トップページへ



英語版「灼眼のシャナ」1巻
翻訳紹介



英語版タイトル: SHAKUGAN NO SHANA: THE GIRL WITH FIRE IN HER EYES
作: Yashichiro Takahashi
絵: Noizi Ito
英語版出版: VIZ Media
翻訳: Yuki Yoshioka & Cindy H. Yamauchi
カバーデザイン: Sam Elzway




1.概観


a.本の大きさ

Vizから出ている英語版マンガと同じサイズ。ページは250ページ程度。
マンガではなく小説なので、必然的に左とじ(表紙の左側がとじられている)。

b.挿し絵

フルカラーの挿し絵は日本語版と同じく6ページ分。1〜2ページ目と3〜4ページ目はそれぞれ見開きで1枚の絵となっている。これについては問題ない。5ページ目と6ページ目はともに1ページで1枚の絵となっているが、その2枚の絵の位置関係が、オリジナルと英語版で全く同じなのだ。本の綴じ方が逆であるにもかかわらず。今回は双方の絵が完全に独立した(まったくリンクしていない)イラストだったため大きな問題にはならなかったが、今後は注意が必要になるだろう。

モノクロの挿し絵については、基本的にはオリジナルと同じような場所に配置されている。しかし、英語版には掲載されていないモノクロイラストが2点ある。いずれも、この小説が若年層向けであることを考慮した上での措置だと考えられる。キーワードは「パンツ」。

c.目次など(CONTENTS, etc.)

オリジナルの文庫本では、目次はフルカラーページの最後、メロンパン食ってるシャナの描かれたページに載っている。一方で英語版では、フルカラーページの最後にはメロンパンシャナのイラストがあるのみ。英語版の目次は、次から始まるモノクロページのタイトル(P9=モノクロ1ページ目)、奥付け(P10=モノクロ2ページ目)につづいて登場する。本文が始まるのは13ページ目からである。

プロローグに書かれた各章の題名は次の通り。


Prologue(プロローグ)

CHAPTER 1
The Deviant World(外れた世界)

CHAPTER 2
The Sunset, the Rainy Night, and the Morning(夕日、雨の夜、そして朝)

CHAPTER 3
Shana(シャナ)

CHAPTER 4
Yuji(悠二)

CHAPTER 5
The Flame Haze(フレイムヘイズ)

Epilogue(エピローグ)

Afterword(あとがき)



2.翻訳


a.名称・用語

・英語に翻訳された名称

牘衄閏浚磴瞭い措雖瓮轡礇 Shana, the one with flaming hair and blazing eyes
狹珪蹐旅絏亅瓮▲薀好函璽 Alastor, Flame of Heavens
犲躾有瓮侫螢▲哀 Friagne, The Hunter
紅世(ぐぜ) Crimson World
紅世の徒(ぐぜのともがら) Crimson Denizen
王/紅世の王 Lord / Crimson Lord
封絶 Seal
因果孤立空間 isolation space
存在の力 Power of Existence
討滅(する) destruction(destroy), Toumetsu, Destruction Attack
都喰らい Devourer of the City
棺の織り手 Weaver of Coffin
宝具 treasure tool
真名(まな) true name
自在式 Unrestricted Method
自在師猴羸の風琴 the Wind Harp of the Spiral, the Master of the Unrestricted Method


・日本語からそのままアルファベット化された名称の例

トーチ、ミステス Torch, Mistes
贄殿遮那 Nietono no Shana
燐子(りんね) Rinne (Servant)
零時迷子 Reiji Maigo
バブルルート Bubble Root

英語からとった名称はもちろんそのまま英語になっている。日本語からとった名称でも、その翻訳が困難な場合など、読みをそのままアルファベット化しているケースもみられる。


b.本文

実は筆者は、先に英語版の方を最後まで読み、その後で日本語版と読み比べるという作業を行っている。
先入観がほぼ皆無と言っていい状態で読んだ英語版はかなり読みやすいという印象だったが、日本語版と比べることでいろいろなことが明らかになってきた。


  She stood between him and the doll, her back to him. She was small, but her stance spoke boldness and strength.
  Her hair, blazing red with the sheen of burnished steel, flowed down to her hips. On her shoulders hung a weathered black cloak still fluttering in the wind from her recent attack. The long, graceful fingers of her right hand grasped the hilt of a large sword that shone with an otherworldly beauty. Red sparks trailed her every movement and scattered behind her on the wind.
  Yuji gazed upon her in amazement, forgetting for a moment the situation he was in.
  The girl stood tall amid the dancing fire sparks. Her presence was overwhelming.
  The monstrous, shrieking doll still loomed behind the girl, but it was reduced to a mere backdrop in her presence.

シャナが初めて現れ、悠二の前に立つ場面。
原文ではまるで詩のようにあえて文の途中で改行している箇所がいくつか見られるが、英語版の文章は基本的に普通の構文であり普通の改行がなされている。日本語原文に込められた力強さは、それでもちゃんと英語に反映されているように思う。


  "Hello, little one. How appropriate for us to meet during this hour of the demons."
  He was a delicate, beautiful man, whose image looked as though it could be blurred if touched. His voice was like the croon of a badly tuned violin.
  Yuji knew: This man is the Crimson Denizen.

フリアグネ登場のシーン。
斜体の文字(英語原文まま)は、それが登場人物の心の声であることを表している。上記の例の場合は、当然、悠二の心の声ということになる。



4.日本語版と英語版の違い


本の綴じ方やイラストについては先だって説明済みなので、ここでは本文の内容に見受けられる相違点について検証していく。


a.「うるさいうるさいうるさい」


  "Ughh..."
  I've been slashed from the shoulder down, moaned Yuji to himself.
  (...)
  The girl now seemed quite irritated with Yuji's moaning and groaning and gave him a swift kick. "Argh! Shut up, shut up, shut up! Why all the fuss over being cut?"
  The pendant spoke.
  "It reveals your character in your past life, you idiot. If you were a human being, you'd have died the instant you received that wound."
  "That's what you say, but I've been cut! Huh?"
  Realization dawned on Yuji.

シャナの口癖である「うるさいうるさいうるさい」は原書の第1巻に数回登場するが、英語版第1巻で"shut up"が3回繰り返されているのはこのときだけである。その他の場面ではすべて"Shut up."のように1回だけで済ませている。
第2巻でも1度だけ"shut up"×3が使われているので、もしかすると今後も1巻に1度くらいのペースで使われるのかもしれない。


b.名前の呼び方


  "Geez, can you believe how fast they ran off together?" said Eita. "Could they be going on a date? That's unforgivable!"
  "That's beside the point," Keisaku replied. "But Yuji and Yukari, together? Who could have predicted that?"

既にご存じの方も多いと思うが、欧米諸国では名前を呼ぶときに姓よりも名(ファーストネーム)を呼ぶ場合がほとんどである。したがって、日本語の小説やマンガを欧米の言語に翻訳するときにこうした現象―姓に代わって名が表記される―が起こるのは自然な流れと言える。


c.フォーマットの遵守


  A voice called down to them. "Yu-chan, what are you doing down there?" It was Yuji's mother. They looked up at her gentle face in the window.
  "You've been found, huh, Yu-chan? Ha, ha!" Shana burst out laughing and covered her mouth in her hand.
  Yuji turned away from Shana. He needed to talk to someone a little more mature.
  "Alastor?"
  "What is it, Yu-chan?"
  Great, him, too?
  "Uh, I guess it's past now--dusk, I mean."

私自身はそれほど小説に通じているわけではないので断定は避けるが、日本で生まれたライトノベルは、使用される言語と紙面における表現形式の自由度が、一般的な小説に比べてもかなり高いように思える。

一方でそのライトノベルの翻訳である英語版「シャナ」は、(私が読んだことのある)他の英語小説と同様のフォーマットを「積極的に」保っているようにみえる。この措置を取ったのには何らかの確かな理由があるように思えてならない。読者の混乱を避けるためか、あるいは印刷における問題もあったのかもしれない。

シャナの笑い声にも注目。日本語はオノマトペ(擬音語、擬態語など)が極端に豊富な言語である。一方で英語には感情表現(笑う、泣く、悲しい等)を表す動詞・形容詞などが数多くある。

それから余談であるが、原文には書かれていない(書く必要がなかった?)悠二の心の声が英語版では書き足されているという現象も見落としてはならないだろう。


  Yuji dangled above the city, the grip on his neck like a noose. In the ascent he caught sight of Shana's face. It wore an expression of extreme regret, as well as anger and disappointment at herself. The image of her face was seared into his brain.
  Yuji started screaming. He didn't even feel the pain in his neck anymore. He wasn't crying for help or in fear. In his mind, he called out for Shana, and all that came out of his mouth was a scream.

悠二の「声にならない叫び」が「セリフ」として書かれていないことがすぐにみてとれる。これも、日本のライトノベルにおける自由度の高さを示す一例と言えるだろう。


d.一部描写の簡略化

英語版最大の変更点は、パンツイラストの削除ではなく、これである。


  Shana was right--this he knew. But making such a choice was something he simply couldn't do.
  Yuji struggled in silence until Shana finally lost her patience. "Well, then. Would you like to choose yourself?"
  "What's that?"
  "If I strip some of your burning embers, I can fix objects and humans both. Of course, your Power of Existence--the time remaining before you burn out--will be shortened by that much."
  Yuji understood what she was saying, but his mind was made up in an instant. "Okay. That's fine."
  Shana was surprised and, oddly, angry. "You seem to have made up your mind pretty easily."
  "It wasn't easy."
  "Then why are you abandoning your remaining existence?"
  "All this happened because of me...and..."
  Shana was surprised to see Yuji smiling.
  "I'm not abandoning my existence--I'm making use of it."

日本語と比較した方はおわかりと思うが、いくつかの「地の文」の一部またはすべてが、英語版では訳出されていない。省略された分の表現がとくに難解というわけではない。ふつうの翻訳家ならなんなく翻訳できそうな文である。

ではなぜ

全体を見渡してみると、描写の簡略化がなされている対象は、会話の中、セリフとセリフの間に挿入された地の文が大半であることが分かる。著者によって個人差はあるだろうが、英語の文章では登場人物の会話の間に文章を挿入することを極力避ける傾向がある。挿入されるとしても、大抵は話者の語調を示す文を簡潔に記す程度にとどめる場合がほとんどである。

設定や状況の説明にあたる文章は、さすがに省略されないようである。


  Hayato noticed Kazumi looking inquiringly around the classroom.
  "Kazumi, if you're looking for Yukari, she already left with Yuji."
  "Oh...with Yuji?"
  Seeing the look on her face, Hayato decided to give her a little advice. "You know what, Kazumi..."

原書では、吉田さん(Kazumi)のセリフは

「え……ゆかりちゃんと……?」

であり、そのセリフの主語の変化から吉田さんの胸の内を池(Hayato)が素早く察する、という描写に続いている。

ここでは、描写内容を変更することで「描写の簡略化」を行なっている……といえるだろうか。



3.総括


全体的には、「非常に読みやすい類の若者向け小説」という印象。日本語版と比べると、ところどころ表現の相違や描写の追加・省略などが施されているのがわかるが、この点については賛否が分かれるところだろう。「英語圏の読者層に対する適切な配慮」という肯定的意見も、「正確な翻訳を放棄し、日本の作品の独自性をゴミ箱に捨てるかのような愚考」という批判もあるだろう。個人的には、二者択一ではなく、ケースバイケースで臨機応変に対応すべき問題だと考えている。

ともかく、日本のライトノベルは今ようやく海外進出を始めたばかりである。絵とは違ってパッと見でのインパクトを与えられないので、マンガ並の早さで浸透するとは考えにくい。しかし、苦戦する日が長くても地道に根気よく出版を続けてもらえればと願ってやまない。



―ひとまず完―


(2008年4月3日アップロード)



「白い空」トップページへ