設計の達人    HP入り口へ

 仕事柄、先輩たちの設計図や設計資料を参考にすることも多い。パソコンを使い慣れているせいか、手描きの図面や資料を見ると感動する。

 そこには、先輩諸氏の個性が生き生きと映し出されている。

このコーナーは、若輩者の私を導いてくれた諸先輩方の思い出のプロフィール。。。

  イメージピクチュア

会社に入る前は、開発という言葉に漠然としたあこがれを抱いていた。

数々の設計資料に囲まれ、ドラフターに向かって新機種を描いていく設計技術者の姿が誇らしく、そこに自分の姿を重ねて胸をときめかせた。

別の課に、開発を担当する有能な設計者がいた。というか、その先輩が有能と知ったのはしばらく時が経ってからだった。

普段は、黙々と机に向かい、わら半紙に鉛筆を走らせている。来る日も来る日も、描いては破り、描いては破り、ゴミ箱を埋めていた。

あるとき、思い切って聞いてみた。

「それ、何ですか???」

「イメージピクチュアだよ」

わら半紙には、新機種の立体図が、まるで絵画のように描き出されていた。

構造が大まかに固まるまで、その作業が続けられるという。

一本の鉛筆とわら半紙から、会社を牽引する新機種が生まれるのか・・・・

 

  経験値とバランス感覚   

入社時に初めて配属された時の先輩の言葉である。

鼻っ柱の強い、その割りに力量の無い私には全くピンとこなかった。ありきたりの上から目線のお説教ぐらいに感じていた。

時を経て、経験を積んで、その言葉の重さと大切さを実感できるようになった。

理論も大切、作図スキルも大切。しかし、いかに多くの引き出しを手に入れるか、そして、いかに理論に裏打ちされたバランスで設計できるか。

絵心の無い設計者に、良い設計はできない。芸術家じゃあ無いので、絵心は培うことができる。

経験値を積み重ね、バランス感覚を養えば、間違いなく一流の設計者になることができると、今は確信している。

 

寸法の無い基本設計図

 芯ホルダーが流行している当時、鉛筆を丹念に削り基本設計をする先輩がいた。ゆっくりと、芯研器で芯先を鋭利に仕上げていく。

 使う芯は、いつも2H。我々が使うと薄すぎるか、原紙が破れる。

 用紙はA3。そこに尺度1/5〜1/20程度の基本設計図を描いていく。使うスケールは三角定規。二個を組み合わせてドラフター代わりに使う。

 その横には、りっぱなドラフターがあるが、なぜか使われていない。

 完成した図に、主要寸法以外はほとんど入らない。それを計画図作成者に渡して検討を指示する。

 渡された方は、A0サイズの図面用紙に計画図を作成する。基本設計図の寸法をスケールで測りながら進めるが、特段問題なく線を引けるという。

 又、構造的にも、基本設計と比較して、ほとんど修正が無い状態で進めることができるという。

周りの仲間から、

 「 わざわざ計画図を描くより、そのまま拡大コピーした方が早くてきれいなんじゃあないの?」

 それほど図面は繊細で緻密で正確だった。

 

  登録された膨大な設計資料

  技術部の資料室には、技術誌〜各種資料まで幅広く蓄積されていた。

 新しい資料が入ると、部内でその表紙が回覧された。

 その中には技術者が作成した資料も含まれていて、貴重なノウハウを共有していた。

 設計資料を登録するには、設計が終了した時点でそれらを活用できる状態に取捨選択してまとめなければならない。すでに次の設計に入っているから、それは容易な作業ではなかった。

 そのため、大抵は大雑把にまとめ、課内の書籍棚に保存され、技術部全体の資料室に登録されることは少なかった。

 そんな中で、必ず設計資料としてまとめ、登録する先輩がいた。だから、回覧される設計資料は、圧倒的にその先輩の資料だった。

 随分時が経ち、その先輩も退職し、たまたま不景気で私も全く別の機種を設計することになった。

 過去の設計を参考にしようと、担当課の書類を覗いたが、なかなか頼れる資料に出会わない。設計資料はあるが、みな、自分が分かればいい程度のものだから十分判読できないのだ。

 そこで、多量に登録されていた先輩者のことを思い出し、資料室に足を運んだ。

 そこには、欲しかった資料が分かりやすくまとめられていた。

 第三者が活かせる資料つくり、そうでなければノウハウとは言えない。その根気の良い仕事ぶりが数十年経った今でも役に立っている。

 

  左上から描く設計図

 図面サイズA0に計画図を描く場合、全体のレイアウトを考え、一番主になる部分から描く。さらに、中から外へ描いていくのが計画図のオーソドックスな描き方と習った。

 入社して設計に配属になった時、隣になった先輩の描き方に驚いた。

 先ず、A0のトレーシングペーパーをドラフターに貼り付け、次に、基本設計図を見ながら盛んにスケールを走らせ、左上の辺りに、水平線を一本引いた。

 そして、なんと左上から、いきなり計画図を描き始めた。

 使い古したハケでスケールに付いた鉛筆の粉を払いながら、流れるように鉛筆を走らせていく。消しゴムは使わない。表情は図面に集中し、周りを寄せ付けないムードが漂う。

 不思議な光景だった。学習した描き方と大きく外れているのに、計画図はどんどん仕上がっていった。

 「左上から描けば、図面の汚れが一番少ないんだ。」と説明をしてくれたが、そんなこと言っても、計画図で検討するのに、その描き方は無いだろうと思った。

 しかし、基本設計の時点である程度構想ができているから、構造全体はすでに頭に入っている。どこを細かく検討すればいいか、概ね分かっているから描きながら修正を加えているという。

 時々、芯研器で鉛筆の先を整えながら、淡々と設計作業は続いた。

左上から徐々に姿を現す図面は不思議な魅力がある。

 

  フリーハンドの図面

 出図後、現場対策などで図面を作成することがある。緊急を要するということで、図面の「品格」は問われない。一刻も早くが全てである。

 図面は、A4 A3 がほとんど。大きな部品図でも、改造する一部だけ描けば現物があるから事足りるためである。

 そうはいっても、スケールを使って線を引きたいところだが、ベテラン設計者は全てフリーハンドで描く。無論、円もフリーハンドだし、かなり複雑な図面でもスラスラと描いていく。

 私がやっても、できなくは無いが、曲がって隣の線にくっついてしまったり、バランスが悪かったりでかえって遅くなる。

 現場でのスケッチ図がある。こちらは、立体図になり、誰でもフリーハンドで描くし、特段の問題はない。

 それなのに、なぜ三面図はフリーハンドで描きにくいのだろうと、時々思う。

 ちなみに、フリーハンドが得意な先輩の年賀状には、いつも素敵な版画がデザインされている。

 絵心の差だろうか。

 

 味のある仕様書

 今でこそ仕様書はワードで作成していて活字が当たり前だが、かつては全て手書きだった。

先輩たちの作成する仕様書は、どれも個性の塊だった。

右肩上がりの斜め文字、左肩上がりの斜め文字、まるで活字のようにきっちり書かれた文字など、見れば誰の仕様書かすぐ分かった。

仕様書の内容も数値表現は別として、文書表現は個性があった。どれも説得力があるのだが、人により言い回しが異なって面白い。箇条書きを多用する人、演説調の文書の人、文書がやたら長い人・・・。

時代が少し進んでワープロが導入され、文字に自信がない我々はこぞって利用した。

活字で書けば印刷所に頼んだような仕様書ができあがり、日ごろの苦痛から開放された。

そんな仕様書が当たり前の時代になっても、せっせと手書きの仕様書を作成する先輩がいた。

絶対に他の人では書けない独特の文字。ひとつひとつはグニュグニュと曲がりくねっているようで、全体で見るとバランスよく、ぬくもりを感じた。

ワープロ作成文書の中で存在感を誇り、営業からも喜ばれていた。

存在感のある仕様書、実は、その個性あふれる文字だからではなく、読み手が納得する表現力だろう。

技術力のある設計者であるからこそ、平易に表現することができると感じた。

 

 鬼のチェック

 自分で描いた図面を上司にチェックを受けるときはどきどきする。自分では念入りに確かめたはずでも、気が付かないところにケアレスミスがあったり、とんでもないミスがあったりする。

 それは、まあまあ仕方ないと思って謝るが、いわゆる見解の相違を指摘されたときは、少しむかっ腹が立つ。しかし、自己主張して言い張っても、残念ながら経験の差で負けてしまう。

 昔のチェックは、原紙で行われた。

 優しく、部下思いの上司は、チェックのときになると鬼になる。

 図面には容赦なく訂正の鉛筆書きが入る。少しは消す手間を考えてくれてもよさそうなものだが、そんな様子はさらさら無い。うわ〜っと思っても、お小言を頂戴しながら訂正の指摘線が増えていくのをじっと眺める。

 字消し板を当てながら消すが、細かいところを消すのは大変だ。消す必要の無い線まで書き直すことも多く、これこそ泣きっ面にハチである。

筆圧をかけて描くため、原紙が破れることもある。製図用テープを貼り付けて、その上から線を描く。きれいに描けるわけが無い!!

 いやなら正確に描け、という意味だろう。

 それでも、上司曰く 「 昔は大変だったんだぞ。赤鉛筆で朱書きされたんだ。消えないから書き直しが多かったんだ。この程度で済んでるんだから甘い甘い。 」 

 

 図面を描かない存在感

機械設計という実務部隊の中で、図面を描く姿を見たことが無い先輩がいた。描かないのではなく、描いている時間が無いのも事実だろう。

机には、一台のノートpcがあり、いつも画面を睨んでいるか、メモ用紙に盛んに鉛筆を走らせていた。

部内でソフト作成のエキスパートとして知られ、難しい計算処理やソフトの作成を一手に引き受けていた。

設計者の依頼内容は様々だったが、嫌な顔ひとつせず、淡々とこなしてもらえた。

少しずつ蓄積していくソフトはさらに使いやすく改定され、技術部のレベルアップにも大いに役立っていた。

一人でする作業で、業者や現場との関係も少なかったので、いつも黙々と机に向かっておられたが、その姿に大きな存在感を感じた。

 

 一人二役

設計の直属の先輩が、突然営業に配転になった。不況の折、営業活動の強化を図るためだった。

もともと、特殊機が多い部署だったので、普段から営業と同行してユーザーに出向くことが多く、そういう意味では適任だったのだろう。

しかし、営業と営業技術的業務は本質的に異なるため、心配する向きも少なくなかった。

年齢を感じさせないパワフルな先輩で、作業着をスーツに替えての出で立ち。時々資料を探しに設計にやってきて冷やかされていた。

しばらく経ったある日、いつものように出勤すると、なんと、その先輩がドラフターの前で図面を描いている。

聞けば、有力な引き合いが飛び込み、自分で設計資料を作図するとのこと。

営業は誰か一緒ですか、とたずねると、「俺は営業だよ」と即座に笑い声が響いた。

さらに時が経過し、また先輩がドラフターの前に。今度は、作業着のままで作図している。「どうしたんですか?戻り?」

「いやー、受注したから、自分で計画図を作図するんだよ」

営業を続けながら、基本設計を完成させて設計にバトンタッチし、またひとつ新機種が生まれた。

 

  設計風景

 今でこそ、設計の部屋は恵まれた環境にある。しかし、昔は大変だった。冷暖房設備も貧弱だったころの夏の設計風景

   頭にはタオルで鉢巻・・・・汗が図面に落ちるのを防ぐため

  右手にはトイレットペーパーをぐるぐる・・・手の平で図面を汚さないため

  左手にはうちわ・・・暑くてたまらん

  腕にはアームバンド・・・腕で図面を汚さないため

 夜、残業時間になり、冷房が止まってしまうための対策

   扇風機を出してきて、足元にあてる

  作業ズボンは脱ぎ、短パンに

  作業服も脱ぎ、Tシャツに

   蛍光灯の位置が悪いので、自前のスタンドを持ち込む

 それでも、現場から見れば恵まれた作業環境であった

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