
「竹中半兵衛と黒田官兵衛」嶋津義忠著PHP文庫
(PHPって以前、プロットを丸写しにされた竹中小説を出して、その時は
苦言を呈して後書に参考出典として小生の本の名を入れて勘弁して
あげた事があったのですが、その後、その編集者らしき者がネット上で
「半兵衛の事を書く時には本山一城(筆者)という奴には気をつけろ」なんて
悪口を書き込む始末。作家悪けりゃ編集者も最低!)

↑ドラマ製作班の格好いいタオル(非売品)
7時間ドラマ化が決まってはじめて読んでみた。巻末引用として拙著「竹中半兵衛と黒田官兵衛」村田書店刊が出ていたが、勿論連絡ひとつ貰ったわけではない。後で著作権で訴えられないよう勝手に掲載しているだけのこと。
黒田官兵衛はバリバリの切支丹であったのだが、それには全く触れていない。Wikipediaでも息子長政とごっちゃにして晩年棄教したように書かれてしまっている。望ましくは切支丹史料の翻訳と活字化だが、原文はポルトガル語だし誰もやってくれない(笑) 黒田官兵衛が切支丹だったことを知らないというのは、彼の人物像の半分も理解していないことになる。そういう人たちが、あーだ、こーだと、勝手にぬかしているのが世の中なのさ。
おおむね好感の持てる内容。架空の人物・傀儡師幻蔵とその妹を介して竹中半兵衛と黒田官兵衛を結びつけている。
竹中半兵衛の妻の名は伝わっていないので架空だが、官兵衛の妻の名は正しく「光=てる」となっていて大変よろしい。
P7 竹中半兵衛の重臣として竹中善左衛門が登場するが、この名乗りは半兵衛の死後であるから、所太郎五郎とした方が良かったのに・・・
P63 円満坊。浄土宗ではこういう名をつけません。円満寺の僧という意味です。
P184 福原城攻撃の描写が変です。史実は黒田軍は支城である高倉山城を攻め落としました。
P220 有岡城の抵抗を10ヶ月としていますが、官兵衛の入牢だけでも丸1年。それ以上のはず。誤解を招く描き方です。
P236 山崎城は揖東郡ではありません。
P236 小寺政職は足利将軍のいる備後国鞆の津へ逃げてそこで没しました。どうしてこんな変な無意味の創作を加えるかなあ・・・
P261 官兵衛が合子形兜を使用したのは関ヶ原合戦時のみです。それ以前にこんな変り兜は存在しません。妙な甲冑姿にはして欲しくありませんねぇ。松竹衣装さん。
P369 京都の猪熊邸は聚楽第の一部であり、同城の破却をもって無くなります。それ以後は伏見城下の大亀谷が京都の黒田邸になります。もっとも官兵衛が剃髪したのは肥前国名護屋城下で導師は景轍玄蘇と思われます。
P375 倭城のことを自信満々に馬鹿にしているが、慶長役における倭城は永久支配を目指して石垣+天守+大筒を備えた本格的城郭でした。下手な地方の城よりもずっと立派。瓦も沢山出土しています。実見しなくてもネットに沢山流れているのに勉強不足もいいとこです。
P386 P410 だからもう猪熊邸は無いってば!
まあ、今まで読んだ小説の中では一番誤りが少ないかも。さて、この本をもとに脚本家がまたいじるわけですから、どんな作品になるのか楽しみのような、こわいような・・・特命係長好きでしたから主役さんにも好感持ってます。
2010.8.5
TVドラマ視聴後の感想
二兵衛とも、初めて扱われた作品としては、まあまあの出来でした。でも鎧はあんまり。竹中半兵衛が朱具足?朱具足って一度の合戦で首七つ取った人に認められるもので、半兵衛さんは生涯で二人しか討っていない。一之谷兜を使用していたことが有名なのに、江戸中期のどうでもいい鎧・・・対比として黒田官兵衛さんは黒具足。赤合子の兜でむしろこっちの方が赤いイメージなのですが・・・(官兵衛さんも二人しか討っていないが) なにより二人とも鎧の胸に環が二つ付いていたでしょう。あれって元禄以降の鎧なの!秀吉も異様な鎧着てた(笑)
幻蔵と妹が漫画のごとく縦横無尽に大活躍と思いきや・・・全然意味も無く、むしろ目薬屋の母違いの兄として作り変えられ、いい味を出していました。つまり原作とは名ばかりなほど脚本家が頑張っていたということです。むしろ小生の本からの方が色々使われちゃってるじゃないの。ムッとしましたね。
やはり小寺政職の扱いが小説にも増していたたましいほどに酷い。播磨平定後、土着なんかしていない。足利公方のいた備後国鞆の津で死んて゜いるんだってば。御着史跡保存会の人たちはもっと怒っているだろうなあ。ご子孫も福岡に数家おられるし。政職は次男を織田の人質に出しているの。出さずに済むほど信長は甘くないって。
秀吉「民百姓のために泰平の世に・・・」ってあの人は死ぬまで戦争し続けるしか能が無かった。百姓にもっとも厳しかった人なのに何?
ほとんどが作り話の半兵衛に時間を費やしすぎて官兵衛さんの時間が足りませんでしたね。
竹中家老・竹中善左衛門と出ていたが、家老は喜多村十助(後の不破矢足)なんだけどなあ・・・私の本の上っ面だけパクるから・・・
半兵衛が官兵衛に軍配を託したって私の説で、それをチラッと意味不明にドラマに入れていたなあ・・・
最期に海岸でコケたのはオリジナルとして良いと思ったけどネット上ではあれは酷いという意見が多かった。あれたぶん少年マガジンの「バリバリ伝説」?あの頃そういうラストが漫画で流行っていた(笑)
黒田24騎や、その母里太兵衛の「日本号の槍」。黒田美作の大立物もネットで期待されていたけど、視聴者の方がよっぽど色々知っている。黒田長政がちらっと大水牛の兜かぶって出てたけど一瞬。大水牛は黒田家武勇の象徴なのに本当にもの知らぬ製作者だと思いました。
他にも色々あるけど完全なもの作られたら、それで終わりなので不完全でよろしいか!役者さんたちは本当、がんばっていました。少女漫画嗜好の大河ドラマから比べたら格段良かったですよ。
黒田官兵衛ファンとして名高い松平アナ、番宣で「官兵衛は目薬屋で金持ちボンボンだった」ってあなた・・・江戸半ばのたった一冊の講談本「夢幻物語」の迷説を史実と信じこんじゃって・・・というか原本読んでもいないくせに、読んだらいかに出鱈目な本か分かるのに・・・しょせん歴史通を称している文化人なんてそんなものなのですね(TT)
本放送・姫路文学館の上映、2012年1月の再放送(三話に分割されて三週放映)も済んだので、営業妨害にもならないだろうから、怒られない程度の大きさでキャプチャ紹介。もうちょい考証に頑張ってくれれば歴史に残る名作だったのに、う〜ん、残念!
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官兵衛の兄だという江戸期 の偽子孫もまさか数百年後 にこういう形になるとは思わ なかったでしょう。 |
| 半兵衛が銀色の一ノ谷兜 を使用していたのは常識 これ丸武産業の最低ランク の兜。しかもなぜか鍬形を 欠く。さらに朱具足は一度 の合戦で七人位倒す武将 の特権。ありえません! |
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黒田家の旗をちゃんと「中白 」 にしたのは評価できます。 姫路の人達がエキストラ参 加した琵琶湖ロケですね。 ただし、顔は全く映らずに皆 がっかり・・・ |
| 織田信長。いい味出してい ました。黒くて長いマントは イエズス会宣教師の特権。 信長が着ちゃあいけませ ん 。 |
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黒田官兵衛ファンを自称し ていただけあって、本人も 嬉しそう。局アナからフリー に転向してて良かったね。 兜のシダの前立に 獅噛と 輪抜が付くのは四代目から |
| 左の兜、ある日、ある有名 な甲冑商の手にかかって 三成の兜に化けた(笑) 右の兜は東博所蔵のだけ ど江戸期のものね。 |
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原作は私の本をパクッたも のだから官兵衛の妻の名 は正しく「光=てる」となって います。半兵衛の妻の俗名 は不明だから架空。唯一原 作が役立った? |
| 黒田官兵衛の親父さん。 登場するものの、ストーリー 上あまり意味が無いし空気 的存在・・・ |
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大物大抜擢の秀吉さん。 ただ余りに色々な主役を 演じ過ぎてて、有難みに 欠けちゃう気が・・・ 「また、この人かい!」と 思うのは私だけか? |
| 信長の時代の鎧はまだ小 札でできていて、こういう 鉄砲の試し撃ちはできな い。 江戸時代以降です。 |
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| 信長が南蛮鎧を着用した 可能性はゼロ。昨今の信 長は必ず着せるのがお 約束になっている(笑) |
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織田信長の陣営。旗が違う し、信長創案の馬印も立て てないですなあ。ちなみに お揃いの足軽具足(お貸し 具足) が登場するのは大坂 陣から。 |
| 官兵衛さん、最低の日根野 形兜 を着用。家来の方が いい兜を使用しております。 これって自分を雑兵に見せ るための戦略か(大笑) |
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半兵衛の朱具足だけでも驚 いていたのに、なんと竹中隊 は赤備え皆具であります。 NHKの歴史番組でさえ朱具 足の意味を知らないのですか ら仕方ないですねぇ・・・ |
| この姿を見て日本中の誰 が半兵衛だと思うでしょう ?歴史ファンを舐め過ぎ! どういう点に力を入れて制 作したら視聴者が喜ぶか 考えなさ過ぎ(TT) |
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| 半兵衛が死に際して官兵 衛に采配を譲ったという のは私の説。 内容を理解していないから 無意味に映し出されるだけ バカじゃない? |
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丸一年の入牢で官兵衛が 片チンバ (差別用語)になっ たという俗説は資料には出 てこない。山本勘介同様の 創作だが、まあ目鯨を立て るつもりはないです。 |
| 足が不自由ということで輿 に担がれている官兵衛さん せめて陣籠にしてくれや。 後に朝鮮にも三度行ってま すし馬くらい乗れたと思い ますよー。 |
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半兵衛の家老は不破矢足 (喜多村十助)一人。 竹中善左衛門は当時は「所」 姓を名乗っており、江戸期に 子孫が家老となった。私の本 をちょい読みして識ったか振 りするの、やめれー。 |
| 「中白の御旗」は黒田軍の 本陣に掲げる巨大で神聖 なもの。背中に指す「指物」 は「中白」ではない。 そして信長同様に「馬印」 が無い。わかってないねぇ 制作サイドは・・・ |
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黒田家の陣幕は「中白」だけ ど、まあ、ご愛嬌。 NHK「そ の時歴史が動いた」じゃあ、 小寺家の紋が使われていた から、それよりは、まし。姓は 与えても紋は譲らない。これ 常識。 |
| 官兵衛の息子長政が初陣 よく販売されている甲冑だ。 緑の縅しが変!そもそも、 黒田家の象徴である大水 牛兜の説明が皆無。 唐突に現れて活躍シーンも 無し。 |
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美濃の竹中家を訪ねる官兵 衛さん。甲冑を飾るようにな るのは江戸時代以降。しかも ハイ楯・脛当は明治になって から。太刀掛 も違い棚も江 戸期以降。はい、大笑いしま しょう!爆笑シーンです。 |
| 廃嫡された兄と一緒のいい シーンです。 頭巾が肖像画 と同じですね。特命係長の 人とは思えません。 (剃髪し たから頭巾姿なのにに何故 か髷を結っている) |
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だから、秀吉の時代に甲冑は 飾らないって !ちなみにこの 有名な兜も江戸期のもの。 終戦時に米軍人に強奪され、 近年、東博が買い戻した。 |
| 官兵衛が有名な合子兜を被 ったのは関ヶ原合戦時だけ なので、それは良いのだが、 コマーシャル時にちらりと映 るだけ。姫路の祭りに使うや つを貸し出したのだが、茶 色っぽいスプレーをかけら れてしまう。 本物は赤のメタ リックなのにお馬鹿スタッフ。 |
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官兵衛時代の黒田家老は 栗山・母里・井上の三名。 でも、この井上、関ヶ原合戦 時にちらっと出るだけ。出す んならもっと絡ませろよと言 いたい。 |
| なんで黒田軍が赤備えにな っちゃうの?赤合子に合わ せたから?赤じゃないよ、メ タリックの赤が本物なの! もっとギラギラして異国情緒 に溢れた軍団だったの! |
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旗は新調してるし、母里太 兵衛も朱具足になっている。 そんな無駄な経費をかける なら日本号の槍を出せよ。 ちなみに黒田家臣の朱具足 は菅和泉と村田出羽のみ。 |
| すんげえ官兵衛に優しい家 康さん。タクシーの運転手を 蹴った時みたいな迫力が必 要なシーンなのに!駆け引 きの攻防だよ。 (剃髪後なの に何故か髷を結っている) |
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猪熊屋敷は聚楽第とともに 破却されています。この頃は 伏見城下の大亀谷屋敷しか ありません。 (剃髪後なのに 何故か髷を結っている) |
| たぶん玄界灘を眺める官兵 衛さん。お付の者の一人が 一人もいないのは予算のせ い?それとも深い意図がご ざるのでしょうか? (剃髪後 なのに何故か髷を結ってい る) |
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とうとう七時間もかけてキリ シタンの「キ」 の字も出てき ませんでした。有名なキリシ タン大名だったんですけど ね。ご愁傷様。(そうかこのド ラマでは隠居していないのか ?) |
上の番組は半兵衛と官兵衛の兜を下のものに脳内変換してみましょう
江戸時代に黒田家から一橋家に贈られた桃山期の大水牛兜(黒田官兵衛の時代に合致)
桃形鉢は銀白檀(赤のメタリック)
竹中半兵衛→福島正則→黒田官兵衛→黒田長政に譲られた一ノ谷兜
竹中家の記録には銀磨きと表記(銀箔で覆われた張懸け兜)