怪異、不気味な古代の人造人間の話
● 東洋医学史研
究会 宇田明男
いまさら改まって表示しなくとも、当初から荒唐無稽な話ばかり書きなぐっているではないかといわれそうであるが、それに輪をか
けたような話を今回も紹介したい。
荒唐無稽な話と思ってはいっても、同じような話がやたらいろい
ろなところから続けて出てくると、これは一体全体なんだというこ
とになる。
私自身大体がそうした奇妙キテレツな未確認情報にはすぐに飛び
つくほうなので、どうにも収拾がつかなくなる。
実は人造人間の話なのであるが、とはいってもありふれたSF小
説の類ではないのは確かである。
過去の歴史上の人物が登場し、しかも人造人間製造に関わってい
る奇妙奇天烈な話なのである。
千年近くも昔のことだから、当然そこには何の科学的発想さえもなかったはずと誰もが考えがちである。 ところが話が話だけに、そうとばかりはいえないような部分も出てくるから、なお更この話は珍奇でおもしろいことになる。
その1つに、歌人として名高い西行(1118〜1190)が高野山の山奥で
修行中に、「反魂の秘術」を使って密かに人間そっくりの者を造ったというのが
ある。 しかし、ようやく出来上がったその人造人間は顔の色艶も悪く、符抜けた笛の
ような奇妙な声で喋るので、なおさらに薄気味悪く思えてとうとう終いには山奥に捨ててしまったという。 歌人、僧侶というのは仮の姿であり、これなどは西行の経歴には多くの謎が隠されているということにも繋がる突拍子もない不可思議な話なのだ。
西行はその後に京にのぼり、当時の秘術の大家の伏見前中納言師
仲卿にこのときの経緯を詳細に話す機会があった。 そして自分の製作過程の不手際についても謙虚に教えを請うた。
中納言は一通り話を聞くと、西行が行った「反魂の秘術」そのものが未熟なのを指摘しただけでなく、
さらに修行によって奥義を極めれば本物そっくりの人造人間が造れると語った。 実際に、かって彼が造った人造人間のなかには大臣にまで出世した者がいると言って愉快そうに笑った。 これは一つのブラッ
クユーモアであろうが、今でいうところの培養されたクローン人間というわけで何とも恐ろしげで不可思議な話の部類ではなるであろう。(『撰集
抄』参照)
西洋にもこれと同じような似た話があって、十三世紀最大のスコラ哲学者、科学者と
して有名なレーゲンスブルクの司教アルベルトゥス・マグヌス(1206〜1280)は、化学、医学、精密機械工学、天文地理学といた科学全般に精通していた著名な人物だが、20年以上の歳月をかけてついに全自動の機械人間・アンドロイドを造り上げたという話がある。
この機械人間は自ら歩き回り、人を相手に会話し、召使として雑用までこなし
たという優れ物であったという。 ところが、彼の家を訪ねてきた弟子のトマス・アク
ィナスとの会話中に、どうしたことか彼をひどく怒らせてしまい、終いにはハンマーで無残にも叩き壊されてしまった。(『太古史の謎』アンドール・トマス著)
一説によると、トマス・アクィナスはおしゃべり好きな人造人間の言葉遣いが原因で
怒ったのではなくて、人間そのものにしか見えないその者の言い知れぬ不気味さに恐怖を覚えて無我夢中で壊したのだ
ともいう。 不気味な存在ということでは、何やら西行の人造人間の製作失敗話とも似ているところがあって興味深い。
古代中国にもこの手の奇怪な話があって、魏の二代目明帝(在位226〜238)はこうした機械仕掛けを好むということで広く知られていた。
宮廷内でもいろいろな精巧な機械類を造らせていたが、なかでも曲芸や舞踊、器楽演
奏までこなすカラクリ人形がことのほか気に入っていた。
同じ頃、隣国の呉の大帝(229年 - 252年. 姓・諱, 孫権)も明帝と競うようにして自分で歩くカラクリ人形を造らせ
たが、皇后がその人間そっくりの美男の人造人間にすっかり魅せられてしまい、
これに嫉妬した皇帝は直ちに破壊するように命じたという逸話さえある。 古代中国ではこうした特殊な工作技術を、一部では「怪術の法」といった。 王族や貴族階級の間では、こうした趣向が持て囃されていたようである。
これに繋がる古い話として出てくるのが、古典籍『列子』湯問篇に紹介されている3千年近く前の事例が特に有名である。
周の五代目天子穆王(? - 紀元前940年)のとき、偃師という名工が見事なカラクリ人形をつ
くり上げ、それを王に献上した。
そのカラクリ人形の立ち振るまい、舞い踊る姿を見て王は本当の人間ではないかと
錯覚したほどであった。 ところがこの人形は、王の寵姫にこっそり色目をつか
い王の逆鱗に触れてしまう。 王は怒りに任せて、いきなり人形を叩き壊そうとする。
これには製作者の偃師も大いに恐れ入って、王の目の前で直ちに人形をばらば
らに分解してすべての仕掛けを見せたのである。
その人形の体は、革や木片、にかわ、漆、白黒、丹青など多くの素材を集めて精巧に造ら
れていたのであるが、王がよく調べると内部には内臓として肝・胆・心・肺・
腎・腸・胃の五臓六腑が、外部には体を支える構造として筋骨・関節・皮毛・歯髪がそれぞれ似せて
造ってあって、人体の構造として形が見事なまでに揃っていた。
それらの各部品を複雑に組み合わせていくと元の人形の姿になるわけである。 王は内部構造を興味深く観察しながら、ためしに人形の胸から心の臓を取り外してみた。 するとたちどころに
人形は舌がもつれた様になってうまく喋れなくなってしまった。
次に肝の臓を取り外すと、どうしたことか人形の目が機能しなくなった。 次に腰の脇から腎の臓を取り
外してみると人形は、力が抜けたようになって立って歩けなくなってしまったのである。
ここではじめて穆王は精巧で緻密な人形の構造に驚き、思わず感嘆の声を上げたので
あった。──。 残念ながら古典『列子』自体には、これ以上の詳しい説明はされていない。
3千年も前に人造人間が造れるかという疑問はさておき、こういう話は後世過去の人物の名を借りて創作されたと考えられるわけだが、それにしても愉快である。
なぜこのカラクリ人形は、ここで喋れなくなったのか、なぜ目が機能しなくなったのか、なぜ一歩も歩けなくなったのか。 これを説明するには、さらに中国医学的謎解きが必要である。 その謎解きがされると、この話しはさらに奥深いものになる。
つまりここでの記述内容自体は、古代の中国医学の五臓と身体機能との相互の生理的関係を示して
いて非常におもしろいところである。 実際に中国古代の医学書
『黄帝内経』の身体機能の記述内容と符合していて、一層興味が湧く筋立てとなっている。
たとえば心臓と舌の関係は、『黄帝内経』では「心は舌を主る」(陰陽応象大論)、「心気は舌に通ず」(脉度篇)と書かれている。
また肝臓と目については、「肝は竅を目に開く」、「肝は目を主る」、「肝気は目に通ず」、「肝和するとき則ち能く五色を辨ず」、「肝は血を受けて能く視る」というように記述されている。(金匱真言論・陰陽応象大論・脉度篇・五臓生成論)
『黄帝内経』では、五臓六腑の解剖学的情報とともに、これらの内蔵と身体機能との生理学的関連性が詳細に書かれている。 内蔵が病気で冒されると、それに関連した身体機能が低下し失調するという病理観にもそのまま繋がる。
驚くべきことであるが、古代中国では数千年以前にすでにこうした詳細な内蔵の生理的機能と身体の関連性が医学情報として知られていた。 文献情報として残されているということは、これらの医学的情報が当時の知識人にも伝わっていたということになる。
つまりここでは、心臓の機能が変調をきたすと、舌が腫れて喋れなくなったりするというのである。 またここでは肝機能の異状によって網膜の機能異常や視力の低下が現れるともいうのである。
腎と歩行機能との関連でも同様で、古代の中国医学的な情報を求めるならさしずめ「腎は骨を主る」(宣明五
気篇)と書かれている。 腎が正常に機能しなくなると、体を支える骨の成長や骨が脆く弱くなるということである。 さらには、「腰は腎の府、転揺する能わざるは腎将に憊んと
す」、「筋骨解堕師、・・・歩行正しからず」(上古天真論)ということで、腎機能が弱れば足腰が衰えて萎えてしまうという。
つまりこの古代中国の人造人間の話は突き詰めていくと、見事なまでに当時考えれていた古代中国の医学理論に基づいた生理観や病理情報を直裁に取り入れていることがわかるわけで、これがこの話の肝心な謎解きの部分というわけである。
(01,08,06)
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