走水神社

神奈川県横須賀市走水2-12-5
TEL 046-844-4122


高村光雲作
 

走水神社ポイントガイドから転載
   
 走水は「古事記」や「日本書紀」にも出てくる地名で,古くは馳水とも書き,足柄峠を越えて相模の国に入った古代東海道は,鎌倉を経て走水に至り,ここから海路をたどって上総の国へ通じていた。走水神社はそのゆかりの地にある。走水神社の社務所窓口にさりげなく置かれていた一枚のポイントガイドには,下記のようなことが記されていた。

 景行天皇の御代,東征中の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は,古代東海道をたどって来たり走水から船で上総へ渡ろうとしたが,暴風雨に阻まれ,立ち往生してしまった。このとき,同行してきた弟橘媛(オトタチバナヒメ)がみずから入水して海神の怒りを鎮め,航海の安全を図ったという伝説にちなみ,創建された古社。

 日本武尊は,航海に先立ち当地を「水走る」と称えたことから走水の地名が起こったという。また,日本武尊は,わが身を犠牲にして海を鎮めてくれた弟橘媛を偲び,御所ヶ崎に祭る一方,村人の敬慕に謝し冠を下賜されたといわれる。

 村人はこの冠を石棺に納め,その上に社殿を建立して尊を祭ったのがはじまりと伝わる。明治43年,近くの御所ヶ崎に祭られていた弟橘媛は走水神社に合祀された。境内に弟橘媛の顕彰と航海の安全の祈願を込めて奉納された「舵の碑」がある。


 観音崎へ初めてお越しになる方は,観音崎のバス停を目標にされる方が多いようですが,歴史に興味のある方は,横須賀・馬堀海岸方面から観音崎行きのバスに乗り,走水神社前で下車されて参拝の後,観音崎公園のふれあいの森・果実の森から観音埼灯台・観音崎自然博物館方面へ向かわれるのもお薦めのコースです。…公園案内図参照

 (注)現在,走水神社には宮司が常駐していないため,日頃は地元氏子の有志がボランティアでローテーションを組み神社の維持管理をしています。したがって,社殿及び社務所は午前9時から午後3時迄の時間しか開いていません。御用の方はなるべくこの時間内にご来社下さい。尚,神事は浦賀の(西)叶神社の神職が兼務されています。
  
  


走水神社・目次
弟 橘 媛
節 分 祭
夏 祭 り
秋季例大祭
針 供 養
包丁供養祭
湧  水
河童大明神
河童の絵
「日本の神社」に掲載
パワースポット
周辺案内図
 
湧    水
 走水は昔から地下水が豊富で水質が良いことでも知られ,走水神社の境内には富士山から永い歳月をかけて湧き出ていると言われる井戸がある。また,その井戸の上には,走水に伝わる「カッパ伝説」に因んで,可愛いカッパが置かれている。

 観音崎の初代灯台を建設したフランス人ヴェルニーは横須賀造船所の建設にも関わり,そこで使用する水道水として走水の豊富な湧水に着目,水源としたのが走水水源地の始まりです。 
河童大明神
 神社本殿裏には,走水に伝わるカッパ伝説に因んだ「河童大明神」が祀られている。以前,ご神体の河童は,中央に祀られている一体だけだったが,今では左右に,大相撲の横綱土俵入りよろしく,太刀持ち?露払い?の二体の河童が並んでいる。
 
  
  
河童の絵
 
 神社境内にある「舵の碑」の弟橘媛ブロンズ・レリーフの作者・故飯塚羚児画伯は,晩年,河童の絵を数多く描かれた。その中の一つ,音楽家の小宮佐地子先生が所蔵されていた油彩画が走水神社に奉納され,この度,本殿内に掲額された。 
2010.11.10
 
 
 
 「河童の家族」と題するその絵には,赤ちゃん河童を抱いた母親河童と,ほろ酔い機嫌?の父親河童が描かれている。その河童の容姿は,本殿裏に祀られている「河童大明神」の中央の一体にイメージが重なって見える。
  
すぐわかる「日本の神社」
 (株)東京美術から2008年12月20日発行の「日本の神話」第七章ヤマトタケル神話ゆかりの神社として走水神社が掲載され,私が撮影した神社の写真が採用されました。原画はご覧のようにカラーでしたが,本ではモノクロ。この点,若干残念ですが,本の写真は下記のものより,だいぶ鮮明です。機会がありましたら,ご高覧下さい。

定価[本体1,800+税]
 
パワースポット
 
 「タウンニュース・横須賀版」2010.7.9号に「パワースポットに向かう女性たち」と題する記事が載っていた。癒しを求めて走水神社に参拝客が急増しているという。
 
 
 本サイトが利用しているYahoo!JAPANのホームページサービス「ジオシティーズ」には,時間・日・週・月毎の各ページへの訪問数を把握できる「アクセス解析」というサービスがある。

 私は時折このサービスを覗いて,訪問客のニーズを知る参考にしているが,昨年12月から,本ページへの訪問数が急増したのには驚かされた。それまで月平均300〜700件で推移していたものが,12月には1,000件を突破,2月にはなんと9,146件を記録。その後,漸減傾向にあるが,それでも6月は4,163件の訪問があった。

 年明け早々,訪問数急増の理由が気になり,私なりにあれこれ調べ,テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等のメディアが,「パワースポット」「スピリチュアルスポット」として走水神社を紹介しているのが原因とわかったが,「タウンニュース・横須賀版」の記事はそれを裏づける内容だった。
 

※2010年7月の数字は7/9現在
 バイクで買い物に行く途中,走水神社へ立ち寄ると,平日にも関わらず,若い女性の姿がチラホラ目に入った。さりげく眺めていると,彼女たちは本殿で,本や雑誌等でおぼえた作法?にのっとり神妙に参拝。その後,弟橘媛命の記念碑,更には,合祀三社(須賀神社・神明社・諏訪神社)を巡り。最後に社務所で絵馬やおみくじ等を購入しているようだ。絵馬掛けとおみくじ掛けにはおびただしい数のそれが掛けられていた。
  
   
 
 
 走水神社の絵馬は,片面に弟橘媛命像,裏面に願い事が記されている。願い事を幾つか拾い読みすると,流石に女性らしいものが目につく。「家内安全」「愛児息災」「両親長寿」「心願成就」「良縁に恵まれますよう」「好きな人と近々結婚できますよう」「○○の病気が治りますよう」「超安産」「夫が出世,昇進しますよう」「宝くじ超高額当選」等々。時期的なものもあってか,大学・高校等への合格祈願の絵馬は数少ない。

 女性らしい願い事のオンパレードに微苦笑しながら,残念なことを思い出した。叶神社のページの「絵馬とお守り」でも触れたが,祈願成就のお礼の絵馬が一つも見当たらないのだ。「苦しい時の神頼み」は結構だが,願い事が叶えられたことに感謝する慣習は何処へ行ってしまったのだろうか? 
 

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