私は2003年2月に「福祉リスクマネジメント研究所」を立ち上げました。
ここでは研究所立ち上げについての動機と流れをご説明させていただきます。

 「社会福祉や介護」と「法律」に関する研究を続ける一方で、私個人のことを考えたことが過去に何度もありました。

 一言でいえば、「自分の親」のことです。

 現在両親はともに元気でおりますが、いずれは年老いて、場合によっては認知症や寝たきり、障害を持つことが予想できます。

 私の中で、もう1人の自分がこう囁くのを聞いたことがありました。

 
「自分は親を介護することができるのだろうか?」
「重度の認知症にかかり、息子である私のことでさえ忘れ、醜態を繰り返すことになる親を、愛することができるのだろうか?」
「私の心の中で、立派であった両親としての尊厳を保ちながら、ポックリ逝ってもらった方が良い(美しい)と思っているのではないだろうか?」

 

 

 大学の講義のなかでは、重度の認知症の方であっても尊厳があることを語り講演の中では、認知症を抱える家族の方に対して、優しくあることやすべてを受け止めることの重要性について説いてきました。

 しかし、自分の両親がそうなった場合でも、私は他人に対して言うようなことを、もう1人の自分に言うことができるのであろうか? 
そう思ったんです。

 一方で私は、大学に勤務する教員であります。とくに福祉系大学において、社会保障法や社会福祉に関する法律を教えています。学生たちは将来の福祉・介護職員になる夢を抱えて勉強していますし、実際に卒業した過去の学生たちは、いろんな現場で立派に福祉・介護職員として働いています。

 しかし、愛する学生たちのすべてが、すばらしい施設で働き、また活きいきと頑張っているかといえば、必ずしもそうではありません。学生の多くが高齢者施設や障害者施設で働くなか、さまざまな問題を抱えながら日々の業務に勤しんでおります。お酒が大好きな私にとって、卒業生や在校生と飲んで語り合うことは、何よりも楽しいことでありますが、彼らが抱える問題を聞くと、「自分に何ができるのだろうか?」という思いも強くなります。

 彼らの具体的な悩みは、一般企業で働く者のそれと同じようなところもあれば、福祉・介護職に就く者だけが背負う、十字架にも似た重い苦悩もあります。

 

「勤務が終わってからも、利用者のことが気になって仕方がない」

「利用者の家族が、まったく分かってくれない」

「どれだけ頑張っても、毎日同じような仕事の繰り返し」

「仕事がハード過ぎて、利用者のことを考える時間的余裕がない」

「人手が足りなくて、いつ大きな事故が起こってもまったく不思議ではない」

「事故が起こって、正直に利用者の家族に話したいんだけど、上司からは、嘘の報告で何とかごまかせ、と言われる」 等

 

いずれ、私は自分の親を、卒業生たちが勤める施設に入れることになると思います。
 ここからは、私個人の小さく卑怯な発言ですが、「親を良い施設に入れたい」、「職員は、私の親を大事に扱ってもらいたい」「親には、いつまでも元気でいてもらいたい」と思っています。

 しかし、職業柄さまざまな施設や事業所を知っていくなかで、最悪の施設や事業所が多くあることも知っています。

 認知症や寝たきりであるということは、利用する者から見ると、異議申立てができないということを意味し、従業員からみれば「クレームがほとんどない」職場環境であるといえます。さらに、介護保険制度導入後、予想に反して施設入所を希望する者(主には家族からと思われる)が多く、都心部では数百人単位での入所待機者が存在します。
そのなかで入所できた利用者は、心理的な部分でも施設や職員に何か不満をもらすことは現実的に見て不可能です。
「うちの施設が気に入らなければ、いつでも出て行って結構ですよ」という言葉が頭をよぎるからでしょう。
 このようななかで、高齢者を大切に思う介護ができない職員がいるのも事実です。余談になりますが、知的障害児・者施設などでは、職員の暴行なども含めた人権侵害は、私たちが考えている以上に多いと思われます。


 
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