国内で栽培する蛹虫草(冬虫夏草)|おかげ様で16年  

Since2002
蛹虫草(通称:冬虫夏草)とは、昆虫に寄生して栄養分を吸収しながら菌糸を育て、暖かくなると発芽して、地上に姿を見せる子嚢菌門バッカクキン科のキノコです。バッタやガ(蛾)ななど昆虫の異常繁殖をくい止めてきた天賦の備えでもあり、世界中では約400種類が発見されていますが、そのうちの360種が日本でも発見されています。

蛹虫草(冬虫夏草)の郷
日本で最初に蛹虫草(冬虫夏草)の大規模栽培に挑戦し成功したのは平成15年です
簡単低投資 蛹虫草の栽培 組 織 概 要

=培養と栽培方法について特許権取得=

 



蛹虫草(冬虫夏草)とは何だろう?

その一種、弊社が蛹虫草(冬虫夏草)を日本で最初に大量栽培に成功したのが2002年で、以降15年にわたって市場に供給し続けています。その間、私方サイトでは日本の学術分類に従い、一貫して「冬虫夏草」と表記。私方から菌床を配給される国内十数か所余の栽培地も右に倣って「冬虫夏草」と表記し販売活動を進めております。
冬虫夏草の本場である中国では「チベットの大自然で採れるのは冬虫夏草(コルディセプス・シネンシス)」で「人工栽培したものは虫草(コルディセプス・ミリタリス)だ」との姿勢を取り続けておりましたが、
最近、中国研究者による活発な国際論文(Cell)でもこの差異が明確に区分されていることから、世界的には中国的呼称が一本化されつつあるのが現状です。
2002年、日本に先駆けて冬虫夏草サイトを公開して冬虫夏草を社会に紹介し続けてきた弊社として、こうした世界の流れを敏感に察知し、この動向を関係する方々にお伝えすることも必要だと判断して、本ページから冬虫夏草に蛹虫草を併記することと致しました。

自然界のサナギ虫草−1 自然界の冬虫夏草−2 自然界の冬虫夏草−3

有史5000年にわたって健康長寿・美容・パフォーマンス向上と、めざましく効果を示し続けてきたスーパーキノコに近年、異変が起きています。大気汚染と乱穫が影響して、もとより希少だった天然の冬虫夏草がさらに激減。そして様々な技法による、蛹虫草の人工生産(栽培)の時代が到来しています。このサイトでは、蛹虫草(冬虫夏草)の研究24年目を迎え、国内最大の栽培量を提供している栽培者グループの支援をつづける(一般社団法人)日本自然療法協会・川浪理事長の監修によって、蛹虫草(冬虫夏草)の真相の全てを公開してゆきます。


冬虫夏草5000年
冬虫夏草の始まりは4500年前。チベットの秘境に育つ小さなキノコを巡って、2人の英雄が激突しました。平原の覇者・黄帝と、片や、山岳地帯を支配する炎帝(神農)です。
小さなキノコの大産地・西蔵高原(チベット)の争奪戦は、壮絶な戦いとなりました。両者譲らず、このままでは共倒れしまうと懸念した黄帝は「あなたの薬草の知識を後世に伝えてゆこうではないか」と、炎帝に持ちかけました。
炎帝が譲歩して和睦が成立し、協力一致して、体内治療に関しては「黄帝内経」を、外傷については「黄帝外経」を、また薬膳の利用法については「神農本草経」をまとめあげたのでした。こうして貴重なキノコ・冬虫夏草が、歴史に強烈で神秘なる姿を現したのです。
それから2000年の時が過ぎて、今から2500年前にさかのぼる秦王朝の時の驚きの史実を紹介しましょう。
万里の長城を築き、数百万という兵馬俑で都・西安の防御を固めた、漢民族最強を誇る始皇帝の逸話です。

秦の始皇帝と冬虫夏草

冬虫夏草と秦の始皇帝
司馬遷がまとめた始皇帝録「史記118巻・淮南衝山列伝」には、子供の頃から身体が弱かった始皇帝が権力を握るにつれて不老不死を強く願うようになったとあり、斉国の方士・徐福に命じて、冬虫夏草を国内で栽培できる施設を作ろうとしていた様子が記されています。始皇帝は秦国最東端の天尽頭と呼ばれる岬の突端に、徐福の航海の無事を祈る廟を建てて帰還を首を長くして待ちました。しかし徐福は帰らず、失意の始皇帝は西安の都に引き揚げる途中で49才の短い命を終えたのでした。

世界の三大美女を育んた冬虫夏草

冬虫夏草と楊貴妃
そして1000年の時が流れ過ぎると、かの有名な唐の時代がおとずれます。当時編纂された「旧唐書」をひも解いて、世界三大美女として有名な楊貴妃について、検証してみましょう。
第16代皇帝・玄宗の皇太子の嫁となった楊貴妃ですが、一目惚れした玄宗の熱烈なラブコールを受けてお蔵換えをしてしまいました。
玄宗から「褒美を取らそう」といわれた楊貴妃は、冬虫夏草とライチ(木の実)とアキョウ(ロバの背脂)という究極の美容食を「毎日食べさせてほしい」と願い上げたのです。
当時は冬虫夏草を「仙草」と呼びましたが、楊貴妃は最上級ランクの「天草」を所望したともいわれており、収穫には数万の兵士がかり出され、早馬が駆け抜ける西安からチベットまでの専用路まで作らせたと伝わっています。
贅沢三昧が災いして、絶大だった唐王朝もやがて財政困難に陥りました。この時とばかり、楊貴妃に恋いこがれていた北方軍総司令官の安禄山が謀反の兵を挙げ、今こそ楊貴妃を手に入れんと想像を絶する速さで都・西安に迫りまったのです。西安の陥落を目前にして逃げのびる途中に36才を迎えた楊貴妃は、近衛兵たちによって捕縛され処刑されました。1350年さかのぼる西暦756年6月のことでした。

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中世に名を馳せた冬虫夏草

チャングムの誓い
時は中世に飛んで、今を500年ほどさかのぼる朝鮮王朝。韓国正史を伝える「朝鮮王朝実録」によると、第11代国王・中宗は医女の徐長今(ソ・ジャングム)を宮廷に入れて家族の医療を取り仕切らせた、と記載されています。
NHKが放映したドラマでは瘡という病気に苦しむ朝鮮王を看病するチャングムの設定で、空前のヒットを記録しました。
「瘡」とは、身体中に腫れ物が出来る不治の病。根が内臓にあるといわれ、切っても切ってもまた出てくる厄介な病気で、最後には腫瘍が多発して衰弱死するという難病です。第20話ではチャングムが冬虫夏草と赤蟻を浸した酒で朝鮮王の病苦を鎮めようとしました。

    
冬虫夏草争奪戦
5000年の宿願だったチベットを中国が占領したのは、1950年のことです。チベットが有史以前から独立主権国家として存在していたことは明白なのですが、歴代の王侯権力者が抱き続けてきた夢、すなわち「不老不死と永遠の美貌」という不滅の欲望を、何としてでも手に入れようとする執念の行動だったのでしょう。これによって永年に亘って権力のシンボルだったチベットの冬虫夏草を中国は独占したのでした。

スポーツ大国に押し上げた冬虫夏草

冬虫夏草とオリンピック
そして時は、現代に移ります。チベットの冬虫夏草を手に入れた中国は、国威高揚を目指してオリンピック選手強化に取り組みました。強化のヒントになったのは、1993年の陸上競技世界大会で金銀銅メダルを総ナメしてセンセーショナルを巻きおこした馬軍団と呼ばれた女子陸上競技チームです。「冬虫夏草とスッポンのスープを飲みながら猛特訓に耐えた」という彼女たちに倣って、強化メニューに冬虫夏草をとり入れたのでした。
結果は、明らかでした。アトランタで行われた1996年にはわずか16個だった金メダルが、2004年アテネ大会ではロシアを抜き去って32個に、そして2008年北京大会ではアメリカに大差を付ける51個を獲得して、念願だった世界の頂点に立ちました。
中国の金メダル急増は世界のスポーツ界にとっても極めてショッキングなことで、改めて冬虫夏草の神秘性を認識したのですが、余りにも希少なことから北京や大連の薬房では、冬虫夏草を買い求める外国人の輪が重ったほどです。さらに、欧米の華僑が営むチャイニーズ・ショップでも、冬虫夏草の購入を切望するスポーツ関係者による予約が殺到して、取引価格が天井知らずの高騰を続けました。

チベットの冬虫夏草
 

チベットに押し寄せた冬虫夏草バイヤー
大気汚染で穫れなくなった
わずか12年で金メダル獲得数を3倍強に伸ばし、世界一のスポーツ大国に押し上げた冬虫夏草に世界中から熱い視線が集まり、バイヤーたちは大産地のチベットにヘリコプターで押しかけ、死にもの狂いで買い付けを試みました。北京オリンピック前にはキロ当たり80万円ほどだったチベットの冬虫夏草。オリンピック直後には早々とキロ当たり800万円という高値で取り引きされるという異常事態。採っても採っても、より高値がついて売れてゆく。
ところが、中国の近代化は山奥にまで及んで工場が建ち並び、環境破壊は猛烈なスピードで進行していました。春になれば地域住民は総出で山に入りこみ、防塵マスクを装備して眼の色を変えながら冬虫夏草を探し回る。しかし、大自然の楽園だったチベットにも大気汚染が広がって、それでなくても希少だった冬虫夏草が、全く採れない状態になりました。バイヤーたちはチベットからブータン・ネパール・ミャンマーへと冬虫夏草探索の手を伸ばし、その一方で始まったのが冬虫夏草の人工生産です。


笑いが止まらないニセモノ冬虫夏草

冬虫夏草の人工生産
生薬市場からチベット産冬虫夏草が消えて、代わって様々な地域からいろんな冬虫夏草(?)が集まり始めました。セミや蛾の幼虫、サナギに寄生したもの、上の写真のようなサナギに菌糸を注射して発生させたもの、稲米から発生させたもの、最悪は小麦粉やグルテンを固めて焼き色を付けた紛い物までも出まわっています。
漢方市場の様子も一変して、メーンが人工生産した蛹虫草になり、これをチベット産と偽って取り引きする業者が急増しています。
残念ながら、どれもこれもチベット冬虫夏草5000年の栄光を激しく傷つけるシロモノでしかありません。そして4〜5年、冬虫夏草といえば、誰もが「臭い、汚い、効かない」と目を背けるようになりました。



チベット産に近い冬虫夏草を創りたい

広島出身のキノコ研究者がいました。父親を癌に奪われ「必ずや、癌に打ち勝つ何かを見つける」とリベンジを誓って、薬膳キノコを探索する旅に出てたのです。そして、チベットの冬虫夏草に出会って、凄さを実感。「この様な凄い冬虫夏草を創りたい。日本国内で栽培して癌患者に食べさせたい」と思うようになりました。
しかし、チベットの冬虫夏草の国内栽培を目指しても、もう絶滅同然なのだから将来性は乏しい。もっと安定的に確保できる種類を探さねばならないと考え、そして眼を付けたのが、コルジセプス・ミリタリスという種類の蛹虫草でした。

冬虫夏草の研究
「この種類はミリタリスといわれるだけあって、猛烈などん欲性と栄養分吸収力を持っている。培養方法によっては、チベット産冬虫夏草(コルジセプス・シネンシス)を凌ぐ可能性を秘めている」。
川浪の研究が始まりました。それは1993年、冬虫夏草を食べながら猛練習に耐えて世界新記録を連発した馬軍団の快挙が世界に広まった年でした。
昆虫の能力

川浪は昆虫に着目しました。チベットの冬虫夏草は海抜4000メートルで厳しい環境に勝ち残った強靱なコウモリガ。ということは、強靱な昆虫を形成するアミノ酸結合で冬虫夏草を形成すればよい。ならば、昆虫栄養源は体重の300倍を持ち上げる擬黒多刺蟻を使ってみよう。そして蟻の成分から発芽した冬虫夏草の日本国内における栽培に成功したのは、2003年春。20万個という蛹虫草(冬虫夏草)の培養基(菌を接種した栄養塊)が一斉に発芽すると、それはまるで、栽培ハウスにパッと金色の光が差し込んだような美しさでした。そして2008年から、本格的に日本各地で蛹虫草の栽培と普及が始まりました。

栽培地


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癌細胞とサナギ虫草

がん細胞阻害試験データ
※上記の使用検体:冬虫夏草ゴールド

実際にどんな蛹虫草(冬虫夏草)が完成したのか、BGSに寄せられたデータから検証してみましょう。上の試験データはBGS蛹虫草の細胞阻害データ(赤線)と、他社の昆虫に菌糸を注射して発芽させた冬虫夏草の比較試験です。使用細胞は人間肝臓癌細胞で、72時間後の癌細胞阻害率の比較ではBGS(赤線)が95%以上の癌細胞の活性を阻害したという結果が明らかになっています。

48時間後に癌細胞の85%が消滅

癌細胞阻害試験
日本のA製薬会社研究室が行ったBGS蛹虫草(冬虫夏草)の「腫瘍細胞増殖抑制測定」の実写データを上に添付しましょう。これによると、蛹虫草水溶液を添加して48時間後には肝癌細胞数の85%が消滅するという測定結果が分かります。但しこれは実験データであって、癌が治るとか治らないとかを表現したものではありません。詳細についてはここをクリック

食事を変えると体が変わる

的場さんデータ
資料提供:一般社団法人 日本自然療法推進協会

波動測定で驚異の数値がでたけど

蟻の冬虫夏草の音叉測定

有名体育大学も蛹虫草(冬虫夏草)の研究を開始

体育大学で論文

料理に振りかけて食べるだけ

弊社の冬虫夏草栽培   弊社が栽培した冬虫夏草   冬虫夏草の選別加工
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