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黒田孝高の肖像画は大別して上の4図の系統がある。
A 生前に描かれた唯一の画像だが原図は所在不明に。
江戸期の写しのみ残されている。
B 没後、法事の為に描かれた画像。黒田家や菩提寺に
ある。この写しが比較的多く残されている。最も本人の顔
を正確に伝えていると思われる。品がある。
C 一番の家臣栗山備後が領地に建てた円清寺に納めた
画像。下手な絵師だが特徴はよく捉えていると思われる。
D B図を基に福岡藩お抱え絵師が描いた大きめな画像。
原図は第二次世界大戦で焼失。19世紀の模写が残る。
顔の凹凸が極端に誇張されていて品が無い。この田舎親
父のような画像が痛んでいないので最もよく知られている。
この他、京都龍光院に木像があったが江戸期に焼失。当
寺院の創建時に作られたものなので似ていたかどうかは
分からない。滋賀県某寺院に襟帯束の画像があって近年
孝高像と言っているが、彦根の殿様画像と思われる。襟
帯束の画像が流行りだすのは息子長政の没年ころからで
ある。