
(上・左)は大坂城天満屋敷の三畳台の茶室
聚楽第黒田邸のものは後に伏見城へ移築されて焼失したと思われる。
(右)は晩年、福岡城から小舟で大濠を渡って遊んだ「鳥飼茶屋」
ここには利休流の究極でもある二畳の茶室があった。現存しない
のが残念である。昔は小丘で水濠に囲まれていた。
なお、茶室は明治になってからの造語で当時は数寄屋と呼んでいた。
二畳茶室のイメージ
大坂城天満屋敷の三畳台の茶室の
ペーパークラフトです。画像データを保存して、
A4の用紙にカラープリントして組み立てて下さい。
壁の厚みに薄手のダンボール用紙を
使用すると、しっかり組み立てできます。
(復元・本山一城)




