| 御嶽剣ヶ峰から飛騨頂上を経て、濁河温泉へ下りたことはあるが、濁河から登ったことはない。 もう随分昔のことなので、濁河温泉の登山口あたりがどうなっていたのか、さっぱり記憶にないが、滝がきれいだったことは覚えている。 数年前に、胡桃島キャンプ場から入山し、飛騨小坂口登山道に合流して飛騨頂上に登った。 大勢の登山者の中で、胡桃島キャンプ場からの登山者は、自分一人だけだった。 自らがえらく変わり者のように思えて、やはりこれは、清く正しく濁河から登っておかなければならない、と思ったのだ。 7月の三連休は、念願の南アルプス・聖岳に登るつもりだった。 しかし、台風4号接近のため、聖岳は早々とお流れになった。 台風は紀伊半島を横断して太平洋へと去った。 三連休最終日に天候が回復して出撃可能となったら、濁河から御嶽の継子岳しかないと決めていた。 午前4時半出発。台風の吹き返しによる強風も昨晩には止み、天気は上々だ。 中央自動車道中津川ICを下り、R19に乗る。しばらく走ると、細かな雨がフロントガラスを濡らす。 台風一過を期待したのに、どういうことだ。 木曽福島でR19を離れ、開田高原へと向かう。長峰峠から眺めた御嶽は、継子岳に少し雲がかかっているものの、まあまあの姿を見せてくれた。 日和田高原からチャオ御岳スキー場の横を通り、濁河温泉へと向かう。 昨年までは、チャオのゴンドラが夏場も営業し、ゲレンデトップから継子岳への登山が楽しめたのだが、今年の夏は営業休止にしたようだ。 チャオからは数回上がったことがあるが、今ひとつ魅力に欠けるルートのように思う。 途中、makotoさんより、携帯電話が入る。おや、珍しい。 車を停めて携帯に出てみたが、既に切れていた。朝から、なんの用じゃ。 まさか、お得意のダジャレを言うために、電話してきたわけでもあるまい。 こちらからかけてみたが、応答無し。 7時半に濁河温泉登山口着。ずらりと並んだ車の中に、ごっちゃん車は見当たらず。 7時には登り始めると、HP掲示板に書き込まれていたので、TOKIO車に同乗してきたのかもしれない。 登山口付近は満車状態で、駐車スペースなし。少し下りて、市営駐車場(無料)に停める。 身支度を整え登山口へ。天気は曇り。雲の中に居るようで、あたりには薄い霧がかかっている。 再びmakotoさんより携帯が入る。 なんと、30分ほど先行して登っているという。 そんな情報はなかったので驚く。飛騨頂上で追いつきそうな気がする。 登山口にバイオトイレが設置されている。 きれいなトイレだが、男子用はドアに不具合があるので、大のときは要注意だ。 草木谷にかかる立派な橋を渡ると、すぐに登山道が始まる。 朝までの雨で、登山道も草木もしっとりと濡れているが、滑って苦労するというほどのことでもない。 左に仙人滝を見るが、水量豊富である。 再び橋を渡り、登山道は右岸から鬱蒼とした樹林帯へと踏み込んでいく。 斜度は徐々に増してくるが、木道が多く付けられているので、概ね歩きやすい。
湯の花峠で、老若男女のグループに追いついた。 クルリとしたお目々のオネエチャンは、まだ小学6年生とのこと。 子供の頃から御嶽登山ができるなんて、うらやましいことだ。 のぞき岩避難小屋あたりまで来ると、時折霧が晴れるようになり摩利支天に続く尾根が顔を出す。 豊かな緑がまばゆいが、ザックリと崩壊している所もある。痛々しい。 湿度が高いせいか少々バテ気味になってきたので、らぶさまよりスイカの補給を受ける。 いつもいつもすいませんです。疲労回復には、新鮮な果物が一番だ。
お助け水に近づくと、makotoさん、ごっちゃんが手を振っているのが見えた。 どうやら、待っていてくれたらしい。いやはやどうもで、お助け水到着。 sumireさんやら、おっ、ひろろとろろさんまで居るではないか。 その横のオッチャンは、山スキーなどのブログを拝見しているTOKIOさんだそうだ。
初めてお目にかかったが、山スキーに備えて夏場はパワーの蓄積に励んでおられるのか、太っ腹にタイツとは迫力が違う。 で、あちらで照れているオネエサマは? なんと、あのkyuさんであらせられた。 「kyuのホムペ」の日記コーナー「hitorigoto」が楽しく、ほとんど毎日覗いてはニッと笑っている。 いやあ、そうかあ、こういうオネエサマだったか。でも、想像と大して違わなかったので、またまたニッ!である。 前日までは4人だと思っていた登山隊は、開けてびっくり8人の大所帯となった。 ワイワイガヤガヤと賑やかなことである。 お助け水からしばらく登ると、森林限界を越えて周囲はハイマツ帯となる。 時折太陽が顔を出すが、スカッとした遠望は得られず、雲海の向こうは何も見えない。 標高を上げるにつれて岩ゴロ道となるが、大き目の岩が多いので歩きにくくはない。 花に興味のあるみなさんは、写真撮影に夢中だ。 kyuさんが、「こんな所で会えるとは思わなかった」と言っていた花は、「なんとかタネツケソウ」という花だそうだ。 花にはさっぱり興味のない風花には、「タネツケ」の4文字だけが耳に響いた。 もうずっと、記憶にないほど前から、種付けには無縁の日々である。 好むと好まざるとにかかわらず、多分、十中八九、お迎えの日が来るまで無縁の日々が続くのだろう、、、、 ハァ、もはや、溜め息だけの人生だ。
幾分酸欠ながら、まあまあ順調に飛騨頂上へたどり着いた。 五の池小屋前で一息入れていると、どこぞで見たオネエサマが居るではないか。 aikaさんである。 先行しているとは聞いていたが、時間的にお会いすることは難しいと思っていた。随分、久しぶりである。 一緒に登ってみえたご主人は、やさしそうな方である。 だいたいが、山女の亭主はやさしい男が多い。 山から帰ると、夕食が用意されていたりする話はよく聞く。 風花が山から帰ったらまず、荷物整理、洗濯、シャワー、ビールである。 ここまでは、自分一人でやることになっている。 「手際がいいわねえ」と奥様はお褒めになる。褒められたって嬉しくないわい、ケッ!
五の池のほとりを散歩する雷鳥の親子を眺めてから、継子岳に向かう。 ここでふと気が付いたが、継子岳には何度か登っている。しかし、飛騨頂上から上がるのは2回目である。 もう15年ほど前のこと、田の原から上がり剣ヶ峰でご来光を拝み、濁河温泉への下山の際に継子に寄ったのが1回目だ。 あの頃は、今のような五の池小屋などなく、恐ろしげな石室があっただけのように思う。 おお、そうだ。継子へ登る前に、サイの河原から摩利支天にも寄った。 岩陰にデポしておいたザックが見つからず、青ざめたことも懐かしい思い出だ。 継子岳への稜線は、緩やかなアップダウンが続く。 途中で無数の岩が柱のように、ニョキニョキと突っ立っている岩場に出くわす。 「あんなに元気に立っているのを見たのは久しぶりだ」とkyuさん。 それを耳にして、やたら喜ぶごっちゃん。 ウッ、うーむ、、、コメントは差し控えたい。 振り返ると、うまい具合にガスが晴れ、雲の間に間に剣ヶ峰が顔を出している。 ほとんど水のない四の池の上部に貼りつく残雪も美しい。
山頂手前にコマクサが見られたが、まだまだ小さく数も少ない。
今年は、ハズレかな。 大広間といった感じの山頂で昼食とする。 みなさんのザックからは、大人数になることを予測していたかのように、 あれこれと食糧が出てくる。いつもながら感心する。 食事もひと段落した頃、北側のガスが時折晴れるようになり、チャオやマイヤのゲレンデが見下ろせるようになった。 毎冬、あそこに大金を落としているのかと思うと、感無量である。 ![]() 草木谷から湧き上がるガスは相変わらずだが、時々摩利支天が顔を出す。 飛騨頂上・五の池小屋に戻る前に、ちょっとだけ寄り道をし、三の池を見下してみた。 コバルトブルーの水面と白い残雪が、とてもいい雰囲気である。 ![]() 池まで下りると鳥居があるが、らぶさんによると、以前、その鳥居をくぐった途端、物凄い霊気を感じて背中がゾクゾクしたという。 ふうーん、何か悪い物を食べたか、背中の汗が冷えたんじゃないの、、、。 でもまあ、霊場であるから、なにかあるのかな。 石碑に走る稲妻を見た、と言っていた地元のオッチャンも居たな。
五の池小屋前のベンチで休んでいたら、kyuさんが横に座りインタビューを始めた。 オネエサマが横に座るぐらいで動ずる風花ではないが、このときはなぜか緊張してしまい、 何を訊かれたのか記憶にない。ボロが出ていなければいいが。恐るべし、北陸のヒト! 下りは、みなさんが徐々に早くなって、いつの間にやら風花が最後尾になること二度、三度。 下山後に膝が痛いと言っていたアナタ、もう少しゆっくり下れば、膝を傷めることもありませんぞ。 樹林帯に突入した頃より、雨降りとなった。 天気は良くなるものとばかり思っていたので、意外だった。 木道は濡れて滑り易くなり、連続3人が尻餅をつくという、またとないシャッターチャンスに恵まれた。 だが、バッテリー低下で、シャッターは下りなかった。残念。
思いがけず10人で、継子界隈をうろうろした。みなさん、お世話になりました。 一度登ってみようと思っていた濁河温泉からの飛騨頂上だが、行くことができて感激だ、、、 というほどのことでもない。 下山して幾日かしたら、ロープウェイ側からもおもしろかったなあ、という気になっている。 何度登ってもおもしろい山が「木曽御嶽山」ということなんでしょうなあ。 |
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