「ミックマック」(原題)という不思議なタイトルの映画。「アメリ」や「ロングエンゲージメント」を撮ったジャン=ピエール・ジュネ監督の最新作です。先に言ってしまうと、この映画は完璧なまでに面白い!ここ数年に観た映画の中で文句なしに最高の一本でした。痛快で笑えて、愛に溢れています。彼の映画というと、アメリのように御伽噺的でノスタルジックな雰囲気(セピア色)漂う映画をイメージします。私は基本的に現実のパリをそのままに映す映画が好きなんですが、彼の作品は何故だか見てしまう。計算しつくされた幻想的なパリは、まさに映画でしか見られないパリなのです。ジャン=ピエール・ジュネは映画を見る幸せを完璧な形で与えてくれる稀な監督の一人です。

さてストーリーを少し。監督の描く物語は、いつも唐突でいてシリアス!主人公はパリの小さなビデオショップで働く男バジル。あるとき店の前で起こった銃撃戦に巻き込まれて銃弾が頭に入ってしまい、その負傷が原因で仕事をクビになってしまいます。職を失ったバジルは、路上生活をしながら大道芸人を始めます。パリでホームレス生活を送る姿は、とてもリアルで微笑ましい(セーヌ河岸の工事現場で眠る彼の横を遊覧船が通っていく)。そんなときに廃品回収の老人と出会い、彼らの仲間になります。廃品(鉄くず)の山で造った秘密基地のような愉快な家で、変わった仲間たちと共同生活を始めます。彼らは鉄くずなどの廃品を拾ってきては、ここで修理して生計を立てているのでした(そういえばパリのリシャール・ルノーワル通りに鉄くず市というのがあったらしい)。あるとき自分を負傷させた銃弾を製造している会社、そして幼い頃に父の命を奪った地雷の製造会社を偶然パリ市内で見かけます(この2つの兵器会社が通りを挟んで向かいに立っているところが、ありえないことを現実にしてしまうジュネ的な発想)。そして、その会社に復讐をすることを決意。鉄くず小屋の仲間たちと一緒に戦いに挑みます。この復讐の綿密さには笑ってしまう。廃品回収している彼らならではの小道具をフル活用して、抱腹絶倒の復讐計画が画面に繰り広げられます。この復讐計画こそが、今回のジュネ監督のアイディアが満載につまったおもちゃ箱です。そしてバジルたちが悪徳企業に仕掛ける最後の罠には、見ているこちらも騙されるほどの徹底ぶり!

今回は久し振りにジュネ・ワールドに浸れました。彼の映画の好きなところは社会に適応できない人たちをヒーローにするところ。そして細部までこだわった映像もそうですけど、前半はシリアルで現実的な状況に主人公が置かれるの対して、そこから急に半分ファンタジーのような世界に入って主人公たちを最終的に幸せにしていくこと。これはディズニーランドにちょっと似ている。原題の「ミックマック」とは「たくらみ、陰謀」のこと。「アメリ」では主人公がパリの人を幸せにするために幸福の陰謀をこしらえたが、今回の映画の主人公は巨大な2つの悪徳企業に対して、不幸の陰謀をしていく。悪い人間をやっつけるという安易な筋書きは痛快で面白い。

映画上映後のトークショーでは、アメリのカフェ(Cafe des 2 Moulins)に監督自身もよく行くと言う話に。カフェにいると日本女性がたくさん来ると言っていました。しかし誰も自分が監督だということに気づいてくれず、店内にあるアメリのポスターを撮りたいからどいてくれと言われたらしい。日本女性のかた、心当たりのある方はいますでしょうか??

「ミックマック」"MICMACS A TIRE-LARIGOT"(2008/フランス)
監督:ジャン=ピエール・ジュネ
主演:ダニー・ブーン、アンドレ・デュソリエ、ドミニク・ピニョン


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エリック・ロメール最後の長編【映画】(2010/03/15)

我が至上の愛-アストレとセラドン-のチラシ

ついに念願の「我が至上の愛」をスクリーンで観ました。以前東京で上映していたときは、観ることができず悔しい思いをしていたのですが、今回エリック・ロメールの追悼上映で観ることになりました。まさかロメールの逝去の後にスクリーン鑑賞が実現するとは、皮肉。とはいえ、楽しみにしていた作品を見れるので心も高ぶる。すでに観た映画好きの先輩によれば、「ラストがなんじゃこりゃ?」という感じだと聞いていたので、天邪鬼な私は余計に楽しみになっていたのでした。

いざ見ると、これはすごい。フランスがまだガリア地方だった5世紀が舞台。とある牧歌的な村落に住む羊飼いの男女の純愛が描かれる。なにもかもがまさに御伽噺的で、まったくつじつまが合わないことばかり。男(セラドン)は浮気の疑いを女(アストレ)にかけられて、すぐに川に飛び込んで自殺してしまう(しかもいきなりだ)。しかし運良く美女3人の精霊に助けられ彼女たちの住む城で生活する。途中で独占欲の強い精霊から逃げ出し、2度とアストレの前に現れない誓いを立てて一人で山暮らしを始める。これだけ書くだけでも、なんだか突拍子もない話だが、この時代にはあったかもしれないと思わせるのは画面に映る自然の美しさのせいかもしれない。どれもこれも絵画的な情景でまいってしまう。特に精霊の官能的な美しさはすごい。いかにも演劇的な衣装を身にまといっているんだけれど、あんな精霊に出会えるなら川に飛び込んで自殺してもいいかなと思ってしまう。物語の後半はさらに突拍子もないことになっていく。山暮らしをしながらもどうしてもアストレに会いたいセラドンは、城の催しに修道士の娘として女装して彼女の前に現れる。そこから先はもう笑いとエロティックのすごい世界だ。

ロメールだってきっと含み笑いしながら撮っていたに違いない(推測ですけどね)。しかしすごいのは、この物語が忠誠的な至上の愛とは何かをあまりに真剣に教えてくれるところ。ちょっとおかしくて、変でつっこみをいれたくなるようなストーリー展開も、よくよく考えてみればロメールが人生を通して伝えたかった愛を語るため。自然が美しくて、女性が可愛くてエロティックで、そして最後に教訓を残す。フランス映画の極みはやはりロメールにある。今まで本当にありがとう。

「我が至上の愛」"Les Amours d'Astree et de Celadon"(2007/フランス)
監督:エリック・ロメール
主演:アンディー・ジレ、ステファニー・クレイヤンクール


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カトリーヌ・ドヌーヴ来日【映画】(2010/02/23)

カトリーヌ・ドヌーヴ主演最新作上映イベントのチラシ

昨日、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の新作「隠された日記」がプレミア上映されたので観てきました。友人がチケットを取ってくれたので観にいけたんですが、なんとカトリーヌ・ドヌーヴがこの映画のために来日していました。「国際女性の日」に合わせたイベントでの上映だったのですが、意外に男性のお客さんも多かったです。きっとドヌーヴファンでしょう。初めて見るドヌーヴはなんだか迫力ありました。そして受け答えがとても冷静(当たり前か?)。女性の自由の問題について、熱くならず少し醒めた目線で意見を言うような感じで、大女優の貫禄を感じました。

さて映画のストーリーを少し。カナダで暮らす娘が、フランスの田舎で医院を営む母のところへ戻る場面から始まります。しかし次第に母と娘の間には深い亀裂が生じていることが分かってきます。娘は医院の隣にある祖母の家を掃除して滞在するようになりますが(この発想がフランス的ですね)、あるとき祖母の昔の日記を見つけ、祖母の生き方に共感を得るようになります。しかし50年前に家庭を捨てて出ていった祖母のことを母はまだ許しておらず、その話題を娘がすることにひどく腹を立てます。そうやって物語は気まずい空気のまま進んでいきますが、最後に新たな事実が浮かび上がってきます。娘を演じたマリナ・ハンズ(初めて知った女優さん)が素晴らしい!フランス人は皆そうなんですが、とても自然体の演技で娘を演じています。母はもちろんカトリーヌ・ドヌーヴ。そして祖母(亡霊として出てくるアイディアは秀逸!)はマリ=ジョゼ・クローズ。

あとから気づいたんですが、原題のタイトルが深い。"Meres et Filles"、つまり「母たちと娘たち」という複数形になっているところが、この映画の深いテーマ性を表しているように思えます。この映画には2つの異なる生き方をした母が出てきて、2つの異なる生き方をした娘たちが出てくる。そして、母であると同時に娘であるのは、三世代の真ん中にいるカトリーヌ・ドヌーヴなんですね。家庭を捨てた母親の娘として、そしてフランスを離れてカナダで生きる娘の母親として、彼女は2人の生き方に怒りとまどいながら日々を生きていることが分かってきます。やっぱりすごいです、フランス映画。自分にはよく分からない問題というのが正直なところですけど、こういう世代間の違いと言うのはフランスでもあるんですね。とにかく、娘の生き方がとても現代的なところが今風のフランス映画だと思います。僕が言うことじゃないかもしれないですけど、女性の人たちに是非見てほしい素晴らしい映画ですね。

ドヌーヴが次来日するのはいつになるんだろうか・・・

「隠された日記」"Meres et filles"(2009)
監督:ジュリー・ロペス=クルヴァル
主演:カトリーヌ・ドヌーヴ、マリナ・ハンズ、マリ=ジョゼ・クローズ


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橋の上の娘【映画】(2010/02/22)

タイトルが気になってパトリス・ルコント監督の「橋の上の娘」を借りて観ました。パリの橋と聞くと反応してしまいます・・。なんとなく「ポン・ヌフの恋人」を想起してしまうのは橋つながりだから。でもルコント映画は、実はあまり好きではないんです。いつもおとぎ話のような話の展開で、リアリティが全くないからです。でもつい観てしまう。言ってみれば遊園地のアトラクションのようなものじゃないでしょうか。騙されるのが分かっていながら乗るような・・・。

しかしルコントの魔術はやはりすごい。オープニングに主人公の女性(ヴァネッサ・パラディ)の独白が延々と続くのですが、そこがとてもいい。現実以上にリアリティのある会話。もしかしたらこれはこの女優のオーディションのときの本当の映像ではないだろうか。しかしそこからはやはりいつものべたな出会いに、ありえない展開の連続。橋から身を投げて自殺しようとしていた女が、橋の上でナイフ投げの曲芸師と出会い、いきなり2人で旅に出る。やはり見なくてもよかったと思ってしまう。しかし、会話が憎いくらいいいんです。ここはさすがフランス映画です。こんな会話を一度はしてみたいと思わせるウィットに富んだ応酬が男女の間で交わされます。でもラストもやはりべたで終わる。

中身はないけど、細部で光る。いいのか悪いのか分からないのがルコント映画です。ところで後半の舞台となるイスタンブールは、昨年出かけた街だったので懐かしかったです。

「橋の上の娘」"La Fille sur le Pont"(1999)
監督:パトリス・ルコント


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クラシックと小説のいい関係【思考】(2010/02/21)

よく「休日何をしているの?」と聞かれます。よっぽど正体不明の男なのでしょう。返答に困るのですが、基本的にはインドアな活動をしています。パリにいるときは毎日歩き回ってましたが、東京にいる今はヒキコモリです(笑)。出かけはしますが、目的は限りなくインドアです。フランス映画を見に行ったり、本を探しに行ったり読んだり。あと、家では小説を書いていますね。パリを舞台にした小説です。最近はクラシックを聴きながら書いています。クラシックに詳しいわけでは全然なく、歌詞がなく想像力を喚起させるからなのです。以前ブログにコメントしてくださった方に教えていただいたフランスの作曲家クロード・ドビュッシーの「映像第1集/水の反映」や「夜想曲」は本当にいいですね。あとは大学時代のクラシック好きの友人に貰ったベートーヴェンやショパンをかけてます。最近になってようやくクラシックの奥深さを分かってきた気がします。まあ、聴いていると心地いい。それだけなんですけどね。とはいえ時を越えて芸術家の息遣いが最もよく感じられるのは音楽ではないでしょうか。だって絵は完成した作品しか見られませんが、音楽はその当時の音を今まさに再現して聞くことができるのですから。当然と言えば当然なことなんですが、最近クラシックを聴いててふとそんなことを考えたのでした。そういう感覚を味わいながら小説を書くと、小説の中の人物も生き生きとしてきて、リズムが乗って筆も進む。そして私自身の気分も高揚してくる。書くことは私にとって大切なセラピーでもあるんです。


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度が過ぎるほどのリアリティ【映画】(2010/02/14)

「オルエットの方へ」というフランス映画を観てきました。監督はヌーヴェル・ヴァーグの最年長ジャック・ロジエ(エリック・ロメール亡き今は、彼が最も最年長の監督といえるでしょう)。この映画は今まで日本で一度も上映されておらず、今回限りの上映になりそうなので、いてもたってもいられなくなり観に行きました。彼の映画はフランス人のバカンスを描いたものが多いのですが、この映画もまさにフランス人のバカンスそのものが物語となっています。

パリで働くOL3人が海辺の別荘にバカンスに行くだけの話なんですが、フランス映画でここまで笑ったのは初めてです。どうでもいいことに真剣になって笑い続ける3人、そのうちの1人が好きでバカンス地まで追いかけてきた会社の冴えない上司(この俳優がいい味を出している)。3人が上司をないがしろにするシーンが延々と続きます。映像がいきなり途切れて日付が入るのも、ヌーヴェル・ヴァーグならでは(エリック・ロメールの「夏物語」を思い出します)。

カメラがあるとは思えないあまりにリアルなバカンス風景は最高です。なんというか度を過ぎるほどにリアルな映像とOL3人の無邪気さにただ笑うしかないのです。極めつけはオルエット。題名となっているオルエットは彼女たちがいったバカンス地の近くにある農場の地名。なぜかオルエットの発音をめぐって3人が大爆笑し、「オォォルゥゥエット」と叫び続けます。そして「オルエット・カジノ」という垢抜けない看板の先にあったカジノの正体にまた大笑い。この映画は何が起きても笑ってしまう正真正銘の幸せなバカンス映画。そして、この映画を見ることで日本人がいかに人生の楽しみを損失しているかが分かってしまうところが悲しい。やはりフランスのバカンスは人生の喜びそのものなんだなぁ。60年代のパリのオフィス風景も見所です。

「オルエットの方へ」"Du Cote d'Orouet"(1969-71)
監督:ジャック・ロジエ


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写真のような映画【映画】(2010/02/06)

「不完全な二人」というフランス映画をDVDで観た。監督は日本人の諏訪敦彦。彼の映画はパリを舞台にしたオムニバス映画「パリ・ジュテーム」にも入っていた。監督自身はフランス語は分からないらしいけれど、セリフよりもその場の雰囲気や俳優の手の動きなどを重視する監督なのだなと思った。まず面白いのは撮影の仕方だ。カメラは固定で、ほとんど動かない。アパルトマンの一場面を写真のように切り取り、その中を役者が動いている感じだった。そして最も驚いたのは、主人公の目から見たカットが一つもないことだ。それはつまり映像が全てインヴィジュアル・オブザーバー(透明な観察者)の視点で描かれているということになる。そんな徹底した撮影方法の映画を観ていて思ったのは、構図が非常に美しいということ。これは写真家の目線から作った映画な気がする。ドアの開き加減といい、ナイトテーブルに置かれたランプの位置といい、カット全てが美しい写真集のようでもあった。

物語は離婚を決めた夫婦が、友人の結婚式のために久し振りにパリに戻り、貸しアパートで滞在するというもの。周りからは理想の夫婦(couple parfait)と思われているが、15年の間に愛が冷め切ってしまっていた。大きなストーリー展開は一切なく、喧嘩したり独りきりになったりする夫婦の生活を固定カメラがただ追っていく。この手法がとても面白い。同じくパリを舞台にした「ビフォア・サンセット」も男女の一日をひたすらノンカットで追いかける。撮影が約半月という短期間で終わったのも似ている。しかし「ビフォア・サンセット」が主人公と共にカメラが動いていくのに対して、「不完全な二人」ではカメラは一切動かない。一つの構図に固定し、そこに現れる主人公たちを映し続ける。そこに構図に対する静かな美学を感じる。こういう映画を観ると、また写真を撮りたくなってしまうなぁ。

「不完全な二人」"Un Couple Parfait"(2007)
監督:諏訪敦彦
キャスト:ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、ブリュノ・トデスキーニ


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男が惚れる男【映画】(2010/02/01)

2004年のフランス映画「灯台守の恋」をDVDで観た。前から観たかったのだが、いつもどおり腰が重いのでなかなか観ずにいたのだった。結果的に、この映画には私の好きな要素が全て詰まっていた。現在・過去・現在という構成。二度と会うことはなかった束の間の恋。寡黙な男と人妻との不倫。そして時の流れ。私はこれらの要素に弱いのである。

舞台は1960年代のフランス・ブルターニュのとある島。そこに一人の若者がやってきて、灯台守の仕事を手伝うことになる。閉鎖的な島の生活の中で、若者は皆から疎まれる。そんななかで頑固な灯台守とその妻は次第に彼を受け入れるが、男は灯台守の妻に恋をしてしまう。こんな恋を一度してみたい。それに職人気質の灯台守の生き方にも憧れてしまう。島で一生を過ごす人生もあるのだなと、しみじみ思った。まさに男が惚れる男の生き様である。そして映画のもう一つの主人公は「灯台」かもしれない。妻を寝取られた男の葛藤が灯台の明りを通して伝わってくる映像は迫力がある。荒れ狂う波の中に立つ灯台が、彼らの心を象徴していているところが秀逸。灯台守という過酷な仕事と、恋の葛藤が、灯台に襲いかかる波を通して描かれている。島にやってきた男に恋するサンドリーヌ・ボネールの演技も素晴らしい。「マディソン郡の橋」が好きな方には是非オススメの映画です。

「灯台守の恋」"L'EQUIPIER"(2004)
監督:フィリップ・リオレ
キャスト:サンドリーヌ・ボネール、フィリップ・トレトン、グレゴリ・デランジェール


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手紙の大切さ【思考】(2010/01/31)

私はアナログ文系人間である。Webサイトを作るのは好きだが、これも根本的には文章を作る作業と同じだから、非常に文系的な嗜好といえる。パソコンで人とメールのやりとりをするのが好きだが、やはり手紙の味わいは捨て難い。「モノ」の温もりがとても好きなのだった。

ふと昔の手紙を見つけた。ポストカードだ。私はあるとき、東京のある会社で短期間働いたことがあった。結果的にそこを辞めてしまったのだが、そのときに同じチームにいた同僚からメッセージ入りのポストカードを頂いたのだ。それを先ほど読み返していて、自分はとても素晴らしい仲間と仕事をしていたのだなとしみじみと感じた。私のパリ写真をしっかりと見てくれた人がいたことをこの手紙で知った。それだけで私は言葉に出来ないくらいの感謝の気持ちでいっぱいになった。手書きの言葉には思いがけない力がある。一人一人のメッセージから、仕事とは一期一会の人との出会いなのだと改めて思い知らされた。私は元来不器用な性格なので、人と上手くいかない性質だった。会社人間ではない・・。写真などの作品を通してかメッセージを上手く伝えられない。しかし写真があることが自分にとって幸福なことなのだろう。これからも撮り続けますので、どうぞ皆様よろしくお願いします。


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パリを愛し始めた瞬間「パリ・ジュテーム」【映画】(2010/01/27)

パリを舞台にしたオムニバス映画「パリ・ジュテーム」をようやく観た。観たいと思いながら、なかなか観る機会がなかったが、久し振りにパリの風景を観たくなったのでDVDで借りることにした。物語はパリの様々な地区が舞台。どれもやはり男女の出会いの物語が多い。物語が始まるか始まらないかのところで終わるストーリーが多く、そのさりげなさがパリらしくて新鮮だった。

一番よかったのはアレクサンダー・ペイン監督の「14区」。主人公はパリに旅行にやってきたアメリカ人の中年独身女性。パリに憧れてやってきて、様々な場所を散策する。ある日14区の南にあるモンスリ公園のベンチでサンドイッチを食べているときに、表現しにくいある出来事が起きます。そのとき不意に彼女は、自分がたった独りで異国の地に座っていることを悟り、そして何かを思い出したかのようなある感情がよぎります。自分の人生に欠けていたものを思い出すのです。それは今、生きているということ。そんな当然のことを思い出したとき、彼女は自分がパリを愛し始めていることに気づきます。

この素晴らしい短編を観たとき、自分が同じ公園のベンチにいたときのことを思い出し、なんだかとても親密で満ち足りた気分になれた。短編ながら、とても深い。いや、短編だからこそ純粋に一つのテーマを描けるのかも。これほどリアルに異国の人間がパリで何かを感じ始める瞬間を描いた作品は他にないと思うな。ちなみにアレクサンダー・ペインは今までに3回観た最高のアメリカ映画「SIDEWAY」の監督でもあった。アメリカから見た異国のパリに納得した。


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東京のバス、パリのバス【思考】(2010/01/24)

東京のバス車内

今日久し振りにバスに乗った。普段乗らない私にとって、東京都内であってもバスは小旅行である。バスに乗るとその町が分かる。ゆっくり走りながら街の名前を告げてくれるし、近くにある店の名前まで宣伝してくれる。乗る人はたいてい地元の人である。しかもバスの車内は電車と違って狭く、逆に乗っている人全員が近く、互いに少しだけ親密になった気がする。電車と違い運転手の顔も見えるし、なんだか温かい。電車では皆深刻そうな顔をしているが、バスでは皆心なしか穏かに見える(これは錯覚だろうか)。

パリのバス車内 パリのバス車内

バスに乗るといつも思い出すのは、パリである。パリに住んでいたときは、よくバスを使っていた。パリを歩き回って撮影を終えると、パリ市庁舎まで戻る。市庁舎前の広場から出るバスに乗り、セーヌ河沿いを走って光きらめくエッフェル塔を左に見ながら家路へとついたものだった。日本と違ってバス停名だけを告げるそっけないアナウンスも今では懐かしい。運転手に挨拶してから乗り込むのはフランスも日本も一緒である。街を眺めるのが好きな私にとって、バスは格安の「動く街美術館」であった。特にセーヌ河沿いを走るので、毎日がちょっとした観光巡りであった。

急に他の場所へワープした気になれるメトロもいいが、ゆっくりと発進と停止を繰り返しながら、道行く人を眺めることのできるバスで私はパリの街を知ったのだった。そしてバスから降りて道を歩いていく人の背中にその人の今後の人生を想像するのも密かな楽しみの一つであった。駅以外に着く場所のないメトロではそのような想像をする余裕はない。

バスにはやはり人生がある。それは決して言いすぎではない。東京のバスに揺られながら、そんなことを思い出した。


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フランス大使館の破壊から見えたもの【イベント】(2010/01/23)

旧フランス大使館の室内
旧フランス大使館の窓
旧フランス大使館の外観
東京麻布にあるフランス大使館が壊される。たぶん老朽化のせいだろう。昨年11月に新館が建ったため、隣にある旧館が建て壊しになる。その前に建物全体を使ってアーティストに自由に使ってもらうというイベントがあったので、迷わず行くことにした。「No Man's Land」と題されたこのイベントでは、どこでもない場所をテーマに大使館の建物を世界中のアーティストが作品にしている。

ここへ行くのは渡仏前にビザを申請に行って以来。本当に久し振りだ。フランス大使館の中は滅多に入れないので、とても貴重な機会だった。様々なアーティストの世界が大使館の各部屋を埋め尽くしていて、息苦しくなるほどだった。主張の強い作品もあれば、控えめに訴えかけてくる作品もある。しかしこういう現代アートは少々食傷気味になりつつある。それでいながら見てしまうのは、現代の閉塞感を象徴するようないい作品もあり、写真や小説のインスピレーションになることがあるからだ。

しかし私は作品以上に、その空間を支配している旧大使館の古い壁やインテリアに興味を持った。去年まで大使館が実際に使っていた痕跡だ。アートに埋め尽くされた大使館の様々なところにそれはあった。どこのメーカーか分からないほど古いエアコンや書類棚などはなんだかバウハウスの展示を見ているような気にさえなる。この空間がもうすぐ壊されるのはむしろ残念だ。このあとには集合住宅が建つという。アートを見て、名残惜しむように大使館を去った。 (この日記の関連写真はブログ「パリの物語」に載せてあります)

*写真:上/大使館の室内 中/大使館の窓から見た風景 下/大使館外観


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「迷路の中で」アラン・ロブ=グリエ【小説】(2010/01/22)

アラン・ロブ=グリエの「迷路の中で」を読了。彼はヌーヴォー・ロマンの代表的作家で、アラン・レネ監督の映画「去年マリエンバードで」の脚本も担当している。その映画のモノローグの眩暈がするような美しさに惹かれて以来、彼の小説を読んでみたいと思っていました。そして2010年になって、ようやく読む機会ができました。しかし読み始めてはみたものの、前半の数ページは読むのが辛かった。人間が出てこず、物質的な描写が延々と・・。しかし兵士が町を彷徨うシーンが出てきてから、この二重にも三重にも覆われた曖昧なカフカ的世界にすぐに引き込まれました。ストーリーは進展しているのか後退しているのかも分かりません。主人公が何者なのか、何をしにこの町にやってきたのかも分かりません。しかし作家の作り出す、繰り返しの文章や妄想、やまない雪、そしてどこまでも続く暗い街路のイメージがまるで音楽のように耳を離れません。小説全体が一つの低調音楽であり、明らかなことが一つもない眩暈そのものなのでした。


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完結されない悲しさ【思考】(2010/01/17)

パリについて調べるとき、他人のブログはとても便利です。正確な情報やまとまった知識が欲しいときは手元のパリ関連書籍を手に取るけど、最新情報や身近な題材(映画情報など)をチェックするときはブログに勝るものはありません。けど、ブログはあるとき不意に更新が途絶えていることがある。それはなんだか次ページが空白になってしまった他人の日記を見るような感覚だ。どんな理由かは分からないけど(単にブログ更新をやめてしまったのか、それとも本人がブログ更新を出来ない状況になったのか、もしくは死去か)、そこには「完結されない悲しさ」があります。本は完結するけど、ブログはいつまでも更新され続け完結しない。そして不意に更新が途絶える。まるで人の人生のように。便利なネット空間の影に集まっているのは、そういったある種の悲しさなのかもしれません。


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エリック・ロメール監督死去【思考】(2010/01/14)

エリック・ロメール監督が11日にパリで亡くなりました。いつか来ることとは分かっていましたが、非常に残念です。元旦に「春のソナタ」を見直したばかりでした。もう89歳、大往生です。彼の映画を初めて観たのは、大学の授業のときでした。ロメール映画を愛するフランス語の先生の授業で、映画脚本を訳すという講義内容でした。最初は難しい映画だと思っていたのに、予習のために何度も見ているうちにいつの間にかフランス映画の独特な間や美しさに共感するようになっていました。それ以来、ロメール映画は私にとって素晴らしい人生を生きるための教科書そのものになりました。一度お会いしたいと思っていましたが、もうそれも永遠に叶わなくなりました。人生は一定の速度で確実に流れていることを最近実感します。彼の映画の主人公たちのように、人生の一瞬一瞬を感じて生きていきたいです。フランス映画を好きになったきっかけ、パリに行くきっかけとなったのは全てロメール映画といっても過言ではありません。ご冥福をお祈りします。


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私がカメラを持ち歩く理由【思考】(2010/01/07)

カメラを持っていけばよかったと思うことはあっても、カメラを持っていかないでよかったと思ったことはない。それがカメラを常に持ち歩く理由かもしれない。


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2010年【挨拶】(2010/01/02)

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。2010年も変わらぬ姿勢で、パリの写真を皆様にお届けしていきたいと思います。人生は自分のもの。自分で変えていくもの。2010年を楽しみましょう!


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写真の罪悪【思考】(2009/12/27)

写真とは一瞬だ。しかしそれは永遠に残る。街中でふとした瞬間に撮った写真は、それが永遠に残ることを僕以外誰も知らない。写真の中に写った人たちは、そんなことは知らずにこれからの人生を歩んでいくことになる。そのことに私はいつも小さな罪悪感を感じてしまう。しかし写真とは本来、そのようなものだ。人生の断片を切り取り盗んでいく行為だ。だからこそ人生の中の一瞬の交わりを記憶にとどめることができる。あの一瞬の邂逅で出会った笑顔の女の子は、今どこで何をしているのだろう。そう考えるのは、私のひそかな楽しみの一つだ。


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パリの下町が輝いていた頃【映画】(2009/12/23)

こんなに純粋な感動を与えてくれた映画に出会ったのは、何年ぶりだろう。アルベール・ラモリス監督の「赤い風船」。50年以上も前の映画だ。パリの下町に住む少年が学校へ行く途中に赤い風船を拾う。それ以降、風船はまるで生きているかのように少年についていく。まず素晴らしいのは、50年前のパリのリアルな下町風景。坂や小道を子供たちが元気よく走っている。そのノスタルジックな雰囲気を感じるだけでも、この映画を観る価値はある。そして、その下町に鮮やかに映える風船がまるで生きてるかのよう動いている姿は、本当に驚いた。CGもない時代にどうやって撮影したのか、その技法は今でも謎のままになっている(亡くなった監督の息子であり主演のパスカル・ラモリスも「夢を壊したくない」とのことで撮影技法を明かしていない)。

出てくる下町はパリ20区のメニルモンタン。ここは坂が多く、モンマルトルほど観光地化もされていないので、本当の下町といった感じがするパリのオススメな場所。多くのパリの写真家に愛された地域でもある。最近ではオシャレなバーやカフェができ始めて流行の最先端になりつつある。こういう映画を観ると、また写真撮りにいきたくなってしまうなぁ。この映画のオマージュとして作られたホウ・シャオシェンの「レッドバルーン」も是非観てみたい。


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沈黙の後の一言【映画】(2009/12/4)

今日は仕事後、すぐに日仏学院へ。前から気になっていたジャン=ピエール・メルヴィルの長編処女作「海の沈黙」を観てきました。メルヴィルはアラン・ドロンの「サムライ」くらいしか知らなかったんですが、今回のフィルメックス映画祭でメルヴィルが上映されることを知って、急に気になりだしました。1917年パリ生まれ。ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家に大きな影響を与えた監督らしく、これは観ておかねば!と思ったわけです。舞台はドイツ占領下のフランス。フランスのとある家庭に寄宿することになったドイツ将校とフランス人の「非」交流を描いた映画です。ドイツ将校の語りかけにフランス家庭の主人たちは完全に無視します。重苦しい雰囲気が映画全体に漂っていますが、ドイツ将校のフランスへの無償の愛を一方的に語るシーンは素晴らしい。そして長い沈黙の後の言葉があんなに深いものだと初めて知りました。かなりストイックな映画ですが、ラストで初めて喋ったフランス女性の一言は胸にきます・・・。日仏学院でメルヴィルの全作品を回顧上映中ですので、興味のある方は足を運んでみてください。


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ルーヴル美術館に初めて映画がコレクション【映画】(2009/11/22)

ツァイ・ミンリャンの新作「ヴィザージュ(Visages/フランス・台湾/2009)」を観てきました。彼の映画は「楽日」以来ですが、フランス・パリを舞台にした幻想的映画と聞いてずっと楽しみにしてました。内容はやはり意味不明で難解・・・。ワンショットが長く、正直見ていて疲れる。けど老いたジャン=ピエール・レオを観れて幸せでした。雪の降るベンチに座る初老のレオがスクリーンに現れたときの衝撃。そして彼の顔に注ぐ光の美しさは人生の移ろいを感じさせる。私にとってレオは人生の哀切そのものであり、フランス映画そのものです。マチュー・アマルリックも数分ながら出演してます。その数分間がとても濃密で、観てるこちらが息苦しくなるほど。男の色気あふれる演技をたっぷり魅せてくれています。他にジャンヌ・モローやファニー・アルダンも出演!そして「大人は判ってくれない」へのオマージュ的映像もあり、ドワネルシリーズのファンには最高の贈り物となる映画です。意味が分からない映画はエネルギーを使う分、観る人に思考させます。それこそ自由な映画でフランスらしい作品だなと思いました。「ヴィザージュ」は現在パリで公開中(日本では配給未定ですが、11月のフィルメックス映画祭で上映)。なんとルーヴル美術館初の映画収蔵作品となるそうです。


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「潜水服は蝶の夢をみる」【映画】(2009/11/21)

ジャン=ドミニク・ボビーの「潜水服は蝶の夢を見る(Le scaphandre et le papillon)」を読みました。フランスの国際的ファション誌ELLEの編集長だった彼は、ある日脳溢血で倒れ、ロックイン・シンドロームという左目のまぶた以外は全く身体の自由がきかない病に侵されてしまう。そして左目のまぶたの瞬きだけで、書き上げたのがこの本です。特殊な配列のアルファベット表を人に読み上げてもらい、自分の綴りたいアルファベットが来たところでまぶたを閉じる。そうやって一字一句を20万回以上のまばたきで作り上げていった。私は今パソコンで日記を書いています。けどパソコンでこのように字を書けることがどれだけ楽なことなのか、そしてどれだけ幸せなことなのか。彼のエッセイはフランス人らしいユニークな皮肉に満ちて、人生の普通のことがいかに素晴らしいかを教えてくれます。そして、人間にとって、昔の記憶がどれだけ救いになるのかも。それにしても、どんな状況になっても人生の楽しみを忘れないのはさすがフランス人。彼のエッセイはフランスの豊かなエスプリそのものでもある気がします。人生、そして今を美しく感じたいと思いました。


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