2005年11月


豊田道倫
『東京の恋人』



もう離婚しようかと思って、名古屋の家から逃げ出した。離婚するなら実家に舞い戻らなきゃいけないから、近鉄特急に飛び乗って、大阪の実家で部屋を掃除した。母が所有する千里のマンション。ここに住むことになるなら、ちょうど10年ぶりだ。掃除をして気づいたのだが、おれの机の上は10年前で時間が止まっていて、1994〜95年に作ったミニコミの切れ端とか、ライブのフライヤーとか、友人からの手紙がいっぱい置きっぱなしだ。当時はメールなんてなかったからね。

手紙のほとんどは、茶封筒に入った、豊田道倫からの物。自作のミニコミの原稿には「今年豊田くんにもらったカセットテープは25本」とある。彼は東淀川区菅原のアパートで音楽を作っていた。よく一緒にライブを見たし、同じステージに上がったりもした。彼は当時における殆ど全曲集と呼ぶべき渾身のアルバムを大阪のインディーズから発表して、高い評価を得た。東京でのイベントにも出演し始め、そこで知り合った女学生と恋に落ちて、高円寺に引っ越すことになった。おれは新大阪駅のホームまで彼を見送りに行った。豊田の「最初の東京の恋人」は男勝りで天真爛漫な子で、おれ宛にも手紙をくれた。10年経っても、おれの机の上に置いてあった。『(上京する新幹線の中で)豊田さんは「大阪を離れるのは淋しい」と言って泣いたんだぜ』と書いてある。

あれから10年。彼は唄い続けている。年に一回は「もう大阪帰るわ」と自嘲気味に呟くのを聞くが、一向に具体的な帰郷の素振りは見せない。彼を東京に繋ぎとめているものは何だ。それが、豊田道倫デビュー10周年記念の新作『東京の恋人』の肝だろう。

一曲目「新宿」。ヤマジカズヒデの歪んだエレキギターと豊田のトレモロ・ギターの高音が交錯する冒頭の二秒だけで、このアルバムが近年稀に見る傑作であることがわかる。街のスケッチをさせれば天才的な豊田の詩情が炸裂。その風景の切り取り方はシャッター音のサンプリングでこの曲に参加している佐内正史の写真の感触に通じる。凝ったコード展開のキャッチーな曲だが、上田ケンジの的確なベースと久下惠生の温かいスネア、向島ゆり子の美しいバイオリンの音色がこの曲を凡庸なJ-POPに成り下がるのを阻止している。豊田の10年間の東京コネクションを凝縮したような布陣による入魂の一曲目。

二曲目「うなぎデート」。この曲を聴いた人は今後生涯うなぎを食べるたびに口ずさむことになるだろう、怒涛の名曲。曽我部恵一のアコギがファンキーなカッティングでうなぎ食べに行くカップルを煽りまくるという贅沢な曲だ。とにかく土用の丑の日を「夏バテ防止の大事な日」であると、むしろ他の曲よりも伸びやかに唄いきった豊田には全国のうなぎ名店、うなぎ漁業協同組合および日本鰻資源保護対策協議会などから感謝状が贈られるべきだろう。

三曲目は「いい湯〜YOU〜だな」。これも一聴すると牧歌的でコミカルな珍曲と片付けられてしまいそうだが、聴きこむほどに味わい深くなる、何とも癒される曲。日本フォーク史に残る名曲かもしれない。アウトロで漂いまくるギターの爪弾きにはインプロビゼーションとフォークの融着を試みる真の音響派としての静かな野心を感じる。彼が羅針盤の新作『むすび』を「涙が出るほど好きだ」と言っていたことを思い出した。

続いて「恋ヶ窪」。ギター弾き語りだが前作の二枚組『SING A SONG』の曲群とは一線を画す、優しいラブソング。親しみ易く耳に残る作曲法を体得した感さえ受ける。これも10年の成長の証か。もはやカラオケで唄いたくなるほどにポップ。この曲もバンド・アレンジで録音したものを聴きたい気がするが、豊田のプロデューサーとしてのアルバム・トータリゼーションがこのアレンジを選ばせたのだろう。そういう点にも彼の歌手としての矜持を感じる。ちなみに当方で調べましたところ、恋ヶ窪とは中央線の国分寺駅から西武国分寺線で北へ一駅。新宿から特快に乗れば25分ほどであります。いろんなところにいたのね、東京の恋人。

五曲目は「RIVER」。豊田の声はいつも不明瞭な鼻声だし喘息もあるから万人に受ける爽快なポップシンガーにはなりえないのかも知れない。しかし、川の匂いや特有の冷気と目に映る生き物の温かさを対比させて恋を綴らせれば、これはおそらく世界一だろう。Dr.kyOnによるテルミンみたいなビヨンビヨンいうカシオトーンと久下のドラムスが夜の川の美しさや橋の上の頼りなさを演出する。長年のファンにはお馴染みだろうが、豊田は川がめちゃくちゃ好きだ。名曲「仕事」のPVで美しい川面の映像に涙した古いリスナーも多いだろう。そういえば彼が上京して初めて連れて行ってくれた場所は隅田川だった。歌舞伎町のアダルトショップで裏本を買って、川沿いのベンチで二人で女性器を眺めた。なんちゅう想い出や。今ではインターネットで無修正の性器などいくらでも見ることができるが、当時はそういうの無かったんで。これも10年の歳月を感じさせるエピソードということで書いとく。

次は「長い手紙」。エレキ一本の激情弾き語り。手紙はほしいけど、もらえないに決まっている。それは自分が「本当の言葉を吐き出さないから」だ、という対人関係における根深い矛盾がテーマだ。表層的には「かまってほしい淋しい人」と捉えられてしまうかも知れない。しかし、豊田が提示するのは「本当の心の言葉って一体何だ?」「正直な言葉って何だ?」という本質的な懐疑だろう。その証拠に彼はあろうことか「長い手紙はやっと来たけど/長い手紙を破り捨てた/長い手紙を燃やした」と唄ってしまうのだ。ギャーなんてひどい男。おれは一度女の子からの手紙を燃やしたことがあるが、意外と燃えないもので、焦って火をいっぱい点けたらめちゃくちゃ炎が上がって千里中央駅のトイレでボヤ騒ぎを起こしそうになったことがあります。手紙を燃やすときは細かく千切ってからにしましょう。

七曲目「グッバイ・メロディー」。大サビから入る美しい展開の曲。しかし、この歌詞はもはや遺書に近く、宇波拓の穏やかなタッチのピアノはまるで臨終に立ち会う医師のようにケアフルで優しい。最後のフレーズ、悲しすぎます。

八曲目「35の夜」。これも絶望的に悲しい歌詞。豊田道倫の魅力は迷い、戸惑い、懊悩と煩悶を繰り返して二律背反する本当なのかウソなのか不明確な要素なわけだが、この曲の歌詞に関しては完全に救いようがないネガティヴネスで貫かれている。それでも、間奏でラップ入れたくなるようなキャッチーでファンキーな構造であることが、やはりパラガネスと呼びたくなる豊田の魅力だ。

最後は表題曲「東京の恋人」。直前二曲で死ぬかと思わせた豊田の、明日へ向かうための新しい行進曲は東京中の独身男性が全員立ち上がって合唱したくなるようなめちゃくちゃキュートなサビメロが特長。最後の最後に登場する川本真琴のとろけるような可愛い声が「東京の恋人」のシンボルで、心の底から救われるような、まさに女神の歌声。ここに彼女の声が入らなかったら東京中の独身男性が全員死んでたんじゃないか、と思うぐらいジャストフィットだ。遂に許しあうことを知った豊田の「新しい暮し」が、多くの新しいリスナーの共感を得ることをおれは信じてる。

さて、おれは離婚しないことにした。
わがままで家を飛び出したおれを、それでも愛してくれると言う妻をもう一度、最初からちゃんと愛し直そうと思う。豊田くんとはずいぶん違う生活を送っているけど、これが、大阪を離れて10周年になるおれの決意。だから、おれが今アルバム作るなら『東海市の妻』。企画物AVみたいなタイトルだが、これはこれでロックンロールなんだぜ。


(2005年11月03日)