1999年3月1日開設






かねてから気にしていた韓国慶尚南道の倭城・機張城(黒田家が虎狩りをやった所)のイメージ図が描けました。
天守台の並びが福岡城に似ている。黒田家は二つの山を城にするのが好き。姫路城、機張城、梁山城、福岡城。
昔、探訪した時、天守台下に滴水瓦が転がっていた。これ以降、日本の城の瓦にも朝鮮式の滴水瓦が取り入れられた。


 

名島城の門が福岡城内に残っている。観光紹介にもある通り、秀吉が朝鮮役の時に縄張りをしたと
いわれる城の遺構である。実は桃山期の城の遺構というのは極めて少なく貴重な参考例である。
城の外観は秀吉時代は下見張、家康時代になって白漆喰の総塗込になったわけだが、朝鮮役の頃には
柱を残して白漆喰の割合が多くなっている。なお、看板に「名島城の脇門」と書いてあるが、西日本新聞が
そう書いているだけで、脇門などという由来は無い。小さめの門なので勝手にそう書いたのだ。以降、
色々な本が孫引きしているが、世の中そういうものである。嘘ほど世に広まる。江戸期に入る以前の城は
大手門だけ大きく、他の門は小さめである。江戸期の櫓は単純な層塔形だが、この時代はこういう風に
ダイナミックなバランスだから正確に復元するのは難しい。天守の最上階も大坂城が三間四方だったため、
江戸期前はそれより大きくないのが原則である(秀吉に遠慮している)。


ライフワークの2冊がようやく販売ルートに乗りました。
脱稿して1年以上かかりました。誤伝が世に広まる前に出したかったのですが、
出遅れた感があります。いくら内容が良くても売れるとは限りません。
本当の官兵衛の生涯を知りたい人はどうかお手に取ってみて下さい。
複数の本に書いてあるからと信じると通説は誤りだらけです。
入門書ではありません。濃い内容です。地方小出版ですし、部数も少ないです。

(画像をクリックするとアマゾンに飛びます)2014年3月



通説は間違いだらけなのですが、それを孫引きした本だらけでなかなか本当の話は伝わりません。

歴史研究は一生かかっても終わりません。後は真面目な研究家に委ねますので頑張って欲しいものです。


本書に掲載しきれなかった
黒田家臣団の系図はここから





黒田家関連合戦地図  

戦前の陸軍参謀本部の研究成果です 
黒田官兵衛聖地めぐり  ゆかりの場所です 

官兵衛の家臣団 

大河じゃほとんど無視でした
農哲・林遠里の生涯  幕末福岡藩〜明治期に活躍した人






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(1)この絵を右クリック保存してプリントする
(2)上に穴を二つ開けて紐を通す
(3)丸い木の棒を下の部分に両面テープで付ける
(4)壁に掛けて出来上がり

リンク


播磨の黒田武士顕彰会(新)

東京にあった黒田家創立の学校

平田弘史先生のホームページ

甲冑研究家・ICHIRO氏のサイト

武田信玄・勝頼と家臣たち

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