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御嶽山 '98 8/13

八ヶ岳から遠望した御嶽山

八ヶ岳から遠望した御嶽山

 

 八ヶ岳の稜線に出ると、巨大な山が彼方に見えた。日本には数少ない3000m級の独立峰、木曽御嶽山(3062m)だ。火山にしか造りえない大きな台形は周りの山々を圧倒する。同じ3000m級の山でも、連山となっているアルプスに比べて、この山が放つ存在感はとてつもなく大きい。

 遠くから姿が眺められても、そこは木曽の山奥の奥。麓から山頂までは2000mもの高度差があり、やたらに人を寄せつけない。山が深ければ深いほど、険しければ険しいほど、その存在は荘厳に見えてくる。威厳に満ちた御嶽山の存在に霊峰として神の気配を感じるのもなんとなくわかる気がする。


【霊峰御嶽山】

 山頂から山麓の王滝までは長い尾根で結ばれる。今も昔も御嶽参りで登られている尾根だ。かつて御嶽山に登ることが許されたのは麓に住む人々に限られていたという。しかも山が開かれるのは一年の内のたったの一日だけ。さらに参拝前には麓で百日ものみそぎをしなければならなかった。それほど厳格な御嶽山登拝を毎年行なえるわけがない。だから庶民にとって御嶽登山は、メッカの巡礼や御伊勢参りのように一生に一度の大イベントだったそうだ。江戸末期に入り、覚明と普間という修験者によって禁が破られ、以来山は多くの人々に開かれた。

 現在は、王滝の尾根沿いに田の原(2180m)まで登山道路が通じ、御嶽参りもずいぶんと楽になったに違いない。かつての人々が足で登った尾根をマイクロバスや観光バスが次々に登って行く。バスには「〜教会」と講社の名が記されている。講社名に付けられた地名を見ると、岐阜といった中部近県から埼玉といった遠くからも登拝に来ているようだ。御嶽の神が君臨している地域はとても広い。バスに乗っている人々はほとんどがお年寄りだけれど、少ないながら若者も混じっている。白装束に身を包んだ信者たちは田ノ原でバスを降り、そこからは自分の足で山頂を目指す。

参道沿いには古い霊神碑が建つ

参道沿いには古い霊神碑が建つ


 王滝の尾根沿いには無数の石碑が建つ。登山道路に面した目立つ場所に建ち、御影石で周りを豪華に飾った碑もあれば、スキー場に分断された古い参道の傍らで朽ち果てる碑まで様々だ。いずれの碑にも真ん中にはナントカ霊神と大きく刻まれている。その横に俗名が彫られているところを見ると、どうやらお墓のようだ。死後は霊神となって山に宿り続けること、それが御嶽を信仰する人々にとって本望なのだと聞く。



【動く御嶽山】

 信仰を通じて古くから人々とつながりが深かった御嶽山。当然、記録も詳細に残されてきたに違いない。でも過去に噴火の記録は存在せず、誰しも御嶽山は死火山だと思っていた。しかし1979年に突然の水蒸気爆発。山の北東にかけて火山灰を降らせた。噴火そのものはそれほど大きくなかったものの、今まで死んでいたと思っていた火山が噴火したことは専門家にも衝撃を与えたようだ。

剣ヶ峰山腹の噴気

噴火以来、剣ヶ峰山腹では噴気が激しい

田ノ原駐車場から見る御嶽崩れの痕

田ノ原駐車場から見る御嶽崩れの痕

 1979年の噴火は僕の記憶の中にはないけれど、その後に起こったは御嶽崩れは御嶽山の存在を頭の中に焼き付けるのには十分すぎる大災害だった。
 1984年、長野県西部地震が起こる。M6.8の地震によって、御嶽山の南西山腹から派生する伝上沢の源頭部が大規模に崩壊し、土石流となって麓の王滝村を襲った。崖っぷちで今にも谷に落ちそうな家屋、沢をかけ下る土石流。崩壊直後に現地に飛んだヘリコプターからは衝撃的映像が送られてきた。御嶽崩れと呼ばれるこの大崩壊によって、山腹は深さにして200m近くえぐられる。今でも、登山口にあたる田ノ原の丁度正面には御嶽崩れの生々しい傷跡が残る。

 この時、崩れた土砂は麓を流れる王滝川をせき止め、やがて湖が造られた。自然の風景の一素材として湖はどこにでもある。でも自分の生きている間に湖が造られるなんてことがあると思っていなかった当時、この事件にはものすごい興奮を覚えた。16年経った今、湖は自然湖という名で地図に描かれ、王滝村の観光資源の一つとして村の案内にも紹介されている。王滝からさらに山奥へ入ったところに水をたたえている自然湖を訪ねてみた。


 至るところに土砂崩れの傷跡が残るワイルドな王滝川ぞいの道を行く。やがて支流の濁川にかかる橋が見えてくる。橋の手前には御嶽崩れで命を失った29名の人々への慰霊碑が建つ。崩れた土砂は伝上沢から濁川になだれ込み、橋の掛かるこの場所で王滝川をせき止めた。崩壊した土砂がここに溜まっているせいなのか、王滝川の細い流れに比べて河原が異常に広い。濁川に面した斜面は荒れた山肌をさらし、強固なコンクリートが河床を覆う。

 自然湖の岸辺では白骨化した樹々が針のようになって立ち尽くし、異様な風景を造っている。現在の道からはだいぶ外れた位置に掛かる橋がある。橋の欄干や路面はどうみても新しくはない。橋を渡ると荒れたアスファルトが湖岸に沿って続く。どうやら災害前にあった道らしい。道に沿って進むとやがて森が覆いかぶさってきて、その中に道は埋もれる。薮をかき分け、さらに続く踏み跡を行くと、目の前にはトンネルが現れる。100mも歩くとトンネルを抜け、湖畔に出る。その先、道は湖の中へと沈んでゆく。
 湖面は波立つこともなくとても静かだ。湖の上を一羽のタカがのどかに舞っている。TVを通して目撃した災害の跡は風景の至る所に刻まれているものの、今この場所には静かな時間だけがある。

御嶽崩れが造った自然湖

御嶽崩れが造った自然湖


【登山】

 登山は田ノ原にある大きな鳥居をくぐるところから始まる。初めは平坦な参道が続く。目の前が開けた参道からは、これから登る山頂までの急登がいやおうなしに一望される。標高差900mの休みなく続く登り。でも昔の人の苦労に比べれば知れたものだ。

 大江権現というお堂を過ぎた辺りから急登は始まった。昨晩を山頂の小屋で過ごした人々が次々に下ってくる。登頂の充実感に溢れた面持ちですれ違いざまに「頑張って」と登る参拝者と挨拶を交わす。参拝者の中にはお年寄りが多い。中には杖を片手に歩くのもおぼつかない方もいる。そんな老人でも山頂を目指して行く。信仰から湧き出る力は凄いものだ。

 ひとしきり登り、周りの景色がハイマツに変わると、金剛童子という場所に着く。標高は2500m。かつてはここでわらじを履き替えたという。この岩だらけの道をわらじで登る昔の人の苦労に感心していると、現代の参拝者の中にもサンダルで登っている人がいた。信仰の力?は凄い。標高が高くなってきたためだろう、このあたりに来ると山に慣れない参拝者の中には頭痛を訴える人もいる。やがて一口水という場所に着いた。火山灰の地層の間から、本当に一口程度の水が細々と湧き出している。この細い泉に登山者は行列をつくる。

 山頂に立つ小屋はだいぶ近くに見えるのに道はまだ登る。「ぎゃ−てい、ぎゃ−てい、、、」と上から般若心経が響いて来た。少し登ると再び現れた社の前で白装束姿の中年女性三人が真剣に経を唱える。神妙なム−ドが辺りに漂う。

山頂から北アルプス方向を望む

 ようやく山頂に着いたと思ったが、そこはまだ王滝頂上という台形をした御嶽山の南の肩に過ぎない。最高峰の剣ヶ峰まではさらに100m登る。王滝頂上を過ぎると左手に噴気孔を眺めながら、八丁ダルミという平坦な道をしばらく歩く。厳めしい行者の像を過ぎ、あとはなにも考えずに上を目指すだけだ。予想外の試練となる石段を最期に登れば、その向こうには天界の風景。手前から湖面の色が美しい二の池、乗鞍岳、槍ヶ岳、そして遠く立山の峰までが遠くに霞む。


【豆情報】

・登山の拠点には銀河の森キャンプ場が便利。テント一張一泊1500円の入場料一人200円。バンガロー、コインシャワー有り。谷間から尾根沿いのフリーサイト。右手にある道路に面した尾根沿いのサイトは中央アルプスの大展望が開けるお勧めサイト。

情報、質問等は

takeshin@hkg.odn.ne.jpまで

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