「あなた」は失礼なことばなのだろうか?

 

メールマガジン『日本語って難しい? やさしい?』

発行者(筆者):かつみーこ

 

■「呼称」に関するアンケート調査■ 解説と結果の分析

 

はじめに

同調査は私の発行するメールマガジン『日本語って難しい? やさしい?』(以降MM『日本語って』)へ寄せられた「『あなた』は失礼なことばですか」という、日本語学習者(外国人)の質問に端を発している。私は日本語教師という職業柄、これと同様の質問をこれまで何度となく受けてきているが、これまで納得のいく答え方をしたという感じがしなかった。

それには大きく二つの理由がある。一つは私が「あなた」ということばを日本語の授業のような場面以外で使ったことがなく、そう呼ばれたことも殆どないため、感覚としては掴めても実感としては掴めていないこと。そしてもう一つは文献などで取り上げられている「あなた」への疑問である。いくつかの文献を見る限り、「あなた」は敬意がなくなってきたとするものが主流である。これは「敬意逓減の法則」(ことばの丁寧さの度合いが使われているうちに以前より下がって、乱暴に感じられる)などと呼ばれていて、「おまえ」「きさま」「きみ」などの二人称(他称詞)もかつてのような敬意がなくなってきたと言われている。しかし、「あなた」に関しては敬意がなくなったとされる一方で、公の場面などで相変わらず耳にすることも多いような印象がある。果たして本当に敬意がなくなってきたのか、釈然としないものが残ったままだったのである。いずれの場合にせよ、こうした中で納得のいく答えを導き出すには、「あなた」の使用状況についてもっと現状を把握する必要があるだろう。そこで、「あなた」やそれに関連する呼びかけのことばについてアンケート調査をし、この問題に迫れないかと考えたのである。

対象はもちろん同MMの読者である。『日本語って』は読者参加型のメールマガジンで、これまでにも読者と日本語をめぐるさまざまな問題について情報を提供し合い、意見を交換してきた。日本語への関心の強い読者にとっても、きっと興味深いテーマに違いない。なんといっても、相手をどう呼ぶかというのは、コミュニケーションを図る上で最も重要なことの一つだからである。実際、このアンケートは「あなた」ということばについての現状把握を目的とはしているが、同時にそれに纏わる「呼称」についても取り上げている。読者にはアンケートに答えることで自身のことばを見つめ直す機会をもっていただける。また結果からは、自分と他の人との言語感覚の違いを知ることができるだろうし、別の疑問や問題も浮かび上がってくることだろう。読者の中には日本語教師やその志望者、ボランティアで日本語教育に関わる方々がいるので、そういう方々には日本語学習者の指導等に役立てていただくこともできるだろうと考えた。

ここではアンケートで取り上げた質問項目について番号の順に解説を加え、アンケートで得た結果についての私なりの解釈をまとめてある。結果からは別の解釈も出てくることだろう。そうして出てきた疑問や問題について、ぜひ私のほうにご連絡いただきたい。ご意見は同MMで話題として取り上げ、また読者の皆さんと意見交換できればと思う。→(参照:■「呼称」に関するアンケート調査■結果 )

 


T.回答者の性別と年齢層(Q1.「性別は?」、Q2.「年齢は?」)

このQ1とQ2の質問文には苦慮した。お気づきの方もいただろうが、普通のアンケートであれば、「あなたの性別は?」と「あなた」ということばを使っているだろう。しかし「あなた」は失礼なことばかどうか考えようとするアンケートに、初っ端から「あなたの…」でいいのか、と思ったわけである。幸い「性別は?」「年齢は?」で何ら問題なく、回答をいただくことができた。

さてその回答であるが、当MMの読者層を考えると、性別・年齢層ともにその割合は妥当な数字である。しかし数の上では、特に年齢層で10代以下(3名;2.7%)と60代以上(4名;3.6%)が少なく、さらに60代以上は男性の回答者だけということで、以降のQを年齢別に見ていく場合、10代と60代以上については出てきた結果をそのままこれらの年齢層の特徴であると結びつけるのは早計だろう。とは言え、他の年齢層との関係を捉える上では参考になると思われる。

 


U.日常使用語(Q3.「普段どこの地方のことばを使っていますか」)
 こうした調査には出身地を尋ねるケースが多く見られるが、私自身(奈良県出身)がいくかの土地で生活をし、移住先のことばの影響を少なからず受けてきたこと、日本語教師という職業柄、共通語を規範とする意識が絶えず働いていることなどを考えれば、出身地のことばだけで人の言語感覚を判断することはできないのではないかと思われた。とは言え、居住した全ての土地を答えてもらうわけにもいかない。そこで上のように、普段使っている地方のことばを問うたわけである。出身がどこであれ、自らが日常使用していると意識して答えているとすれば、それがその人にとってその時点で最も影響を受けている可能性の高いことばではないかと考えたのである。実際、回答者の中には、出身地は違うが長年住んでいてすっかり今の土地のことばに変わってしまった……等のコメントを付けている方が何人もいた。しかし、当然のことながら、複数の地方を挙げる回答者もいるなど、集計上の難点もある。この問いかけが最適であったかどうかについては、次回同様の調査をすることがあった場合、検討課題になるかと思う。

地方の分け方については、「あなた」を含む呼称全体が待遇表現と深く関係があることから、加藤正信氏の敬語使用による方言区画図(「方言区画論」)を参考に、あまり細かくならないように九つ分け、それ以外を「その他」とした。この図によると、概して東日本や北日本が丁寧表現のみや無敬語の方言域であるのに対し、西日本(北陸を含む)は身内尊敬表現を持つなど、敬語がより複雑になっている。回答者の数は関東(46名;41.8%)と近畿(24名;21.8%)以外多くはないが、大きく北・東日本と西日本としてその違いが浮かび上がってくるかもしれない。

先ほど述べた複数の地方を挙げた回答者についてであるが、集計の関係から、主として話していると記入のあった地方に入れた。が、どちらが主か判断できなかった「関東と近畿」はそのまま、西日本の複数の地方を挙げた回答者は「西日本」とした。また「その他」で「共通語」や「標準語(に近い)」と答えた回答者はまとめて「共通語」とし、「中国語」はそのままとした。つまり、当初の九つの地方(方言)に「関東と近畿」「共通語」「西日本」「中国語」が加わって、最終的に13に分けたことになる。

なお、「中国語」という回答からわかるように、母語が日本語でない方(2名)からも回答メールをいただいた。日本人と仕事をする等、日本語も日常的に使っている方々ということで、外国語として日本語を学んだ方の回答も比較の上で参考になるのではないかという思い、含ませていただいた。この「中国語」も含めたことで、この質問項目の名称は(「方言」ではなく)「日常使用語」とし、他のQと組み合わせて集計する(クロス集計)場合そのように表示していくこととした。

 


V.自称詞との関係

@心地の良い自称詞(Q4・5.「ご自分のことを呼ぶとき、一番心地の良いことばは何ですか?」)

自分を呼ぶときのことば(自称詞)の好みと、他の人から呼ばれたり、呼んだりするときのことばの感じ方に何らかの関係はないだろうかと考え、この問いを設けた。問いとしては「普段よく使っている自称詞」としたほうが回答しやすかったかもしれない。が、その場合、仕事上仕方なく使っている等、本人の気持ちに反する場合も考えられることから、本人の考え方や感じ方をより反映していると思われる「心地良い自称詞」を答えてもらうことにした。

まず、出てきた結果から自称詞そのものに関する特徴を見ていくことにしよう。興味深いのは、20代以下の回答者が選んだ自称詞で、男女ともに他の世代に比べ、多様性が見られる。井上史雄氏が『方言学の新地平』で「若者はことばの慣習にとらわれず、大人と違う言い方をことさら採用しようとし、新しい要素への心理的抵抗が少ない。また若者は、モラトリアムの状態にあって、現社会体制の中に完全には組み込まれていず、社会的制約も少ない。だから新しいもの(そしてことば)を採用する自由度にめぐまれている」と述べているが、自称詞にもそうした青年期特有の心理が反映されているようだ。

男性に関しては、概して年配の方や(北関東を除く)北・東日本方言の回答者に改まった感じの自称詞を選ぶ割合が高く、西日本、特に近畿の方言を話す回答者は自称詞が多様であると捉えられる。また「俺」という自称詞は、どの世代からも回答があるが、割合からすると若い世代のほうが高い。加藤主税氏が『日本語七変化』の中で、若者は「俺」を使う人間が殆どで「僕」を使うのはだいたい50人に一人だと述べているが、当調査からもその傾向が窺える。「わたし」という自称詞を選ぶのは30代に入ってからというように、年齢が上がるほど改まった感じの自称詞を選ぶ傾向にあるのとは対照的である。これは女性についても言える。女性は男性に比べ、自称詞の数は少ないが、「わたし」や「あたし」以外の自称詞(名前、うち等)を答えたのは、20代以下の回答者となっている。これは井上氏のいう「社会的制約」ということと関係があるのかもしれない。

女性に関して興味を引いたのは、10代の回答者の一人が答えた「俺」という自称詞である。これについては、もう少し情報をいただきたいというメールを送ったが、残念ながら、返事はいただけなかった(これをお読みでしたらぜひお返事ください)。その後、あるTV番組で東京出身の二十歳ぐらいの女性タレントが、冗談で「俺?」と言っていたのを偶然耳にした。20年近く前「僕」という呼び方が若い女性の間で流行ったことがあったが、現在は「俺」なのだろうか。非常に興味深い。今後この件について更に情報が集められたらと思っている。

以上回答者の選んだ心地良い自称詞について特徴を述べたが、初めに書いたように、ここでの回答と以降のQとに何らかの関係があるかどうかをみるため、Q7・10・11・14・15については、そこでの回答とのクロス集計を試みている。ただ、結論を先に述べれば、男性では「わたし」と「僕」「俺」、女性では「わたし」と「あたし」という自称詞以外の回答は少なく、それらの自称詞を選んだ人の結果がそのままその自称詞を選んだ人の特徴かどうかについては、判断しきれない。また、どの自称詞を選んだかは、年齢や日常使用語などとも密接に関わっているため、自称詞のみの特徴とは捉え難いということがわかった。

 

A自称詞の変更(Q6.「話す相手によって4や5の呼び方を変えますか」

 自分の好きな自称詞を変更するという行為は、ことば遣い全般についても話す相手や状況に応じて変更しているということに通じる。ここではその割合がどのぐらいのものなのかみようとした。

男性は自称詞の種類は多いが、話す相手や状況に応じてそれに相応しい自称詞というものがある程度決まっている。そのためか、好むと好まざるとに関わらず、変更を余儀なくされるようで、ここでも9割以上の回答者が「変える」と答えている。「変えない」と回答したのは、Q4で「わたし」を選んだ回答者(1名)で、この方は普段も「わたし」をよく使っていると想像される。

 それに対し、女性は「変えない」あるいは「意識していない」としている回答者が、全体の3割以上になり、男性と比べると多い。女性の大半は「わたし」か「あたし」という自称詞を使っているが、この二語は発音上の違いがさほど意識されず、ともに公の場面で使っても違和感がないことからではないだろうか。これは「わたし」「あたし」以外の自称詞を選んだ女性回答者が全員「変える」を選んでいることからもわかる。

 余談であるが、金田一春彦氏の『日本語 新版(下)』によると、日本語同様、朝鮮語・ベトナム語・タイ語・インドネシア語など、東アジアの言語も人称代名詞が多く、これらの言語でも自分の身分・地位や話の相手との関係によって、ちがった語彙が選ばれるそうである。

 

 

W.他人に対する意識(Q7.「他人に呼びかけられたときに不愉快に思うのはどれですか」)

 他人に対する意識と「あなた」ということばの受けとめ方にどのような関係があるのか、これを探るために、まずは他人に対する意識をみるための質問を設けた。それぞれの選択肢の回答者は、次のような対他関係に敏感であると考えられる。

(1)「あまり親しくない人に、なれなれしく呼ばれたとき」の回答者(29名;26.4%)は、「親疎関係」に敏感

(2)「目下だと思っている人に対等の呼び方をされたとき」の回答者(8名;7.3%)は、「上下関係」に敏感

(3)(1)(2)両方」の回答者(43名;39.1%)は「親疎」にも「上下」にも敏感

(4)「不愉快に思ったことはない」の回答者(14名;12.7%)はそのいずれでもない

(5)「その他」の回答者(16名;14.5%)はそれ以外の状況(7の「その他のコメント」参照)に敏感

 

以降のQとクロス集計するため、便宜上、(1)の回答者群を《親疎G》、(2)を《上下G》、(3)を《親疎+上下G》、(4)を《無条件G》、(5)を《別条件G》と呼ぶこととする。

結果報告のQ7の[補足]でも触れたように、この質問は1992年和光大学で同大学の学生対象に行なわれたアンケート調査(以降、W調査)の質問(item.37)を参考にさせていただいた。が、W調査では(3)(5)のような選択肢はなく、(1)(2)と同じ選択肢に「特には無い」という三つの選択肢があるのみである。当調査で選択肢を増やしたのは、W調査がまだ社会経験に乏しいと思われる大学生を対象にしているのに対し、当調査は様々な年齢層を対象にしており、社会との接触も大学生よりは多いと考えられたこと、当調査の対象は日本語関係のMMの読者で、普通以上にことばに対して敏感であると思われたことなどから、W調査のような三つの選択肢では収まりきらないだろうと考えたからである。事実、両調査の結果はあまりにも違いすぎる。

因みに、全く同じ選択肢ではないため参考程度の比較になるが、W調査では(1)と同じ回答をした人は25.3%、(2)29.7%で(「特には無い」が44.9%)、(1)(2)を合わせても55%に留まるだけであるのに対し、当調査では(1)(2)(3)の合計が72.7%、別条件の(5)を合わせると80.0%に達する。更にこれを30代以上の回答者に絞ってみると、(4)以外の回答者が9割に及んでいるのである。他人に対する意識の差が大学生と社会人でどれほど違うものかが窺い知れる。

さて、当調査結果に話を戻して、それぞれの回答者群(G)の特徴をみていこう。《親疎G》は20代と30代の女性が多く、ともにその年代の女性の4割以上、日常使用語別では中部方言の女性の6割以上がここに属している。《上下G》は40代以上で「わたくし」や「僕」という自称詞を選んでいる男性の割合が高くなっており、女性では中部以西の女性が回答しているが、このGは数自体が少ないのでこれをもってこのGの特徴とは言い難い。《親疎+上下G》は10代を除く全ての年齢層、殆どの日常使用語や自称詞から選ばれている。男性の43.8%がこのGに属しており、女性の35.5%と比べても多いのは特徴的だろう。《無条件G》の構成には際立った特徴はない。《別条件G》も同様であるが、こちらは傾向として自称詞に関しても「状況による」「心地よい自称詞はない」など、「その他」を回答している男性に多く、ことば全般についてとても敏感なGではないかと思われる。

 

 

X.不愉快な呼ばれ方

@あまり親しくない人からのなれなれしい呼ばれ方

(Q8.「7で(1)が不愉快だと答えた方、それはどんな呼ばれ方ですか」)

 では実際、どう呼ばれたときに不愉快だと感じるのか、Q8とQ9では具体的にその呼称をあげていただいた。

上位三番目までの「あんた」(18名、16.4%)「呼び捨て」(15名、13.6%)「おまえ」(13名、11.8%)については、現在、親しくない人に呼びかけるには失礼だという社会通念があると思うので納得のいく順位であるが、その次に「あなた」(10名、9.1%)がきているのは注目すべきだろう。

1945(昭和20)年に出された『これからの敬語』(国語審議会建議)では対称詞について、「『あなた』を標準の形とする」というように、「あなた」を奨励し、手紙の用語(公私とも)や親しい間柄のことばでさえも「あなた」を使って敬語を簡素化していこうと働きかけていた。しかし、それからちょうど50年経った1995(平成7)年、文化庁が行なった『国語に関する世論調査』(以降、B調査@)では、「あらたまった場でそれほど親しくない相手のことを言うとき、どんな言葉を使いますか」という質問に対し、(上位から順に)「名字+さん・さま」(37.7%)「おたく、おたくさま」(21.8%)「あなた、あなたさま」(18.5%)(以下略)という結果が出た。改まった場で「あなた」を使っている人は2割にも満たなかったのである。そして今回当調査からは、親しくない人に「あなた」と呼ばれることを「不愉快」だとさえ感じている人が、1割近くにも及んでいることがわかった。あまり親しくない人に「あなた」を使うのは、注意が必要なのだということになる。B調査@で2番目に挙げられていた「おたく」ということばも、ここでは6名の人が不愉快だとしている。

その他、「愛称」や「下の名で」、「ちゃん付け」、呼びかけとして使われる「ねえねえ」「あのさぁ」「ねぇ」「おい」「なぁ」「ちょっと」など、親しい間ではごく普通に使われることばも同様のことが言える。「嫌いな相手に呼ばれれば、なんと呼ばれようと不愉快」というコメントをいただいたが、そこまでではないにしても、親しくない相手からは距離をおきたいし、おいてもらいたいと言う気持ちがこの結果から見て取れるのである。また、かつて名前を知らない人を呼びかけるのによく使用された親族代名詞(親族名称)も、不愉快だと受けとめる人がいる。Q13でコメントをいただいたが、親族代名詞は使いにくいことばになっているということだろう。


A目下だと思っている人からの対等な呼ばれ方

(Q9.「7で(2)が不愉快だと答えた方、それはどんな呼ばれ方ですか」)
 Q8では「あなた」の次に多かった「きみ」(Q8では8名、Q9では12名)がこちらでは一番多くの回答を得ている。これが「呼び捨て」(11名)や「あんた」(9名)、「おまえ」(8名)よりも多いというのは、非常に興味深い。

目上である相手を面と向かって呼び捨てにしたり、「あんた」や「おまえ」と言ったりするのは、けんかをしているときや相手を挑発したり、軽視したりしているときなど、失礼だとわかっていながら敢えて使っているような状況が思い浮かぶ。しかし「きみ」と呼ぶ場合は、それらとは少し状況が違うように思う。

金田一春彦氏によると、「きみ」は明治くらいまでは相当な敬意をもっていたことばだそうであるが、今文章語以外で敬意を感じる人は殆どいないのではないだろうか。しかし、呼び捨てや「あんた」「おまえ」という呼び方と比べてみれば、スマートで丁寧だという印象がある。ただ、それにしてみても同等か目下の相手になされた場合であって、決して目下から目上へのものではない。目上にこの「きみ」を使うとすれば、目上だと言うことでわずかの丁寧さを残しながら、しかし自分は対等なのだということを表したいがために使っているような状況が思い浮かんでくる。言われた当人(目上の者)にしてみれば、極めてぞんざいで失礼な物言いに聞こえることだろう。

「きみ」を挙げた回答者をみると、男性9名に女性3名と男性のほうが断然多く、しかも10代以外の年齢層全てから回答があった(もっとも10代の男性回答者はもともと1名だけなので、もっと数が多ければ、10代からの回答もあったかもしれないが)。女性の回答者が男性のより少なかったのは、単に「きみ」ということばが女性に対してよりも男性に対して使われることのほうが多いからだと推察する。井上史雄氏が『敬語はこわくない』の中で、「相手を指す『きみ』は石碑に彫られている古い文章や弔辞などでは、程度の高い敬語のなごりをとどめているが、今の話しことばでは親しい人相手にしか使えない。ことに男性が女性に対して使えるのは、女性が目下で勢力下にある場合に限られる」と述べているようにである。

女性に向けられる「きみ」は、ほぼ100%男性からの呼びかけであると思われるが、そうだとすれば、目下だと思っている男性から「きみ」と呼ばれるのであり、その目下の男性の(井上氏のことばを借りれば)「勢力下」に置かれているという屈辱感のようなものが「不愉快さ」へと繋がっているのではないかと感じる。そしてこれは男性の回答者が抱いた感情にもある程度当てはまるのかもしれない。目下の者に「きみ」と呼ばれることは屈辱感を伴う不愉快さなのではなかろうか。このような目下からの「きみ」の印象は、「あなた」についても当てはまるのかもしれない(「あなた」についてはここでは8名の回答が上がっている)。

【※「きみ」について、「女性の使う『きみ』が気になる」というご意見があり、MMで紹介させていただいた。興味のある方はこちらをどうぞ→「女性の使う「きみ」について」】

 

 

Y.「あなた」ということばに対する意識、上下関係での違い

@目上への「あなた」

(Q10.「目上の人に呼びかけるとき、『あなた』を使うことをどう思いますか」)

10とQ11は「あなた」を使う意識と、相手が目上か目下かでその意識に変化があるかどうかをみようとしたものである。まずは目上への「あなた」の意識であるが、調査結果について述べる前に、文化庁が1997(平成9)年に行なった『国語に関する世論調査』(以降、B調査A)で、目上への敬語の意識をみていただきたい。

B調査Aによると、「敬語を使うのはどんなときですか」という問いに対し「目上の人と話すとき」が86.0%と最も高く、次いで「年上の人と話すとき」(79.2%)、「尊敬する人と話すとき」(69.7%)、「知らない人(たとえ同年輩でも)と話すとき」(57.7%)(以下略)の順となっている(複数回答)。ここで「敬語は使わない」としたのは僅かに1.8%であり、16〜19歳(男女とも)も8割以上の人が目上の人や年上の人と話すときには敬語を使うとしている。(※参照: http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/09/05/970502.htm )。

この結果を念頭におきながら、当調査結果に目を向けてみると、女性の9割、男性の8割が目上の人に「あなた」を使うことに抵抗を感じており(「(1)非常に抵抗を感じて使えない」と「(2)抵抗を感じるが、使うこともある」の合計)、このB調査Aの目上や年上の敬語使用率に近いことがわかる(尚、このB調査Aでは目上の人と年上の人を分けているが、当調査では一般的な「目上」の意味、「地位や年齢が本人よりも上の人」を目上、目下は「地位や年齢が本人よりも下の人」としている)。

更に女性の回答を見てみると、「(3)あまり抵抗を感じることもなく使っている」の回答者はおらず、「(4)使うことに抵抗を感じない。使ってもよい言葉だと思う」を回答したのは、中国語を母語とする20代の女性1名だけであった(表4-2)。「(5)その他」を選んだ回答者は9名いるが、コメントを見てもわかるように、無条件に使ってもいいとしている意見はなく、つまり殆どの女性は目上に「あなた」を使うことに抵抗を感じていることになるのである。

また男性の若年層にも(3)(4)の回答者はおらず、 (3)30代以上、(4)40代以上ではじめてその回答が見られる。また(3)(4)の回答者の殆どは近畿や九州など西日本の方言を日常的に使っていることがわかる。U章で西日本では身内尊敬表現をもつ方言域であると書いたが、寄せられたコメントなどと合わせて考えてみると、(3)あるいは(4)を回答した男性は、「あなた」の本来の意味(遠称の指示代名詞「彼方(あなた)」から出た語で、古くは対等または上位の者に用いられた)から、使っても良いと考えているのではないかと推測される。

さて、抵抗を感じるかどうかという点からみると、男女共に大半の人は目上への「あなた」に抵抗を感じているという結果になるが、実際の使用状況はどうだろう。「抵抗を感じるが使うこともある」という(2)も含め、(3)(4)との合計で実際の使用率を見てみると全体で35.4%(男性の47.9%、女性の25.8%)となっている。更にこれを年齢で見ていくと(男女合わせて)、10代が66.7%で20代が23.1%、3020.0%、4047.8%、5061.5%、そして60代以上が100%となり、30代の使用率が最も低く、それ以降年齢が高くなるにつれて目上への「あなた」の使用率も高くなっている。T章でも述べたが、10代と60代以上については、当調査の元々の回答者数が少ないため、あくまでも参考として捉えたとしても、年齢が高くなるにつれて使用率が上がるという傾向は変わりがないだろうと思われる。

というのは、W章(Q7)で述べたように、20代・30代(の特に女性)は上下関係よりも親疎関係に敏感な人の割合が他の世代に比べて高く、自分よりも目上の人に対して、目上だからというよりも親しくないから呼び辛いという心理が働いているように思うからである。また、それ以降の世代に「あなた」の使用率が増えてくるのは、30代半ばくらいまでは一つや二つの年齢差が話を円滑に進める上などでも非常に重要な意味をもつのに対し、30代後半くらいから徐々に五つくらい年齢差があってもあまり気にならない状況が増えてくるからではないだろうか。例えば仕事上で年上の部下ができたり、家庭を持って子どもができると、子どもの親同士の年齢がバラバラだったり、異年齢の人と対等の関係になる機会がそれまでよりも増えてくる。もちろん、本来の「あなた」の意味から目上の人に「あなた」を使うのは失礼ではないと考える人の割合も年配の方のほうが高いからだと思われる。

「(「あなた」の)他に言いようがなく困惑することがしばしばある」というコメントがあったが、目上への「あなた」に抵抗感は抱きつつも、実際には他に適当な呼びかけがなく、「あなた」を使ってしまうという場面の多いことがわかる。

 

A     目下への「あなた」

(Q11.「目下の人に呼びかけるとき、『あなた』を使うことをどう思いますか」)

次に目下へ「あなた」であるが、ここでは(1)の「非常に抵抗を感じて使えない」は27.3%(男性の22,9%、女性の30.6%)で、目上のとき(Q10)の半分以下になっている。(2)の「抵抗を感じるが、使うこともある」は26.4%(男性の22.9%、女性の29.0%)で目上のときと大差はないが、この二つを合計し、目下への「あなた」の抵抗感をみると約5割で、全体的に見れば、目上のときより明らかに抵抗が少なくなっている。男女別に見た場合、目上への「あなた」では女性と同じく(1)の回答者が最も多かった男性の回答が、目下へは(4)の「使うことに抵抗を感じない。使ってもよい言葉だと思う」が29.2%で最も高い回答となっていることも特徴的である。

当然のことながら、抵抗感が低くなっているのとは逆に実際の使用率((2)(3)(4)の割合の合計)のほうは61.0%(男性の68.8%、女性の54.8%)と、目上への35.4%に比べ、一層高くなっている。これを年齢別にみると、10代が100%、2042.3%、3052.5%、4073.9%、5092.3%で60代では75.0%と、実社会の中で実質的な最年少である20代の使用率が最も低いことがわかる。

またQ7とのクロス集計(表4−8)で目下への「あなた」の実際の使用率を見た場合、最も高かったのは《上下G》の87.5%で、目上のとき(表4−3より37.5%)に比べ、50.0%の差がある。他のGの差を見ると、《親疎+上下G》は(目下−目上=72.141.9=)30.2%、《別条件G》は(31.36.2=)25.1%、《親疎G》は(44.827.6=)17.2%で、最も差の少なかったのは《無条件G》の(78.564.3=)14.2%となっており、《上下G》の差がいかに大きいかがわかる。上下関係に敏感な人が最も、目上か目下かで自身もことばによる区別をしており、親疎関係にも上下関係にも敏感でない人が最もその区別が少ないということになる。

 

B「あなた」ということばに対する意識

以上のように、「あなた」を使うことに抵抗を持っている人は多いが、それを使う意識は相手が目上であるか目下であるかによって違いがあり、目上への「あなた」のほうが抵抗感の強いことがわかった。しかし、これは全体としてみた場合で、個人差は大きい。10とQ11のクロス集計(表4−11)で両方の意識を比較してみると、別の側面も浮かび上がってくる。この表で最も数値の高い、つまり全体として最も数が多いのは、Q10でもQ11でも(1)を回答した人で、それは目上へも目下へも「あなた」を使うことに「非常に抵抗を感じて使えない」としている人である(27名;24.5%)。また目上へ意識と目下への意識に違いのない(Q10とQ11の回答が同じ)回答者を合計していくと、48名(436%)であり、半数近くの人が相手が目上か目下かという基準で区別をしていないことになるのである。

数としては少ないが、全体の傾向とは逆に、目上へは「あなた」を使ったり、使っても良いと考えたりしているのに、目下に対しては非常に抵抗を感じているとした回答者が3名いる。この3名は「あなた」の本来の意味から目上よりも目下への「あなた」に抵抗を感じているのであろうか? この点は非常に興味深い。(※参考→「あなた」に関する意見

 

 

Z.知らない人への呼びかけ方

 「あなた」という呼びかけは抵抗があって使いにくいし、かつてよく使われていた親族代名詞も今では随分使いにくくなったと一般的に思われている。そしてこれは今まで見てきた結果で数字として表れていることからも裏づけできた。では一体どう呼びかければいいのだろうか。知っている相手であれば、B調査@にも挙がっていたように、名前に「さん」付けでいいかもしれないが、名前を知らない相手、しかも咄嗟に呼びかけなければならないという状況で、我々はどう呼びかけているのか。Q12とQ13はそれを探るために設けたものである(※尚、Q12はW調査の《item.51》を参考にさせていただいた)。

 

@知らない人への呼びかけ(「××、何か落としましたよ」の××)

(Q12.「近くを歩いている人が物を落としたとき、どう呼びかけますか」)

最も多かったのは「あのー」(48名)であるが、選択肢の中に入れていなかったにも関わらず、「その他」として「すみません(すいません)」を記入した回答者が35名でその次に多かった。もし選択肢の中に加えていれば、更に多くの支持を得られたであろうことは容易に想像がつくし、実際には現在最も多く使用されている呼びかけではないかと思われる。この「すみません」については、若い世代の、特に女性に多く使われる傾向があり、これは「あのー」という呼びかけにも通ずる。10・20代に「もしもし」の回答者はいないが、中年層以上になると次第に増え、60代以上は全ての回答者が支持している。これはちょうど「あのー」や「すみません」とは逆の現象である。

「あのー」や「すみません」のような呼びかけは、自分を押し付けず、まず相手の出方を窺うような控えめさが感じられるが、「もしもし」のように、相手にこれから自分のことばをしっかり伝えようとする積極性には欠けているように感じる。これは、MM『日本語って』でも何度となく取り上げてきた、若い世代に多く使用されている「〜っぽい」や「〜とか」「〜的」「〜系」などの、「あいまい表現」にも似ている。このような呼びかけのことばにもこうした表現を使う若者の心理、つまり、相手と距離を置きたい、間違っても傷つかないように断定を避けてぼかしたいという意識、が表れているのではないだろうか。

逆に「もしもし」のほうは、相手に自分のことばがちゃんと届いているかどうか確認したい、相手の応答もしっかりと受けとめたいという意志の感じられる呼びかけである。「もしもし」は、日本に電話が初めて開通した時、電話交換手の使っていた「申します。申します(申す。申す)」ということばが次第に縮まって「もしもし」になり、一般に広がったと聞いたことがある。電話のように声だけで相手とコミュニケーションを取ろうとする場合、まして当時のように接続が悪かったであろう状況では、こうした確認作業が必要不可欠だったのだろう。これを呼びかけに使うのであるから、相手ときちんと向き合って話をしようとする意識が感じられるのは当然だろう。しかしこの調査結果にも表れているように、呼びかけで使われることは減りつつある。将来テレビ電話のようなものが一般的になったら、電話での会話でさえ「もしもし」が使われなくなるのかもしれない。

最後に「あなた」についてであるが、一応この問いの選択肢に挙げてはみたが、やはり男女ともにこの呼びかけを選んだ回答者はいなかった(「その他」のコメントで「あなた」を記入した回答者が1名いる)。また「おたく」についても1名のみの回答であった。この点については次のAでまとめて述べることにする。

 

 A所有者の確認(「これ、××のですか」の××)

 (Q13.「電車の中などで忘れ物を見つけ、その傍にいる人の物かどうか確認したいときどう言いますか」)
 Q12のような設定では、「あなた」を使わずに呼びかけることは十分可能であり、それは結果にも出ていた。しかし使わざるを得ないような状況に出くわすこともある。筆者が日本語教師としてこれまで日本語を教えてきた中で、別のことばに置き換えることの難しさを感じてきた「あなた」で、それはちょうどこのQ13のように名前を知らない相手に対し、その人の物であるかどうか確認したいような状況でのことである。このような状況ではいくら「あなた」に抵抗を感じていたとしても、咄嗟に口を突いて出てくる人もいるのではないかと思われるが、実際はどうであろうか。

 結果をみると、やはりこのような状況では「あなた」しかないと感じたのか、Q10やQ11で「あなた」に非常に抵抗を感じるとした回答者からでさえ支持があり、その数は全体の約3分の1(41名)になった。しかしこのような設定でもなお「あなた」を使わずに別のことばや表現で伝えようとした回答者(「その他」を選択)がいて、その数は「あなた」の回答者よりも僅かに多く、45名であった。この結果は、「あなた」なしでもちゃんと呼びかけができるし、実際そのようにしている人も多いということを物語っている。

他の選択肢に目を向けてみると、「おたく」や「そちら(「そちらさん/様」も含む)」の回答者数はともに「あなた」の半分以下で、親族代名詞はたったの2名しかいない。ということは、「おたく」や「そちら」や親族代名詞よりは、「あなた」のほうが知らない相手に対しては失礼のない呼称だと思っている人が多いということになる。しかしQ8やQ9で、あまり親しくない人や目下の人からの不愉快な呼ばれ方として挙げられていた回答では、「あなた」のほうが「おたく」や親族代名詞よりも多かった。ということは、使った本人にとっては失礼だと思わずに使った「あなた」が、実際には不愉快なことばとして相手に受けとめられている可能性があるということになる。

鈴木孝夫氏が目上の相手への呼称について、『ことばと文化』で「現在の日本語には、目上の人に対して使える人称代名詞は存在しないと言っても言いすぎではない。(中略)ヨーロッパ語に比べて数が多いとされている一人称、二人称の代名詞は、実際には余り用いられず、むしろできるだけこれを避けて、何か別のことばで会話を進めていこうとする傾向が明瞭である」と書いているが、知らない相手に対しても、使える人称代名詞が存在しなくなっているのだろうか。MMで取り上げさせていただいたが、現在は翻訳などの文章でも「あなた」(や「わたし」)を訳さないのが鉄則のようになっているそうだから(「あなた」に関する意見 参照)、話しことばでも親しくない相手に対する「あなた」は完全になくなってしまう日がくるのかもしれない。

さて、最後に「おたく」について少し触れておこう。Q12で「おたく」は1名の回答者しかいなかったと書いたが、ここでは18名と支持が増えている。表6-2で「おたく」の回答者を見ると、西日本では男女共に支持しているが、関東では男性8名に対し、女性は回答者なしである。西日本ではまだしも抵抗なく使われている「おたく」が、東日本の女性にはなれなれしく抵抗のあることばとして受けとめられるのではないだろうか。Q8であまり親しくない人からのなれなれしい呼ばれ方で不愉快だと思う呼称を挙げていただいたが、「おたく」を挙げたのも東日本の方言を話す回答者からが多かった。このように、「おたく」という呼びかけへの抵抗感には地域差、男女差があるようだ。

 

 

[.呼びかけへの迷い

@名前を知らない相手や目上の人に対して

(Q14.「名前を知らない相手や目上の人を呼ぶときに、どう呼べばいいのか迷ったことがありますか」)
 日本語には呼びかけのことばがたくさんある。にもかかわらず、私は知らない相手に対し、どう呼びかけていいものか迷うことがある。また親しくなった相手に対し、それまでの堅苦しい呼び方からもっと親しみのある呼び方に変えようと思うけれども、相手の気持ちを考えて躊躇したこともある。このような経験は何も私だけのことではないはずだが、一体どの程度の人々がこのような感覚をもっているのか。Q14とQ15はこれを探るための質問である。

 まず名前を知らない相手や目上に対してであるが、男女とも6割以上の人が「(迷ったことが)ある」としている。「(迷ったことが)ない」としているのは、男性の22.9%、女性の12.9%と男性の割合のほうが高いが、逆に「考えたことがない」という割合は、男性が女性の3分の1ほどしかない。「その他」と回答した人は独自に呼び方を工夫していることがコメントから窺える。

 年齢別(表7-1)で見ると、年齢が上がるにつれて「ある」とした人の割合が低く、逆に「ない」とした人の割合が高くなっており(「ある:ない(%)」=10代;100.00.020代;73.115.430代;72.510.040代;65.217.450代;46.230.860代以上;25.075.0)、60代以上を除いては男女共に「ある」のほうが「ない」を上回っている。またQ7とのクロス集計(表7-3)で見ると、「ある」の割合は《親疎G》や《親疎+上下G》がそのG内での7割以上と高く、それ以外は5割ほどである。逆に「ない」の割合は《無条件G》が高く(G内の28.6%)、《親疎G》(G内の10.4%)が低い。先ほど「考えたことがない」は女性に多いと書いたが、それは《親疎G》や《無条件G》に属する女性であることもわかる。

 

A目下の人に対して

(Q15.「目下の人を呼ぶとき、どう呼べばいいのか迷ったことがありますか」)

次に目下に対してであるが、男性は「ある」と「ない」が同数で共に男性の約4割、女性は「ある」が(女性の)5割、「ない」が3割である。全体的に見ると、「ある」は47.3%となり、Q14(知らない相手や目上のとき、66.3%)に比べ、2割近く減っている。逆に「ない」は36.4%で、Q1417.3%)より2割近く増えている。また「考えたことがない」とした回答者は男性ではQ14と差がなかったが、女性は僅かに数が増えている。

年齢別(表7-6)では、Q14のときのような年齢による相関関係は見られず、「ある」の割合が最も高いのは男女共に30代で、同年代の男性の66.7%、女性の64.3%が選択している。また40代の男性も「ある」の割合が高い(53.8%)が、同年代の女性のほうは「考えたことがない」が最も高い(50.0%)。男性に関しては、社会の中で30代・40代が目上にも目下にも気を遣うことを強いられる世代だからだろうか。30代の女性は、同年代の男性のように社会の中の立場と言うこともあるだろうし、Q7で述べたように、親疎関係に敏感な回答者が多いことも一因かもしれない。

14では60代以上のみ、「ない」が「ある」を上回っていた。60代以上は男性回答者だけということも影響があるだろうが、このQ15でも回答者全員が「ない」を選んでおり、他の年齢層との違いを示している。ただQ15では10代や50代も「ある」が「ない」を上回っている。しかもQ14の場合との違いを両者の「ある」の差で見ると、10代は66.7%(Q14「ある」−Q15「ある」=100.033.3)もある。他の世代の差(20代;26.9%、30代;7.5%、40代;30.4%、50代;7.7%、60代以上;25.0%)と比べると、いかにその差が大きいかがわかるだろう。しかし、10代の回答者は男女合わせても3名しかいないので、たまたまそうなってしまったとも考えられる。ただ10代というのは、個人差はあるだろうが、他の世代に比べると人間関係が複雑ではなく、目下の相手と言っても弟妹や後輩など限られた範囲であるから、目下への呼び方に迷いを感じることが少ないのはある程度納得のいくものである。

さて、Q7とのクロス集計(表7-8)で「ある」が「ない」を上回っているGを見ると、《親疎G》と《親疎+上下G》であるが、これを男女別に見た場合、男性では《親疎+上下G》の男性のみであることがわかる。男性で「ある」を選択した割合もこのGの男性が6割以上を占めている。女性は《別条件G》を除いて「ある」の選択者のほうが多いが、その中でも《親疎G》の女性の割合が最も高い。

 

B呼びかけへの迷い(全体)

最後にQ14とQ15のクロス集計(表7-7)を見ると、男女ともにQ14でもQ15でも「ある」を選択した回答者が最も多く、男女合わせて全体の45.5%であり、全体の半数近くの人が、名前を知らない人や目上、目下の人に対して呼びかけへの迷いを感じた経験をもっていることになる。

また(4)の「その他」を除き、Q14とQ15の回答が同じ人、つまり呼びかけへの迷いの有無が相手の立場や年齢によって変化しているわけではないと思われる回答者は、74名で全体の約7割となっている。「名前を知らない人や目上」へは迷うが「目下」へは迷わないか考えたことがないという回答者は、22名で全体の2割である。この二つから言えることは、呼びかけへの迷いの有無は、相手が目上か目下かということ以外の要素(親疎関係など)の影響が大きい人の割合が高いということである。

 

\.外国人からの呼びかけや気になることば・表現

@     外国人の知人の有無(Q16.「外国人の知り合いがいますか」)

 最後に外国人からの呼びかけについて尋ねた。そもそもこのアンケート調査の発端となったのは、日本語学習者の「『あなた』は失礼なことばですか」という質問だったし、日本語を学習している外国人にとって自分たちの使っている「あなた」が失礼に当たるのかどうかということは、日本語でコミュニケーションを図る上でとても重要なことと言える。当然、外国人の使う呼称についても尋ねてみないわけにはいかない。

ただ外国人に知り合いがいなければ、想像や印象だけの話になってしまうと思われたので、まずは外国人の知人の有無を確認した。結果としては10代以外の年齢層の、全体の7割以上から「いる」という回答を得た。尚、日本語に関する調査なので、「日本語で付き合う外国人」と特定すべきかとも思ったが、日本語以外で話している場合でも日本語からの影響で相手からの呼びかけ(例えば、Youなど)が気になるという回答者もいるかもしれないとも考え、特に但し書きはしなかった。

 

 A外国人の知人からの呼ばれ方

(Q17A.「16で『いる』と答えた方、その人に普段どう呼ばれていますか。複数いる場合や呼び方がたくさんある場合は、それら全てご記入ください」)

呼ばれ方を多い順に挙げていくと、最も多いのが名字の「さん」付けで49名(59.8%)、次に名前の呼び捨て(39名;47.5%)、愛称(26名;31.7%)、先生(24名;29.3%)、名前の「さん」付け(19名;23.2%)、役職名(11名;13.4%)(以下省略)の順となっている。しかし「役職名」の中に「先生」という回答が含まれている可能性もあるので、実際の「先生」の順位は「愛称」よりも上かもしれない。MM『日本語って』の読者が対象のアンケート調査ということで、回答者の中には国語教師や日本語教師、ボランティアで日本語を教えている方など、「先生」と呼ばれる立場の人が多くなっていることが原因だろう。

割合などで見る限り、「先生」という呼び方が多いこと以外は、日本人同士の場合とさほど大差がないようにも思えるし、「呼び捨て」の割合が多いようにも思える。知人とだけ指定したため、相手との親密度が不明であるが、もしちょっとした付き合い程度の知人(外国人)から呼び捨てにされているということであれば、日本人同士の場合より、呼び捨ての割合が多いと言えるだろう。

尚、「あなた」という呼ばれ方は3名からの回答があった。

 

B外国人の知人からの不愉快な呼ばれ方

(Q17B.「Aの中で不愉快に思う呼び方はありますか。あれば、その呼び方をご記入ください」)

 82名中、「ない」は68名(82.9%)、「ある」は14名(17.1%)で、「ない」が圧倒的に多い。そして「ある」とした回答者をみると、そのうちの12名(85.7%)が女性で、さらにその半数は《親疎G》に属している女性であることがわかる(表9-3)。《親疎G》の女性は、これまでの結果からもわかるように、相手が目上か目下かに関わらず、「あなた」という呼びかけを使うことに抵抗を感じる人が多く、また他人に対してどう呼びかけたらいいのか迷ったことがあるという人の割合も高かったことから、相手が外国人だからという理由だけで不愉快だと思っているわけではないと推察する。

 不愉快な呼び方を具体的に挙げてもらったが、ここで目を引いたのはやはり「あなた」であった。Q17Aで「あなた」の回答は3名しかいなかったにも関わらず、Bでその3名ともが「あなた」を不愉快な呼び方としてあげているのである。外国人といえども、知人に「あなた」と呼ばれることには抵抗を感じるということになるだろう。その「あなた」を挙げた方のコメントの、「頭ではわかっていても違和感がある」ということばが印象的だった。

 

C     日本語学習者の気になることば・表現

(Q18.「もし日本語を話す外国人の話し方で気になることばや表現があれば、今後の参考にさせていただきたいので、ご記入ください」)
 たくさんのご意見をいただき、その全てがとても参考になるのであるが、ここでは、呼称、特に「あなた」に関していただいたご意見にのみ言及させていただくことにする。

外国人からの「あなた」については、(いくら外国人でも)気になる、(外国人だから)気にしないようにしている、日本人の場合ほど気にならない、「あなた」を使うほうが自然、と大雑把に言えば、こういう意見に集約できるかと思う。が、これを見る限り、外国人の使う「あなた」への捉え方は人によって様々で、これでは日本語学習者に対し、「あなた」の使い方についてどう指導すればいいのかもわからなくなる。が、Bで見たように、外国人の知り合いをもつ人が実際に「あなた」と呼ばれた場合、不愉快だと捉えていたことを考えると、相手との関係性で使っていいものかどうかが分れるのではないかと考えられる。

また「外国人がそれ(私、あなた)以外の呼称を使うと、日本人以上にニュアンスが強調されるので、よほど日本語に精通していない限りやめたほうがいいと思います」というご意見をいただいたが、それぞれの日本語力も関係があるだろう。日本語を学び始めたばかりの語彙そのものが少ない外国人と、日本語を日本人以上に熟知しているような外国人とでは両者の使う「あなた」の印象は当然違ってくるはずである。

『日本語なんでも相談』(水谷修監修)は日本語学習者や日本語教師などからの質問とその回答を載せているが、ここに名前を忘れてしまった相手に対して「あなた」を使わないで話を進めていく方法が取り上げられている。今回のテーマにも関係し、参考になるかと思われる。

 

おわりに

 このまとめを執筆中、個別に日本語を教えている来日歴20年以上になる生徒からちょうど「あなた」についての質問を受けた。以前であれば、自分の感覚や文献に書かれていることを迷いながら話していただろうが、このアンケート調査を行なったおかげで、ここから得た結果を元に、その人の状況(地域、年齢、性別、立場)を考え、それに応じた答え方をすることができた。これは私自身の一つの成果だろうと思う。これをお読みになった皆さんもそれぞれの立場でこのアンケート調査の結果を利用していただければ幸いである。

 最後にこのアンケートにご協力してくださった読者の皆さんに心から感謝したい。本当にありがとうございました。

200212月2日)

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