
青字はノンフィクション。緑字はフィクション。
「黒田如水」 福本日南著(明治44年刊)東亞堂書房
福岡県出身ジャ−ナリストの初の本格伝記。大変よく纏まっているが文体が固い。官兵衛を「くわんぴょうえ」と発音するキリシタン文献の紹介は意義がある。司馬遼太郎の「播磨灘物語」の出だしは、これから採っている。
「栗山大膳」森鴎外著(大正3年)博文館
当時の人気雑誌「太陽」に発表された短編実録小説。「列候深秘録」をもとに、騒動時に福岡城に籠城した家臣名を書いているが、すでに死んでる人名があり、それを史実としてみるには宜しくない。
「栗山大膳」 福本日南著(大正4年刊)実業之日本社
上に触発されて出された初の本格黒田騒動本。大変よく纏まっていて、騒動に関する著述の全ての手本と言っても過言でない。ただし、資料に「黒田忠之が徳川家康拝領の羊歯の兜と鎧を倉八十太夫に与えた」とあるのを自分勝手な解釈で、栗山大膳の父が如水から貰った合子の兜と鎧の誤りだと空想し、黒田忠之に返還を求められ、それを倉八に与えたと話を作る。さらに栗山が独断でそれを取り戻し、福岡城に戻したという尾鰭までつけて。大膳は合子の兜を配流の盛岡まで持って行き、南部家に献上している。とんでもない感違いであり、落ち度である。なお、大膳の生き様は戦前大変共感を呼んだらしく、何本も映画が制作されている。
「黒田如水伝」 金子堅太郎著(大正5年刊)博文堂
福岡県出身の政治家(伊藤博文の右腕)による黒田家公認の最高の伝記。それだけに、何点かの誤りが惜しまれる。
江戸中期に創作された「夢幻物語」を信じて黒田家の出自を目薬屋とし、香山攻めを史実として紹介。同書の内容は滅茶苦茶で、第一特許の無かった時代に目薬で財はなせない。
長政晩年の家臣が列挙された「家中間善悪の帳」を如水のものと誤認。金子は明治の郷土史家長野誠の資料を使っただけで決して藩史に詳しいわけではない。
如水の墓を京都大徳寺の龍光院としているが、その根拠は甘く、キリシタン資料をあまり理解していない。本書を定本にすればいいとそのままパクる作家さんも多いが、如水が死後の利休と茶会を共にしている等、万全ではない。
関ヶ原後に如水が長政に「その手はどちらの手であったか?」という話はこの本が出所。これ以前の史料に記載無し。堅太郎さん、思わず手が滑ったか!
片足が不自由(秀吉がチンバと呼んでいた)であったという話も非常に低質な資料をもとに史実であるかのように記述。これは山本勘助もそうだが、軍師=異形の者という俗話である。
関ヶ原合戦時における黒田水軍の島津船攻撃を海難法(当時は日本にそんなの無いでしょ)にのっとって酷いとか非難しているのは、殿様の血筋が黒田家ではなく島津家に替わっているための配慮。
「乞食大将」大仏次郎著(昭和22年刊)苦楽社
黒田家臣・後藤又兵衛を主人公にした小説。城井鎮房を又兵衛が切ったりするのは、小説を面白くするための手法であるが、これを史実と勘違いして書き散らす人が未だにいるのは困り者。あくまで講談の延長線上の又兵衛像をやや現代ナイズしたものである。映画化されたし、後に複数の出版社から単行本化もされ、作品集にも収められている。
「二流の人」坂口安吾(昭和23年刊)思索社
昭和19年から書きだされた小説。小田原役、朝鮮役、関ケ原役の3編からなる。ノンフィクションに近い。武田鉄也が海援隊時代にこの題で黒田如水の曲を作っている。この二流というのはいい意味で書いている。
「黒田如水」 吉川英治著(昭和34年刊)新潮社
官兵衛が1年間土牢に入れられた前後の話。出典は金子堅太郎の著書のみであろう。軽快なタッチではあるがもの足りない。それもそのはず、この頃同氏は乱作期であった。
伊丹有岡城での幽閉中、家臣村田出羽の叔母が衣服の洗濯などしてくれるのだが、これを女忍者にするなど漫画チックである。
「武将列伝4」海音寺潮五郎(昭和50年刊)文春文庫
武将入門書としてとても便利。「自分は活字の史料は使うが古文書を読んだりしない。」と正直である。NHK「日本史探訪」などで時々突拍子もないことを言っていたけど小説家としては良心的だし、開拓者でもあるからその辺はよいであろう。
「播磨灘物語」 司馬遼太郎著(昭和50年刊)講談社
全3巻。内容はこれも播磨時代の初期のみである。晩年の活躍は「関ヶ原」のラストにあるので、よしとしたのであろう。神と信奉している人には申し訳ないが、使った資料は福本日南本と明治44年版活字本「黒田家譜」のみ。なぜ分かるかといえば、同書の誤植を拾って家臣野口左助を野呂としているからである。これで「黒田家譜」の冒頭をななめ読みしただけなのが判明。これだけでも小説家としては真面目な方というべきか?他の小説家はそれすらしてないのだから。
同氏は「黒田家譜」に家康は爪を噛む癖があると書いているが、どの写本にも出てこない。別の質の悪い資料である。同氏の郷里である英賀の神社に「播磨灘物語」の石碑がある。
「関ヶ原」において長政は徳川家康から三回手を取って感謝されたという「黒田家譜」の描写を、関ヶ原で一度と勘違い。でも、悪いが十分にその本を読まれた形跡無し。
著者はそれまで二流の人だった坂本竜馬を有名にして一流にした。しかし、官兵衛の場合はかえってつまらない人物にしてしまっている。全く史実と関係ない和田氏との交流に長く筆を裂き、以後はだらだら展開で全く面白くない。竜馬や新撰組ものは出版社が手放さなかったが、これは駄作なので縛りがゆるく、同社から出版されたが、同氏の他作品と比すると、あまり売れていないはずである。
「史伝黒田如水」 安藤英男著(昭和50年刊)日貿出版社
内容は金子堅太郎本のダイジェスト。氏が付け足し解説した個所はかなり誤りがある。そもそも「播磨灘物語」に便乗出版されたもので、何も知らないのである。ただ他の人々と比べたら、良心的。
黒田家の目薬屋話を備前国福岡時代とする突飛な発想。如水と吉川広家が京都龍光院の同じ堂の中に合祀されているなどの珍説あり。実際は長政の墓。吉川の墓は外にあり、岩国にあるものと同型である。出典を銘記したため、亡くなった後に続々とパクられているが、そもそもこの人も原典に当たった訳でない。
「実録・後藤又兵衛」綿谷雪著(昭和56年)中央公論社刊
この方は若い自分には別名で荒唐無稽な小説を生業にされていたが、晩年はこの名に変えて時代考証に徹された。姫路市南山田の出身地を紹介するなど、後藤又兵衛の本としては最もよくまとまったものである。
「黒田藩外史・城井宇都宮氏の滅亡」松山譲著(昭和58年刊)北九州ライオンズマガジン社刊
掲載写真の全てに著者が登場するという選挙運動用の本ではあるが、黒田家が滅ぼした城井一族の側から見た実録本。ただし史料の選択は地元贔屓で、偏ってはいる。城井氏娘が黒田長政の側室になったとか、江戸時代の典型的作り話を史実としたり、質の悪い「夢幻物語」を寛永の成立としたり・・・
「黒田如水と二十五騎」 本山一城著(昭和59年刊)村田書店
自画自賛は好まないので特に書くこと無し。
「主家滅ぶべし」 滝口康彦著(昭和60年刊)文芸春秋
合子の兜に関してはやはり福本日南に騙されているが、倉八家や墓を訪ねたり、独自の取材をしているもよう。小説としてもよく出来ていると思う。
「豊前・宇都宮氏」松山譲著(昭和61年)北九州ライオンズマガジン社刊
上にある同氏の選挙運動本第2段。その後調査したことなど一部重複するが、城井氏側と戦跡を知るのには便利な本。ちなみに私、取材中に本人の選挙カーと出くわしてしまいました。現地の選挙権無いのに「よろしく!」だって。
「史伝黒田如水」 安藤英男著(昭和62年刊)すずき出版
日貿出版の改定版。本山一城の本の内容を大幅に取り入れているが、またまた思い違いや勘違いが多い。いや反って増えた。光雲神社の如水画像(旧国宝)は戦災で焼けて残ってません。文禄役の黒田隊編成、これ慶長役のものです。それに黒田吉兵衛は長政の従弟です。長政はもう甲斐守を受領していて吉兵衛とは名乗りません。
図で石垣土手なんて勝手に作らないで下さい。後の人がみんな真似しています。堀平右衛門の生年を勝手に作らないで下さい。
「軍師の境遇」松本清張(昭和62年刊)角川文庫
昭和31〜32年にかけて「高校コ−ス」学研に連載されたもの。若い家臣宮崎重則を老練と書いたり、若干変なところはあるが、大体よい。時期も早く、金子本をよく読んで理解している。
「竹中半兵衛と黒田官兵衛」 本山一城著(昭和63年刊)村田出版
播磨時代の如水をこれ以上無いほど詳しく描写。前著で紹介した黒田家目薬屋伝説は完全に覆った。また、門外不出の筑前竹中資料等を使って竹中半兵衛の生涯を初めて明かす。後に某出版からプロットを丸写しにした小説を発表されたり、その他の本でも大いにパクられた。モラルも恥じも感じない大人がなんと多いことか!
「豊前宇都宮興亡史」小川武志著(昭和63年刊)海鳥社
黒田家が滅ぼした城井一族の本。巻末に「城井軍記実録」を所収。ただしその成立年代には疑問があるし、やはり江戸期の講談話がかなり入りこんだ内容である。
「黒田長政」 徳永真一郎著(平成1年刊)光文社
福岡県立図書館まで足を運び関係地を取材したというが、それでこの内容か?馬鹿にするのもいい加減にしろよと言いたくなる小説。どうせ中洲でうまいもんでも接待されて来ただけであろう。
長政が秀吉から貰った采配がなぜ槍になる?家康から貰った兜がなぜ輿になる?如水が京都鹿谷に寓居?豊後国府内城主竹中重次が竹中半兵衛の息子?
後半は「黒田家譜」のおまけに付いてる「黒田家臣伝」を丸写し。しかも何だ?長政が城井谷を殺害した?その他誤字脱字、無知ゆえのルビ数知れず。小説なら何でも許されるのですか?
「黒田如水のすべて」 安藤英男他(平成4年刊)新人物往来社
このすべてシリ−ズは「なにがすべてだ!」と言いたくなるほど質が悪い。お抱えのもの書き達にポンと課題を与えてサラッと纏めている。
安藤さんは死ぬまで如水と吉川広家が合祇されてると言い張るし、なにを血迷うたか如水の墓が三玄院にあると言い始めた。そこは石田三成の墓があるので有名な所でしょうが・・・
さらに、自分を何様と勘違いしてる某氏の紀行文もある。そして、如水の妻「幸園」だ。老眼で見誤ったか?それは太宰府に一枚だけ残る短冊。たぶん如水の妻と謂われる「幸円」の雅号。名前じゃないよ。雅号だよ。名前は「光の方」
それに、長政と離別した蜂須賀氏娘は、晩年阿波国で寺まで建ててもらって長生きしている。調べもしないで、その先どうなったか知れずと勝手に不幸にして結びたがる女性作家の起用も止めてくれ〜
「黒田如水」 童門冬二著(平成6年刊)富士見書房
如水が北条氏に貰った「東鑑」が愛読書?当時の貴重本は命より思い。P190からP197までは、本山の本の丸写し。ラストはなになに?「長政と細川忠興は仲良くしていくだろう」って関ヶ原合戦後、犬猿の仲になってるのに、ある訳ないでしょ!知らないという事はなんと呑気な事か。
締めくくりは金子堅太郎が、そんな遺物は無いと完全否定した草履と下駄の話。NHKでも偉そうに語っていたが、あれは筑前民話が元で、如水の話とは考えられない。
上杉鷹山の頃は、自分の考えを置き換えてるだけで詳しくはないと、ラジオとかで正直に言っていたのに、いつのまに・・・平成11年に文庫版が小学館から出ている。
「黒田如水」 歴史群像シリ−ズ38(平成6年刊)学習研究社
黒田二十四騎伝を書ける人が見つからないのでお声がかかったようだ。ただ記事はもう割り当てられてて、口ははさめず、ただ予告に載っていた「幸園」は誤りだから訂正するように主張した。納得して頂けましたという回答だったが、馬鹿野郎め、老眼で読み間違えた女の文をまた別な女がパクっただけの話ではないか。女性のことだから女性に書かせるのは別に構わないが、やっぱり悲劇にするわけ?
そして出来てビックリ!別府大学部長!敵味方の名前が逆ですよ。それにまだいない人物とか・・・安藤さんのヘンチクリンな説を踏襲しないで。(泣き)あと、カラーの如水の画像、井伊直孝でないの!
この本で書いた私の「二十四騎伝」がインターネット上の複数のホームページでそのまま書き写されて流れている。出典を記すどころかあたかも自分の著作のごとく「無断転載を禁じる」などとまで書いてあるのには驚く。まあ、訴えるのは学研のやるべきことだから放っておく。
「風のごとく水のごとく」阿部龍太郎(平成8年刊)集英社
この人の材料は安藤英男が昭和50年に出した「史伝黒田如水」のみ。なぜかと言えば、如水の洗礼名をサイモンとしたり、晩年に無いはずの猪熊邸が出てくるから。洗礼名はシメオンと発音する方が正しい。作品の中ではシメオンという名の家来が別に出てくる。同じなのに笑っちゃうね。あと後藤又兵衛が虎退治したという誤伝を誠しやかに書いているので「名将言行録」を少々かじった程度。勿論「黒田家譜」はもとより文中に出てくる「古郷物語」も見ちゃいない。
作品としては黒田騒動を彷彿とさせる裁判仕立てが特徴。面白いと言えば面白い構成だが、分かりにくくもなっている。あたかも本多正純が主人公のようだ。若い人の文らしく読み易いが、まだ正座の無い時代なのに正座して足を痺れさせたり、物事をよく知っていない。文人として名高い竹中重門が大変悪い人の如く描かれているし、朝鮮に渡るなど、この作者どうも竹中隆重(半兵衛の従弟)と混同しているようである。
姫路での講演を拝聴したが、旧友に竹森というのがいて、「播磨灘物語」を示して、自分の先祖はこれだと言ったそうな。竹森の本当の子孫なら、あの出鱈目ぶりには我慢できないはず。偽子孫というほかない。やたら「その時歴史が動いた」に出演したことを自慢していた。
「黒田如水」三○明○著(平成8年刊)西日本新聞社
せっかく地元の人が書くのだから、それなりの味を出してほしい。それなのに県立図書館にさえ行かないで、安藤英男と本山の図や表を丸パクり。この人はかつて「歴史研究」で如水の弟たちと題して丸パクリをした前科あり。その時点で著作権侵害だと釘を刺しておくべきだった。
西日本新聞のパクリぶりは凄まじい。この本ばかりか無認可で本山の24騎伝を紙面で丸写しするわ、別の日の記事で虎突き画像も無許可転載されてますわ。当時意見の書を提出したが勿論、無回答で公然と売られ続けている。
「黒田官兵衛」 浜野拓也著(平成8年刊)PHP研究所
この人の使った材料は、安藤英男の古い方の「史伝黒田如水」と「黒田如水のすべて」なぜか?黒田家が備前国福岡で目薬を売っていたという珍説。妻の名が幸園(幸円が正しい)になっているからね。まあ良心的な作だが「黒田家譜」も読んじゃあいない。
「黒田如水」原田種真著(平成8年刊)勉誠社
父親は有名な九州文学者。だから文が堅い。よく言えば文学的。平成1年叢文社から「火の槍」と題する立花宗茂の本を出したが、井伊直政が関ヶ原役に九州まで来るという、とんでもない過ちを踏襲していた。踏襲というのは郷土研究家の本をそのまま○○ったからである。「火の槍」当時から構想を練って「黒田家譜」を読んだようだが、耳川だの赤松則房の最後だのの誤記をそのまま信じちゃあいけない。城代というのは家老より挌下だよ君!お貸し具足は江戸時代になってからだよ。まあ表紙のイラストが楽しい(不気味)からいいかあ!
「常勝参謀黒田如水」吹上流一郎著(平成9年刊)成美堂出版
この出版社は昔から史跡紹介の歴史本を出している所だが、この本は書き下ろしの小説で文庫本だ。ルビもおかしいし、読む価値はあるのだろうか?でも廉価で買えるのが利点。
「乱世が好き」岳宏一郎著(平成9年刊)毎日新聞社
上下2巻。岡山日々新聞系列に連載された小説。これまた目薬屋に香山征伐、秀吉の妻が「ねね」、小寺家の重臣に益田はいない(笑)。信長との初対面から賤ヶ岳合戦、荒木村重との再会までをうまく構成、その後はさらっと流している。平成13年に講談社から「軍師官兵衛」と改題されて単行本化。
解説の歴史学者が浅はかな知識をひけらかして「孝高が小牧に従軍したことは、動かせない史実と私は見る」に大笑い。著者も自分で調べて書いたわけでないから「そうなのか」とでも思ったのであろう。世の中、無責任な馬鹿ばっかり。
「新史黒田官兵衛」高橋和島著(平成9年刊)PHP出版
なーにが「新史」だかね。
「黒田武士・母里多兵衛」本山一城著(平成10年刊)非売品
黒田24騎・母里多兵衛一人の独立した小冊子。
「臥龍の夢」大沢俊作著(平成12年刊)叢文社
ここは昔から歴史小説を小部数出してる出版社ですね。内容は山崎合戦まで。「へし切り」は信長が作らせた刀(為打ちという)ではありません。あいかわらず後藤又兵衛は別所家臣の子ですか?「絵本太閤記」は、だから江戸時代の漫画だってば!まあ、私以外誰も発表していない竹中家臣、不破矢足を出しているから、本山の本を少しは参考にしたのだろうけど・・・。ちなみにこの出版社から「平塚為広」の小説が出たが竹中半兵衛部分は本山の本を著作権侵害している。
「後藤又兵衛」黒部亨著(平成12年刊)PHP研究所
この作家は地元の人だし、「姫路城史」を読んでいるので一応信頼していたが、やっぱり法螺吹きおじさんだったかなという感じ。存在しない日記史料をもっともらしく創作しているから。評価できるが、やっぱり別所の家来という「絵本太閤記」説を踏襲している。下と同様播磨の名門井口氏を「いぐち」と読ませてもいる。地元の文筆家なのに。
後藤又兵衛ものの講談類の書き物は、史実をねじ曲げてまで黒田長政のことを悪く描くが、その点は公平に見ていて評価できるし、小説として充実した内容である。
「大軍師黒田官兵衛」桜田晋也著(平成12年)祥伝社刊
割とオーソドックスにまとめられた本。ただ、広宗神社(広峰が正しい)とか神主井口(いぐち)大夫とかは困りものだ。←いのくちと発音するし、再三言うが神主は広峰氏である。また、香山征伐は作り話である。あと官兵衛が「勘解由」を名乗ったのはほんの短期間で、朝鮮役では名乗っていない。その朝鮮での梁山籠城は触れてないし、如水の辞世の句と一緒に別の時詠んだ句が併記されているが、まあその位はご愛嬌としよう。この本を誰かがパクれば、その証拠となる仕掛けか、ただ単に自分が気に入った如水の句をどこかにどうしても入れたかったのに余ってしまったので最後に入れたかだと思われる。まだ黒田二十四騎が揃わない最初の方でこの言葉が出てくるが、それもなんとかこの単語を入れておきたいと考えた作者の配慮であろう。
「史伝黒田如水」安藤英男著(平成13年刊)学習研究社刊
昭和50年に日貿から出た本の文庫化。本人亡くなっているから恥ずかしい数々の誤ちがそのままだね。
この後も続々と如水本が出ているが、もはや書評する気さえおこらない。小生の著述を誤解(曲解)して「わかった!如水を洗礼に導いたのはセスペデスだ」なんて100%ありえないことを書いていたり・・・ただ飽きれるばかり。
歴史を云々する人(学者も含めて)は詐欺師・ペテン師ばかりです。お願いです。知ったかぶりはやめて、どうか原典資料に目を通すくらいのことはしてください。
戦国末期は人気があるとはいえ、黒田官兵衛(如水)の本は非常に多い。人気の高さをうかがい知る思いである。この他にも各種「太閤記」や「軍師列伝」、等で活躍していて、「お家騒動」の列伝ものまで上げればきりが無いであろう。原典史料等もいろいろ出ているが、ここでは割愛した。