興福寺
第九十五番
寺名 興福寺
山号 東明山
宗派 黄檗宗
所在地 長崎県長崎市
別称 あか寺、南京寺
SPOT
山門
日本最古の黄檗宗の寺院である。山門が朱塗りであるため、あか寺とも呼ばれる。
1624年(寛永元年)に中国僧の真円(しんえん)により創建された。三江(南京)出身の信徒が多いため、南京寺とも称せられた。黄檗宗の開祖隠元禅師とも関係深く、開法開山 - 隠元隆g(いんげんりゅうき)となっている。
この日は長崎はお祭りで、過分な装飾になっている。


Snap shot
大雄宝殿(だいおうほうでん) 本堂 重要文化財 大雄宝殿内部
天井が高い。左上方にぶら下がっているのが「瑠璃燈」という中国のランタンの一種。
本尊の釈迦如来と脇持。
仏手柑
飾っているのは初めて見ました。
まるで仏様の手 仏手柑
大雄宝殿の前廊部の天井
蛇腹に組まれたアーチ型。
大雄宝殿の氷裂式組子の丸窓
すごい細工です。元はガラス張りだったのでステンドグラ風ですね。原爆の爆風で割れたとのこと。
大雄宝殿の柱
手前から2つ目の柱 傾いていますよね
1945.8.9の長崎原爆の風圧とのこと。
大雄宝殿の扁額
一番上が、隠元の筆とのこと
庫裏 ヒナ祭りの飾りでしょうね
庫裏 「けつ魚」
萬福寺では「魚形の開(かいぱん)」 と表記
してました。
掛け軸は「関帝(関羽)」

坐像は媽祖(まそ)
媽祖(まそ)堂 媽祖(まそ)堂内
中央が媽祖(まそ)像
崇福寺と一緒です。
鐘鼓楼 中島聖堂遺構大学門
境内のソテツ 三幅対の碑
隠元の書の墨蹟を石碑にしたもの
三江会所門 興福寺の幡と吹流し
唐船入港の合図に揚げたとのこと。


朱印

五木寛之の一言
隠元は決してインゲン豆だけを持ってきたわけではない。中国の禅の正しいありかた、文化、風俗、物品など、たくさんのものを鎖国時代の日本に運んできた。そして、宗教界のみならず、一般の人たちにも大変大きなカルチャー・ショックを与えたのである。
kazu_sanの一言
境内のソテツに実が成っていた

赤い蘇鉄の 実も熟れる頃〜♪
加那も年頃 加那も年頃〜
大島育ち〜♪

田端義夫 「島育ち」 

ここ長崎は、南国なんだ。


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