『スリリングな……満ち満ちた……ゲームの……へようこそ!!』
 耳元に大音量を叩きつけられて、脳髄を突き抜ける名状しがたい痛みに男の意識は覚醒した。
「……うる、せえよ……」
 頬に当たる冷たい感触。そして、
『スリリングな刺激に満ち満ちたダウトゲームの会場へようこそ!!』
 再びの大音量に男はがばっと白いタイル張りの床に横たえていた頭を持ち上げた。
「うるせえ!」
 そう叫んでから、そこがまったく見覚えのない空間であることに気付き、男は周囲を見回した。
「ここは……」
 そこは四角い部屋だった。小学校の教室と同程度の広さがある室内は、床も壁も全て真っ白なタイルがはりつけられており、男は四辺の壁の一つのそばに横たわっていた。
 教室と違って机やロッカー等の備品は何もなく、代わりというわけではないだろうが、向かって右手に黒板ならぬ、大きな液晶ディスプレイが壁に埋め込まれていた。
 そこにはポップ調の文字で、
『ダウトゲームへようこそ!』
 と映し出され、トランプがひらひらと途切れることなく上から下に舞い降りている。
 男は直前の記憶を思い出そうとするが、頭蓋骨の奥から響いてくる鈍痛に阻まれ、どうにも要領を得ない。それでも男は少しづつ、記憶をすくいあげていった。
 たしか……会社帰りになんとなくバーに立ち寄った。店の名前は……覚えてない。一見だった。そこで……誰かと飲んでいた。知り合いじゃない。顔は覚えていないが、そう、女だった。向こうも一人で飲んでて、声をかけられて……ダメだ、それ以降は記憶がない。
 飲み過ぎて前後不覚になった自分は、一緒に飲んでいた女か、もしくは別の人間にここに連れてこられた、ということか?
 ……なんのために?
 なんにせよ、こんなわけのわからないところには長居は無用だ。液晶ディスプレイの向かい側、男の左手にはやはり真っ白でそっけない作りの扉がついており、男はそこから脱出すべく立ち上がろうとして、左足の違和感に気がついた。
 見下ろすと、男の左足首には金属製の足輪がつけられていた。
「……はあ?!」
 その足輪は壁と30センチほどの長さの鎖で結ばれており、ご丁寧にも足輪と鎖、鎖と壁は溶接までされていた。
「どういうことだよ?! なんだこいつは?!」
 男は力任せに鎖を引っ張るが、がっちりと溶接された鎖が外れることはなく、男の掌が擦り?けるだけに終わった。
「無駄ですよ」
 突如、室内から響いてきた声に男は驚愕して顔をはね上げた。声が聞こえてきたのは、男の向かい側の壁、そこには眼鏡をかけて痩せた青年が壁によりかかって座っていた。
 その左足には、やはり足輪と鎖。
「……あんた誰だよ? な、なあ、俺をさっさとここから出してくれよ! 別に俺は何にもしちゃいないんだぜ! ただ飲んでただけだ! あ、金か? 持ってるだけやるから! だから!」
 言いながら男はズボンのポケットをあさるが、そこに財布はなかった。それどころか携帯電話もない。
「はあ?!」
「……少し、静かにしてくださいよ。僕らは、もう逃げられないんですから」
「……はあ?!」
 青年は濁った魚のような瞳で、なめあげるように男を見た。
「見てくださいよ。この鎖。足輪と溶接されているだけじゃなく、鎖の輪の一つ一つまで溶接されています。で、手の届く範囲にこの鎖を溶かすことが出来る機材がありますか? 何もない。床には何も転がっていない。あなたのポケットに入ってますか? ないでしょう? つまり、誰かがこの部屋に入ってくるまで、僕らは脱出できない、そういうことです」
 青年は落ち着いた声音で喋り続けるが、その眼もとと口の端は小刻みに痙攣を起こしていた。
 脱出できない? バカな! そんなバカな!
 聞き分けのない駄々っ子のように青年を罵倒しつつ、今すぐ叫んでのたうちまわりたいところだったが、かろうじて大人として矜持が残っていたらしい。男は極力冷静であるように自分に言い聞かせつつ、青年の言葉を反芻する。
 確かに、そうだ。俺たちは脱出できない。そして、こんな犯罪そのもののバカげた行為をやらかすからには、何か目的があるはずだ。
 なんのために?
 その答えを、男は先程までに目にしていたし、耳にもしていた。
『スリリングな刺激に満ち満ちたダウトゲームの会場へようこそ!!』
 ボイスチェンジャーを通したかのような不自然な合成音声が鼓膜を叩く。先程の大音量は男の目を覚まさせるためだったのか、今回は控えめだった。
『参加者A、そして参加者B、突然こんなところに連れてこられてさぞ困惑されていることでしょう。まず、多くの方が叫ばれる疑問についての回答をさせて頂きます。
 あなた方は単に選ばれただけです。我々はあなた方に他意はありません。あなた方に恨みなどありません。あなた方が過去に犯した行為に対して義憤にかられ、などということもありません。もう一度言います。あなた方は選ばれただけです。
 我々の暇つぶしに』
 暇つぶし……だと?! 暇つぶしで、こんなメに遭わされてるっていうのか!
「ふざけんな! さっさとここから出しやがれ!」
『さて、我々の暇つぶしのために、あなた方にやって頂くことはただ一つ!』
 音声は男の叫びを無視して続ける。音声と同じ内容がディスプレイに浮かび上がる。

『互いの嘘をあばくこと。それこそが、スリリングな刺激に満ち満ちたダウトゲーム!』

「はあ?!」
「……少し、静かにしてくれませんか。少なくともこの部分は、録音された音声を流しているだけです。勿論、この部屋を監視している人間は間違いなくいるでしょうけど」
 苛立ちを隠せない青年の言葉に、男はあわてて天井を見上げたが、そこには確かに4つの監視カメラが、室内全域をカバーするように取り付けられていた。
『これからダウトゲームのルールを申し上げます』
 音声を追いかけるように文字列がディスプレイに浮かび上がっていく。

ルール1:勝負は3ラウンド形式で行う。時間は無制限。
ルール2:勝負は2ラウンド先取したほうを勝ちとする。降参の宣言があった場合はこの限りではない。降参する際は左手を上げて『降参を宣言する』と発言すること。
ルール3:『ダウト』の宣言は1ラウンドにつき、1回行うことが出来る。
ルール4:相手の言葉が嘘だと思ったら相手を右手で指さし『ダウト』と宣言する。それ以外の単語は無効。宣言は相手の発言から10秒以内に行うこと。また、同時に『ダウト』を宣言する相手の言葉を指定する。
ルール5:『ダウト』を宣言された場合、宣言された方は宣言された言葉が嘘ではないことをこの場で5分以内に証明しなければならない。
ルール6:『ダウト』を宣言された方が嘘ではないことを証明できない場合、宣言者を勝者とする。嘘ではないことを証明できた場合、宣言者を敗者とする。
ルール7:上位にあるルールほど、優先される。

 7つのルールが映し出されたディスプレイの端、男がいる方には『B』、青年の方には『A』と表示されている。男は『参加者B』ということなのだろう。
『勝負に勝つためのコツを教えて差し上げましょう。それは、言葉を大事にすること。
 それでは第1ラウンドを開始してください!』
 その言葉を最後に部屋には沈黙が戻った。
 男も、青年も、何も言葉を発しない。
 暇つぶし……だと。男は歯ぎしりしながら、拳を床に叩きつけた。
 馬鹿げた理由だが、2人の人間を拉致しこんな場所まで準備してのけるくらいだ。何かしらの組織的な活動なのは間違いないだろう。男の脳裏に浮かんだのは、ある都市伝説だった。

 ある時、若い女が行方不明になった。結婚の約束まで交わしていた恋人は、女が失踪などするはずはない、事件に巻き込まれたに違いない。そう確信して警察に陳情するだけでなく、自らも街頭でチラシを配るなどの活動を行った。
 だが、女は見つからず、時間がたつにつれ恋人はもう女のことを忘れるべきだと思うようになっていた。その日、恋人はレンタルショップで一昔前の恋愛映画のDVDを借りた。女が好きだった映画だ。これを見て、女のことはもう忘れよう。
 液晶テレビに映し出されたのは、かつてよく見た映画会社のロゴではなく、薄暗く汚い倉庫のような室内映像だった。どうやら撮影者がハンディカムで撮っているらしく、手ブレのひどい映像の中心には、長い黒髪の女が全裸で椅子に縛り付けられていた。
 画面の端に紙袋を頭からかぶった男が姿を現し、女が顔を上げ、恋人は息をのんだ。
 恐怖と涙と鼻水で歪んだその顔は、まぎれもなくかつての婚約者だった。
 紙袋の男は、撮影者から受け取ったらしきこん棒で女の腹を殴りつけた。女は悲鳴もあげず、前のめりにおう吐し、ぴくぴくと痙攣した。紙袋の男が女の紙を掴んで上を向かせ、吐しゃ物まみれで瞳の焦点が合わない女の顔が大写しになる。女の頭から水を浴びせ、覚醒した女の腕をとった紙袋の男が持っていたのはペンチだった。それで右手の人差指の爪をがっちりと挟み込んだ。
 べきり。と、折るようにして生爪を剥がれた女が絶叫する。紙袋の男はカメラに血まみれの爪を示してから、悲鳴を上げ続ける女の腹にこん棒を叩きつけた。
 それから、残虐の限りを尽くされた女は、最後にチェーンソーで首を切り落とされ、恋人はその場に嘔吐した。
 恋人はそのDVDを持って警察に駆け込んだ。だが、別室でDVDを確認してきた警官は恋人を叱責した。
『ただの映画のDVDじゃないか! 警察をからかうんじゃない!』
 そんなはずはない。だが、恋人が何度確認しても、そこに映っていたのはフランスの都市と思しき映像だった。
 不可解な思いを抱きつつ警察を後にした恋人だったが、やがてある噂を聞いた。
『人を殺す瞬間を撮影したDVDがアンダーグラウンドで出回っている。悪趣味な金持ち向けに作成されたそのDVDの愛好家には警察の上層も含まれており、決して摘発されることはない。その殺人DVDは映画のDVDを偽装しており、まれに普通のレンタルショップに混じってしまうことがある』

 この話を聞かされた時は、何をバカなことを、と思ったものだが、今のこの現状を考えればもはや鼻で笑い飛ばすことなどできそうにない。金がなければこんなことはできない。そして、金は権力を呼び寄せる。金と権力のタッグの前には人の命など、ゴミクズのようなものだ。金と権力を持っている人間はそれをよく知っているから、決して手放そうとはしない。
 声はゲームのルールは説明した。だが、勝った場合・負けた場合については何も言及しなかった。
 ……もしかしてああいうDVDに『出演』させられることになるのか?
 心の中で『バカな』と呟いたが、それは弱弱しいものだった。
 いや、『暇つぶし』と声は言っていた。ならば、負けても『ご苦労様でした』とあっさり解放してくれたりするのではないか? ……あるわけがないな。こんなことをやっておいて、あっさり解放するようならそいつはどうしようもない無能・無脳だ。
 ならば、どうする? どうにかして脱出するか、ゲームに参加するか?
「……あの、聞いてます?」
 そこで初めて男は、青年がこちらに声をかけていることに気がついた。
「……あ、ああ。なんだ?」
 目の下に真っ黒な隈を作った青年は先ほどよりも憔悴しているように見えた。
「もう一度、聞きますけど、あなたはこのゲームに参加するつもりですか?」
「……参加はしたくないが、そういうわけにもいかないだろう。さっきあんたが言ったように、自力での脱出は不可能なんだから」
「そうですよね」
 言って青年は肩を落とした。言葉の最中も青年の口元の痙攣は止まらない。
「さっきは何も言っていませんでしたけど、勝ったら解放されるとして、負けたらどうなるんですかね……」
「……」
 男は沈黙した。先程の自分の予想をわざわざ青年に話してきかせる気にはならないし、表情を見るに、青年もある程度予想はついているようだった。
「……僕は死にたくない」
 青年が震える声で呟いた。男のところにようやく聞こえるかどうかの小さな声だった。
「……俺もだ」
 だがもし仮に自分が勝った場合、青年に待つのは十中八九、悲惨な運命だろう。
 死にたくはない。が、『殺人』の片棒を担ぐようなことになるのは嫌だ。俺は清廉潔白な聖人ではないが、悪逆非道な無頼でもない。

 ……本当に、そうか?

 俺は今、どうにかこの青年を陥れてダウトゲームに勝ちたいと考えていないか? 逃げようがないんだ。こいつを犠牲にするしかない。さっき会ったばかりの見も知らぬ男。こいつを踏みにじって俺が生きられるなら、俺は躊躇なく踏みつけようと考えていないか?
「……あの、聞いてます?」
「……あ、ああ。すまない。なんだ?」
 つい先刻と同じようなやり取りをしたあと、青年は声をひそめるようにして(おそらく盗聴用のマイクがどこかに隠されているはずなので意味はないだろうが)言った。
「……ゲームに参加している『ふり』をしませんか?」
「『ふり』?」
「はい、さっきのルールによると時間制限はありません。ですから」
「時間を引き延ばして、外部の人間が気付いて探してくれるのを待つ、か」
 男は高専を卒業して以降、ずっと一人暮らしをしている。だから男がいなくなるのに気付くとしたら友人と会社ぐらいだが、会社には期待できなかった。無断欠勤を理由に解雇。それで終了だ。
 友人は……そう、そうだ! 今がバーで飲んでいた時の翌日だとすれば、夕方に学生時代の友人が部屋を訪れることになっている。あいつなら、俺を探してくれるかもしれない。
「だが、俺たちの足跡を追うのに何日かかることか……」
「そうですね。でも、わざわざこんなことまでして僕らを拉致してきたんですよ。僕ら2人が餓死だなんて、ゲームの主催者も望むところではないでしょう」
 言って青年は天井のカメラを見上げた。
 もし、自分がこの『ダウトゲーム』の主催者なら、ゲームの様子は絶対に撮影している。そうでなければペイできないし、そもそもここまでやる理由がない。そして参加者2人が餓死、などという結末になれば、『視聴者』は主催者を見放すだろう。
 ということはゲームの決着がつくまでは、健康はともかく命は保証されると考えていいのだろうか。ならば……
「……わかった。ゲームに参加している『ふり』をしよう」
 男の言葉に、青年は目元を痙攣させつつ安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます。ただ、まったくの無言でいると主催者が何らかの措置をとる可能性がありますので、世間話くらいはしましょうか」
「そうだな」
「じゃあ、長い時間を一緒に過ごすことになるわけですから、まずは自己紹介しましょうか。僕の名前は高倉正一です」
 青年の言葉に男は何かひっかかりを覚えたが、青年がこちらを促すように見ていたためその違和感を精査することはなかった。
「ああ、俺は……」
 偽名を使うべきか男は少しだけ迷う。だが、極力嘘はつくべきではないだろうと判断し本名を名乗ることにした。
「俺の名前は仁科裕一という。宜しく頼む」
 言い終えた瞬間、頭の中でちりっと火花が散った。この感覚は覚えている。先日、取引先の会社にメールを送った時と同じだ。あとで送り先の会社を間違えていたことに気づいて真っ青になったあの時と。
 俺は、何か取り返しのつかないことをやらかしたのか?!
 男ははっと青年を見やる。
 青年は、笑っていた。
 鼻の高さまで裂けた口角、唇の隙間からのぞく、牙を思わせる八重歯。
 青年は充血した眼を見開いてこちらを指さし、叫んだ。

「『ダウト』!」

「はあ?!」
 素っ頓狂な声をあげる男を指さしたまま、青年はさらに言葉を続ける。
「相手の『俺の名前は仁科裕一』という発言に『ダウト』を宣言する!」
『参加者Aより『ダウト』が宣言されました。参加者Bは5分以内に、発言の『俺の名前は仁科裕一』という部分が嘘ではないことを証明してください』
「はあ?!」
 何が起こったのか全く理解できていない様子の男の様子に、青年はけたたましい笑い声を浴びせた。
「ひゃひゃひゃひゃっ! すっかり騙されてやんの! ばっかじゃねえの! 参加者同士の談合なんて、主催者が許すわけないでしょ! 死んだら死んだで、僕たちみたいな底辺の代わりはいくらでもいるんだから! 不意打ちくらった間抜けなその表情! さいっこう! ひゃひゃひゃひゃっ!」
 叫んで青年はぴたりと笑い声を止めた。立てた親指で喉元を切る仕草をしてから、侮蔑のまなざしを男に向ける。
「ばっかじゃねえの」
「こんの野郎ぉ!!」
 青年に飛びかかろうとした男は、鎖に引っ張られて壁に引き戻される。
「……ぐうっ!」
 肩をぶつけ、足輪で擦れた左足首から血が流れるが、構わず体を起こすともう一度青年へ突進する。が、またしても壁に激突するだけで終わった。
 青年は笑みを消し、まるで昆虫観察をするように男を見ており、それがさらに神経を逆なでする。
「くそおおおおおっ!」
 沸騰しかけた男の頭に水を差したのは、
『参加者B、嘘ではないことの証明の猶予はあと4分です』
 合成音声の抑揚のない言葉だった。
 あと4分……何がだ? 俺の言葉が嘘でないことの? はあ?! ふざけんなよ!
 青年が『ダウト』を宣言したのは、男の、
『俺の名前は仁科裕一』
 という言葉についてだ。
「自分の名前の証明なんて、簡単に決まってるだろうが! バカはてめえだ!」
 憎悪のこもった視線を青年に向けてから、男はズボンのポケットに手を突っ込んだが、そこに目的の財布、免許証の入った財布はなかった。
 そうだった!
 男は舌打ちしてから全身をまさぐるが、着ているYシャツとズボンのポケットには何も入っていなかった。
 身分証明書がない。ということはつまり、自分が仁科裕一であることを証明できない。
『参加者B、嘘ではないことの証明の猶予はあと3分です』
「ま、待てよ! 俺は仁科裕一だ! そうだろ!」
 合成音声は何も応答しない。
「俺の財布、あんたらが持ってんだろ! だったら、俺が『仁科裕一』だってことは知ってるはずだ! 俺は嘘なんか言ってない! こんなバカな話があるかよ?!」
 天井の監視カメラに向かって男がわめくが、それに返ってきたのは青年の低い笑い声だった。
「なにがおかしいんだよ、この野郎!」
「ほんと、ばかですね、あなた。ルールをもう1回見てみたらどうですか?」
「はあ?!」
 自分を罠にかけて残り時間を浪費させようとしているのか男は勘ぐったが、妙案もないしルールを見直すことで何か思いつくかもしれないと考え直し、液晶に表示されているルールに素早く目を通した。

ルール1:勝負は3ラウンド形式で行う。時間は無制限。
ルール2:勝負は2ラウンド先取したほうを勝ちとする。降参の宣言があった場合はこの限りではない。降参する際は左手を上げて『降参を宣言する』と発言すること。
ルール3:『ダウト』の宣言は1ラウンドにつき、1回行うことが出来る。
ルール4:相手の言葉が嘘だと思ったら相手を右手で指さし『ダウト』と宣言する。それ以外の単語は無効。宣言は相手の発言から10秒以内に行うこと。また、同時に『ダウト』を宣言する相手の言葉を指定する。
ルール5:『ダウト』を宣言された場合、宣言された方は宣言された言葉が嘘ではないことをこの場で5分以内に証明しなければならない。
ルール6:『ダウト』を宣言された方が嘘ではないことを証明できない場合、宣言者を勝者とする。嘘ではないことを証明できた場合、宣言者を敗者とする。
ルール7:上位にあるルールほど、優先される。

 何も思いつくことはない。が、何かが引っ掛かる。
『参加者B、嘘ではないことの証明の猶予はあと3分です』
 合成音声が告げる。その時、男の脳裏に何かが閃いた。
 そう、確か合成音声はこう言っていた。
『勝負に勝つためのコツを教えて差し上げましょう。それは、言葉を大事にすること』
 それを念頭にもう一度ルールを読み直すと、垣間見えるものがあった。
「そうか……『真実は関係ない』ってことか……」
 『ダウト』を宣言された方が証明しなければならないのは『嘘ではないこと』だ。『真実』ではない。
 仮に男の名前が『山田太郎』であっても、『仁科裕一』と書かれた何かをこの場で提示できれば、『嘘ではない』ことの証明になるのだ。
「そういうことです。証明できないでしょう? 僕の持ち物は全部取り上げられている。あなたもそうでしょう? 『この場』で証明できますか、自分の名前。僕は、できない。ひゃひゃひゃ……役所にでも照会してもらいますかあ?」
 もはや勝利を確信した様子で壁に寄りかかったまま、青年はいやらしい笑みを浮かべた。
 何か……なにかないか……
「……奪った俺の免許証の返還を主催者に要求する」
『参加者Bの要請はルールにありません』
「奪った俺の免許証に記載されている名前を読み上げるだけでいい!」
『参加者Bの要請はルールにありません。参加者B、嘘ではないことの証明の猶予はあと2分です』
 あと、2分……
 くそっ、たぶん今の発想は間違っていない。『この場』というのはおそらく、あの合成音声の発言も含まれる。
 声が男を『仁科裕一』と呼べば、『嘘ではない』ことの証明になるはずなのだ。男を『仁科裕一』と認めている存在がある、ということなのだから。
 声が男たちを『参加者A』『参加者B』と呼んでいたのも、そのあたりの含みがあったからなのだろう。
 それに気づいていれば……いや、気づいていた。気づいていたが……してやられたのだ、あの野郎に。
『参加者B、嘘ではないことの証明の猶予はあと1分です』
「俺の勤めている会社に電話してくれ! 番号は……」
『参加者Bの要請はルールにありません』
「実家には両親が住んでいる。両親の名前と住所は……」
『参加者Bの要請はルールにありません』
 合成音声にすげなく却下された男は監視カメラをにらみつける。
 このカメラの向こう側にいる人間は、俺が『仁科裕一』であることを間違いなく知っているはずなのだ。
 俺は、俺は仁科裕一だ。
 なのに、自分の名前を嘘呼ばわりされて、それが嘘であることの証明すらできない……
 男はがっくりと肩を落とした。

『制限時間終了。第1ラウンドは参加者Aの勝利です』
 合成音声が無機質に告げ、ディスプレイに文字が浮かび上がる。

『第1ラウンド結果

ダウト宣言
参加者A:第1ラウンド開始から5分46秒後、参加者Bの『「俺の名前は仁科裕一という。宜しく頼む』という発言の『俺の名前は仁科裕一』の部分に対してダウト宣言。
参加者B:なし

勝者
参加者A(1勝)』

 それらの文字は短時間で消え、再び7つのルールが映し出された。


『嘘つきには罰を!』
 同時に、盛大な拍手のSEが鳴り響いた。
『それでは第2ラウンドを開始してください!』

   中篇
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