韓国・朝鮮-10








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韓国・朝鮮共に建国60周年を迎えます。対立の時代から共存の時代にスムーズに変われるのでしょうか?

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145・ハングル酔い (2008年09月12日)
146・世宗大王(2008年08月18日)
147・韓国経済の減速 (2008年09月01日)
148・韓国風中華料理 (2008年08月27日)
149・柳君の思い出(2008年09月01日)
150・韓国建国60周年 (2008年08月16日)
151・朝鮮建国60周年 (2008年08月16日)
152・平壌主体思想塔 (2008年09月03日)
153・凱旋門 (2008年09月19日)
154・朝鮮、核無能力化中断 (2008年08月27日)
155・朝鮮の工作員・元正花 (2008年08月30日)
156・朝鮮建国60周年式典 (2008年09月08日)
157・金正日総書記死亡説 (2008年09月10日)
158・後継者、第一候補は金正男氏 (2008年09月12日)
159・金正日総書記の実弟・金平日氏 (2008年09月15日)
160・新発射基地でテポドン2号の発射実験 (2008年09月16日)



145・ハングル酔い (2008年09月12日)
最初にソウルに行った時には街中にハングルが溢れているを見て「ハングル酔い」してしまいました。当時は学生で韓国からの留学生が案内してくれましたので、行動するのには特に問題はありませんでしたが、とても一人で歩く勇気はありませんでした。日本以外からの外国人であれば最初から漢字、日本語読みを捨てていますので素直にアルファベットだけで読みますので苦労は少ないものと思います。日本人は地名に関しては最初に地図やガイドブックで漢字を確認し、そしてそれを日本語読みにして探します。例えば地下鉄に乗り、「鍾路一街」とありますと「しょうろ1ガイ」などと読みます。ハングルでは「??1?」であり、アルファベットであれば「Chongno-1Ga」となります。日本語風に読みますと「チョンノイルガ」という音に近いと思いますが最初の「鍾路一街」のイメージからは想像も出来ない読みです。日本人以外の外国人は最初から「Chongno-1Ga」と認識していますので戸惑う事は少ないと思います。ほとんどの場所はハングル表記だけですので大変です。

二度目に行った時には今度は個人で行きましたので案内人は居ません、従いまして多少ハングル読みを勉強して行きました。韓国を訪問する前、ハングルが少し読めるようになるとハングル酔いは治ると想像していたのですが、これは全くの間違いでした。地下鉄に乗り水原に行こうと思ったのですが、同じ路線に仁川行きもあり、行き先を区別する必要があります。電車が入って来ると行先はハングルだけですので判断しなければありません。その時には「??」「 ??」と書かれているのを見分ける事が出来、水原に行く事が出来かなり自信が付きました。街を歩きますと看板のハングルなどを読もう、何という意味か考えてしまうので、余計にハングル酔いがひどくなりました。「??」「 ???」などとあるのを店の様子から「銀行」「旅行社」と読めます。大きな文字で「?」とありますと音は「ヤク」ですので「薬」という連想が出来、ああこれは薬局だと分かります。「????」という看板は「ホテル」という日本で使用されている外来語は韓国でもそのまま「ホテル」なのだと感心し、その前の日本語読みで「シルラ」とあるのは「新羅」と解釈出来ます。日本では「しらぎ」と呼んでいる新羅ですが、韓国では日本語の音読みのシンラと同じなのだなどという事を発見するともう何でも読もうとしてハングル酔いは止まりません。

韓国・朝鮮語は日本語と似ている文法ですが、漢字を余り使用しません。多くの場合にはハングル文字だけで表記されています。日本語ですと全て「ひらがな書き」しているので読み難いだろうと想像していましたがそれ程不便はなさそうに見えます。長年これが不思議でしたが、ハングルが少し読める状態でハングル酔いになりその理由が分かりました、それはハングルが漢字の役割を果たしているという事です。日本語と韓国語は良く似ていますが、大きな違いも幾つかあります。漢字に関しては日本語では中国の音を真似た音読みと日本語に合わせた訓読みがあります、場合によっては音読みが二通りあります。これに対して韓国では訓読みというのは無く音読みそれも原則一つです。また音読みであれば漢字一文字の中で母音は一つだけですのでハングル表記した場合に漢字一文字がハングル一文字に対応します。「????」は大韓民国ですが、ひらがなで表記しますと「だいかんみんこく」と8文字になり、どこが区切りなのか不明です。それに対してハングル表記では「????」と同じ4文字になります。これを韓国人が見ると我々が「大韓民国」と見るのと同じように見ているのでしょう。?という文字を見ると韓と判読するのでしょう。「?」という文字は大きいという意味があり、「?」は国という意味があると理解しているのでしょう、本来は表音文字ですが、擬似的に漢字の代理となり表意文字にもなっているという訳です。ただし、本来は表音文字ですので「?」とありますと「一」も「日」もありますので文字だけでは意味が区別出来ません。市内に「???」という韓国レストランと「?? ??」という食品店があります。レストランのご主人に「韓日館ですか」と聞きますと「違う自分は反日であり、これは韓一館、要するに韓国が一番という意味だ」との事でした。同じような名前の食品店に行き同じような質問をしますと「そうです、これは韓日食品であり、日本食の食材も置いています。」との返事でした。、同じ「??」でも意味が全く異なるという事です。それでも市内のとあるレストランの看板に「?? ??」と書かれているのを見て「中華料理」と読め、何となくハングルが漢字に見えて来るこの頃です。



146・世宗大王 (2008年08月17日)
韓国の歴代王朝には高句麗建国の王、朱蒙、新羅の武列王などドラマの主人公にもなるような人気の高い多くの王が居ましたが、何と言いましても一番人気があり尊敬されているのは間違い無く「世宗大王」でしょう。李氏朝鮮王朝の第四代王として即位し、治世は勿論、文化並びに科学技術の面でも数々の功績を残しています。土木工事が好きな王とも言えます。その中でも特に韓国人が敬意を払っているのはハングル文字の創設者という事です。それまで漢字だけを使用しており、日本語と同じような構造の朝鮮語は表記が難しく学問は特権階級のものとされていたのをこのハングルの普及で誰でも文字を読めるようになったという事です。ローマ字やひらがな等を参考にして朝鮮語の表記に適した文字を考案した功績は確かに高いと思います。ソウルのメインストリートにこの王の名前があり、また一万ウォンにの肖像としても使われており、韓国の人には馴染み深い名前です。そして挫折はしましたが、当初は首都移転を構想し、忠清南道に建設していた新都市、結果的には国家行政の一部を移転する事になったこの新都市に世宗の名前を付けて「世宗特別自治市」としました。これはこの王がこの地域への遷都を本気で考えていたからでもあります。それにしても世宗の名前が現代に新都市の名称として使われる事は興味深い事です。また小惑星に「世宗」というのがありますが、これは発見した日本人が付けたそうです。韓国の人が尊敬する日本人の名前を敬して何かに付けるなどまず無い事でしょう。

李氏朝鮮王朝と言いますと1910年の日韓併合まで存続していた王朝であり、つい最近という気がします。この王が生まれたのは1397年、何と14世紀の人です。今から700年も前の人という事になります。それにしても李氏朝鮮は本当に長い間存続していたと感心します。王は朝鮮王朝の基盤を築いた太宗の第三皇子として生まれ、兄を差し置いて後継者となっています、この兄は優秀な弟を見て自ら身を引いたという説もあります。かなり長い治世があったと思っていましたが、享年は53歳、意外に若くして亡くなっています。父太宗とこの世宗は前王朝の高麗が弱体で、ふがいない状態が続いたのを反面教師として、仏教を排除して儒教を国の中心の宗教に据え、揺るぎない王権を中心とした中央集権国家を作り統治の仕組みをしっかりとし、国を基礎をしっかりと固めたので王朝は数々の苦難を乗り越えて20世紀まで存続出来たのでしょう。14世紀当時としては進んだ国家体制であり、学問や各種研究が進んでいたにも頷けます。多分王朝の初期はフレッシュで躍動感がある、エネルギーが溢れる国だったのでしょう。しかしながら近世となり欧米列強が割拠する時代になった時に数百年続いた伝統や因習から抜け出せず自分の力では近代化出来ず思考停止の状態となり無力であり、苦難の歴史を歩む結果となったのでしょう。日本のように大体二百年前後で政権が交代した方が国は発展したのかも知れませんね。



(写真:世宗・ウィキペディア)



(写真:世宗大王・光化門広場・2012年撮影)



147・韓国経済の減速 (2008年09月01日)
韓国経済の減速が顕著になっているようです。貿易収支の赤字が続き外貨準備高も減少の一途を辿り底が見えない状況になっています。この為に消費者物価が上昇を続け、通貨ウォンが下落し経常収支もほぼ毎月赤字を記録しています。韓国経済の状況はかなり悪いという印象です。世界経済の構造が急速に変化し先進国が今までのやり方では立ち行かなくなり、日本でも閉塞感が広まっています。先進国の論理だけでは進まず、インド、中国、ブラジル、ロシアなどの台頭、カザフスタン、アラブ首長国連邦等の産油国の急速な変貌で持てる国が有利な情勢になり、加工立国は苦しい立場に追い込まれています。

韓国も経済構造は日本と同様で原料と食糧そしてエネルギーを外から調達して河口製品を国外に輸出する構造となっています。日本と比較して後発ながら国を挙げて経済成長路線を突き進み漢江の軌跡と呼ばれる経済発展を遂げ現在の地位を獲得しました。ただ日本と比較して幾つかの点で問題を抱えています。まず人口が日本の1/3であり、国内のマーケットが小さい、南北の対立が依然として存続し、軍事に資金と人を割かなければならない、狭い国土で人口密度が高い、ソウルの一極集中が際立っている、両班意識が存在し汗をかき、手を汚す仕事を嫌う傾向がある、生産する技術はまだまだ多くを日本に頼っている、等の問題があります。そして構造的に急成長を目指した悪弊として裾野が無い産業構造であり、トップ企業のみが世界的企業で幾つかの企業を除くと世界には通用しない。

欠陥だらけの韓国経済ですが、日本というお手本があり、それに追随する方法で真似て、コピーする方法で売れる製品を作り、韓国製品を世界中に売り込んで来ました。しかしながらこの方式が通用せず、日本も韓国製品に対して鷹揚ではいられない状況となり急速に経済が悪化しているのでしょう。経済の構造が脆弱なだけに現在進行している世界経済のあり方の変化に対応するのは容易では無いと思います。どのような方策を取り経済を立て直すのか注目しています。多分日本よりも先に窮地に陥ると思いますので日本にとって良い先例となると思います。



(グラフ:韓国経済指標・朝日新聞)



(グラフ:韓国通貨・ウォンの下落・中央日報)

株価が急落、金利は急騰(中央日報)
物価高と低成長を同時に迎えるスタグフレーションに対する懸念が強まり、株式・債券・為替など金融市場の不安も高まっている。 2日の株式市場で、KOSPI指数は前日比42.86p(2.57%)安の1623.6pで取引を終えた。KOSPI指数は5日続落。 コスダック指数も23.98p(4.13%)の値下がりとなった。 取引を一時中断する「サイドカー」も発動された。 大信(テシン)証券のソン・ジンギョン市場戦略チーム長は「新しい悪材料が出たというより、経済に対する不安感が膨らんだのが株価下落の原因」と述べた。金利もこの日大きく上がった。 3年物国債の金利は0.1%急騰し、年5.97%となった。 外国為替市場では最近のウォン安ドル高の流れが続いたが、終盤の政府の介入でウォン高ドル安に転じた。ウォンはドルに対し前日比12ウォン値上がりした1ドル=1035ウォンで取引を終えた。 専門家は「ウォンが今年の最安値(1ドル=1057.3ウォン)に近づいたことで、通貨当局が今年最大規模となる40億ドルを売って市場に介入した」と説明した。



 


148・韓国風中華料理 (2008年08月27日)
大学は工学部に進学しましたが生協の教科書のタイトルで驚いたのは「物理化学」とか「生物物理化学」などと記している本がある事です。また最近では銀行の名前に「三井住友銀行」とか「三菱東京UFJ銀行」などというように複数の名称を重ねたものが多くなっています。料理も中国料理とか、韓国料理というのであれば分かり易いのでしょうが、「韓国中華」というと知らない日本人にとっては想像が出来ないものになります。韓国風の中国料理というのが存在するのですが、日本風中国料理というのも存在します。要するにラーメン店で、日本では中華としており、確かに中国料理の範疇ですが日本人向けにアレンジが進み日本風に変化しています。日本のラーメンのようなものを中国で探してもありません。これと同じような現象が韓国にもあります。韓国風中華料理というものです。

韓国風中華とはどのような料理なのでしょうか?まず最初に何故か黄色のタクアンと玉ねぎそして黒味噌が出て来ます。タクアンは日本人にもお馴染ですが、ここで出て来るのは黄色く甘くものです。人工着色料と甘味料がふんだんに使われて作られた色、作られた味がします。とにかく純粋な黄色にこだわりがあるようです。玉ねぎは少々ゆがいてある場合と生で出て来る場合があります。生の玉ねぎというのは刺激が強く普通そのままでは余り食べません。これに黒味噌を付けていただきます。この黒味噌は韓国人にとっては非常にポピュラーなもののようです。

料理の中心は麺で、中国の炸醤麺(ジャージャー麺)から派生した「チャジャンミョン」と「チャンポン」が代表的な料理です。チャジャンミョンは麺に黒味噌を主体にして玉ねぎや豚肉を炒めたソースを上にかけたもので、韓国中華の代表、日本のラーメンに匹敵する料理です。見た目には黒くベトベトした感じでかなりインパクトがありますが、実際に口に入れますと意外にまろやかでソフトな味です。もう一つはチャンポンが代表料理です。日本、特に長崎にも同名の料理がありますが、共通点は麺料理であることと、具には色々な食材を炒めたものが大量に載せられているという事です。韓国のものは基本的には激辛で、具にイカが入っている特徴があります。韓国人にとって中華料理というのはこの二つのものが頭に浮かぶもののようです。



(写真:タクアンと玉ねぎ)



(写真:ちゃんぽんとチャジャンミョン



149・柳君の思い出(2008年09月01日)
小学校低学年の頃、東京中野の区立小学校に通学して際にクラスメイトに柳(やなぎ)君という友人が居ました、最初知り合った頃は少々乱暴な感じの少年で暮らし向きも余り良くないようで仲は良くなく、当方も少々敬遠していました。ある時、よく話をし打ち解けてみますと意外と良い奴で、それ以降は友達として付き合うようになりました。ところがある時、急に転校するというのです、「えっ!、どこに行くの?」と聞きますと、小さな声で「国に帰るの」というのです、これには驚きました。「えっ、君は日本人ではないの?」と尋ねますと「朝鮮に帰る」というのです、この時初めて柳君が日本人ではなく、朝鮮人であり、家族と一緒に朝鮮に戻る事を知りました。

しかしながら、よく話を聞きますと彼は日本生まれであり、実際には朝鮮に行った事は無く、今回が初めての渡航とのことでした。我が家では両親は小さい時、韓国・朝鮮に対して特に先入観を植え付けるような話をした事が無く、その時には日本に多くの朝鮮系の人が住んでいる事も朝鮮人が過去に差別を受けた事など全く知りませんでした。従いまして純粋に感心し、まだ見ぬ自分の国に戻るという柳君に敬意を感じました。「言葉は朝鮮語?」「うん、向こうに行ってから覚えるよ」との返事で朝鮮語もほとんど出来ない状況で大丈夫かなと多少心配にもなりました。程なくクラスの仲間にお別れを告げて柳君は去って行きました。柳君は多分「リュウ君」で、在日の少年であったのでしょう。

日本には多くの在日の方が居てその大半は半島南部もしくは済州島の出身であると聞きます。南北がそれぞれ別の政府を作り宣伝合戦が行われた際に朝鮮のプロパガンダは非常に魅力的で、多くの人が故郷では無い北部の朝鮮に帰国して行きました。特に寺尾五郎の『38度線の北』という本では朝鮮は地上の楽園、理想的な国家で日本を追い抜くもの時間の問題という事が書かれていました、実際に訪問した日本の偉い学者が言うのだから間違いは無いと多くの在日の若者が触発啓蒙され夢を膨らませて帰国しました。朝鮮人が祖国に戻り幸せになれるのであればと日本政府も後押しをして多くの人がこの帰国事業、要するに北送事業で朝鮮に渡りました。この事業は1950年代から始まり、1984年まで継続されたそうです。多くの日本人にとってもそれぞれの身近な人も多く渡航された事でしょう。その後の帰国された人達の情報は余り多くはありませんがそこは地上の楽園では無く、生き抜くには困難があり、苦労が多いと聞き及びます。朝鮮に渡り、柳君がどのように暮らしているのか気になるこの頃です。



150・韓国建国60周年 (2008年08月16日)
韓国、現在の大韓民国の建国から60年が経過しました。臨時政府があっただの色々と言っていますが、現在の大韓民国が樹立したのは1948年で内外に宣布したのは日本からの解放の日とされる8月15日です。この8月15日で建国60周年という事になります。中国、要するに中華人民共和国が成立したのは1949年ですから中国よりも韓国の方が古いという事になります。60年前に韓国と朝鮮がそれぞれ別の政府を樹立して分断国家が固定しました。その後朝鮮戦争があり、更に南北間は対立の様相を示し、最近では南北の交流、融和の動きはありますが、この時点から基本的な構図は変わっていません。戦後の負の遺産としては最後の難問と言って良いでしょう。

注目された李大統領の演説の内容ですが、日本に対しては多少の遠慮を示し、竹島問題には具体的には触れませんでした。朝鮮への支援に対しては結構踏み込んだ発言をしていました。個人的には国宝・南大門の焼失の責任、その再建に関しても触れて欲しかったように思います。気になるのは近代史博物館なるものを建設するという件です。自国の主張を通し、事実を針小棒大に捉えるのではないかと多少心配になります。

韓国は建国60年となり、南北の統一を目指すよりも分断した南北間の恒久的平和共存を目指して行くと思います。対立から融和の方向への転換ですが、これが上手く行くのか注目しています。支援を行い北の政府の安定化を図る方向なのでしょうが、これが返って朝鮮半島の不安定化を高めて行く可能性もあると見ています。60年が経過して今後朝鮮半島がどのように動いて行くのか注目です。



(写真:李明博大統領・共同)

「不幸な過去繰り返すな」と韓国大統領 竹島には触れず(朝日)
韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は15日、日本の植民地支配からの解放を祝う63回目の「光復節」と建国60周年にあたり、ソウルで記念演説をした。日本に対して「歴史を直視し、不幸な過去を現在によみがえらせる愚を決して犯してはならない」と呼びかけた。再燃した竹島(韓国名・独島)の領有権問題を意識した発言とみられるが、「独島」の言葉は使わず、抑制した対応をみせた。李氏は植民地支配について「我々が自分を守る力がなかった」と説明。「富強国家をつくれば、我々の領土を不当に見下すこともなくなる」と語った。停滞する南北関係については、改めて北朝鮮に核兵器の完全廃棄を要求。「6者協議と国際協力の進展に沿って、実質的な対北経済協力プログラムを本格的に推進する」と訴えた。さらに、建国60年にあたり「経済規模は750倍、1人当たりの所得は300倍を超えた。発展の歴史、奇跡の歴史だった」と強調。「この歴史を記録する」として現代史博物館の建設を表明した。



151・朝鮮建国60周年 (2008年08月16日)
朝鮮、現在の朝鮮民主主義人民共和国の建国からも60年が経過しました。朝鮮も建国60周年を盛大に祝う事になったようです。60周年祝賀のポスターというのがあり、「朝鮮民主主義人民共和国万歳」と書かれています。この12日、約5万人が出演するという記念のマスゲーム「繁栄せよ祖国よ」の公演が始まったそうですが、規模が大きく観客よりも出演者の数の方が多いようです。韓国が8月に成立したのに対抗して北部には9月 9日にこの朝鮮が成立しました。終戦後、この時期までは全国統一の選挙を実施し民主的な新しい政権を発足される予定であったのですが、現実には南北で別の政権が成立したしてしまったので、南北分断が確定してしまいました。当時のソビエト連邦の主導の元、朝鮮は左翼の労働党一党独裁の国家で拘束の多い、自由の少ない身分制度が固定している国家という印象があります。人々がよくこれで耐えられるものだと不思議に思っていましたが、歴史を見ますと直前までは日本の統治、その前は数百年間朝鮮王朝であった訳で、現在の似た状況がずっと続いていたので、今まで人権がある自由な社会を体験していないので、これで当たり前と思っているのかも知れません。

韓国と異なる点は二つあると思います。韓国はソウルという朝鮮王朝成立以来首都であった都市を中心とする国家ですが、朝鮮は北部の地方だけで成り立っている、言わば地方政権です。もう一つ異なるのは中国と長い国境線を有している事です。韓国とは軍事境界線で仕切っていますので情報が流入して来る事はありませんが、中国とは友好関係にあり、川が境界になっているだけで情報が入り易い状態になっています。鎖国的な政策を続けようとしても限界があるかも知れません。中国が経済発展すればするほど情報を防ぐのは難しくなると思います。朝鮮建国60周年記念として長い間建設が止まっていた柳京ホテル建設を再開するようです。安定した電気を供給出来ない状況で本当に高層ホテルを運営出来るのか、その前にこの斬新なデザインの建物を安全なものとして完工出来るのかかなり心配しています。朝鮮らしく採算性は度外視して大型のプロジェクトを行うという意味では平壌の中で一番目立つこのホテル建設が一番ふさわしいのかも知れませんね。

建国から60年が経過し、多くの住民が朝鮮戦争を知らない世代になって来ています。韓国に親・兄弟や親しい友人が居る世代から、会った事が無い従兄弟が居る、過去に戦争をした相手程度の認識しか無い世代となり韓国とは親近感が年々薄れて行く事でしょう。韓国と朝鮮がこれから統一よりも分断が固定化し共存に向かって行くような気がします。両政府がそれぞれ60周年を祝い還暦を迎え、新たな時代に入って行くのでしょう。



(ポスター:朝鮮建国60周年)



152・平壌主体思想塔 (2008年09月03日)
朝鮮の首都平壌の写真を見ますと意外な程綺麗で整って見えますが何となく嘘くさい、作られた街という印象もあります。また奇妙な建造物が多いのも特徴のようです。多くの不思議な建物の中で特に変わっているのが主体思想塔です。市内の真ん中にあり、ロウソクのような建造物です。朝鮮独自の思想となっている主体思想を具象化しているのでしょう。柱にはハングル文字で「主体」と書かれています。朝鮮で作られたこの主体思想が朝鮮の根本原理となっているようです。人間が主体の思想だと唱えられていますが、難しくてよく理解出来ません。この思想が中心となってからは朝鮮はマルクス・レーニンから出発した既存の共産主義とは決別したようです。

さて、この搭ですが何でも金日成主席の70歳の誕生日を祝して建てられたのだそうです。ワンマン国家の朝鮮ですから主席のお声掛かりで好みに合わせて建設されたのでしょう。趣味が良いのか悪いのかはそれぞれの判断に委ねられるのでしょうが、とにかく170メートルあり世界一高い石塔なのだそうです。実用性は特に無いようで、展望台が上の方にあるのだそうです。「主席の不滅の革命業績を子孫万代に伝えようと建立したものである。」とプロガンダのサイトの説明ですがこの搭を眺めて主体思想にありがたみを感じる方も多いのでしょう。

それにしても興味深い建物で一度は本物を見てエレベーターで上まで行ってみたいものですね、市内の中心に在るので平壌市内が一望に見渡せる事でしょう。主席も外部から見るのと同時に首都・平壌を一望で眺める場所を作りたかったのかも知れませんね。何でも上のロウソクのような部分は夜は点灯し輝くのだそうです。この塔の周囲にはチュチェ思想塔の副主題群像というのが6つ取り囲むようにあるようです。「主体的工業」「豊年満作」「教育の国」「鉄壁の要塞」「無病長寿の国」「チュチェの芸術」の6つの作品でそれぞれ、工業、農業、教育、軍事、福祉医療、芸術をテーマにしているようです。写真で見る限りなかなかの出来栄えです。他の国ではまず見られない名所であることは間違いないようです。



(写真:主体思想塔-ウィキペディア)




153・凱旋門 (2008年09月19日)
平壌の町の映像でも観光の手記を見ても一番皆さんが目立つものとしているのが凱旋門です。凱旋門と言いますとパリのエトワールに在るものが非常に有名ですが、これを模して作っているそうで、高さも10メートルほど高いようです。何でも金日成主席の生誕70周年を記念して主体思想塔と同じ時期に建てられたのだそうです。金主席はこの時期には大きな建造物を建てて自分の威光を後世まで残したいと願うようになったのでしょう。何の凱旋門なのかと言いますと1925年に金日成主席が闘争の為に祖国を出て1945年にソビエト軍を率いて日本を蹴散らし凱旋した事を祝っているのだそうです。確かに1945年にソビエトが38度線以北を占領したのは事実ですが、金主席が率いて来たのでは無かったと思います。余り栄光の凱旋では無い何となく本当とは言い難い、朝鮮独自の史実を根拠として建てられている凱旋門ですので、何となく嘘くさい雰囲気が漂っています。総大理石で立派なのですが、何となく本物さを感じません。

現在は朝鮮は故金主席を神のように崇めており、この凱旋門もその信仰の中で非常に重要な役割を果たしているようですが、もしこの体制が終了した時にはこの凱旋門はどうなるのでしょう。ソビエトが崩壊した時に各地でレーニンの像が倒されましたが、個人崇拝は何時かは否定される事でしょう。個人の像は倒せばそれで終わりですが、この凱旋門は移動も出来ませんし、そのまま残る事になるのでしょう。朝鮮の次の時代になった時に朝鮮時代の遺跡として街の中央に残るのがこの建造物と想像します。その時には現在よりももっと多くの人がここを訪問し、もしかしたらパリの凱旋門同様の人気スポットとなるかも知れませんね。



(写真:凱旋門-ウィキペディア)



154・朝鮮、核無能力化中断 (2008年08月27日)
朝鮮得意の居直り外交がまた出ました。米国がテロ国家指定解除を実施しないので、核無能力化を中断したという事で、核施設を元に戻すとしています。6カ国協議は順調に進み、日本を除く5カ国が朝鮮との最大の問題としていた核の問題が解決したものと大きく評価していたはずです。そして米朝の関係改善の兆しが出、希望的観測から一気に友好関係が進展して行くようなマスコミの報道もありましたが、現実はまたしても得意の瀬戸際外交、相手から多くの事を引き出す為に脅しに出ました。朝鮮の基本戦術はある程度方向性を打ち出し、それに双方が合意し、ある程度進んだ所で改めて相手の譲歩を迫るというもので、核施設を放棄して米国との国交交渉も始まるのではないかとの観測もありましたが、やはり途中で自分の約束をストップし相手に譲歩を迫りました。このような事が起きると以前は国際社会はかなり慌てた対応をしていましたが、同じような事がたびたび起きますと慣れて来て「ああまたか」という感じているのでしょう、米国なども朝鮮がこのような手を使う事を事前に既に予期していたようにさえ見えます。グルジアを巡る米国とロシアの対立が起き国際社会に亀裂が生じた時を狙っていたようにも見えます。

朝鮮は最大の切り札である核の問題を素直に放棄するとは誰も思ってはいないと思います。国際社会の要請に対して色々な注文を付けながら最大限の譲歩と実質的な支援を獲得しようと試みる事でしょう。むしろ最初から放棄する気など無いと考えた方が良いのかも知れません。韓国・朝鮮を巡る協議に参加している4カ国、日本、米国、中国、ロシアの関係はかなり流動的であり、力関係も刻々変化しています。中国は宗主国としての長い歴史があり、一番近い隣国の問題であり、朝鮮半島の安全は自国の利益に直結しており、会議の議長国という面子もあるので、何としても合意に至るよう努力し、また朝鮮に圧力を掛けて行く事でしょう。拉致問題を最大の懸案とし、人権の問題を前面に出している日本は微妙な立場で残りの参加国主導でどんどんと合意に邁進してしまいますと取り残され、日本抜きの状況となり、発言権が失われて行く恐れがありました。ある程度朝鮮が駄々をこねている方が良いのかも知れません。拉致問題から人権問題を大きなテーマに持ち込む事が必要であり、この会議での今後の日本の動きに注目です。

ただ何の成果も無くしばしば会議の合意内容が振り出しに戻りますと会議自体の存続が怪しくなって来るかも知れません。会議の場を朝鮮は自国が被告席に座っているのでは無く、主人公は偉大なる朝鮮であり、世界の大国を向こうに回してのヒノキ舞台と考えているのかも知れません。朝鮮の問題を討議しているのですから、もう少し真面目に向き合わないと相手も同じ手には乗らなくなる可能性があると思います、本気で核開発を止める気などないのであれば何か他の方法を模索する必要があるのでしょう。周辺国もそろそろ別のやり方を考え始めているのかも知れません。中国を議長国にしないで朝鮮を議長にして平壌にメンバーが出向き話しをさせるのが良いのかも知れませんね、瀬戸際外交が瀬戸際になっているのは間違いないと思います。



(写真:爆破した核施設・共同)



155・朝鮮の工作員・元正花 (2008年08月30日)
以前話題となった韓国映画に「シュリ」(1999年)というのがありました。朝鮮から来た女性工作員が韓国軍に取り入り最後は壮絶な死を遂げるというものです。プレゼントに仕立てた金魚蜂に仕掛けを施し情報を得るという巧みなもので、北からの任務指令と韓国兵士との愛との狭間で葛藤するというストーリー展開でした。スパイ映画というのはある程度リアリティーが必要で、米国とソビエトが冷戦を繰り広げていた時代には007シリーズなど多くの作品が制作されていました。韓国と朝鮮は南北に分かれ現在に至るまで対峙しており、情報収集合戦が未だに続いているので、映画・シュリにもある程度の現実感がありました。ただ当時は映画の中で朝鮮国旗の使用が許されず、朝鮮との設定の場面では赤旗がたなびき、何となく現実感がありませんでした。

今回はこのシュリのような女性スパイが色仕掛けで韓国軍に取り入り情報を収集し、日本にも潜入して工作、要するにスパイ活動をしていたという事のようです。女性である事を武器に枕攻勢を仕掛け多くの男性に取り入り、妊娠して韓国人男性と結婚、しかしながら子供の父親は別の人物というような経歴だったそうです。その後、朝鮮からの脱北者として合法的に韓国に入り込み居住していたそうです。以前のスパイは韓国社会で目立たないように韓国人もしくは在日になりすまし、北からの指令は乱数表を使用というようなスパイらしいものでしたが、今回は脱北者という事で堂々と朝鮮訛りで通し、北との交信は電話もしくはメールで行っていたという事です、時代が変化した事を実感します。写真を見ますと確かになかなかの美人でこのような女性が近づいて来ますと男性であればついフラフラしてしまうのは理解出来ます。また、何でも日本にも3回入国していたそうで、日本の居住権を取得するのを目的として偽装結婚を狙っていたのかも知れませんね。

韓国では長年の対北融和政策で軍の規律が弛緩しており、愛人となった軍人はこの女性が北のスパイと知った上で協力していたと言います。この女性の父親は工作員であり、北支持の講演を軍で行っていたと言います、何故今まで疑わずに居たのか不思議にさえ思えます。ただ、北からの指令を実施出来ず、本人はスパイを辞めたかったようで逮捕されてほっとしていると供述しています。、朝鮮戦争が停戦になり55年が経過し、戦争の記憶が過去のものとなって来ています。韓国では冷戦終結以降、南北対立の緊張感が急速に薄れています。朝鮮は一貫して祖国解放、南進統一でこれは現在も変化無いと考えておくべきでしょう。脱北者の数が増えており、中にはまだ多くの偽装工作員が居るとみて良いでしょう、日本もターゲットになっている事は間違いないのでしょうね。

経歴が紹介されていましたが、朝鮮の現状から見ますとあり得ない点も指摘されています。窃盗を行いその後工作員となったとありますが、工作員になるには特に選ばれた最も忠実な戦士であることが要求されるはずで、窃盗をしたような人がなれるはずはありません。工作員の訓練中、昼は一般の生活をしたように述べていますが、訓練期間は完全に外部との接触を遮断されるはずで発言とこれもあり得ない話です。本当は単なる淫乱スケベな脱北者で韓国側の都合で工作員ということに仕立てられているのか、本人が嘘をついているのか、韓国側は真実を公表していないかいないのか分かりませんが多くの疑問が残ります。また韓国の当局に協力し脱北者からの情報を収集していたという事で二重スパイであったのかも知れません。国家機密の問題とも絡みかなりデリケートな点が多くあり本当の事が公表される事はまず無いと思いますが、主体思想を構築した亡命者、黄長Y元書記暗殺の計画もあったようで、何らかの使命を帯び北の指令を受けて動いていた事は確かだと思います。

映画・シュリは壮絶な最期を遂げますが今回の女性工作員は仕事を放棄し、自宅に鍵を掛けて怯えていたと言います。韓国の兵士と本当に恋中となり、自首を勧めらていたそうで、逮捕されてほっとしてとも言います。映画とは異なる結末となり、ある一定の期間服役した後には韓国社会で生きて行く事になるのでしょう、その後は朝鮮側の事情をよく知っているだけに韓国に協力して行く事になるのでしょう。韓国社会はまたこれを機会にもう一度現実を直視する事になるのだと思います、融和派の大統領が二代続き北は同胞で敵視する必要は無いと考えている人が増えているようですが、北の考えはこの数十年ほとんど変化していない事、国家の目標は依然として南進統一である事を改めて認識し、弛緩した軍の意識を変えて行く必要があるのでしょう。



(写真:朝鮮工作員・元正花-01・ロイター)



(写真:朝鮮工作員・元正花-02・ロイター)

軍の安保教育、根本から直せ(中央日報)
野党軍内の対北警戒心が弱まったといえこれはないだろう。北朝鮮脱出偽装スパイが約50回にわたる安保講演を通じ、北朝鮮体制を宣伝したにもかかわらず何も策を講じなかった。将兵たちの精神教育を担当する政訓将校が彼女らの色仕掛けに、利敵行為に同調した。気が抜けた将校の脱線次元とは見られない。わが軍の安保態勢全般に大きな欠陥を残したのだ。軍がここまでになったのは、この10年間、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の「一方的対北ひいき」政策と無関係ではない。第2延坪(ヨンピョン)海戦で戦死した将兵と遺族たちを遠い山を眺めるように扱った。北朝鮮海軍の西海北方境界線侵犯には黙っていて、韓国海軍の報告を徹底させていただけだった。現実的な南北軍隊の対置状況には背を向けて北朝鮮が主敵ではないという論理ばかりを軍に注入させようとした。軍の内部で対北警戒心を鼓吹するのが意のままにならなかった側面があった。しかし軍首脳部や関連部署も振り返って考える必要がある。「政権の息づかい」と言いわけをしながら職務を疎かにしていなかったかという点だ。軍内部の動向把握と不純勢力の浸透防止が機務司令部の任務だ。しかし将校など現役軍人を対象にした女性スパイの暗躍をきちんと把握することができなかった。また捜査上、避けられなかったというが、北朝鮮で制作されたCDを通じて北朝鮮体制を露骨に称賛するスパイの講演を何カ月も放置しておいた点も釈然としない。ある世論調査によると北朝鮮を安保における脅威「敵」ではなく「パートナー」と見る兵士らが60%以上だった。2004年度陸軍士官学校仮入校生250人のうち34%が「米国が主敵」と述べた。将兵たちの緩んだ安保意識をこれ以上放置してはおけない水準にまで来た。したがってこれまでの安保教育課程を根本から見直さなければならない。最近、陸士を含め軍の教育機関が情報技術(IT)や英語を強調する方向に教科改編をしている。先端未来戦と海外での連合作戦を狙ったものだという。もちろんこれも必要だが、もっと急がれるのは現在の脅威である北朝鮮軍に対する認識をきちんとすることだ。




156・朝鮮建国60周年式典 (2008年09月08日)
朝鮮建国60周年式典がどのように執り行われるのか注目していましたが、どうやら急遽中止となったようです。数日前までは大規模な軍事パレードを用意している様子であったので、これは何かあったのではないかと勘ぐる気になります。各5年毎の記念日には大規模な軍事行進を行って来ただけに異変を感じます。

一番気になるのは金正日の健康状況です。1942年生まれと言いますので現在66歳という事になります。独裁者として朝鮮に君臨していますが、最近は健康状況が余り良くないのではないかとの噂が出ています。最近の朝鮮の外交の迷走ぶりを見ていますと確かな情報ではないかと想像してしまいます。朝鮮はマルクス・レーニン主義のような伝統的な共産主義を捨てて金日成主席が提唱した主体思想で国家が成り立っています。主席を中心とする国家、主席は永遠の存在でその権威を尊重しその子孫が総代の役割を果たして国家を運営して行くという事になります。丁度イスラム帝国がムハンマドの子孫が総代になり、帝国を束ねていたように。初代の総代である金正日は従いました決して主席には就かず、総書記としてここまで朝鮮を率いて来ました。もしその総代が病気という事態になると国家は身構え、あせる事になり、米国への無謀な挑戦とも言える瀬戸際外交に出ていると見るのが正しいように思います。

主体思想が在るが故に次の指導者も金日成の一族から選択する事となるのでしょう。もしそうでなく、他の人が国家の代表という事になりますと今まで築いて来た思想を否定しなければならず、一種の宗教国家である朝鮮という国が成り立たなくなります。イスラム帝国でアラー教えを否定した場合には帝国が崩壊してしてしまうのと同じ理屈です。従いまして金日成主席の子供もしくは孫から次の指導者を決める事になります。一番の候補は金正日の長男である正男ですが、素行が悪いとの評判もあり、難しいところです。母違いの弟である正哲、正雲も候補者です。そして正日の弟である一平も候補者となるのでしょう。正日はかなり以前から後継者として認知されていましたが、現在のところ誰も後継者には選ばれていません、もしここで正日が居なくなりますと大混乱が起きる可能性があり、門をかなくなに閉ざし、軍を鍛えているのでしょう。しばらくは朝鮮から目が離せない状況となりました。



(写真:60周年式典の様子・CNN)

北朝鮮の金正日総書記、卒中の可能性(ロイター)
北朝鮮の金正日総書記は、過去数週間の間に卒中を患った可能性がある。米国の情報当局者が9日、明らかにした。当局者は匿名を条件に「(総書記に)健康上の問題が起きたもようで、卒中を患った可能性がある」と語った。これまでのところ政権に変化の徴候はないが、総書記が引き続き統治可能かについては、憶測するしかないと述べた。北朝鮮は9日、建国60周年を記念して軍事パレードを実施したが、金総書記の姿は見られなかった。総書記は66才で、慢性疾患を抱えているとされる。朝鮮日報は、北京の韓国外交筋の話として、総書記が8月に倒れたと報じた。総書記が卒中を患った可能性があるとの報道について、米ホワイトハウスのペリノ報道官は「情報は何もない」と述べた。




157・金正日総書記死亡説 (2008年09月10日)
60周年の記念式典に姿を見せない事からまたしても重病説更には死亡説まで出ています。脳卒中で倒れたというような情報が横行していますが、少なくとも健康上の問題が何か発生した事は間違い無いようです。金日成主席が亡くなった際には既に現在の金正日総書記が後継者と決まっており、国家の体制が揺るぐ事はありませんでしが、総書記の後継者はまだ指名されておらず、どのような体制になるのかまだ見えていません。金日成の一族が形式的に長となり実際には何人かの協議で決めて行く体制となるのでしょうが、主体思想があるので他の人が指導者とはなれないので、現在のような体制を維持するのはそう簡単では無いと思います、国家の基本的要綱を変更する必要が出て来るでしょう。既に内部では主導権争いが始まっているのかも知れません。

もしも死亡したとしても国家の重大事ですので、暫くの間は隠し続けると思われます。次の体制が決まり外に出しても大丈夫な状況になってからの発表となるでしょう。またもし韓国の報道のように脳卒中で倒れある程度回復しているとしても半身不随もしくはどこかに障害が残るのではないかと推測します。少なくとも表舞台に登場する機会は無くなるかも知れません。そうなりますと既に死亡したとしてもそう大きな変化は無いと思います。ただし最近はそう簡単に情報を隠蔽出来ませんので、真実を報道する時は近いと思います。生命に異常は無くともかなりの重病であると推測されますので、今後の朝鮮がどのような体制になって行くのか、朝鮮の混乱を内外の誰も望んでいないので何とか皆が新体制を支えると見ています。金総書記が伏した時点で多分誰かが既に権力を掌握して体制固めをしていると想像しています。



(写真:金正日総書記・共同)

金正日総書記、すでに死亡説も…中国人医師団訪朝(中央日報)
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が下半身不随となったという見方が出ている。金委員長は9日、政権樹立60周年の記念行事に出席しなかった。最高司令官の出席を前提に、北朝鮮が数カ月間にわたって準備してきた行事に金委員長が出席しなかったのは極めて異例のことだ。情報機関の関係者は「金委員長が自身の健在をアピールするため、意図的に長期間公開的な活動を中止する場合もあった」と述べた。実際に金委員長は死亡説などが浮上すると急きょ公開活動を再開し、健在を示す場合が少なくない。今回の場合も金委員長の健康をめぐり▽極秘裏に中国人医療チームが平壌(ピョンヤン)入りした▽執務中に突然倒れた−−などといった説が飛び交っていた。金委員長がすでに数カ月前に死亡し、影武者がしばらくの間、公開活動に臨むだろうという見方まで出ていた。韓国情報当局もこうした情報を入手、綿密に動向を観察してきたという。情報関係者は「1、2日ほどさらに追跡してみれば、金委員長の健康悪化の具合と現在の状態に対するより正確な輪郭が表れるだろう」と話している。 

「金総書記、8月15日ごろ脳卒中で倒れて手術」
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が先月15日ごろ脳卒中(脳出血)で倒れ、手術を受けたと政府高官が10日、確認した。この高官は「金委員長が8月15日ごろ倒れた」とし「全世界から複数の医師が北朝鮮入りした」と伝えた。また「脳の手術だったことから回復の具合を把握するのが容易ではなかったが、金委員長の容体が好転しつつあるとみられる」と説明した。この高官は「中国人医師の場合、現在(北朝鮮に)滞在しながら金委員長の容体をチェックしている」とした。これに関し、国家情報院(国情院)は同午後、非公開で開かれた国会情報委員会で、金委員長が8月14日以降に循環器系統に異常が発生、外国医療陣から手術を受けており、現在は好転した状態だと報告した。金成浩(キム・ソンホ)国情院長は金委員長の具体的な病名については「脳卒中または脳溢血(脳出血)とみられるが、特定は難しい」と述べたという。国情院側は特に金委員長の容体について「外を歩けるほどではないものの意識があり、言語機能に障害はない」とし「北朝鮮国内は動揺なく統制がとれており、権力空白状態でもない」と説明した。


当面は集団指導体制で対外強硬論か 異変説の北朝鮮 (産経)
北朝鮮で9日、行われた建国60周年記念行事に金正日総書記の姿がなかったことから、内外に“異変説”が広がっている。一部では金総書記の死亡説や海外出国説など極端な観測まで流されているが、韓国では政府当局をはじめ今のところ「病気説」が有力だ。「病気」とした場合、重病で長期にわたるものなら指導体制および国家運営に支障が考えられる。その場合、「先軍政治」を叫ぶ金正日体制は軍部中心のため、「軍部による集団指導体制で国内安定を図り、内外政策とも、柔軟性や新政策などの変化より現状維持の強硬論になる」(北朝鮮専門筋)とする見方が多い。とくに権力内部や国民の動揺を防ぐため、対内的締め付けが強まる一方、核問題の6カ国協議や対米交渉、日本人拉致問題にかかわる日朝交渉など対外関係の停滞は避けられない。また「重病」ないし「長期療養」となると当然、内外で後継体制が関心の的になる。「金日成−金正日」に次ぐ3代目の世襲後継者になるのか、その場合、長男の金正男氏なのか、異母弟の二男・金正哲氏なのか、あるいはそれ以外なのか。権力内部や周辺では「誰につくか」「誰をかつぐか」をめぐって、ある種の権力闘争が始まる。金正日氏が1970年代に後継者に決まったような、早くからの後継体制づくりが行われていない段階だけに、ファミリーを巻き込んだ混乱もありうる。世襲でない場合は「次」を狙う権力闘争はもっと激しくなる。当面は軍部を中心にした集団指導体制を選択するとしても、主導権争いは必至だ。生前の父・金日成とその周辺が長男・金正日氏への世襲後継体制をかなり早い段階で決定したのは、「次」をめぐる権力闘争による体制の動揺、混乱を懸念したためといわれている。持病としてほとんど定説になっている心臓病発作など一時的な「病気」としても、独裁者の健康不安は国民に不安感や動揺を与え、民心離脱となって「独裁状況」を揺さぶりかねない。とくに経済疲弊や生活苦など、国民の間で現状に対する不満が考えられる困難な国内情勢下では、この種の話は極端なウワサとなって広がる。したがって外部世界で「重病説」など権力異変説が広範に伝えられているときは、北朝鮮当局としては早期に何らかの形でこれを打ち消す必要がある。金総書記の動静がいつ伝えられるか、北朝鮮の対応が注目される。一方、1994年7月8日の父・金日成死亡(心臓病)の際は、北朝鮮当局が事前に「特別放送」を予告した後、3時間後の9日正午の放送で死亡が公式発表された。発表は死亡から34時間後だったが、それまでは関連情報はなくウワサもなかった。今回は未確認情報として病気をはじめ各種の異変説が事前にあり、ソウルでは「病死説」や「事故説」には否定的な見方が多い。


その後の報道を見ますと三人の息子が平壌に集まっているという情報、そして正日が倒れた理由が三男の正雲氏に何か異変があったという説もあります。ファミリー専用病院が8月15日前後から慌ただしい動きになっているという事からこの頃に脳卒中で倒れたと考えるのが妥当であり、時間稼ぎも兼ねて対米強硬路線を取り6カ国協議を停滞させていると推測されます。金正日の妹の配偶者であり、実力者の張成沢氏が正男氏を次の後継者に推しているという噂もあり、長男の正男が後継者となる可能性が高いと見ています。ただし、この場合でも政治の実権は集団体制となり、また正哲・正雲の二人の弟の処遇をどうするのかという問題もあり、簡単に後継の体制が決まるとは思えません。正男氏が一番次の継承者に近い事は間違い無いと思います。もしかしますと金日成主席の娘で実力者である正日総書記の妹である金敬姫女史が表舞台に登場して来るかも知れません。

世界的には民主主義を看板にしている国家が世襲を認めるという事はあり得ない事ですが、朝鮮の体制から考えますと国体を維持し国家の存続を考える場合には金一族から後継者を出す必要があり、もしも一本化に失敗し対立が深まると崩壊する可能性すらあるでしょう。金正日総書記が絶対的な権力で君臨していただけにナンバー2は育っているとは思えません、内部ではファミリー、軍、党それぞれの思惑ですさまじい抗争があるのかも知れません。予想外の人物が登場して来ると面白いかも知れませんね。いずれにしても病気の状況から推して金総書記が表舞台に出て来る事は無いでしょう。次の体制がどのようになるのかしばらくは朝鮮の動向に注視して行く必要があると思います。ただ少なくとも政治的な停滞特に外交上の問題に関しては決定が下せない状況が続くものと思います。ファミリー経営のワンマン社長が病気になった会社と同じで決断が下せない状態と見て良いでしょう。経済が疲弊し、政治も停滞となりますと上層部はかなりの危機感を抱いていると思います。国民の間にはウワサが駆け巡り、ほとんどの国民が金総書記の病気を知って不安になっていると思います。

さて、拓大重村教授の死亡説ですが、この独立式典の数週間前にセンセイーショナルに週刊誌を通じて出て来ました。民放などでは重村さんをゲストに検証等を行っています。要旨は金正日総書記には2人の影武者が居て、2003年のイラク進攻の際に金正日総書記が49日間全くどこにも登場しない事があったが、この時もしくは同じ年の9月に死亡しており、以降は全て影武者が代行しているというものです。その二人の影武者の内の一人は既に昨年亡くなり、もう一人がこの8月15日前後に倒れ、亡くなったか危篤状態というものです。論拠としては、2年前亡くなった朝鮮と深い関係を有する田中なる人物がこの影武者に会った。何でも質問して良いというので、事実確認をして、影武者が二人であること、2005年の軍事パレードなど暗殺が懸念される行事にはこの影武者が出ていた事などを挙げています。更に身長が2.5センチ伸びている事、金正日総書記は常にハイヒールを使用していたはずなのに普通の靴を使用していた事などです。金正日総書記は側頭部の髪が薄くなっているが影武者は無理に刈り込んでいる、最近いやに金永南氏の露出が増えているなどです。小泉首相と会ったのもこの人物としています。確かに現地視察の際にサングラスを掛けて登場する場合がありますが、これは多分影武者でしょう。

非常にあり得る話ではありますが、この中で貿易商に偽物とと告げた人物が本物である可能性もあると思います。相手を油断させて日本の色々な状況を聞き出そうとしたのかも知れません。また、この情報で日本を撹乱する作戦であったのかも知れません。簡単に偽物説を信じる事は出来ませんが、物理的な検証を聞きますと合点が行く事も多いのも事実であり、重村説が正しいのかも知れません。重村氏は元毎日新聞の記者ですが、この記事に反応しているのは産経のみです。韓国・朝鮮には一日の長がある産経が取り上げているのでポイントを衝いている可能性があると思います。いずれにしても既に長い期間金正日総書記が公の場に出ておらず、何時までもこのような事を続けて行く事は出来ません、いずれにしましても金総書記の健康に問題がある事を認めた形になるので新しい体制を模索して行く事でしょう。

金正日総書記、既に「死んでいる」?(産経新聞)
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記(66)が重病ではないかとの観測が世界を駆けめぐっている。9日に首都平壌で行われた建国60年の行事に姿を見せなかったためだ。脳卒中説が有力だが、北朝鮮ウォッチャーの早大国際教養学部・重村智計(としみつ)教授(62)は「脳卒中で倒れたのは影武者」と指摘。では今、金総書記はどこに!? 重村教授が北朝鮮最大のタブーの真相を語った。建国60年の祝賀行事の目玉だった閲兵式を、なぜ金総書記は欠席したのか。毎日新聞記者時代から30年以上、北朝鮮を見続けてきた重村氏は「影武者を使えなかったから」と指摘する。「私は影武者の存在を1995年に確認しています。4人いるといわれていて、似ている2人のうち第1号は糖尿病ですでに倒れています。今回脳卒中で倒れたのはナンバー2。残る2人はあまり(金総書記に)似ておらず、出したらバレちゃいますから」建国50年、55年と金総書記は節目の閲兵式には出席してきた。今回の欠席を受け米国や韓国などで重病説が浮上。AP通信などは米情報当局者の話として、金総書記が脳卒中を起こした可能性があると相次ぎ報じた。影武者がダメなら、金総書記自身が姿を見せればよかったはずだが、それができない事情が…。重村氏は、8月19日発売の自著「金正日の正体」(講談社)で、「金正日総書記は既に死んでいる」とする衝撃的な検証結果を公表していた。この日、サンケイスポーツの取材に対し改めて同説を強調。「私が取材し、情報を検証してきた結果、金総書記は2003年秋に亡くなっています。私が言っているわけではありません。ただ私も、死亡している可能性は高いとみています」重村氏によると、03年9月9日から10月20日まで動静が消えていた。このころ死亡したとみられる。死亡が事実だとすれば、04年5月に当時の小泉純一郎首相(66)が2度目の訪朝の際に握手した「金総書記」は、影武者だったことになる。重村氏によると、現在は金永南最高人民会議常任委員長らが集団指導体制を敷いている。気になるのは後継者問題だ。「影武者が死ぬまで決まらないのでは。金総書記の子供たちが後継者になるのか、集団指導体制のままいくのか。革命の血を継ぐ人でなければ、国民は納得せず、正統性を認めさせられるかどうかが鍵だ。それに今の軍は金総書記のために命を捧げるが、新指導者のために命を捧げられるかどうか。軍が分裂、崩壊しないかも問題だ」



158・後継者、第一候補は金正男氏 (2008年09月12日)
金正日総書記が病気で倒れたという情報があり、色々なところで次の後継者が誰になるのかという話題が出ています。「先軍」要するに何事に軍が優先する政策を執っており、軍部が主導し集団体制になるのではないかという憶測もありますが、一番の有力候補は何と言いましても正日総書記の長男である金正男氏です。正男氏を後継者に指名していない理由は正男氏の素行に問題があったとする説もありますが、正男氏が権力の中枢に居ないのは金正日総書記が自分への権力集中維持が国家の安定に不可欠であるという思いからだと考えているからでしょう。

朝鮮という国家の場合には、金日成主席を絶対的な存在とする主体思想がその根底にあるので、金日成主席の一族、血筋が国家の指導者の要件になると思います。また儒教的な思想が根強いので長子相続が当然と考えられるでしょう。その意味でも正哲氏、正雲氏の異母兄弟よりは正統性があると思われます。この二人の異母兄弟の母親が死去しており、また実力者の金正日総書記の妹夫妻が正男氏を支持しているという事もあり、年齢も30代後半という事で後継者としては丁度良い年齢であるようです。

昨年2007年にフジテレビがパリで金正男氏にインタビューを行っています。歯科に通う為であったそうで、一週間の滞在、一人でタクシーに乗って行動している所をインタビューしたそうです。恰幅から見て韓国の金持ちボンボンという雰囲気であり、フランス語に堪能なようで怪しまれることなく行動する事が出来たのでしょう。パリや北京そして東京を世界を歩きまわっていますが、ディズニーランドに遊びに行く為では無く、工作特に金銭面での交渉に当たっているのが実際のところで、闇資金がマカオのように凍結される事がないよう努力しているのでしょう。またフランスとは完成していない柳京ホテルなど合弁の事業もあり、その交渉を行っているのかも知れません。日本のテレビにインタビューされるとは考えてはいなかったと思いますが、そこは育ちの良さ、余り答えは多くはありませんが、逃げる事無く応じています。この人物はほくろが多くあり、ある程度変装していてもその位置で本人かどうか確認が出来ます。また日本に不法入国した際に指紋を取っているはずですので本人の痕跡を追及し易いはずです。

刺青をしているとか高麗ホテルの地下のカラオケで女性を巡って発砲したとか、日本の暴力団と強い繋がりがあるなどマイナスイメージの噂を多く聞こえて来ますが、映像を見た限りでは特に不徳の息子という感じでも無くむしろ頭の良い事業家という感じで威圧感もあり、上に立つ事になっても問題は無いと思われます。ただ国外の生活が長いので朝鮮で指導者をする事に耐えられるかどうか少々疑問が残ります。朝鮮の国家指導者となりますと、世界中の注目を浴び、反人権を唱える団体には目の敵にされ、生命の危機との隣合わせで全ての面で面倒くさい話ばかりであり、そんな役割は投げ出しある程度の資金が約束されれば国外で自由気ままに暮らす事を選択する可能性もあると思います。米国と財産と間で身の保全を約束すれば合意する可能性もあると思います。

またスイスなどに長く滞在していたので、欧米的な思想文化に造詣が深い事は間違い無く、朝鮮の現状に対して危機感を抱き、父である金正日総書記の保守的な考え方と合わなくなり、多少疎んじられているのかも知れません。そして健康が懸念されています。かなり太り気味であり、心臓等に問題があるとも言われています。また現在は中国北京に住んでいるという事で中国の影響を強く受け、政府要人等の特権階級の子息で構成されている太子党との交流もあり、中国の後ろ盾で後継に推挙されるかも知れません。もし後継者となり、朝鮮の指導者となりますと今までの金日成主席、金正日総書記とは全く異なる中国指導の元で現実的な経済政策、改革開放路線を打ち出す可能性もあると思います。いずれにしろ今後この金正男氏の動向に注目です。



(写真:金正男氏・2007年11月・フジテレビ)

北朝鮮:「後継、正男氏有力」 黄・元朝鮮労働党書記、体制は「党中心」(毎日)
97年に韓国へ亡命した北朝鮮の黄長Y(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記は、北朝鮮のポスト金正日(キムジョンイル)体制について「(長男の)正男(ジョンナム)氏が後継になる可能性が一番高い」と述べた。また朝鮮人民軍ではなく朝鮮労働党が実権を握るとの見通しを明らかにした。聯合ニュースが16日、与党ハンナラ党国会議員との会談で黄氏が語ったとして報じた。 報道によると、正男氏後継を有力視する理由について黄氏は、金正日総書記の義弟で実質的権限が強いとみられる張成沢(チャンソンテク)党行政部長の支援を受けていると指摘。また「中国政府が正男氏を持続的に管理してきた」と中国の後ろ盾を示唆した。体制は、金総書記が軍幹部の人事を徹底的に管理してきたため、軍が前面に出る可能性は低いとの認識を示した。さらに黄氏は「万一、無政府状態になったら中国軍が駐屯する」と断言。「中国は領土的野心はないため、米軍も北朝鮮に入り合同管理システムを構築する必要がある」と主張した。


金総書記の3人の息子も心臓病・糖尿病、後継にも影響か(読売)
韓国の聯合ニュースは17日、複数の北朝鮮消息筋の話として、重病説が伝えられる金正日(キムジョンイル)総書記(66)の3人の息子も心臓病、糖尿病など各種の病気にかかっていると報じた。こうした状況は、ポスト金総書記の後継構図にも影響を及ぼしているという。聯合電によると、長男の正男(ジョンナム)氏(37)は、心筋梗塞(こうそく)で1994年に死亡した祖父、金日成(キムイルソン)主席や父親から受け継いだとみられる心臓疾患に悩んでおり、治療のためフランスなど欧州諸国に出掛けることが多い。さらに、二男、正哲(ジョンチョル)氏(27)は「女性ホルモン分泌過多症」という珍しい病気を持っているうえ、バスケットボールで負傷した足を治療した際に投与された鎮痛剤の中毒になった。また、友人から覚せい剤などの麻薬を受け取り、その中毒症状も深刻化している。三男、正雲(ジョンウン)氏(25)は母親の高英姫(コヨンヒ)氏が2004年に死亡した後、ストレスから酒におぼれて急速に健康が悪化。現在、ひどい高血圧、糖尿病を患っているという。


黄長Y氏は混乱が生じた場合には中国の駐屯が考えられるとしていますが、朝鮮戦争が終結していない停戦の状態が続いているので、協定違反となりこれは難しいと思います。一番現実的なのは韓国と中国の両部隊が協力する事ですが、双方の考え方が異なりますのでこの場合にも混乱を収拾するのは大変であると思います。



159・金正日総書記の実弟・金平日氏 (2008年09月15日)
金正日総書記が病気で倒れたという情報があり、俄然注目されているのが異母弟の金平日氏です。見た感じも金主席に似ており元々は金日成主席はこの平日氏を非常に可愛がり、後継者もしくは金正日総書記との分権も考えていたそうですが、金正日総書記が後継者に確定すると大使として外国に出るようになった経緯があります。1988年から20年にわたり東欧諸国の大使を歴任していますが、ほとんどメディアに出る事はありませんでした。現在はポーランド大使をしており、ポーランドの一都市のウェブサイトに二人の子供と一緒に写真入りで動向が伝えら得て注目されています。重村氏は金正日総書記死亡説を唱えていますが、このように公の席に金平日氏が登場し、写真等が公開されるのを根拠の一つに挙げています。

ポーランドのサイトには数枚の写真が掲載され、二人の子供の様子も詳細に出ています。長男の仁剛氏は見た感じスマートで洗練された雰囲気があります。長女の恩松さんはピアノを弾く姿が出ています。当然ですが二人とも金日成主席の孫であり、金正男氏などとは従兄弟の関係となります。10年ポーランド大使を務めているのでこの二人の子供はポーランドで成長したと考えて良いでしょう。現地の大学院に通っているとも言われています

金正日総書記の後継者争いが注目されていますが、金日成主席の後継者争いの際には金日成主席の弟の金英柱氏ではなく長男の金正日総書記が後継者となり、今回正男氏並びに異母兄弟の正哲、正雲そしてこの叔父の平日氏との後継者争いとなり二人の異母弟と叔父という事で、偶然ですが、これは金日成主席の後継者争いと全く同じ構図となっています。ただ英柱氏は常に中枢に居たのに対して平日氏はずっと外国に居てそのような争いとは無縁の状況にいましたので事情は全く異なります。しかしながら存在が公に出ているのを見ますと昨年辺りから既に権力の構図に何かしらの変化が起きているのかも知れません。もし金正日総書記が死亡するような事になりますと金平日氏生存する金日成主席の唯一の男子という事になります。金総書記の三人の息子にはそれぞれ健康などの問題があり、主体思想が国の基本理念であり、金日成主席の血統を受け継ぐ人物を指導者に立てる必要がある朝鮮ですので、今後の金平日氏の動向も気になります。また、長男の仁剛氏はまだ20代の前半でしょうし、余り評判の良く無い正日の3人の息子と比較しますとこのそれなりのレベルにはありそうで、今後の後継者争いのダークホースになるかも知れませんね。



(写真:金平日氏と二人の子供・仁剛氏と恩松さん:ポーランド、ナレフ(Narew)市ホームページ:2007年 5月)



160・新発射基地でテポドン2号の発射実験 (2008年09月16日)
金正日総書記が病気で倒れたという事に注目が集まっていますが、朝鮮では新たなミサイル基地が建設されており、そこでミサイルのエンジンの燃焼実験が行われたという情報がありました。現在の朝鮮内部の事は分かりませんが、少なくとも軍部がかなりの発言権を有している事は間違い無いと思います。軍として特に力を入れているのがこのミサイルの開発であり、これが完成すれば米国のアラスカ州までミサイルを飛ばす事が可能となるのだそうです。

不思議に思うのはこの基地の位置です、果たしてどこを狙っているのでしょう。もし米国や日本を狙うのであれば今までの基地のように東海岸に基地を建設するはずですし、韓国を狙うのであれば南部に建設するはずです。新基地は朝鮮領内の一番西北部に建設しました。確かに首都平壌から近い利便性もあるのでしょうが、中国それも北京から見ますと最も近い位置にあります。この基地から北京はでは約700キロ、それよりも近い位置に大連、瀋陽などの中国でも有数の大都会があります。どこに標準を合わせているのか、何を考えているのか理解に苦しむ朝鮮ですね。中国も自国の安全保障の観点から神経を使う事でしょう。長距離では無いごく短距離のミサイルでも脅威であり、朝鮮に大きな混乱が起きた場合には自国の安全を理由に中国は軍を進めて来る可能性はあると思います。

この基地はまだ完成していないそうで、完成した時にどのような使われ方をされるのか、どこに向けて発射実験を行うのでしょう。既存の東海岸の基地ですと当然ですが、日本海方面に向けて発射していましたが、今回は黄海に面しており、この海に向けて発射実験を行うのでしょうか?もしそうであれば中国にとっては自国の海の前という事になります。中国が了解しプロジェクトに何らかの形で参画して後ろに控えているのであれば問題はありませんが、朝鮮が単独で基地建設を行っているのであれば、中国はかなり神経質になっている事でしょう。歴史的に見て中国にとり朝鮮北部は自国の安全保障の点で重要な地域です。ここに不安要因が出来た時には強い姿勢を取ると想像します。



北が東倉里試験場でミサイルのエンジン燃焼実験(朝鮮日報)
北朝鮮が現在建設を進めている平安北道鉄山郡東倉里の長距離ミサイル発射試験場(基地)で、今年に入ってからテポドン2号(射程距離6700キロ)と推定される長距離ミサイルのエンジン燃焼試験が行われていたことが分かった。エンジン燃焼試験はミサイルのロケットエンジンを試験場内に水平に横たわらせて稼動させるもので、ミサイル開発においては必須のプロセスだ。これは来年中に完成するとみられる東倉里試験場がすでに部分的に稼動していることを意味しており、北朝鮮が長距離ミサイル開発を今も続けていることを示すものでもある。韓国政府の北朝鮮情報筋は15日、「北朝鮮が今年に入って東倉里試験場で長距離ミサイルのロケットエンジン燃焼試験を行っていることが、米国のKH‐12偵察衛星により把握された」「東倉里試験場では数年前から段階的に工事が進められており、エンジン燃焼試験場はすでに稼動に入っている」などと述べた。北朝鮮が今回行ったエンジン燃焼試験は、2006年7月に咸鏡北道花台郡舞水端里の試験場(テポドン試験場)で試験発射が行われたが失敗したテポドン2号、またはその改良型(射程距離1万キロ以上)と推定されている。別の消息筋は「北朝鮮は06年7月にテポドン2号の試験発射に失敗した後も、エンジン燃焼試験を不定期に行いながらミサイル開発を続けている」と述べた。




(地図:新たなミサイル基地のある平安道鉄山郡の位置・グーグル)



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