「プロジェクトAYA」とは何だったのか?

SOLITUDE(下巻) SOLITUDE(下巻)

『ソリチュード』は「PDS」の完結篇でありながら、シリーズ中、最も不可解なストーリーを持つ作品だ。その不可解さの最大のファクターは、やはり真行寺剛の野望=「プロジェクトAYA」だろう。「プロジェクトAYA」の最終目的とは、「不死の扉」(「不死への扉」となっている箇所も)の開放だ。真行寺及びローズマリーの発言等を参考にして、「プロジェクトAYA」のプロセスを腑分けすると、以下のようになる。

〈1〉 偽記憶を植えつけた降矢木を使って、彩の自我を破壊する。
〈2〉 梨絵香を彩の心に送り込み、彩の新しい自我とする。
〈3〉 彩は「新しい世界の支配者として生まれ変わる」。
〈4〉 「不死の扉」が開く。
〈5〉 全人類が不老不死になる。

特に〈3〉から〈4〉にかけての因果関係が全然見えてこないが、とにかく、そういうことになってるんだから仕方ない(笑)。しかし、この方法では、「不死の扉」は開けたが最後、二度と閉じられなくなり(「強い意志と愛」を持った者でなければ制御できない)、さらに全人類は永遠の生命を頂戴できる代わりに、とんでもない災厄に見舞われるのだ。その災厄とは、ローズ曰く、

「意識と無意識の境界が崩れ、ほとんどの人たちは無意識に襲われて自我を失ってしまう」
「この世界に感情と死を持たない人形のような人間があふれる」

という、恐るべき暗黒郷の出現である。ここで彼女が言う「無意識」だが、「集合的無意識」と言い換えても構わないだろう。なぜなら彼女曰く、「プロジェクトAYA」と「ベラスケスの一族」の秘密は「同じ真実の表裏」を構成しており、そして「『ベラスケスの一族』についての考察」でも書いた通り、この一族とC・G・ユングの発見とは、ほとんど同一のものだからだ(ついでに鷹津医師がユングに傾倒していたことを思い出して欲しい)。

ここまで来れば、真行寺の野望の全貌が、おぼろげながら見えてくる。つまり「プロジェクトAYA」の実現とは、全ての心が個性を失い、完全なる一者に混融するということだ。それこそ、真行寺による構想数十年の「すばらしき新世界」だった。アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』の一節を借りれば、「人類は、もはや孤独ではないのだ」。樋渡京介は真行寺をヒトラー呼ばわりしたが、まさに、この男はナチズム的(ユング的?)理想社会の創造を夢見ていたのだ。

「過去を支配する者は未来まで支配する」とは、オルダス・ハックスリーの『すばらしき新世界』に並ぶディストピア小説の古典、ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する、全体主義社会の支配者、ビッグ・ブラザーの掲げるスローガンの一つだ。人類にとって幸いなことに、(降矢木の)過去を支配することに失敗した真行寺の「すばらしき新世界」は、文字通り烏有に帰した。永遠の生命の探求が徒労に終わることは、太古の昔、『ギルガメシュ叙事詩』の時代から約束されているのだ。

しかし結局、「プロジェクトAYA」というアクロバティックな大オチによって、降矢木の永年の煩悶の源は、昔の恋人への愛と贖罪の意識が生み出した美しき呪いの影ではなく、オカルト親父が作り出した偽記憶に過ぎない、ということになってしまった。そして彩は、降矢木との性愛関係から追放され、「プロジェクトAYA」を構成する部品の一つに成り下がった。彼女の存在(不在)によって「PDS」が一貫して帯びていた幽玄さは、これによって永遠に失われてしまったのだ。

蛇足。彩の心象世界に現れた真行寺が、真紅の球体を指差しながら降矢木に言った台詞、「この中で彩は、母親の子宮で育てられる胎児のように、生物の進化の過程をたどっているのだ。この進化が魚類から脊椎動物へ、そして人間まで来た時、彩は生まれ変わるのだ」。真行寺さん、魚類は脊椎動物だって(笑)。