自転車

渓流釣りを始めたのは中学生位の頃だったと思う。
思うというのはどこまで清流、どこから渓流と言う区別が難しいからだ。
ただ始めて渓魚(岩魚)を釣ったのは中学生であった。

最初は、当然学生で車が無いので、友人と一緒にスイッチバックのディーゼル機関車に乗り、H川に行ったのが最初である。
鮎の項にも出てくる路線である。
峠を越えて降車すると岩魚、もっと先まで行って降りると山女魚と鮎と言う川である。
川沿いに線路が曳かれているため、峠を超えた後はどこで降りても川に近かった。
車を使えない頃は、この川しかあてが無かったのである。
最寄の駅で降り、1区間か2区間ほど釣りながら川沿いを移動し、別な駅から乗って帰ってくるといった具合である。
駅前はそれなりに整備されているが、駅前を離れると深く荒い渓谷の連続である。
川を移動するときはほとんど山岳渓流の様相である。
この頃、リュックの中に昼飯と、ザイルが入っていた。
幸い近く(と言っても10〜30mほど高い位置である)を線路と街道が通っているので迷子になることは無い。

今思えば深い自然と魚影の濃さが印象に残る川であった。
今でも帰省したとき、時々訪れるが以前と違い駅を離れても整備が進み魚影は格段に薄くなっている。

この頃何度も通うと汽車賃がかさむので、一度自転車で行ってみようと思った。
車なら1時間半程度の距離である。
いざ出発したが、登りの連続である(あたりまえ)。
行きが7時間、帰りが2時間弱ほどかかった。

2度とやる気は無いが体力のあった時代の体験である。






この川一帯は熊(ツキノワグマ)の生息地である。
山腹に熊の姿を見ることは少なくない。
川に入ると夢中になるせいか、あまり熊を怖いと思ったことも無かった。

あるとき、糸を流し終わりふと目線をあげると、対岸にこちらを睨む目と目が合った。
このときは、一人で釣行していた。
川幅は数mといったところで、両岸は切り立った斜面である。
幸い自分の背面高いところに道路が通っていた。
自分の身に何が起ころうとしているのか、判断が付くまで数秒あったと思う。

熊だ!と思った瞬間全ての道具を投げ出して、斜面を一気に登り道路まで這いずり上がった。
熊は、川を渡り自分がいたところまで来ていたが、それ以上は追ってこなかった。

熊が去ってしばらくしてから道具を取りに降りた。
買ったばかりのロッドが潰れていた。
逃げるとき自分で踏んだためである。

この辺りの熊が人を襲う話はあまり聞いたことが無い。
無理に逃げる必要も無かったかもしれない。
また、対処として逃げるべきではなかったかもしれない。

しかし、勝手に体が動いてしまった。

今まで何度も渓に入ったが、熊と直面したのはこのときだけである。




蛇魚
どんな魚でも始めて釣ったときの印象は意外と覚えているものである。

この川で始めて岩魚を釣ったとき、実は後ずさりしてしまった。
一瞬、蛇が釣れたと思ってしまった。
渓魚の中でも中型以下の岩魚は独特の暴れ方をする。

今、管釣りなどで、初心者が中型の岩魚を釣ったとき、脇から「蛇だ!」と言うと本当に蛇に見えるらしい。
かわいそうな気がするが、時々やってしまう\(_ _)。






渓流の大物?
渓の深いところで釣りをしていたときのことである。
その日は、アマゴが何匹か釣れ、まあまあだな などと思っていた。
あまり大型が、釣れる場所ではないと思い渓流竿をハエ竿にしていた。
大岩が続く渓相である。
少し深い淵があったので竿を入れてみた。
まったく反応がないので、あきらめようと竿を上げたところ動かない。
根掛かり!と思った、その後ゆらりと言う感じでゆっくりと糸の先が動いた。
まったく姿が見えないまま底のほうで遊んでいる感じである。
10分か20分位経ったかもしれない。

少しずつ浮き上がってきたので、姿が見えてきた。
コイだ!と思った瞬間、猛烈に走り出した。
大岩を三つほど超えたところでやっとおとなしくなりタモに入った。
52cmあった、上げたのはハエ竿である(ちょっとだけ自慢)。

何でこんなところにコイがいるんだろう。
少し考えて思いつくことは5kmほど下にダムがある。
ダムには放流されているらしい。
それが、滝が連続するような大岩だらけの渓流を上ってきたと言うことか。
鯉登りとはよく言ったものだ、と感心した。

ダムの弊害か、或いはダムの恵みなのか。
一種のオーパーツである。

このコイを持ち帰り、里にあった料亭の厨房に頼んでアライと鯉こくにしてもらった。
宿舎に帰り皆に振舞ったらとても評判が良かった。
ダムに関する問題には賛否があるが、この場合はダムの恵みと思うべきだろう。





アカザ
近畿圏にある渓流で釣りをしたとき、なるべく上流までいって見ようと思い、どんどん上っていったら看板が立っていた。
「魚の保護、繁殖のためこれより上流は前面禁猟」と言うような内容だったと思う。
その看板の少し下で釣りを始めたところ、見たことも無い魚が釣れた。
ナマズのような、カジカのような、ドジョウのような、体色は鮮やかな朱色である。
まったく知識の無い魚であったが、その色彩が気になり「触るべきでない」と思った。
タオルで掴み、針を外してタモの中でしばらく眺めてから川に返した。

後で図鑑を調べたところアカザというナマズの一種だと言うことが分かった。
ヒレに棘があり刺されると痛む、とあった。
触らなくて良かった。

一族一種の日本の固有種であるという。 
又、ある情報によると、捕獲が難しく詳しい生態が解っていないとも記してあった。
捕獲の難しい魚が私の竿に掛かってしまったようだ。






緋鮒
また、別な機会であるが別項で記した狩野川で山女魚釣りをしていたとき、朱色の鮒が釣れた。
誰かが逃がした安価な金魚かと思った。
同行した方に見ていただくと、緋鮒だという。

そのあとの言葉に驚いた。
天然記念物だと言う。
天然記念物を釣り上げてしまったのは生まれて始めてである。
後で知ったことだが、場所によっては比較的簡単に釣れるという。

二度と無いことだと思い、タモの中でしばらく眺めていた。
やはり安価な金魚にしか見えない。

その後、川に返した。


職漁師

田舎で釣りをしていた頃、岩魚を狙う漁師に出会ったことがある。
この釣り方は独特で今でも印象に残っている。

竿は、物干し竿といった感じで計ってはいないが、竿先は6〜7mmはあったように思う。
長さは、三間程でとにかくごつい竿であった。

これほどの竿でありながら、狙うのは比較的細い流れで、両岸に草木が繁茂している。
上方から見ると、どこに川が流れているのか分らぬほどで、とても人が近づけるような場所ではない。
最近よく藪沢と言う言葉を使うが、今考えると人が入る隙間があれば、立派な釣り場であり、藪沢とは人が入る隙間も無いほど密に藪が茂った状態を指すのではないかと思う。
当然、釣りをしようと人が掻き分けて進むと、細い流れの中の魚は一気に散ってしまう。
今のどんな釣法を持ってしても攻略は容易ではない。
廻りの木々から落ちる陸生昆虫や、それらの幼虫が水生昆虫として豊富に供給される。
蛇や野鼠の住処としても最高の場所であろう。
当然、野生の そして時には驚くほどの大岩魚が潜んでいることがある。

当然、職漁師ともなれば、狙わぬ訳が無い。
そこで、登場するのが物干し竿である。
仕掛けは、1m余りで、重めのオモリとでかい鉤りに、大ミミズが付いていた。
ここからが、職漁師が考え抜いた釣法である。
仕掛けのほとんどを、竿先に巻いてしまい、オモリとミミズが10cmほど垂れ下がっている。
木の枝葉のわずかな隙間から、物干し竿をゆっくりと差込み、ポイントの真上まで行くと、竿を回し始めた。
仕掛けはスルスルと水面に降りてゆき、ミミズが水面に付く直前に、水面が盛り上がり尺岩魚が食いついた。
そのあとは、竿を立てること等できないので岩魚と綱引きである。

あれほど、太く重い物干し竿を、木の枝葉を揺らさぬように繊細に扱うのは素人では無理だろうと思う。
また、あの状況で、今のどの釣法を持ってしても攻略することは不可能と思われる。
漁師曰く「魚がいることは、分かっていたがこの釣り方にたどり着くのに10年掛かった」。
「誰にも言うんじゃないぞ」と念を押された。
30年程前のことである。

数年前に、思い出してこの場所を訪れてみたが、流れは極端に細くなり、廻りの木々は、刈り払われ今風の藪沢に変わっていた。


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