冬虫夏草の歴史

中世から現代にかけて
冬虫夏草とチャングム
秦の始皇帝の時代、冬虫夏草を求める旅に出た徐福が立ち寄ったとされる朝鮮半島。以来、この国では薬膳の教えと不老長生に欠かせない冬虫夏草の知識が、しっかりと根付いていました。これを裏付けてくれたのが、NHKで放映された宮廷女官ドラマ・チャングムの誓いです。
チャングム(徐長今)は16世紀始めから、李氏王朝第11代の中宗皇帝に仕えた宮廷料理人(皇帝に薬膳を作る役)で、皇太后の誕生日に行われた薬膳料理コンテストで体の弱い皇帝のために蟻酒冬虫夏草の八卦湯(パルガタン)でおもてなしを考えました。
八卦湯
とは、黒亀(スッポンでも良い)と高麗人参に冬虫夏草・キクラゲ・シイタケという3種のキノコ、栗・ナツメ・銀杏という3種の木の実を加えて鶏のスープで煮込む薬膳で、瘡症(皮膚の腫瘍)や内臓炎症(潰瘍)、解毒、消化器官の増強、滋養強壮、とりわけ虚弱体質には顕著な効果を現すといわれています。
ストーリーから見ると、宮廷には薬膳を学んで身を立てる制度があって、皇帝貴族も薬膳によって体調を維持していたということが分かります。こうしてチャングムは男尊女卑の時代の中で破格の出世をとげて中宗の医女となり、亡くなるまでつきっきりでお世話をしたといいます。
このドラマは朝鮮の正史として名高い李朝実録のなかの中宗実録に記さた史実を参考にして書き下ろされたものですが、放映された韓国では50%を越える視聴率が続いて、薬膳ブームが再燃したといいます。

冬虫夏草を世界に広めた馬軍団
話しを中国に戻しましょう。時代がずっと進んで、今から10年ほど前の出来事を振り返ります。
仙人は中国全土に
冬虫夏草を広めましたが、これを世界に広めたのは馬俊仁という遼寧省(大連、沈陽のある東北の省)の体育教師でした。
貧しい家庭に生まれた馬さんは子供の頃から、山に入って漢方生薬を探して採ってきては、一家の生計の足しにしていました。


教え子たちに毎日40キロメートルも走らせる猛練習を課して中国女子陸上競技チームを作り上げ、そして1993年に
ドイツで開催された陸上競技世界選手権に出場して次々と世界新記録を更新、出場した13種目中11個の金メダルを獲得するという驚くべき快挙を演じました。世界のメディアが選手たちを馬軍団と呼んで強さの秘密を尋ねたところ、彼女たちは口々に「スッポンと冬虫夏草のスープを食べながら練習した」と語ったのです。中国歴代皇帝の不老長生に応えていた冬虫夏草が世界の檜舞台に駆け上った瞬間でした。
馬軍団の快挙に始まって、その後の中国スポーツ界は大発展を続けています。冬虫夏草をはじめとする薬膳ドリンクを飲みながら合理的特訓に励んだオリンピック選手団が北京オリンピックで見せた超人的な強さ、スポーツ大国と言われたロシアもアメリカも一挙に抜き去って五十一個もの金メダルを獲得したことは、世界に冬虫夏草の実力を不動のものとしました。
ーつづくー
天草に逃れた楊貴妃説を検証する
Update:2010/05/30