熊野古道・中辺路(発心門王子〜湯の峰王子)(最終回)
会員の坂田です。

去年の9月から5回に分けて中辺路ルートを辿る”森本御幸”もいよいよ最終回を迎えました。今回は、発心門王子からスタートし、熊野本宮大社に参詣したあと大日越えを経て湯ノ峯温泉の民宿に1泊し、翌日、そこから赤木越えを船玉神社まで往復するコースです。

2月19日午前7:30大阪駅前を小型貸切バスで出発。参加者は14名、カランクルンからの参加は、森本、杉本、南埜、宮賀、辻井の皆さんと坂田の6名です。

今回、森本さんは、取って置きの”切り札”を切りました。なんと、サポート役として、ご主人の森本孝司さんを引っ張り出したのであります。森本孝司さんは、言わずと知れたYMCCの中心メンバーであり、大阪労山初級登山学校の副校長でもありま
す。まさに横綱に太刀持ちをさせ土俵入りをするようなものでして、一同にとってこれ以上の贅沢はありません。森本(栄子)さんの差配に従い、超大物サポーターは甲斐甲斐しく写真を撮ったり、難所では視覚障害者のサポート役を果たしたりの大活躍。これで旦那さんの「家庭サービス・マイルエージ」が大幅に跳ね上がったことは間違いありません(ただし、これまでの”累積赤字分”が一掃されたかどうかは聞き漏らしました・・・)。

天気予報では、午後からは雨が上がるとのことでしたが、逆にバスで移動中はいい天気で、正午前から雨が降り出しました。車中で昼食を済ませ、12:20に発心門王子をスタートしました。今日の区間はいよいよ熊野本宮大社を前にした、熊野古道の核心部へ到る区間です。交響楽で言えばフィナーレに相当します。水呑王子、伏拝王子、祓戸王子があり、長い月日を費やし、険阻を越え、多くの人々の情けに支えられ、ようやく聖地を目の前にしたいにしえ人たちの心の昂まりが伝わってくるようです。ところどころ車道を歩きますが、集落には無人で素朴な、お茶接待所や手作りお土産品小屋、野菜売り台、はては「猪追いの僧都」を利用した仕掛け人形などが旅人を迎えてくれ、梅の花が咲き競う早春ののどかな山郷の雰囲気が漂っています。

伏拝王子社からはるか東方に旧大社跡の杜(もり)が望見できます。ついに来たかと胸が高鳴ります。3時に本宮大社の杜に着きました。境内の規模は伊勢神宮に比べたら小さく感じましたが、社自体は素朴でなかなか荘厳な佇まいでした。とにかく、こんな山深い奥地に大昔からこのような壮大な社(やしろ)があるとは驚きです。もともと「熊野」は、自然崇拝を基本にいろいろな信仰が融合して、いわゆる神仏習合の、日本人の精神の故郷とも言える聖地を形成していることが実感されます。一同、4っのご神体にそれぞれの願いをこめて拍手(かしわで)を打ち、両手を合わせ、頭を垂れていましたが、皆さん、普段見せない真剣そのものの表情でした。そのあと、明治22年熊野川の洪水で流されるまで旧社殿が鎮座していた大斎原(おおゆのはら)を通り、雨の大日越えをしました。相当の登り下りでしたが、1時間あまりで湯ノ峯温泉の宿「小栗屋」に到着、雨に濡れた旅装を解きました。

熱い湯舟で冷えた体を温め、大宴会に移ります。もうすっかり打ち解けた一同、宿願を果たした開放感もあってか賑やかに楽しく、大騒ぎ。5ヶ月を掛けた長丁場の古道歩きに全部参加したのは結局私一人になり、森本さんから記念品を頂戴しました。よほどの閑人でなければいただけない賞です。宴会後は、熊野古道の語り部であり、宿の主人でもある古老が熊野の歴史について熱っぽく語ってくれました。クライマックスは小栗半官と照手姫の説教の紙芝居です。一同、哀しくも、ほのぼのとした物語にうっとりと聞きほれていましたが、なかには昼間の疲れが出たのか白河夜船の女御もいました。熊野は、他の聖地と違い、貴賎、男女、障害、浄不浄を問わずすべての人々を差別なく受け入れたところで、この説教はそのことを象徴する傑作であると言われています。中世の世から、熊野詣でについては多くの記録や巻絵物が残されていますがそれらは多くは貴顕のものであり、説話や伝承によって語り伝えられたものの中にこそ、来世の幸せを願って難路を越え、苦難を忍び、なかには道半ばで行き斃れになる虞をも顧みず、長い道のりを辿った、多くの名もなき庶民のエネルギーと偉大・u桙ウが汲み取られるように思われます。我々も、昔の人々の切ない願いに思いを馳せながら歩いた道行でした。

翌日は、前日とはうって変わって素晴らしい天気となりました。熊野権現のご利益が早速顕れたと一同大喜び。こんなに霊験があらたかであれば、もっと大きな願い事をしておけばよかったとの声もあがったほどです。ただ、辻井さんは、風邪気味なので滞留して「つぼ湯」での湯治に専念することになりました。8:30に赤木越えに向け宿を出発。1時間ほどは急な登りですが、あとはなだらかな尾根歩きです。春のうららかな日差しを受け、果無山脈を始め重畳たる周りの山並みを望見しながら歩けるすばらしい山道でした。最後20分ぐらい音無川に向け急坂を下り、船玉神社前に11:10に着きました。第4回目に、夕闇せまる雨の中を下った箇所です。30分ほどゆっくりしたあと、再び同じ道を戻ります。帰り道には、代わる代わる視覚障害者のサポート役を務め、一同貴重な経験をさせてもらいました。13:50に湯ノ峯温泉に戻り、遅めの昼食をとり、温泉に入浴したあと帰路に着きました。

こうして、5ヶ月間をかけ5回にわたって紡いできた中辺路”御幸”も終わりました。メンバーもほぼ固定し、皆さんとご一緒に歴史と説話に彩られた古道を歩くことができたことは、とても楽しく、心に残る旅路となりました。とくに、「かざぐるま」の皆さんとの交流からは「熊野詣で」の神髄のようなものを学びとらせていただきました。森本さんをはじめ、ご参加の皆さんには大変お世話になり、ほんとうにありがとうございました。また、ぜひ、どこかの霊山で”心の旅路”をご一緒しましょう。

追記 5回にわたって、頼まれもしないのに拙文を書きつらねてしまいました。中には、行儀の悪い言い回しに不快の念を覚えられた向きもあったことと存じます。できるだけたくさんの皆さんに参加していただきたいとの、勝手な思い込みが裏目に出た次第でして、森本さんはじめ皆さんにご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありませ
んでした。


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