『ベスト・パートナー』 52


  <そして明日はきっと良い日>







<1>



天河さんの心臓の音、その鼓動が直に私の耳に聞こえてきます。


それはいつも私が自覚している自分のソレより多少速いような気がしたけど、何故か興奮状態の私を落ち着かせてくれる心地の良いものでした。


天河さんはひたすら私の髪に触れて撫でて、時折背中もさすってくれます。

その手際のよさ、とっても慣れているような雰囲気がちょっと気に食わなかったけど、正直良い気持ちだったので私は大人しくなされるがままで。

こうやって目を閉じて、天河さんの胸あたりで手をぎゅってしつつ、完全にくつろいでしまっています。


よくよく考えれば、肩をちょっと出したままという着乱れた状態で、ふたりっきりで抱き合っているなんてとんでもないことのような感じなんだけど。

今の私は抵抗する気もない、できない状態なんだから、ちょっと天河さんがその気になれば、こてっと寝転がってあっさり天河さんのものになってしまうだろうし。

冷静になればなるほどとんでもない環境下なんだけど、今現在の私としては、このあとどうなってもいいからこの瞬間はこうしてたいな、って強く思ってる。

何も考えたくない、こうやってだっこしてもらってればいい、なんてね。


ずっとこうやっていて欲しい、それが私の本音でした。


「ほら、ちゃんとシャツ着ないと。」


そう言って天河さんが私の着乱れたシャツを直してくれたんだけど、そんなこともどうでも良かったんです。

今はただ、何も考えず頭を使わず天河さんの、体温を感じていたいっていうか。

せっかくだから天河さんにも、同じように感じてもらいたいってゆーか。

こういう事を素直に思えた私は、ひさしぶりに自分に素直になれた気がします。


そう。


このところ色んなゴタゴタがあって考え過ぎてたから忘れてしまってたけど、私は結局のところ天河さんの事が好きなんでした。

それはもう、ずっと前からあった筈の気持ちで、そしてこないだ改めて気付いた想い。

自分でも十分過ぎるほど解っていたつもりだったんだけど。

こうやって抱き締められて再確認させられるはめになっちゃって、つくづく私ってば賢くないななんて思ってしまう。


まぁ、そんなこんなもどうでもいいとして。

とにかく今は、天河さんの腕の中でじっとしてたい、そんな感じ。









<2>



「えっと…ねぇルリちゃん、そろそろ降りよっか?
こんなトコでこんなコトしてちゃ誰かに見られちゃマズイしさ。」


だから天河さんが急にそう言って私を膝から降ろした時には、とっても寂しくなって少しカチンときてしまいました。

その際の私の扱い方が妙に手慣れていたのも気になったので、もうしばらく抱かれていたかったですという非難も交えつつ、軽く天河さんを睨んでみました。

そしたら、


「あ…やっぱ怒ってる?
俺もさ!いきなりあんなことする気なかったんだけどさ!つい勢いでやっちまったっていうか!
・・・ゴメン。」


なんて赤くなったり青くなったり、目に見えてうろたえるんだから思わず少し笑ってしまいました。

本当に、感情の起伏が激しいひとです。


「大丈夫ですよ。
私、全然気にしてませんから。」

「ほんと? ルリちゃん怒ってない?」

「ちょっとだけびっくりしましたけど…。
大丈夫です、天河さんなら。」


私はこの言葉に色々深い意味を込めたつもりだったんですが、案の定天河さんには通じてませんでした。

だって、散々謝ったあとに、こんな事言うんだから。


「俺はルリちゃんの言う通り自分勝手なだけかも知れない。
でもね、さっき言った事は全部本当だし。
俺なんかじゃ頼りないかも知れないけど、頑張るからさ!」


ご自分の一人相撲だと認識しているのが何よりの証拠ですね。

でもまぁ、これで良いのかなって思うんです。

一般的には、女性が男性を求めるよりもその逆、男性が女性を追っかける方が事がうまく運ぶってゆーし。

私としてはどうやって天河さんに振り向いてもらうかが悩みの種だったけど、あちら様からこう言って頂ければ余計な心配だったって事かな。


でもそうなると、やっぱり天河さんの動機の方が気になるのよね。

ちょっとしつこいけど、今なら素直に答えてくれそうな気がします。

些細な疑問は最初に解決しておくべきです。


そんな訳で私は、再度天河さんの膝の上にのぼって、色々お話することにしました。

別に膝に乗ってお話する必要性はないのかも知れないけど、なんとなくそうしたい気分です。

今なら天河さんも私を拒絶できないだろうし。

天河さんににじり寄って、上目遣いでひるませつつ、素早く膝に乗って位置を確保してみました。

天河さんは当然真っ赤になってオロオロしてたけど、この際我慢してもらうより他ありませんよね。


せっかくだからこうなったら、この場所は私専用ということにしましょう。









<3>



「何故って言われても…正直な話、俺にもよくわかんないんだよ。」

「解らないってことは無いんじゃないですか?
一緒に暮らそうとまで言って。」


天河さんを問い詰めています。

でもやっぱり、こう距離が近いと誤魔化すのは難しいみたいですね。

天河さんも頑張って頭使って答えようとしてくれてるみたい。


「もう隠してもしょうがないから言うけど、やっぱ最初は同情だったよ。
まだ11才なのに戦艦なんかに乗せられてさぁ。
大怪我までさせられてさぁ。
実は、ラピスの奴も大きくなったらルリちゃんみたいな仕事するって決まってたから、余計に気になったってのはあるよ。」

「最初は、ってことは、どんどん変化していったってことですか?」

「うん、多分そうだ、と思う。
ルリちゃんの側にいたらメシが美味いなとまず思った。
あとは、戦闘続きで疲れてくるとルリちゃんに会いたいなぁと思ったり。」


こう順序立てて助け船出して聞けば、天河さんもしっかり答えてくれるみたいです。

それにしても、天河さんがまさか私に安らぎを求めてたなんて、全く今の今まで気付きませんでした。


「俺は本当は荒っぽい人間だから。
戦闘が愉しくてしょうがない酷い奴なんだよ。
でも、それじゃ駄目なんだって心の底ではいつも思うようにしてた。」

「私、それには気付いてました。」

「そっか…バレてたんだ。
なら言っちゃうけど、ルリちゃんと一緒にいればさ、なんて言えばいいのかな…。
そういう衝動が起こりにくいっていうかさ、モノ壊したいっていう。」


なるほど。

なんとなく解ってきました、私。

天河さんは私の為を思ってだけではなく、それ以上に自分の為に想いを膨らませていたんですね。

じゃあやっぱり、私以上に自分勝手な想いをこのひとも持ってたって事になるのかな。


「俺が勝手にそう信じ込んでルリちゃんを困らせたのは本当に悪いと思ってる。
でも、今日話を聞いてあのリストを見て、俺もルリちゃんの為に何かできればって強く思ったんだ。
俺の都合と君の都合と、なんとかまとめて上手くやれないかなと思った。
俺達はこのナデシコだけが家みたいなもんで、お互いこういう仕事しか出来ない。
ついでに、世界に身寄りなんてほとんどいない。
それで、思い付いたんだよ。
俺とルリちゃん、一緒に世の中渡っていけたらどれだけ楽しいだろうって。
それが、俺の気持ち、ってことになるんだと思うよ、多分ね。」


天河さんは自分に言い聞かせるようにそう語ってくれました。


私は、初めて天河さんの心が覗けたような気がして、じんと心が熱くなってしまいました。









<4>



じゃあ、今度は私の番ですよね。

私が問い詰めたせいとはいえ、一応頑張って自分の気持ちを喋ってくれたんだから、今度は私のターンです。

そうしないと天河さんにだけ恥ずかしい思いをさせる事になるし、それよりこういう機会でないとなかなか恥ずかしい事言えません。

今夜は恥かいてばっかりだし、ついでに全部恥ずかしい事ばらしちゃいましょう。

その方が今後、色々と便利なような気がしないでもないです。


それに、天河さんだけの想いにしとくと、あちら様にばっかり負担がかかるような感じでなんだか悪いです。

こっちからもちゃんと想ってますよとアピールしておけば、天河さんも楽になってくれそうだし。

やっぱり、こういう事は共通認識が大事じゃないのかな、なんて。


私はそう強く感じたので、思い切って天河さんに私のことを全面的にお願いする事にしました。

さっきの天河さんの台詞、その前の天河さんの…キス、にとっても感動したからでもある、のかな。

こうやって物語の場面は展開して収束して次の場面へ、そう思ったんです。

何も怖がることは今更ありません。

ちょっと、恥ずかしいですけど。


「天河さん、私の話も聞いてくれますか?」


こういう時、頑張って恋愛の勉強をいっぱいした甲斐があります。

映画で見たように視線を下に向けて、両手を固く結んで、弱々しいながらも決意のこもった強い口調で私は天河さんに呼びかけました。


「う、うん、また俺ばっかり喋ってたかな。
ルリちゃんの気持ちも聞かないとね。」


天河さんはちょっと頬が赤くなってます。

やっぱり、こういう控えめっぽい仕草に男性は弱いのよね。


さて、真面目にいってみましょう。


「私、正直言ってびっくりしました。
天河さんが私のこと、そんな風に思ってくれてたなんて全然予想してなかったから。」

「いや、俺も今考えてやっと解ったんだから。」

「私、嬉しいんです。
私、こんなだから、絶対にそうやって想われること一緒無いなって信じてました。
だから…嬉しいです。」


そう言いながら私は天河さんの顔を見上げてみます。

勿論、どんな顔で聞いてくれてるか確認する為です。

相変わらず真っ赤ですが、そこそこ真面目な顔だったので安心しました。

だから、締めに入ろうと思います。


「でも、私は結構こう見えて頑固ですから、天河さんも苦労すると思うんです。
本当に、私で良いんですか?」

「うん、ルリちゃんさえ良ければ。」


確認の意味で畳み掛けてみます。


「無表情だし愛想もありません。」


「俺は解ってるから、ルリちゃんだって心の中では泣いたり怒ったり笑ったり忙しいんだろなって。」


「結構冷たいし、意外と薄情かもしれません。」


「俺がそのぶん、大事にするから。」


「このお仕事以外あてないですし、ネルガルからも離れられません。」


「俺だって同じだよ、だから大丈夫。」


「仕事しかできません、家事なんてさっぱりで…」


「掃除はともかく料理は俺得意だから、知ってるでしょ?」


「寝起きが悪いので呆れてしまうかも。」


「根気強く起こしてあげるから。」


「友達はオモイカネだけです、私。」


「じゃあ俺もオモイカネと友達になんないとね。」


「…あんまり大人になっても変わらないかも…体型。」


「な、何言ってんの!関係ないよそんなこと!」


「本当に…全部確認済ですか?」


「ルリちゃんは、ルリちゃんだから。俺の知らない事があったとしても、それはきっと良い事ばかりだろうから。」



そこまで答えると天河さんは、今日見たなかで一番の笑顔を私にくれました。

私の方はといえば、ここまで私の事を否定しないこのひとに対して、ある種尊敬の念を抱いてしまって。

なんだろう、胸の奥がすっごく熱くなってきたって感じ。

こういう感覚、今まで経験したこと無いみたい。


あ、そうだ。


「ほら、身体だって、色々悪いとこありますよ私、足とか。」


そう慌てて付け加えると天河さんは、ちょっとだけ呆れたような顔をしてこう言いました。


「ふぅ・・・。
だからね、一緒にいようって言ったんだよ。
直せば良いんだろ、そんなの?」


そう言われて、私はびくんと肩を踊らせます。

直す?


「足…直るんでしょうか?」

「俺は医者じゃないからわかんないけど、多分直るんじゃないかな?
直そうとしてなかったからでしょ、そうなったの?」


ん、と。

そうなのかな?

そうでしょうか。

そうなのかも知れませんね。

…そういえばそうかも。


いや、そうなんでしょうきっと。


私は全てがこうなったのを運命みたく斜に構えて客観視してて、それに対処しようなんて考えてもみなかった。

どうでもいいやって思ったっきりで、全てを野放しにしてた。


だから。

今天河さんが言ってくれたことなんて、今まで想像すらしていなかったから。

前向きになるなんて全く無くって、それ以外のことばっかり考えていたから。


そしてそう気付いたと同時に、天河さんがソレに気付かせてくれたってこと、ついでに協力までしてくれるって申し込んでくれてるってことに思い至って。

最初っからこのひとは、ソレを念頭に入れながら私を想ってくれてたんだってやっと気付いて。


胸がすっごく熱くて、おなかの上あたりから妙な何かが溢れ出てきそうになっちゃいました。

こういう感触生まれて初めてだったから訳が解らず、私としてはなるがままにしていたつもりだったけど。

天河さんが突然オロオロし始めたんです。


「あ!
あわわわ…。
お、俺また何か変な事言った?
ゴメン、いやごめんなさい!
あぁ、どうしよっか…。
俺何度でも謝るからさ!
俺にできる事なら何でもするから!
だ、だから…。
お願いだから、泣かないでよルリちゃん!」


は。

私、泣いちゃってます?


それはまたどうして…。


言われて初めて自分がそうなっている事態に気付き、なんだか余計に胸が熱くなってしまいました。


恥ずかしくて、とても苦しくて。


でも、悲しくはないから。


それで、もうどうしようもないから。


仕方がないので、天河さんの胸に私の顔全体を強くグっと押し付けてみました。


そしたら天河さんは、すぐに再度私の身体に両腕を巻き付けて、ぎゅぅと抱き締めてくれたから。


じゃあ、これからどうすれば良いのかなと映画のシーン等を色々脳内検索して。


胸が熱さでいっぱいいっぱい、うめき声しか出せない割には、極めて冷静に天河さんの背中に両手を回す私がいました。



あぁ、これでもう大丈夫なのかな、と。




<最終話へ続く>








電波の妖精さんは「チッ」と舌打ちした後、「私だって負けてないんですからね…いえ負けられないんですよ…女に二言はないんですから…ねぇアキトさん…」と呟いて、右手にスタンガン左手に睡眠薬、口にマジックマッシュルームをくわえて走り去って行きました。

そう、そのお顔はまるで、『東海道四谷怪談』で鬼横町をひた走るアレのようでした。




次回へ続きます。

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