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 新・古写真に見る伊勢

 

 古写真に見る伊勢

 古地図を歩こう


*鉛筆*

 uniとMONO

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 外国の鉛筆たち

 古い鉛筆たち

*ボールペン*

*消ゴム比較 一番はどれ*

突撃!隣の席の筆箱


↑リンクの貼っていないところはまだ完成していません。(黒い文字の部分)

気長にお待ちください。

古写真に見る伊勢

 平成25年には伊勢の神宮の式年遷宮がありました。その神宮のお膝元の伊勢を古い写真で見てゆきます。

新しい古写真のページが出来ました


 @山田駅(現在の伊勢市駅)前の写真

 国鉄山田駅は明治30年(1897)に開通した。改札を出たすぐ正面の風景である。正面の参道は約500メートル先の外宮まで続く。

 一枚目は大正中期頃。右の建物が旅籠宇仁館。一階には十台以上の人力客車が写っている。

 参道の中央には内宮・二見へ行く路面電車、神都線の軌道が見える。(伊勢電気鉄道が明治38年に開通、戦中に三重交通の所有となり、昭和36年廃線) 

 左が油屋旅館、その奥が高千穂館と続く。

 二枚目は昭和10年頃、

 高千穂館は昭和に入ってから三階建となり、隣に洋館四階建ての食堂を建てた。戦火により焼失。

 この葉書は古本屋で手に入れた物で、表には前の持主の手記が残っている。

「戦前までは3階建の旅館が並ぶ、今は8階建のデパートが建つ」

参道を挟んでジャスコの本別二館が在ったが現在はもう無い。右側は長く空き地であったが、今回の遷宮を機に温泉旅館と土産物店が建った。

 また写真の鳥居も新しく建てられたもの。参道にはいくつかホテルが建っているが当時から残る旅館は山田館のみ、ずっと奥の方なので写っていない。土産物屋の立ち並ぶタイル舗装の参道となっている。

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A外宮前、宇治山田郵便局

 外宮の鳥居の前から東を向いて撮影されている。左が山田駅からの参道、正面は内宮へ行く御幸通り。右の木造の電停待合所を挟んで枠外になるが、古市へ通ずる道がある。

 左に写る立派な建物は明治42年築の山田郵便局。建物は重要文化財となり、犬山市の明治村へ移築。

 山田駅からの神都線は郵便局で曲がり御幸通りへと行く。見づらいが御幸通りに神都線の路面電車が走っている(中央右手にいる人影の右側)。大正最期の写真か。

 現在では道路の角度も変わり、市電の軌道も無くなり、当時の面影はない。道路拡張に引っかかって郵便局の建物は移築されたが、郵便局は簡易局となって写真枠外左手に移った。初め元々あった場所を探せずに、郵便局の人に聞いたら、とても丁寧に案内をしてくださった。局内の壁には上の写真に写る明治時代の郵便局の建物の写真が何枚も貼ってあった。伊勢の地に保存されていればと思う。

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 川岸からはあまり古い町並みを見る事ができなくなったが、通りに入って行くと商人町が残っている。

 B大正初めの河崎

 河崎は江戸時代より年間何百万もの参拝客があった伊勢の台所であり、志摩より魚を積んだ船が付き、ここの市場を経て山田の街へと運ばれていった。商人の町として栄えた面影は現在も、立ち並ぶ切妻妻入の町屋や、重厚な蔵によって偲ばれる。

 戦災を逃れたものの、豪雨氾濫による被害があり、岸縁の約三百の家を立退き、護岸工事がなされ景観が変わってしまった。現在街並保存に大きく力を入れている。

 問屋街に入って行くと、今でもお店が多く残っている。和菓子屋、服屋、居酒屋、陶器屋、古本屋(蔵が喫茶店や理容院になっていておしゃれである)。 街並みの折り返しにあった酒蔵が今「河崎商人館」となり、資料展示のみならず教室を開くなどイベントを催すなどの活動をして河崎を盛り上げている。

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現在の伊勢市の地図です(精度は当てにならず)。番号は上の写真の撮影場所です。

参考に昔の様子が分かる地図を貼っておきます。

市史資料に出ていた江戸時代の地図などを元に、私が製図した物です。恐らく間違いがあると思いますので雰囲気を味わう程度に見て下さい。

   

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