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フランス語版「シグルイ」第1巻 翻訳紹介

フランス語版タイトル: SHIGURUI 1
作: Takayuki Yamaguchi(山口貴由), Norio Nanjo(南條範夫)
フランス語版出版: Génération Comics, Panini France S.A.
翻訳: Arnaud Takahashi



0.はじめに

以下、日本語版シグルイを「原典」、フランス語版シグルイを「本書」と呼称することがあります。



1.外観
仏語版シグルイ第1巻表紙
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表紙カバーあり

本書の大きさは
日本語版(原典)と
全く同じである

本編の残酷描写故に
出版社は
表表紙右上隅に

"POUR LECTEURS AVERTIS
(耐性のある読者向け)"と
記載するに至るなり


カバー表表紙折り込み部分には
著者である山口氏と南條氏の紹介

カバー裏表紙折り込みには
2巻の表紙と予告が載せられている



左が日本語版、右が仏語版
本の大きさは全く同じであるが、
仏語版表紙の絵柄はやや大きい
2.印刷


全色印刷の頁は
やや赤味が薄いが

特筆すべき瑕疵は
見当たらない


3.翻訳


a.目次


目次の頁に書かれた内容である


INTRODUCTION


1630, dans la province de Suruga, au Japon. En dépit des lois en vigueur, le cruel prince Tadanaga Tokugawa, troisième frère du shogun Iemitsu, décide de rassembler les combattants les plus habiles du pays pour les faire s'affronter dans un tournoi à mort. Le premier combat de ce tournoi met face à face deux hommes usés, qui semblent déjà se connaître : Gennosuke Fujiki et Seigen Irako. Mais qui sont-ils réelement ? Et quelles horreurs passées dissimulent leurs corps mutilés ?

(1630年、日本は駿河国。将軍家光の三兄である暴君徳川忠長は、法度に背き、互いの生死を賭けた試合を行わせるべく諸国の有能な剣士を集めることを決める。その第一試合で向かい合うのは、浅からぬ因縁を思わせる手負いの男ふたり。名は、藤木源之助および伊良子清玄。彼らは一体何者なのか。そして彼らの欠けた肉体に秘められている恐怖の過去とは。)


SOMMAIRE


SCÈNE 1. Le tournoi du château Sunpu
(第一景 駿府城の試合)
3

SCÈNE 2. Ce qu'il faut savoir sur le "combat entre deux écoles"
(第二景 「他流試合」心得)
57

SCÈNE 3. Le tigre et les deux dragons
(第三景 一虎双龍)
89

SCÈNE 4. Le haricot gluant
(第四景 涎小豆)
121

SCÈNE 5. Visite nocturne
(第五景 夜這)
153

"DE LA CRUAUTÉ" par Norio Nanjo
(「残酷について」南條範夫)
186

SCÈNE ZÉRO
(第零景)
188


第二景仏語訳を
日本語に直訳すると

「『二流派間の試合』において
知っておくべきこと」
となる


b.固有名詞の訳について


日本人の名を西欧文字化する場合は
「名・姓」の順に直すのが通常であるが

これに役職が加わった場合
役職名は
人名の前あるいは後に表記される

本書では
人名の後に役職が表記されている

例えば

「鳥居土佐守成次」の場合
"Naritsugu Torii, Kami de Tosa"
となる


剣技・体術等の翻訳は
統一されておらず

「無明逆流れ」のように
"contre-courant de l'obscurité"と
仏語訳されたものもあるが

「骨子術」「練り」など
"kosshi jutsu", "neri"と表記した上で
訳注を付している例も多い

また 技や術の名は
男性名詞として扱われている


c.本編

本編中のセリフや語りの紹介である
仏語訳とその大意を併記している


P15

Fou!!
(暗君!!)


"fou"は「狂人」を意味する
名詞であるが

「気の狂った、熱狂した、並はずれた」という
形容詞としても用いられる


P53

Cette garde, personne, dans aucune école...
(その構えは、いかなる流派の者も)

... ne l'avait jamais vue, et personne n'en avait jamais entendu parler.
(全く見聞きしたことのないものであった。)


"personne ne..."は
「誰も〜ない」

"aucun(aucune) ... ne..."で
「どんな〜も〜ない」という
否定文となる


P57-59

La lame du guerrier manchot...
(隻腕の剣士の刃は)

... sera-t-elle capable de trancher les os ?
(骨を断つことが出来るのか?)

La lame du guerrier aveugle...
(盲目の剣士の刃は)

... sera-t-elle capable de toucher son adversaire ?
(対手に触れることが出来るのか?)

Oui !!
(然り!!)

Oui !!
(然り!!)


英語ならば
"Yes, they are!"
などとすることで

原典における
「出来る 出来るのだ」に近い語感で
表現できたろう

仏語においても
"Oui, elles le seront !!"とすることは
可能であろうが

そうしなかったのは
表現がややくどくなるためであろうか。


P81

Les adeptes d'autres écoles doivent être traités avec beaucoup d'égards.
(他流の徒、丁重に扱うべし)

Il ne faut pas absolument les tuer...
(斃すことまかりならぬ)

... mais au contraire, les laisser repartir "embellis".
(むしろ「伊達にして」帰すべし)


P109

Tuer est facile...
(殺めるは易し、)

... mais "embellir" est difficile !
(されど「伊達にする」は難し!)


「伊達にする」を
如何に翻訳するか

それは筆者最大の
注目点のひとつであった

"embellir"の意味は
「美しくする、見栄えを良くする」

名訳であった


P111

J'ai enfin trouvé un adversaire de taille...
(ようやく手強き対手にめぐり会い申した)

Je regrette maintenant tout ce temps que j'ai passé à errer sans but!
(あて無くさまよいし月日 今は悔ゆるのみ)

À compter de ce jour, de cet instant même...
(今日 ただいまより)

... je vous demande de bien vouloir m'accepter comme disciple dans cette éco...
(この道場の門弟として受け入れていただきたく…)


"de taille"は
「非常に大きな、非常に重要な」
という意味合いをもつ

最後の単語が
"école"の言いかけであることは
言うまでもない


P175

Parle !!
(申せ!!)

Ce que je te demande, c'est qui, de Fujiki et d'Irako, est à même de pourvoir la semence la plus fort !!
(わしが尋ねておるのは、藤木と伊良子いずれがより強い種を与えられるかだ!!)


P183

D'Irako et Fujiki, c'est celui qui accomplira cette tâche qui sera choisi...
(伊良子と藤木のうち、試練を仕遂げた方を選び)

... pour ensemencer Mie !
(三重の種とする!)


"semence"は「種子」
"ensemencer"は
「(〜に)種をまく」の意である


P184

Ce soir-là, le rideau s'ouvrit sur un incident morbide qui tacha de sang...
(その夜、機織りの町掛川を血に染める猟奇事件)

... la ville des métiers à tisser, Kakegawa : "La nuit des kamaitachi*"
(「かまいたちの夜」が幕を開けた)

*Au Japon, le kamaitachi est un créature imaginaire à tête de belette, dont on dit qu'elle est responsable des blessures que l'on se fait "sans avoir pourtant rien touchée" - comme par exemple les gerçures qui s'ouvrent subitement, etc.
(カマイタチは、イタチの頭をもった日本における空想上の生き物で、「何も触れずに」生じた傷―例えば突然開く切り傷など―の元凶とされている。)


「かまいたちの夜」という言葉で
日本人が連想するものは
唯一つであるが

世界各国の役職名や
歴史上の事件名は
母国語で呼称するのが
慣例である

この訳を悪しと断定すべきか否かは
定かではない


なお
ouvrit, tachaはいずれも
直説法単純過去と呼ばれる形

現在では
小説の語りなどにのみ
用いられる時制である


P187

Lorsque les êtres humains laissent leurs émotions tomber dans l'excès, il arrive que cela donne naissance à la cruauté.
(人間が感情を極端にはしらせたとき、そこから残酷はうまれる。)


これは
本編と第零景の間に
掲載された

南條氏による「残酷について」の
冒頭に書かれた一文である

「残酷について」は
全文が翻訳されている


カバー裏表紙折り込み

Un vent de mort souffle sur Kakegawa...
Afin d'obtenir le droit d'épouser la fille de leur maître, Gennosuke et Seigen doivent affronter les deux puissants jumeaux Funaki.
Quelle sera l'issue du combat ? Qui, des deux hommes, sera choisi pour devenir le successeur de Kogan ?

(掛川に死の風が吹く…。師の娘を娶る者となるため、源之助と清玄は双子の剛剣士、舟木兄弟と戦わねばならない。戦いの結末やいかに。二人のうち、虎眼の後継に選ばれるのは誰なのか。)


見開き二頁を使った第二巻の予告が
仏語版には存在しないが

その代わりとして
裏表紙折り込みに
この文章が書かれている

目次の上にある序文と同様
原典には存在しないものである


カバー裏表紙(画像

L'esthétique de la cruauté.
(残酷の美学。)


「美しく、残酷に。」
にあたる一文である

カバー裏表紙の文言も
翻訳されていた


d.注釈

江戸時代の日本が舞台である
この作品には

日本人にさえ馴染みの薄い
古典表現が頻出する

多くの訳注がつくのは
必然であった


以下は
一巻に記された訳注の
代表的なものである


P3

château Sunpu**
(駿府城)
**Château qui sert de lieu de résidence à Tadanaga Tokugawa, lequel gouverne la province de Suruga(située dans le centre de l'actuelle préfecture de Shizuoka.)

(駿河国(現在の静岡県中部)を治める徳川忠長の居城)


P5

Dainagon*
(大納言)
*Rang de Tadanaga dans la hiérarchie

(忠長の位)


P9

Kami de Tosa*
(土佐守)
*"Kami" est un terme honorifique, qui indique la place de l'individu dans la hiérarchie ; "Tosa" est le nom de la région dont il a la responsabilité.

(「守」とは、階級内の位を指す尊称である。「土佐」は担当する地域の名。)


P10

vrais sabres*
(真剣)
l'époque se déroule cette histoire, seuls sont autorisés légalement les tournois dans lesquels les participants combattent avec des sabres de bois.

(この物語の舞台となる時代では、互いが木刀を持って戦う試合のみが法的に認められている。)


P14

koku*
(石)
*Unité de mesure servant à déterminer la valeur de ce que l'on possède en termes de production de riz.

(米の生産量に基づいて資産の価値を定める単位。)


P15

han*
(藩)
*Équivalent d'un fief, dans le Japon médiéval

(中近世日本における、封土と同義の語)


P34

heure de mi*
(巳の刻)
*Vers 10 heures du matin

(午前10時ごろ)


P43

*voir note
(註を参照)
※原典で「跛足」に関する註が書かれた場所
*NDT : un certain nombre de notes de cet album n'ont pas été traduites car elles expliquent des termes rares du vocabulaire japonais sans équivalents en français.

(本書にある註にはいくつか訳を施していないものもあるが、それは、それらの註が正確なフランス語訳の存在しないような日本語古典表現について説明したものだからである。)


日本語版原典では
古い表現に対して
註釈が記されているが

仏語版ではその殆どが
白く塗られた上で
「*」の印を施され

コマの外に
"*NDT : non traduite(翻訳なし)"
との註を付与されている


P74

dojoyaburi*
(道場破り)
*Litéralement "destructeur de dojo" : homme qui se rend dans les dojos pour affronter les représentants, dans le but de les vaincre et de les humilier.

(直訳すると「道場を壊す者」。つまり、道場に足を運び代表の者と手合わせをし、これを打ち負かし辱めようとする者のこと)


P93

yubikarami*
(指溺み)
*Nom de la technique qu'utilise Seigen. Litéralement, les "doigts emmèlés".

(清玄が使う技の名。直訳すると「もつれた指」。)


P137

kudzu*
(葛)
* Plante grimpante très répandue au Japon, également appelée "pueraria lobata", ou "puéraire".

(日本に広く分布するつる植物。"pueraria lobata"または"puéraire"とも呼ばれる。)


"pueraria lobata"は学名
"puéraire"は仏蘭西での呼称である


P158

shiitake*
(しいたけ)
*Ou shitaké, champignon comestible de la famille des lentins, très consommé au Japon.

(あるいは"shitaké"とも。"lentin"の仲間に属する食用のきのこ。日本でよく食される。)


P186

période Sengoku*
(戦国時代)
*Litéralement, la période des "provinces en guerre" : longue période de guerre civile au Japon. Elle débute avec l'incident d'Onin, qui marque le début de l'effondrement du pouvoir central de Muromachi en 1467 et se termine en 1573, avec l'entrée à Kyoto de Nobunaga Oda, qui réunifie une première fois le pays.

(直訳すると「戦中の諸国」の時代。日本における長期の内戦時代を指す。室町幕府崩壊のきっかけとなる応仁の乱が勃発した1467年より始まり、最初に国を再統一した人物である織田信長が入京した1573年に終結。)


戦国時代の定義については
日本国内でも諸説あり…


e.誤り

漫画の翻訳において
日本人が最も見つけやすい誤りは

西欧文字化された日本語の
誤表記である


本書においても
それは存在し

「大権現」は
"Daikongen"

「指溺み」は
"yubikarami"となっている


単語を合成する際に生じる
「清音の濁音化」を把握できず
清音のまま表記しているのだ


日本語の正確な表記と
そのための入念な確認作業は

どの国における翻訳であっても
重要な課題の一つである



(クリックで拡大表示)
フランス語版61ページ。
かき足した部分の線が粗いのが
おわかりだろうか。
f.その他

本書の原典には
ふきだしから大きく
はみ出ている文字が多い


仏語版では
こういった文字を
まず修正液で丁寧に消し

しかる後に
ペンでふきだしの枠を
書き加えている


絵の上に
直接載っている文字には

黒地あるいは白地の
長方形の枠を作ることで文字を消し
枠内に仏語訳を書くという手法を取る


一方で

全色刷りの頁の絵に
直接載せられた文字は

絵をつぶすことなく
完全に取り除かれ
仏語に置き換えられている


4.終わりに


現在
本書の購入手段は

ネット通販を含めた
仏蘭西の書店での購入以外には
存在しないものと思われる

日本国内の洋書店に
入荷する可能性は
恐らく極めて低いだろう

しかしながら

仏蘭西からの購入となると
少なくとも二千円以上の
送料を支払わねばならぬ

蒐集のみの目的で買うには
あまりに高額であると言える


仏語をある程度理解できるか
学ぶ意欲のあるシグルイ狂には
注目に値する書であるかもしれない




On n'entreprend rien de grand
quand on a toute sa raison.

正気にては 大業ならず

La voie du guerrier est
celle de l'acharnement.

武士道は シグルイなり



(2006年2月23日アップロード)



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