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ゲーテ
 ファウストの作者。
 
Johann Wolfgang von Goethe.
 ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ。
 von(フォン)は敬称です。本名の一部ではありません。詳しくは知りませんが。
 ドイツ人。1749〜1832。
 世界の三大文豪と言えば、ゲーテ、シェイクスピア、ダンテの名前が挙がりますが、個人的にはゲーテが一番上だと考えています。

 人が文字を知ってからこのかた、いったいどれほどの作品が創作されたことでしょう。
 有形無形、有象無象の創作の歴史は、人が叡智を求めしかし願い叶わず挫折した残骸と瓦礫の歴史です。人に究極の作品を創ることはできず、すべては人という限界の中で朽ち果てました。
 しかしすべてが不完全な代物に過ぎないとしても、やはり名作と駄作の区別はあります。そこには明確な目盛も秤もありませんが、それでも、名作と駄作の区別はあるのです。

 ゲーテは、もの創りというものを、実によく理解していたと言えるでしょう。
 人が何かを創作しようとしたとき、題材を見定めなければなりません。それは身近にあるほど、俗的・物的であるほど見つけやすく、その逆であるほど、題材を見出すのは困難となります。
 ゲーテは、森羅万象の奥深くから、人の心の底奥深くから題材を見つけ出し、作品の中に織り込みました。日常を超え感情を超え、生半可にはたどり着けない深く遠い静かな処から、題材を見つけ出してきました。
 そしてそれを、卓越した表現能力で書き表します。
 言葉というものは、日常生活の中でこそ万能な能力を持っていますが、世界のすべてを表現するには、あまりにも欠点だらけの代物です。ひとたび未知の領域に踏み込んだならば、言葉はそれを表す単語を持たず、慣用表現も存在しません。言葉はとたんに無力になります。そこで求められるものこそ、表現能力です。
 ゲーテは、作家というよりは、詩人と言っていいでしょう。世界の中から叡智を切り取って表現する能力を、生涯にわたって培い続けました。

 それが、作家ゲーテの真髄であると、私は考えています。 


ファウスト
 FAUST.
 ゲーテ最高の作品にして、間違いなく文学史上最高の作品。
 そして、私の心の中心に居座り続けている作品です。本・映画等ジャンルを問わず、私はどんな作品に出会っても、ファウストと比べてしまいます。

 ゲーテがこの作品に費やした月日は、なんと60年。23歳頃から手をつけ始め、長い休止期間を幾度も挟みながら、死の直前82で死ぬまで、執筆・加筆・修正を続けました。
 ファウストの質の高さは、およそ大衆文学の範囲内には収まりません。その圧倒的クォリティは、古典諸作品と比べても、際立っています。

 人が創作を試みるとき、その探求のセンスは、だいたいにして日常生活の範囲内から脱出することはありません。すなわち、アクション系の作品から、恋愛・悲哀・その他、様々に感情に訴える作品はありますが、そのどれもが、究極的には、どうでもいい作品です。

 遥かなる昔から、優秀な作品は古典作品として現代に連ねられ、そこには、一つの指標を見て取ることが出来ます。
 すなわち、その探求のセンスは、日常・人の世を飛び出して、遥か彼方、あるいは遥か深くに届いている、ということです。
 ある者は、誰よりも深く人の心の奥底に入り込み、普段およそ気づくことはできない、人の心に閃く法則を掴み出してきます。またある者は、どこまでも天高く思惟を飛ばし、高遠な世界の法則を冊子の中に体現します。

 そういった優秀な古典諸作品の中で、もっとも派手に、もっとも広く、もっとも縦横無尽に、世界と人間を描き表しているのが、この作品、ファウストと言えるでしょう。


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