武田家臣団

 

甲斐・安芸・若狭守護 武田氏一条氏石和氏穴山氏、逸見氏、

武田一門 大井氏、真理谷武田氏、油川氏、仁科氏〈一部信濃国人衆収録〉、葛山氏〈一部今川家収録〉、安田氏、河窪氏、勝沼氏、桜井氏、岩手氏、松尾氏、今井(浦)氏、栗原氏、小原氏、下曽根氏、小佐手氏、下条氏、布施氏、

家老衆 山縣氏、小山田氏、跡部氏、内藤氏浅利氏、板垣氏、甘利氏、飯富氏、春日(高坂・香坂)氏、馬場氏、原氏、今福氏、金丸氏、土屋氏、

石和一族 岩崎氏、上条氏、駒井氏、

一条一族 山高氏、青木氏、山寺氏、柳沢氏、折井氏、教来石氏、

逸見一族 安田氏、一宮氏、吉田氏、青沼氏、比志氏、坂本氏、米倉氏、

武田庶流 秋山氏、波木井(南部)氏〈一部南部家収録〉、上原氏、河西氏、初鹿氏、酒依氏、

足軽大将 多田氏、横田氏、原氏、小畠氏、三枝氏、石原氏、萩原氏、曽根氏、長坂氏、山本氏足利家収録、市川氏〈信濃国人衆収録〉、

武田家臣 武藤氏、室住氏、工藤氏、荻原氏、小宮山氏、加藤氏、饗庭氏、日向氏、平岡氏、阿部氏、岩間氏、入戸野氏、田中氏、武者(武舎)氏、有泉氏、三井氏、

 

安芸・若狭武士 国重氏、伴氏、中村氏、逸見氏、内藤氏、山縣氏、福島氏、粟屋氏、武藤氏、熊谷氏、綿貫氏、白井氏、本郷氏、大井氏、沢村氏、魚住氏、

 

 

 

 

 

武田家臣の世代交代

第一世代(〜1561)

第二世代(〜1575)

第三世代(〜1582)

第四世代(江戸時代)

勝沼信元(武田晴信の従弟)

諏訪勝頼(武田晴信の子)

仁科盛信(武田晴信の子)

穴山信治(信君の子)

吉田信繁(武田晴信の弟「古典厩」)

武田信豊(吉田信繁の子「後典厩」)

葛山信貞(武田晴信の子)

跡部昌勝(勝資の子、和田信業の弟)

小山田信有

武田信廉(晴信の弟)

安田信清(武田晴信の子)

土屋忠直(昌恒の子)

穴山信友

小山田信茂(信有の子)

松尾信俊(信是の養子、河窪信実の子)

桜井信忠(徳川四奉行)

松尾信是(武田晴信の弟)

穴山信君(信友の子)

一条信就(信龍の子)

真田信幸(昌幸の子)

板垣信方

木曽義昌

内藤昌月(昌豊の養子、保科正俊の子)

真田信繁(昌幸の子)

栗原信盛

望月信永(吉田信繁の子)

高坂昌貞(昌信の子)

松平康国(依田信蕃の子)

甘利虎泰

松尾信是(武田晴信の弟)

馬場信久(信房の甥)

松平康真(依田信蕃の子)

飯富虎昌

河窪信実(武田晴信の弟)

山県昌満(昌景の子)

保科正光(正直の子)

原昌俊

一条信龍(武田晴信の弟)

山県守友(昌景の養子、三枝虎吉の子)

小畠景憲(昌盛の子、甲陽軍鑑)

小山田昌辰(上原氏「古備中」)

葛山信貞(油川信恵の子)

曽根昌世(虎長の子)

日向政成(地方巧者)

今福友清(浄閑斎)

浅利信種

武藤昌幸(常昭の養子、真田信綱の弟)

石原昌明(徳川四奉行)

室住虎登(板垣信方の弟)

吉田信生(信繁の養子)

土屋昌恒(金丸虎義の子)

市川昌忠(等長の子、徳川四奉行)

曽根虎長

板垣信憲(信方の子)

秋山親久(信友の養子、金丸虎義の子)

大井高政(内藤昌月の子)

今井信昌

山県昌景(飯富虎昌の弟)

跡部昌忠(徳川四奉行)

大久保長安

多田満頼(三八)

高坂昌信(春日虎綱

板垣信安(信憲の養子、於曾氏出身)

 

原虎胤(「鬼美濃」)

内藤昌豊(工藤虎豊の子)

小山田昌行(昌辰の子「後備中」)

 

横田高松(備中)

馬場信房(教来石景政

今福友実(友清の子)

 

小畠虎盛(山城)

秋山信友

小幡信貞(憲重の子)

 

金丸虎義

甘利昌忠

和田信業(跡部勝資の子)

 

駒井政武(高白斎・軍師)

跡部勝資

依田信蕃(芦田信守の子)

 

加藤虎景(軍師)

原昌胤(昌俊の子)

保科正直(正俊の子)

 

荻原昌勝(常陸介・軍師)

土屋昌次(金丸虎義の子)

阿部貞直(貞村の子)

 

日向宗英(玄徳斎)

今井信俊

下曽根信恒(覚雲軒)

 

初鹿忠次

小宮山昌友

横田尹松(綱松の子)

 

上原虎種(随翁軒)

三枝虎吉

小原広勝

 

山本晴幸(勘助・軍師)

武藤常昭(大井信達の子)

米倉忠継

 

 

小幡憲重

日向虎顕(昌時の婿、新津右京の子、玄東斎)

 

 

真田幸綱

加藤景忠(虎景の子)

 

 

真田信綱(幸綱の子)

加津野信昌(昌世の養子、真田信綱の弟、真田信尹)

 

 

真田昌輝(幸綱の子)

 

 

 

保科正俊

 

 

 

芦田信守

 

 

 

横田綱松(高松の養子、原虎胤の子)

 

 

 

小畠昌盛(虎盛の子)

 

 

 

阿部貞村

 

 

 

日向昌時(是吉)

 

 

 

市川等長(梅隠斎「鬼虎」)

 

 

 

初鹿信昌(忠次の養子、加藤虎景の子)

 

 

 

 

 

 

武田家の序列は?(数値にかなり不安あり。与力・相備については重複あり)

御親類衆

勝沼信友

280騎

 

 

小山田信茂

200+50=250騎

谷村城主

都留郡主

諏訪勝頼

200騎

高遠・甲府・新府城主

伊那郡主・後に武田家督(陣代?)

穴山信君

200騎

下山城主・江尻城主

河内郡主

木曽義昌

200騎

福島城主

木曽郡主

武田信廉

80+90=170騎

高遠・飯田・大島城主

伊那郡主

河窪信実

200騎

 

 

松尾信俊

100騎

 

山県相備

武田信友

100騎

江尻城主

 

一条信龍 

200騎

上野城主・駿府・田中城主

 

仁科盛信 

100騎

高遠城主

分郡主

葛山信貞

120騎

 

分郡主

武田信豊

200騎

小諸城主

小諸郡主

望月信永 

60騎

望月城主

 

 

譜代家老衆・侍大将

高坂昌信 

100+50+300+577=1027騎

小諸・尼飾・海津城代

北信濃担当

山県昌景 

150+100+50+680=980騎

江尻城代

駿河担当・両職

内藤昌豊 

50+50+200+350=650騎

深志・箕輪城代

上野担当

馬場信房 

50+70+100+280=500騎

深志・牧野島城代

飛騨担当

秋山信友 

50+305=355騎

高遠・飯田・岩村城代

美濃担当

跡部勝資 

300騎

 

 

浅利信種・昌種

90+30+100=220騎

箕輪城代

 

栗原信盛・詮冬

200騎

 

詮冬の時100騎

板垣信方・信憲

80+120=200騎

上原城代

諏訪郡代・両職

室住虎登 

50+150=200騎

上原城代

諏訪郡代

土屋昌次 

50+50+70+30=200騎

 

 

甘利虎泰・昌忠

100+50=150騎

箕輪城代

両職

原昌俊・昌胤

70+50=120騎

 

両職

板垣信安

120騎

高島・田中城代

諏訪郡代

駒井政武・昌直

55+50=105騎

深沢城代

 

小山田昌行・昌辰

70騎

海津・尼飾城代

 

今福友清

70騎

久能城代

公事奉行

跡部勝忠

50騎

 

勘定奉行

小宮山昌友

30騎

高島城代

諏訪郡代

 

士隊将

三枝虎吉・昌吉

56騎

 

 

室住虎定

50騎

 

 

今福昌和

40騎

高島城代

 

青沼忠吉

15騎+30人

 

勘定奉行

今福昌常

15騎+10人

 

鑓奉行

金丸虎義

 

 

 

小山田行村

 

 

 

 

 

 

 

 

足軽大将

長坂虎房

40騎+45人

 

 

原虎胤

35騎+100人

 

 

横田高松・綱松

30騎+100人

 

 

大熊長秀

30騎+75人

 

 

三枝守友

30騎+70人

 

 

下曽根信恒

20騎+50人

 

旗本武者奉行

小畠虎盛

15騎+75人

 

 

武藤昌幸

15騎+30人

 

 

曽根昌世

15騎+30人

 

 

小畠光盛

12騎+65人

 

 

市河等長

10騎+50人

 

 

原勝重

10騎+50人

 

 

城景茂

10騎+30人

 

 

上原虎種

3騎+30人

 

 

小畠昌盛

3騎+10人

 

 

 

 

 

 

市河昌房

30騎

高島・松井田城代

勘定奉行

加津野信昌

 

 

 

 

外様国衆(信濃先方衆)

真田信綱

200騎

松尾城主

 

下条信氏

150騎

吉岡城主

山県相備

芦田信守

150騎

春日・二俣城主

 

保科正俊

120騎

 

 

島津泰忠

120騎

 

 

小笠原信嶺

100騎

 

山県相備

相木昌朝

80騎

 

山県相備

塔原幸貞

80騎

塔原城主

 

松岡頼貞

80騎

 

秋山相備

雨宮家次

70騎

 

高坂相備

須田信正

70騎

福島城主

高坂相備

屋代勝永

70騎

 

高坂相備

芋川親正

60騎

若宮城主

高坂相備

坂西長忠

60騎

 

秋山相備

栗田鶴寿

60騎

 

高坂相備

大室政勝?

50騎

 

高坂相備

真田昌輝

50騎

 

 

諏訪頼忠

50騎

 

 

青柳清長

50騎

 

 

西条信清

40騎

 

高坂相備

赤沢民部

40騎

 

高坂相備

山部昌実?

40騎

 

高坂相備

小田切昌成

30騎

 

高坂相備

綿内政尚

30騎

 

高坂相備

座光寺頼近

30騎

 

秋山相備

禰津信直

30騎

禰津城主

原相備

室賀信俊

20騎

室賀城主・長篠・田中城代

 

草間綱俊

20騎

 

土屋相備

寺尾豊後

20騎

 

高坂相備

知久頼元

15騎

阿島城主

秋山相備

外様国衆(西上野衆)

小幡憲重・信貞

500騎

小幡城主

 

安中重繁

150騎

安中城主

 

小幡信尚

100騎

鷹巣城主

 

那波宗安

70騎

 

河窪相備

後閑信純?

長根重清

60騎

 

内藤相備

高山満重

50騎

高山城主

内藤相備

倉賀野秀景

50騎

 

内藤相備

木部範虎

50騎

 

内藤相備

白倉重家

50騎

 

内藤相備

粟生?(あまお)

50騎

 

内藤相備

多比羅友定

40騎

 

内藤相備

和田業繁

30騎

 

 

外様国衆(駿河先方衆)

朝比奈政貞

150騎

持舟城主

山県相備

岡部正綱

50騎

清水城代

馬場相備

三浦員久

40騎

田中城代

山県相備

三浦義鏡

20騎

持舟城主

山県相備

小原鎮実

20騎

 

 

岡部元綱

10騎

高天神城代

 

三浦右近

10騎

 

 

孕石泰時

2騎

 

山県相備

外様国衆(越中先方衆)

椎名康胤

170騎

松倉城主

馬場相備?

椎名甚左衛門

5騎

 

馬場相備

外様国衆(飛騨先方衆)

江馬輝盛

150騎

高原諏訪城主

馬場相備

外様国衆(遠州先方衆)

天野景貫

100騎

犬居城主

 

外様国衆(三州先方衆)

奥平貞勝

150騎

 

山県相備

田峯定吉

40騎

 

山県相備

長篠正貞

30騎

 

山県相備

外様国衆(武蔵先方衆)

長井政実

 

御嶽城主

 

 

ただしこの数値はあくまで「軍役」であって、小山田氏、穴山氏、木曽氏らは武田家のために200騎を供出しなければならないが、

彼らの実際の動員兵力はもっと多いと思われます。

つまり彼らは外様国衆と異なり、武田家の家臣ではなく、同盟者に近い立場であったからです(正直言うと同盟者という言葉は微妙だと思いますが一応)。

木曽義昌と小幡信貞の交換転封の献策が本当なら木曽氏と小幡氏の知行高はほぼ同じということでしょうか?

それならば木曽氏はかなり楽な軍役であったと言えます。

 

 

 

上原(高島)城代・諏訪郡代

板垣信方→(板垣信憲)→室住虎登→(小宮山昌友)→長坂虎房→(板垣信安)→吉田信生→市川昌房→今福昌和

 

小諸城代・小諸郡代?

飯富虎昌→小山田昌辰→高坂昌信→武田信豊

 

高遠城代・伊那郡代

武田信繁→秋山信友→武田勝頼→武田信廉→仁科盛信

 

深志城代

武田信繁→馬場信房→山宮右馬→内藤昌豊→(水上宗普)→武田信廉→馬場昌房

 

海津城代

高坂昌信→高坂昌貞→安倍貞村→高坂昌貞

 

箕輪城代・西上野郡代

高坂昌信→甘利昌忠→浅利信種→内藤昌豊→板垣信安→内藤昌月

 

江尻城代

武田信友→山県昌景→穴山信君

 

 

武田四名臣

山県昌景、馬場信房、内藤昌豊、高坂昌信、

4人とも有名な割には謎が多い人物です。

 

山県氏・・・山県公信(武田信武の子)の子孫なのか、安芸平姓山県氏の一族なのか?萩藩士の山県氏系図では昌景を安芸山県氏の一族であるとしていますが、どうなんでしょうか?そもそも安芸山県氏は平姓であるのに源五郎やら源七郎という仮名を使っている理由は何故でしょう?鍵となるのは飯富氏の系譜だと思います。

 

馬場氏・・・馬場氏とは信濃国木曽地方の馬場氏なのか?

 

内藤氏・・・平清盛時代の厳島神社神主・佐伯景弘の子孫である安芸内藤氏が甲斐に移った一族か?山県氏もそうですが、甲斐武田家臣には安芸出身者と思われる武士が多くいます。その理由としては武田家の守護職の移り変わりに関係しますが、要するに鎌倉時代には武田家で守護職を持っていたのは2家あり、武田信玄の先祖は甲斐守護ではなく、安芸守護の方であったということです。それが最も現れているのが内藤氏だと思われます。内藤氏は安芸だけでなく甲斐、若狭、と武田家が守護職を持ったすべての国に存在し、どの国においても重要な地位を占めています。

 

高坂氏・・・一般的に「高坂昌信」と呼ばれている人の本名は「春日虎綱」です。信濃香坂氏の跡を継いだとされるのに何故「高坂」と言われるのか?実家の春日氏は豪農などと言われるが、香坂氏の一族に春日氏が見られるので昌信(春日虎綱)も、その縁で香坂氏を継いだのではないか?