日本卓球の黄金期 〜荻村・田中時代〜
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【荻村伊智朗】
1954年(S29)の世界卓球選手権ウェンブレー大会にて、スポンジによる最速最強の卓球を目指し優勝。 世界選手権で12個の金メダルを獲得し、「世界の卓球史の中で、もっとも成功した選手のひとり」と言われた。指導者としても数多くのチャンピオンを育て、卓球理論を次々と発表する、希代の卓球理論家でもあった。国際卓球連盟の会長に就任してからは、「卓球のメジャー化」をめざし、卓球のカラー革命、ランキングシステム、賞金大会創設などに手腕を発揮した。没後には、氏の功績を称え、「荻村杯ジャパンオープン」(ITTFプロツアー)が開催されている。
【田中利明】
1950年代に2度、男子シングルスの世界チャンピオンになった。世界選手権大会第23回(1956年)の東京大会では、「田中利明 奇跡の大逆転!」という伝説を生んだ。男子団体準決勝の日本対ルーマニア戦は、3-4と追い込まれ、8番の田中もゲームオール14-20という絶体絶命の窮地に追い込まれた。しかし、当時世界チャンピオンだった田中はここから神がかり的な粘りを見せて、遂に23-21で逆転勝ち。1万5千人の大観衆はまさに狂喜乱舞。男子団体3連覇を含む4種目制覇で、 第一期卓球ブームの火付け役となった。
【二人のライバル時代】
1956年(S31)の東京大会では、日本人同士の決勝で、荻村が田中を下し優勝した。翌年のストックホルム大会では、逆に田中が荻村を決勝戦で下し優勝した。