大字万願寺 小字名紹介





本ホームページで紹介している万願寺夏祭は名前の通り旧万願寺村の昔から行われている祭礼を紹介しています.


現在,地図では万願寺という村の名前は記載されていません.そこで万願寺の領分ならびに昔の小字名を紹介します.


場所でいうと現在の八尾市東山本町1〜9丁目および東山本新町1〜7丁目付近です.だから昔の住所では高安郡中高安村大字万願寺小字○○というふうに呼んでいたのでしょう.
万願寺地区は,高安郡中高安村に属しており,旧170号線より西に位置し,高安郡では唯一山麓に集落をもたない村落であった.

隣村である山本新田,中野は若江郡,北に位置する上之嶋は河内郡であった.



赤で囲まれている部分が昔の万願寺地区.

万願寺にはHP中でも何度も出てきているように南,中,北,新家と4地区の呼び名が現在も地区内で使われている.新家以外は戦後に使われ出した呼び名で戦前は南地区を「堂垣内」,中地区を「御領」,北地区を「式部」と言われていた.
「式部」の名称は平成14年の太鼓台新調大改修に伴って太鼓台と共に見事復活した.



この4つの辻「堂垣内」「御領」「式部」「新家」の位置および万願寺内の小字名称を以下に示す.

ちょっと小さくて見にくいですが,このようにかなり多くの小字が存在している.今でも年配の方は小字で呼ぶのを耳にすることがあります.
ここで興味の引かれるところは山本新田側の小字名には「尻」がついていることです.
また,新家の「崩れ」という名称は東から流れてくる山畑川が決壊したときに堤防が崩れるためにつけられたのでしょか.
今と違い昔は山畑川はちょうど図でいう「堀田」あたりで北へ曲がって流れていたと聞いています.このことについては別の機会に紹介します.

図中のオレンジ色の「札場通」というのは昔,村や郡,県などから発せられた通達文などが張り出されていたのでこのように呼ばれたようです.


上図の内,下半分は現在の東山本新町にあたり,図上方にある神社付近が「式部之辻」,中程に位置する神社付近が「御領之辻」,図中央やや上に位置する神社付近が「堂垣内之辻」,そして恩智川東川が「新家之辻」である.
堂垣内から新家へ抜ける道は現在では交通量が多く,万願寺地区の主立った道のようになっているが昔は農道であり式部の神社前を上之嶋からくる参道の方が万願寺地区の主要な道であったようです.


このように小字はもちろん大字も消えてしまい地図などでは見られない万願寺という名は,現在では夏に行われる祭礼や村内の団体名などで残っている程度です.
その祭礼なども村の方々や新たな住人の方々の協力なくしては衰えていく一方です.生活が便利になって行く一方で簡単に昔からの伝統的な文化や習わしが失われて行くことも事実です.
ここで紹介した小字も昔からの田や畑を村の人々が呼ぶときに使用されている位で,現在では田や畑も減っていき次第に小字名も使われなくなり忘れられつつあるのが現状です.
そこで今回は何となく小字名を紹介してみました.