機械設計の世界  柏 正博  KTEC カシワ・テクノ・コンサルティング 

                                東京理科大学 工学部機械工学科 非常勤講師  

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小さな奇跡の積み重ね 〜ひとつぼ君物語〜 

第18回中小企業向自動化機械開発賞受賞機

進化しNCホーニングに特化した最新鋭機

 

 開発機種が当初の予定通りの性能を発揮し順調に売れ、客先に定着すると、リピートがポツリポツリと出てくる。

このころになると、設計担当者はなんとも言えない安堵感を覚え、やってよかったと自分を誉める。

 ところが、振り返って「何が成功に導いたか」 「成功の秘訣は何か」などと考えても、以外に確かな答えは出てこない。

世に出回っている「成功秘話」なる書籍に語られていることは、いずれも貴重な体験談ではあるが、そのままトレースできるものでもない。

 私がコンパクト立型マシニングセンター「ひとつぼ君」の開発に携わったのは1985年頃だから、すでに30年以上が経過した。

かつての開発状況を思い浮かべても、「これがあってうまくいった」などと言える決定的なものは見当たらない。

 開発にあたっては、設計者のみならず、さまざまな立場の、さまざまな関係者の「生み出したい」気持ちの強さが、時には化学変化を起こし、時には火事場の底力を発揮することがある。

 あえて言うならば、こうした幾つもの小さな奇跡の積み重ねが、ヒット商品を生み出してくれることもあるだろうと思う。

目次

Pt1  開発の背景・参入障壁 

Pt2  初期構想・時代の波

Pt3  形態論・コンセプト

Pt4  ひらめき・割り切り 

Pt5  一瀉千里・価格の壁

Pt6  塵を積もらせ山と成せ

Pt7  特許の出願・ソフトの工夫

Pt8  「ひとつぼ君」の誕生

Pt9  売り込み作戦・受注第一号

Pt10  小さな奇跡の積み重ね

 

Pt1  開発の背景・参入障壁 

開発の背景

 高度経済成長の勢いが止まり景気が鈍化していたころ、重厚長大から軽薄短小に世の中が大きく舵をきっていた。

  それまで、当社は比較的大型機種を得意としていた製品構成のため、受注にかげりが見え始め、新しい機種への転換が早急に求められていた。

  重工業の設備投資が鈍るなか、IT関連が脚光を浴び、「鋼材」を削る機械は影が薄く、「アルミ」を削る機械が必要とされ、 旋盤もマシニングセンターも一様に小型機種に注目が集まっていた。

  マシニングセンターには、立型と横型があり、横型の方が比較すると大きい。

  当時、当社にもマシニングセンターをシリーズ化していたが、横型のみであり、そのシリーズの中でも比較的大きい方に強かった。時代の売れ筋と対極に位置していたといえよう。

  マシニングセンターのフルラインアップを図って、小型サイズを強化し、中小型市場に参入の第一歩とする方向が打ち出された。

参入障壁

  標準的な機種のため、生産統計などで市場の大きさと推移は分かった。

  競合機の状況も、カタログや技術誌、見本市などの調査で概ね把握できた。

  市場が見えていて、製作面でも特段の技術的な問題がないところは掴めていた。

  しかし、汎用的な機種の場合、後発メーカーとして一番のネックが二つあった。

 

   1) 果たして、価格面で先発メーカーに追従できるかどうか。乾いた雑巾を絞るような世界で、どこまで生産能力を発揮できるか。 

 

  2) 市場の大きさに比例して競合の多さがあり、すでに販売網が張り巡らされている世界で、果たして入り込む余地があるのか。

 

 この2点は、当初から大きな参入障壁として想定されていて、社内では開発を危惧する声も多く聞かれた。

 しかし、とにかくスタートしなければ始まらない。この参入障壁の大きさがどの程度のものか、先ずは自社の実力値を検証することとなった。

Pt2  初期構想・時代の波

初期構想

   初期構想は、オーソドックスに行われた。

  先ず、仕様を検討し、他社比較の上位をターゲットに数値を構成する。

  その中に当社としての特徴をどこに求めるか、営業情報含めて検討を重ねて仕様を決定する。

  基本設計に着手し、原価の概算を行う。この段階で生産ロッド数を仮定する。

  こうして、比較的早く構想図と想定原価は作成できた。

  しかし、結果は散々だった。

  構想図は、仕様全般が他社比較の上位に位置するものの、どこにでもあるような立型MCで、悪くは無いが魅力も無い。

  原価は、当時発表されていた各社の定価からすればわずかに利幅が取れるが、実勢と比較すると原価売価。

  ともあれ、結果が出たので、開発会議にかけた。開発主要メンバーと、製造、営業部門長が列席する中で新機種の提案をした。

 <営業部門の見解>

 この価格では商社に卸すことができない。 この仕様では商社が扱ってくれない。

  このクラスは直販に限界があり、商社とのタイアップが大切な要素となる。しかし、すでにどの商社も扱う機種を持っているし、

 当然商社から見ても利幅が大きくて魅力がある製品ならともかく、平々凡々な機種をいまさら扱うわけが無い。

 エンドユーザーから見ても、多数あるメーカーの中では、実績も無い、特徴も無いだけで最初のふるいで×となるだろう。

 

 <製造部門>の見解

 現在は、大型が受注生産、MCも特殊仕様が多く、受注生産に近い。完全にロッド生産となると、生産方式が混在するが、うまくいくか。

 外部調達比率が高く、想定原価の達成には、ハードルが高い。つまり社内設備は、ほとんど寄与しない。

 否定的な見解が各部門から示され、開発提案は開発担当者に差し戻された。

時代の波

  気の重い作業だった。うすうす感じてはいたが・・・。

 後発でオーソドックスな機械を開発しても捌くあてが無ければ絵に描いたもちになる。

 やはり、インパクトが必要だ。かといって、汎用性を無視してはこれも意味が無い。

 高性能、高品質、自社の強みは活かせるが、そこが突出すればただでさえ厳しい価格が上がり現実から遠のく。

      何かないか。。。

 資料に幾度も目を通し、業界紙にもすみずみまで目を通し、業者と情報交換し、展示会があれば足しげく通い・・・。

 きっかけをつかめないまま無駄に時が過ぎていった。

  時々、初期構想に筆を加えては見るが、大差ないなぁ、、と感じて紙くずになる。   雑紙にポンチ図を描いては捨て、描いては捨て。

  上司も察してか、特段の催促もなく、まるで小説家のような日々が続いていた。

  やがて、時代を反映した機種が各社から誕生する。

  軽薄短小を受けて小型の立型MCが売れていたが、それを徹底的に非鉄金属加工に特化し、より小型に、より低価格にしたコンパクトなMCがそれだ。

  鉄を削る必要が無いから、構造もかなり華奢で剛性を抑え、代わりに高速主軸、高速送りを標準仕様に持ってきた。

 部品サイズも小さいものが対象だから、加工エリアもそれなりに小さくしての低価格コンパクト化であった。

 この機種群は爆発的に売れ出し、新聞紙面をにぎわした。

  非鉄金属加工に特化したとはいえ、単に対象ワークに適しているというだけで構造的な目新しさは無い。

 コンパクトといっても、加工エリアを縮小しているから当然といえば当然。そのくせ価格はびっくり低価。

  小型が苦手な当社にとっては、さらに水をあけられてしまう予感がした。しかし、これがやがて千載一遇のチャンスとなって訪れる。

  出口が見つからず困っていたが、これを機に、市場調査や競合調査からやり直しを始めた。

Pt3  形態論・コンセプト

形態論

  「低価格でコンパクトMC」 このキャッチフレーズで、続々と小型MCが発表されていた。

 調査はさほど時間がかからなかった。営業の協力で続々資料が手元に届いた。

  競合の技術比較、販売のポイントなど、従来のプロセスを辿りながら調査を進めた。

  この段階で感じたこと。それは、他社の新製品は汎用機のシリーズと大差がなさそうだということ。

  つまり、各社とも、それなりに特徴があるが、現有のシリーズの範疇にあった。

 IT部品など、非鉄金属加工に焦点を絞って特化し、ストロークを抑え、高速化を図り、コンパクト化を図り、価格も抑えていた。

 これならば、おそらく潜在的顧客も抱えているだろうし、何より商社が取り扱ってくれるだろう。

  新規参入のわが社にとっては大きな壁であることを改めて認識せざるを得なかった。

  当時、大きく分けて3つの形態があった。

   1) テーブルが左右前後に動く一般的なテーブル移動型

  2) コラムが前後し、テーブルが左右に動くコラム移動型

  3) プラノミラーの形態を小さくした門型

  どれもありきたりではあるが、良く作りこなされていて、それなりにバランスが取れていた。

        ・・・さて、どの形態でいこうか・・・。

 わら半紙にイメージピクチュアを描き綴る日が始まった。

コンセプト

  このクラスの共通の特徴は コンパクト 低価格 高速。

  当初の、全体的に平均値を下回らない基本姿勢では埒が明かないのは分かっていた。

  びっくりするような特徴を持たせることも、汎用機として量産を目論むには不適当だった。

  他社の比較をしても、どこも団栗の背比べ状態だった。

  ならば、この3つのうち、どれか一つでもトップを目指すしかない。一つをトップにして、ほかも他社を下回らない。

  高速化といっても、主軸はユニットメーカ製で差が出ない。

 摺動ガイドは当時リニアガイドが採用されていて、これもメーカ依存になっていた。

  低価格といっても、他社と同じ部品点数で突出して下げることは不可能に近い。

 さらに、量産化に徹した他社の生産システムに対し、受注生産主体だったわが社には、そのノウハウも乏しい。

  残されたコンセプトといえば、コンパクト化。

  影も形も無いときに、自分の気持ちの中でそう決めていた。このコンセプトだけは譲れない。もし、ダメなら試合放棄しかない。

  幸い、機種は違うがテーブルタイプは中ぐり盤で、コラムタイプは横型MCで、門型はプラノミラーで設計した経験があり、構造的な理解は十分あった。

   ・・・どうすれば、コンパクトになるか、それも他社から突出するくらいの・・・

  3パターンの全体図を試行錯誤しながら検討を続けた。ストロークは決まっているから、移動体を極力小さくして、出っ張るものは極力避けて、、、、

 しかし、決められた仕様と形態の中で、所詮大差が出るわけが無い。

  ヒントを求めて、競合のカタログを穴の開くほど目を通し、資料室にある古い外国製の機械を片っ端から読み漁り、

  悩みながら、何日か過ぎていった。

Pt4  ひらめき・割り切り

ひらめき

  その瞬間は突然やってきた。

 

  いつものように、ポンチ図を描きながら、ダメダメ〜とぶつぶつ呟いていた。

 「幅を狭くしようとすれば、コラム移動型か門型。奥行きを狭くしようとすれば、テーブル型。」

 「両方のコンパクトさを生かすなら、門型にして、テーブルを横にし、門の中をくぐらせる・・・。」

 「しかし、これでは幅方向がサドルのストロークに対してクロスの長さ方向に無駄ができ、テーブルタイプと大差なくなる。」

 「門型のコラム移動ではどうか」 「主軸側を3軸移動させてはどうか」「ラジアルボールのようなクロス片持ちはどうか」

 呟きながら、描いては破り、描いては破り、

  「 そうだ。奥行きを抑えるには、テーブル前後移動、幅を抑えるには、サドル左右移動、で、クロスの幅を抑えると、いっそクロスをはね出して・・・ 」

 わら半紙に描いたのは、 とても不恰好で塊のようなシングルコラムのバランスの悪い姿だった。

 正面から見ると、通常の立型MCの倍はありそうなコラム幅。側面から見ると、門型のクロスレール部分が極端に前にはね出したコラム形状。

 スマートなデザインが目立つ他社新製品に比較して、全く逆の姿だった。

  しかし、移動体は小さくできるし、全体寸法も極端に小さくなる可能性が出た。

     これだ。

 ひょっとすると、これでいけるかもしれない。 

割り切り

  イメージピクチュアを見ながら、構想図を三面図で作図した。主要構造だけの検討では、想像以上に省スペースにできることが分かった。

 他には無い形態、しかも確実に超コンパクトにできる。しかし、そこには無理も多く潜んでいた。

 まず、自動工具交換装置(ATC)を配置する場所が見つからない。

 コラムの中をくりぬいて背面ATCにすれば背面側に保守エリアが必要。

 コラム側面に配置してチェンジアームで交換すれば価格的に一層厳しくなる。

 テーブル側面に配置すると、長尺ワークへの対応が制限されるし、側面から加工エリアを見ることができない。

  結論は、右横にして、超コンパクトMCのコンセプトにこだわった。ディメリットは、あえて割り切って、断念した。

 次に切りくず、クーラントの処理方法。

 これも、背面側に排出するのでは意味がなく、操作側である前側にしたが、はたしてうまく排出できるか不安が残った。

 さらに、ケーブルの引き回しや油空圧機器、制御盤の配置。

この段階になると、割り切りに慣れて、むしろ配置パズルを楽しむようになっていた。

他社にも、背面メンテナンスフリーのMCが出現していたから、それなら、なんとか二面メンテナンスフリーにならないか。

いったん割り切ると、作図作業はスピードアップする。こうして、基本構造が完成していった。 

Pt5  一瀉千里・価格の壁

一瀉千里

   悶々としながら遅々として進まなかった頃に比べると、迷いが吹っ切れてからの作業は急テンポで進んだ。

 主要な要素の配置はできあがっているので、まず、いかにコンパクトに、それも他社と圧倒的な差をつけられるかに集中した。

 仕様上の各軸ストロークは他社と同じにし、この形態でどこまで小さくできるか、細部に渡って図面上で詰めた。

 そうそう、この時から方眼紙の作図からトレース紙になり、ドラフターが動き出した。

蛇足だが、CADの無い時代の設計。描いては消し、描いては消し、消し屑をドラフターの周りに散らかし放題にしての作図作業だった。

 目論んだ通りのコンパクトさが可能になった。

 前にも述べたが、すでに機械の背面を壁側にくっつけて設置でき、保守エリア含めてのコンパクトさを謳う機種も出現していた。

 それならと、背面とともに、左側面もメンテナンスフリーにして、工場のコーナーでも設置できるレイアウトにした。

 この案で保守エリアも含めると、他社の60%程度になり、画期的なコンパクトマシンが実現した。

 主要な需要層に、中小企業の工場があった。普通の住宅の一階を工場にしているユーザーを多く見て、苦労話を聞いてきた。

 それならと、いっそのこと普通の玄関を通過できるサイズ、つまり、幅一間以内にできないか検討し、1700mmを下回る幅に抑えた。

 こうしたコンパクトさの実現の裏に、様々な妥協を余儀なくされた。

 ATCはコンパクトさと低価格優先のためチェンジアームを配置せず、ダイレクトに工具を取りに行くため、交換時間が延びた。

操作盤は移動可能なペンダント方式がとれず、固定にした。

切りくずは側面や背面に排出できず、操作側に持ってきた。

スプラッシュカバーのドアは左右に開けられず、その位置で上下させた。

 メインコンセプトにこだわった結果の妥協だった。

                     価格の壁

  形態を決定してからの作業は順調に進み、原価も算出して提案書として提示した。

機械のコンセプト、基本仕様、想定価格、いずれも命題として受けた内容について理解が得られ、試作の許可が下りた。

しかし、こちらが考えていたほど回りの反響は大きくなかった。

営業の声は、汎用的な形態で提案した前回と大差なかった。

「この形状でコンパクトと言われても注文に結びつくとは思えない。

価格がびっくりするほど安くなくては既に他社をかついている商社が扱わない。このクラスのユーザーを持っていないため、直販では限界がある」

製造の声も、芳しくなかった。

「この設定原価で作れるとは思えない。第一、本当にロッド本数がまとまるのか。

生産体制にしても、設備や冶具にしても初期投資が大きいのでリスクが高すぎるし、現有の受注生産機種との兼ね合いはどうなるのか」

コンパクトさで他社を圧倒すると力説したが、製販ともに異論が出て、課題を抱えての試作となった。

試作機開発における最大の壁は、他社を下回る価格(各社の定価、実勢販売価格は掴んでいたから、ターゲット価格は想定できた)

しかし、量産で作りこんでいる他社と伍していくだけでも大変なことなのに、それに勝つ価格となれば・・・。

従来の延長線上ではどうにもならないことは分かっていた。

試作機で、納得のいく実績原価を出さなければ、この開発は泡と消える。不況下での企業実態から、それは許されないことでもあった。

大きく立ちはだかる価格の壁に挑むしかない。不思議と、気負いも無く、不安もなく、焦りもなく、試作機の詳細設計をスタートさせた。

Pt6  塵を積もらせ山と成せ

                   塵を積もらせ山と成せ

試作機の設計開始に当たって、プロジェクトチームが構成された。

開発室の設計メンバーに、選任では無いが制御系、ソフト系、生産技術、組立、検査、いずれも開発を支えるキーマンだった。

開発段階から各専門分野の視点で一緒に検討がスタートした。

また、試作機も3台となり、主軸を有するラムヘッドの仕様を標準、高速、高トルクの3タイプとした。

安定した需要が見込める標準、成長が期待される高速、そして開発機種の持ち味を生かせる高トルク。

新しい市場に新規参入するために、幅広く網を張る作戦でもあった。

開発時の最大の課題、「いかに低価格に抑えるか」

そのために実施した内容を列挙すると下記のようになる。

1) 一体構造の採用

主要構造物同士、主要構造物と各種ブラケット、スプラッシュカバーなど、可能な限り一体化とした

2) 部品点数の削減

本機の背面カバーリングを省略、配線配管処理のケーブルベアはケーブル同士で持たせて削除、銘版は直接印刷した

3) 主要構造物の軽量化

自社の鋳物工場と相談して、肉厚を限界まで薄くして軽量化した

4) 便利な機能は、あえて標準仕様から外し、オプション扱いに

5) 購入部品やユニットの相見積もり

6) 加工時間見積もり、協力会社との技術検討による部品ごとの目標単価設定

7) その他、共通部品の検討、購入品の内製化、ボルト本数の削減など

どれも目新しいものでは無いが、削減効果は上がり、目標原価に手が届くところまできていた。

購入品は、不況の環境から想定以上に価格協力を得られた。

溶接構造、板金構造は、直接業者の生産技術部門に出向き、指導を仰いでコストを圧縮できた。

その反面、課題も多くあり、それをクリヤーするのにも日々追われた。

主要構造物の軽量化は、鋳物段階で亀裂が入ったり、加工段階でびびりが生じたりして再製作したものもある。

背面の化粧カバーを止めたことから、鋳物のイヌキ穴がむき出しになり、外観が損なわれ、形状を修正した。

部品の一体化は、精度のを確保が困難な部位もあり、製造部門が知恵を絞った。

メンバー全員が目指したのは、「100円単位での値切り」だった。

塵も積もれば山となる というが、コツコツと塵を積もらせ山と成せという気持ちだった。

Pt7  特許の出願・ソフトの工夫

特許の出願

 試作機の開発設計も終盤に差し掛かっていた。

コンパクトさでは、ユーザーからどの程度評価されるかは未知数だったが、他社比較で間違いなくトップに立っていた。

さらに、保守エリアまで含めると、二面メンテナンスフリーの効果で面積効率は他社の60%程度で収まる

ただ、不安もあった。コンパクトにしたポイントが、技術的な特徴ではなく、形態的な特徴だったから、追従するのは容易だった。

せっかく生み出した機種を簡単に他社にクリヤーされたのでは・・・。逆の参入障壁は無いものか。

試作をする前ではあったが、そんな心配が頭をよぎり、そこで思いついたのが、特許の出願だった。

形態で特許を申請することについて、懇意にしている特許事務所に相談、事例の調査を依頼した。

抵触する他社の出願事例は無いが、取得できる可能性については、なんともいえないとのこと。その回答を受けて、出願を決意した。

可能性が低くても、出願申請をしていることで他社へのけん制になるし、カタログにも明示すれば宣伝効果も大きい。

タイトルは、「L型構造」。重量感のある幅広コラムを側面から見た形状をタイトルにした。

さらに、大型工作機械で採用していた熱変位補正機構を改良して、実用新案として同時申請した。

後々、この特許申請は、ドイツのメーカーが類似構造で形態特許が出ているとの理由で却下となったが、十分な効果があった。

                    ソフトの工夫

ハードの設計が終盤に差し掛かっていたころ、ソフト面でも工夫が凝らされていた。

ソフト担当の着眼点は冴えていた。

小さな町工場でも使ってもらうためには、必ずしも機械操作に熟知していないユーザーでも安心して使える工夫が必要だ。

高機能を前面に出すのではなく、いかに楽に仕事をしてもらえるか、との観点から次々とアイデアが飛び出した。

そんな機能を「らくらくプログラミング」などの名称で実現し、ソフト全体を「便利君」として商品化した。

Pt8  「ひとつぼ君」の誕生

「ひとつぼ君」の誕生

 機種の設計が完成し、図面が製造部門に流れ出した。

そのころ、開発プロジェクトに、新たに製造、営業のラインからメンバーを加えて、設定原価、性能の達成と販売に向けての活動が開始された。

プロジェクトで真っ先に取り組んだのは、機種の名前だった。後発メーカーとして、どうすれば知名度を上げられるか議論していたときに上がったテーマだ。

他社では、ユニークなネーミングが話題になっていた。三菱の旋盤、「まるちゃん」はその典型で分かりやすかった。

プロジェクト内でネーミングを検討したが、さすがにセンス不足からか、良いアイデアが浮かばない。そこで、いっそ公募しようとなった。

機種の特徴を記載し、全社に公募をかけた。予想外に反応は大きく、「工場長の味方」「どこでも入るくん」などユニークなネーミングも見られた。

選定はプロジェクトメンバーに任された。各人で数点、気に入ったネーミングをリストアップし、それを集めて絞ることとし、作業を開始した。

選定されたネーミングを並べた時点で、各人の心に一つの名前がこびりついていた。それが「ヒトツボクン」だった。誰かが口火を切ったところで、意見が一致した。

複数の「ヒトツボクン」応募があり、字面は三種類。これも、文句無く全員一致で決まった。フタを開けてみると、生産技術部の幹部の案だった。

「ひとつぼ君」が誕生した瞬間である。

さらに議論の末、これをネーミングとするのではインパクトが弱い。いっそ機種名にしよう、となった。

 ところが、これからが大変だった。機種名とすることについては、各部署から異論が続出した。

「機械の名前にしてはふざけている」 「 愛称ならともかく、正式機種名になどと、何を考えているのか」 「お客さんに笑われる」などなど。。

幸い、トップの決済が降りて、「ひとつぼ君」という商品名で進めることとなり、商標登録もした。
 
機種名のデザインは、企画部門の若手に依頼し、イラスト集を参考にデザインしてもらった。

図面番号など、当時のPCでは英数字しか使えず「ひとつぼ君」の代わりに機種記号を「TV4」とした。

また、機種銘版は、正面カバーに「ひとつぼ君」と印刷したが、客先要望により、「TV4」を機種名として銘版を貼り付けるオプションを加えた。

今考えると、随分ムチャなことを進めたとも思うが、若手技術者の売りたい一心と、トップの決断がユニークな機種名を誕生させた。

Pt9  売り込み作戦・受注第一号

売り込み作戦

  「ひとつぼ君」の機種名を前面に出したカタログは、さすがにインパクトがあった。

見方を変えれば、機械にそぐわない感じもあった。

売り出すためには、まず営業部門に十分納得してもらうことが大切。そのために、縮尺サイズの模型を作った。

まだ、CADやネットなど無い時代のこと。不況で出費を抑えるために、発泡スチロールやボール紙を使って、模型は手作り。

そのサンプルとカタログを持って、各営業所を回り、まず社内ローラー作戦を展開した。

カタログは、銘版レイアウトを検討してくれた企画部の若手に依頼、およそ機械らしくない「ひとつぼ君」が目立つ。

ページを開くと、性能的特長よりも、コンパクトさのPRが目を引く。加えて、「特許出願中」の文字が踊る。

機械色は、鋳物部門のデザイナーの協力で、通常ならばグリーン基調の企業色だが、明るいベージュにして正面ドアをブルーでポイントにした。

製造部門も一役かった。

「ひとつぼ君」のデザイン文字を「ひとつぼ君」でデモ加工し、材料には透明アクリル板を使って配布できるようにした。

そこまでは普通だが、その文字をどら焼き屋さんに持ち込んで、焼印を押した大判の「ひとつぼ君」どら焼きを商品化、ユーザーにお土産配布することとした。

受注第一号

準備が整った。あとは、新聞発表を待つばかりだった。

発表の当日、一番驚いたのは、我々プロジェクトのメンバーだった。当時、他社の定価が1千数百万円だったところを、新聞に掲載された定価は、なんと980万円。

社内に賛否両論が渦巻いた。インパクトは大きい。しかし、利幅が無く、値引きも効かない。目標原価で製造できなければ、即赤字は必至だった。

当時の営業部長の決断の重さに頭が下がった。

数日後、新聞を片手に、一人の町工場の社長が工場に直に尋ねてきた。

紳士は、「 この機械が欲しい。見せてくれ。 」 と、新聞発表の記事を指して話を切り出した。試作機を見てもらった。

「 気に入った。これをくれ 」 

唐突だった。試作なので、と話たが、聞いてもらえず、後日新規と入れ替える条件で商談がまとまった。

早速、詳細の仕様を確認するために、こちらから出向いて、納入場所を見せてもらった。

町工場と思っていたが、普通の民家である。入口が広い土間になっていて、商品が積んである。2階にパソコン室があるとの話だ。

しかし、機械を設置する場所など無い。不思議に思って尋ねると、階段下の狭い場所のドアを開けて見せてくれた。

文字通り、一坪の広さで、3方がふさがっている。納入すれば、正面に人が横に通れるスペースしかできない。ドアを外せは右側面はメンテができる。なるほど、この機械しか無い。

これが、「ひとつぼ君」受注第一号だった。

Pt10  小さな奇跡の積み重ね

小さな奇跡の積み重ね

群を抜くコンパクトさ、ユニークな機種名、注目の低価格。

そのおかげで、不況下にあって生産台数は順調に伸び、知名度は徐々に浸透していった。

『他社機は2台しか入らないが、「ひとつぼ君」は3台設置できる』 『可愛い名前、これ、私が担当するの』 『1000万円を下回るから、決済が降り易い』

身に余る評価をいただきながら、第18回 中小企業向け自動化機械開発賞を受賞した。

こうしてまとめると、わずか4行の物語である。しかし、その影には、実に多くの人々が関り、実に多くの偶然が関っていた。

そうした、小さな奇跡の積み重ねがヒット商品に繋がったと言える。

1984年3月21日に開発に着手。 あれから、30年を超えた。

さすがに、「ひとつぼ君」の機種名は消えたが、数多くの後継機種が生まれ、その特徴は今なお脈々として引き継がれている。

その足跡から生まれたエピソードは枚挙に暇が無い。紹介できなかった(あるいは忘れてしまった)開発時のエピソードもある。

いつかまた、それを紹介できることを想い描きながら、本稿を閉じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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