織田 淳哉
(巨人)
1999年引退
日向高校−早稲田大学  94年 ドラフト2位
所属 年度 試合 勝利 敗戦 セーブ 投球回数 防御率
巨人 95 16 21 2/3 4.57
96 登板なし
97 登板なし
98 登板なし
99 登板なし
記録 なし
中途半端な即戦力第6弾。
私が巨人というチームを観察し始めてから
フロント、コーチ陣に振り回され、選手人生を短くされたのが織田淳哉ではないか?

六大学リーグでは早稲田のエースとして33勝、歴代11位の活躍、打者としても投手では最多の9本を打っていた。この頃から打撃はある程度うまかったらしい。しかしこの中途半端さがプロに入ってから災難をもたらした。投手としてプロに入ってからも2年目に16試合登板し手薄な中継ぎとして無難な働きをしていたが、巨人の捕手強化の為に犠牲になる。長島監督の「織田は早稲田を出ているから頭もいいから捕手に向いてるのでは」との一言で捕手にコンバートされる。捕手になってからも捕手だけでなくファーストも守らされていた。捕手になっても上手くいかなかったのでまた投手にコンバート、しかし投手に戻った時はもう遅かった。逆指名での即戦力投手の補強、若手の台頭の前に自分の居場所が無くなっていた。

そして
99年オフに自由契約。
巨人側も今までの織田に対する扱いが悪かったことを認め、オフに行われる「ジャイアンツ感謝際」には引退試合として登板させ、引退後には巨人の球団職員としての道が用意されていた。本当に大学出ててよかったね。巨人には早稲田派閥がある為に職員になれたのかも?




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