小夜子物語

好延HP

これは作者が70才の頃書き上げたものです。岩水寺寺務局の発行として関係者だけに配布されたものですが、作者が満九十才になるのを記念して、また、これからのインターネット社会への試みとして、広く世に出して見ることにしました。インターネット上に出すにつけ、冊子の中の古い漢字や文章の分かりにくいところは若干小生が独断で手を入れている。全くの素人の書いたものですが、本人の実体験を織り交ぜながら、ほとんど実話に近い話しをまとめたものだけに、それなりに心を打つものがある“事実は小説より奇なり”とでもいいましょうか。まあ、一読してみて下さい。また、明治、大正、昭和の始めにかけての遠州地方の人情や生活或いは政治、経済の移り変わりなど、殆ど実名が使われており、あなた方のお祖父さんや曾祖父さんが登場しているかも知れません。それ故、将来貴重な記録ともなりうるかも知れない。主人公は郷土出身の元検事総長でプロ野球のコミッショナーもやられた人の母のことと推定される(但し、出生等については真実であるかどうか定かでない。)
物語としては波乱に富んだ“女の一生”を描いたものです。



日清紡浜松工場の地鎭祭の時の野外演芸場風景
(大正14年10月)
日清紡浜松工場の北浜村貴布祢に進出す



平成16年1月11日 95才誕生日
(天竜市・割烹ふなぎら荘にて)
作者 松井吉良
明治42(酉)年1月11日生まれ。
静岡県浜北市根堅52番地在住
(TFL/FAX共053−583−3682)


明治維新(1867年)の頃に建てられた母屋と屋敷
岩水寺
由来
   周辺案内


薬師堂
岩水寺は松井家の菩提寺


平成20年7月12日現在の素顔
来年1月11日にて満100才
天竜厚生会 新原の家にて

作者紹介:中流の農家に生まれる。作者は、10才ほど離れていた長兄が盲腸炎をこじらせて16才で亡くなってしまったため、家督を継ぐことになる。
 18才で村役場に勤め、早くから頭角を顕わす。25才で村の助役に抜擢され、以後村議・町議・市議として、昭和47年まで多くの問題に関わってきた・浜北森林公園及びその周辺の開発には強い執念が感じられるが、村議時代に県の林業試験場の誘致に関わったことが作者の森林公園構想を培わせたものと推測される。1月11日をもって、満93才になったが、心身とも健在。 2年程前には、植樹祭に招待されたり、県政功労者として県知事から表彰されるなど『最近、俺も骨董品価値が出てきたようだ』とますます意気盛んである。年二回公園の組合員の皆さんと一泊二日の旅行に出かけるのが何よりも楽しみの様であったが、後進に道を譲るべく昨年7月をもって組合長を退任した。現在は遠江病院の“元気村”に週3回”村長”として通っている 四男一女と孫11人、曾孫5人(02/6/21現在)                2002年1月10日  好延記

2008年1月12日 白寿のお祝いをしましました。

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序にかえて
 本書は○○誌に連載されたものを、そのまま転載したものである。なぜ当寺務局が採り上げたのか、読んで頂けばお分かりの様に、文中当山・竜宮山岩水寺・の事が時折散見されているからである。特に、それが九十年も前からの事であり、我々未知の世界であり、正に日本の揺籃時代と言っても過言でないかも知れない。為政者は性急に国の開発を志すが、幾多の障壁に遭遇して思うに任せず、かてて加えて外国との衝突事故続出あり。政治経済文化教育宗教と何れの面に於いても、定着されたものはひとつもなく、今日の低開発国そのままの様相を思い起こされる。読んでいる内に歳月は進み、徐々に夜が明けて行く姿が見える様であり、将に歴史的時代小説と言ってもよい様な気がするのである。これが当山寺務局が採り上げた所以である。判りにくい処もあるが、忍の一字を以て最後までご判読頂ければ幸甚の至りである。


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