
昨日の続きです。仏図澄のお話でしたね。(「高僧伝」による)
仏図澄と麻襦の会話というのは、
麻襦:
昔在元和中会、奄至今日。有戎受玄命。絶歴終有期。金離銷于壌、辺荒不能尊。駆除霊期迹、莫已已之懿。裔苗葉繁、其来方積。休期如何斯。永以歎之。
仏図澄:
天廻運極、否将不支。九木水為難。無可以術学。玄哲雖存世、無能基必馥。久遊閻浮利、擾擾多此患。行登凌雲宇、会於虚遊間。
であった。
なんといっているかわかりますか。
両者の発言を読み下し、次いで試みに訳してみます。
麻襦
「昔、元和中に在りて会し、たちまち今日に至る。戎、玄命を受ける有り。歴を絶して終に期有り。金は離れて壌において銷され、辺荒に尊ぶあたわず。霊期の迹を駆除し、これを已むるの懿(よ)きを已む莫れ。裔苗葉繁り、その来るやまさに積む。休の期はここに如何ぞや。永く以てこれを歎く。」
仏図澄
「天めぐり運極まり、否はまさに支えざらんとす。九木水難しと為す。術学を以てすべき無し。玄哲は世に存すといえども、必馥を基づくるをよくする無し。久しく閻浮の利に遊び、擾々として此の患い多し、行き登りて雲宇を凌ぎ、虚遊の間に会わん。」
麻襦
―――むかし、後漢の元和年間(紀元後84〜87)にお会いしてから、たちまち今日まで過ぎてしまいましたなあ。戎(麻襦の本名かも?)は奥深い命令を受けて普通でない経歴を経てまいりましたが、ついに間もなくその期間が満ちます。黄金は分離されて土の中に消えていき、辺境の荒れ果てたところでは尊敬されることはありますまい。霊期(人名であろう)の事跡を消し去ってしまい、ちょうどよいときに止める、ということを止めてはなりません(ちょうどよいときに止めねばならない)。われらを継ぐ末裔の苗が葉を繁らせることとなり、やがて来るものたちがどんどん積み重なっていきましょう。休むべきときは今このときではないでしょうか。ずっとこのことを思って嘆いてまいりました。
仏図澄
―――天球はめぐり、世界の運は終わろうとし、塞がった時代がくるのを止めることはできないであろう。九たびめの木と水の時が困難なことになろうと思う。学問や魔術で何とかできることにはあらず。それでも奥深い哲理はこの世に残るであろうけど、必ずよき香りがする未来を基礎づけることができるかどうか。長い間、ニンゲン世界(閻浮提(※))の悪くないところにさまよってきたが、騒々しい悪い事件が多くなってきた。登って行って、雲のあたりを越え、虚空の中でお会いすることにしようか。
あわあわ。
こんな会話をしているのはおかしなひとたちとしかいいようがありません。
ちなみに※の閻浮提(えんぶだい)は、古代ヒンドゥーの世界観でいう「四大世界」(これは「六道」や「三界」とは違って、いずれも現世、つまり現代ニンゲンのわれわれの言葉いえば「地球の上」、にある四つの大陸のことです)の一つで、須弥山の南にある、北を底辺とした三角形の形をした大陸をいう「ジャンブ・ドゥヴィーパ」の音訳なのです。須弥山をヒマラヤ山脈だと措定すると、これはインド亜大陸を指していることはすぐ想像が付きますが、原始仏教教学では、この閻浮提だけにニンゲンが住んでいる(その他の三世界はニンゲンとは違うセイブツが支配している)と説明したので、仏法がチュウゴクに入ってきてからも、ニンゲンの住む世界を「閻浮提」と呼ぶようになったのです。経典によっては「南贍部州」(なん・せんぶしゅう)とも訳しています。詳しくは講談社新書に入っている定方晟さんの「須弥山と極楽」でも読むよろし。若いころ読んだときは勃起するほど面白かった。
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「それだけであったのか」
石虎は「耳」のひとりに念を押した。
「はい・・・わたくしめに聞き取れたところは・・・」
「聞き取れたところ? 「耳」であるおまえが聞き取れないということは、やつら、声をひそめて語っていたのか?」
「いえ・・・。普通に話しておられました。そして、言葉はわたくしめの耳に入ってまいるのですが、果たして、いずこの言葉やら、からっきし理解できず・・・」
「なんと。「耳」としていくつもの外つ国言葉を知るおまえでも理解できぬ言葉とは・・・」
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ここのところは、「高僧伝」の原文によれば、
澄与麻襦、講語終日、人莫能解。有竊聴者、唯得此数言。推計似如論数百年事。
澄と麻襦、講語すること終日、人よく解するなし。ひそかに聴く者有るも、唯この数言を得るのみ。推し計るに数百年の事を論ずるが如きに似たり。
仏図澄と麻襦は、一日中論じ合い語り合っていたことが、その会話はニンゲンの理解できるものではなかった。盗み聞きしている者がいたが、上述の数語が聞き取れただけであった。おそらくは数百年間の間のことを言っているのであろうと思われた。
と書いてあります。
さて、麻襦は、仏図澄と話してしまうと、「そろそろ帰らせてくれ」と言い出した。
そこで、石虎は、麻襦を魏県に送還することにした。ただものではないことはわかったので、お付きのものをつけ、馬に乗せて還すのである。しかし、お付きの者は麻襦のキタナいのを見てあなどり、尊敬するそぶりを見せなかった。
麻襦は、首都の外へ出たところで突然馬から下りると、
我当有所過、未便得発。至合口橋、可留見待。
われはまさに過ぐるところあるべく、いまだすなわち発するを得ず。合口橋に至りて見待して留まるべし。
「わしは少し寄っていくところがあって、まだすぐに出発するわけにはいかんかったのじゃ。合口橋(鄴の郊外にありという)のところで待っていてくれ」
と言って、城内に引き返してしまった。
お付きの者は先に行って休んでおこうと橋のところまで馬を駆けさせたのだが、まだ遥か手前で、橋の上から麻襦が呼んでいるのが見えた。
考其行歩、有若飛也。
その行歩を考うるに、飛ぶがごとき有るなり。
(さっきは城内に戻って行ったのに、そこからすぐ引き返したとしても、こちらは馬で駆けてきたのであり)麻襦の歩くスピードを考えると、飛んできたとしか考えられないのであった。
お付きの者は驚愕し、これ以降は尊者として扱ったのである。
という感じであまり盛り上がりもないのですが、今日はこれぐらいにします。今日はお酒飲んできたんだよ。知らないひとばかりだったので行く前はびびっていたのですが、案外楽しかったのです。さあて、明日はいよいよ仏図澄の死んじゃうときを紹介するよ。お楽しみに。