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伊豆東部単成火山群 '98 10/25 '99 3/12

 伊豆高原駅の改札はまるでホテルのロビーのような雰囲気。駅の中には和食洋食なんでも取り揃えたいくつものレストランが立ち並ぶ。売店ではガラス細工やラベンダーの香水といったいかにも若い女性をターゲットにした土産物が売られている。釣鐘まで備えた駅舎の外観は教会のようで、やはり女性うけを狙った造り。駅を出てみれば、おしゃべりに忙しいOL風4人組みが道の横いっぱいに広がって歩いている。ここはリゾート・伊豆高原である。こんな風景に似合うのは、都会の匂いを漂わせる「るるぶ」片手のギャルなのであって、泥臭い登山靴を履いた「2万5千図」片手の火山オタクではないのだ。

山焼きを終えた3月の大室山


山焼きを終えた3月の大室山

 そんな伊豆高原周辺にはどういうわけか小さな火山がうじゃうじゃと群れている。この辺りで小高い山やちょっとした窪地を見つければ、たいてい噴火でできた丘や古い火口だったりする。どれも地形の中に埋もれ、一見火山と気が付かないくらい小さなものばかり。そんな火山が東伊豆だけで62個もある。これらの小さな火山は一回きりの噴火で一生を終え、二度とは目覚めないとされているので「単成火山」と呼ばれる。東伊豆の場合、それは固まったマグマの飛沫が周りに積もってできた丘(スコリア丘)であることが多いようだ。伊豆東部単成火山群の活動の中で最も新しい噴火は1989年に起こった海底噴火。群発地震が続いた後、噴火による灰色の水柱が伊東沖の海面に上がり人々を驚かせた。


 伊豆東部単成火山群の代表格で、また伊豆高原観光のシンボルともなっているのが大室山(580m)だ。この山も約5000年前の噴火で造られた単成火山。すり鉢をふせたような形の大室山スコリア丘はどこか可愛らしい。このスコリア丘の足元から流れた大室山溶岩流があたりを覆い尽くし、海に向かって緩やかに傾斜する伊豆高原の地形を造った。


【伊豆高原】

 伊豆高原駅前から大室山まではほとんどの人はバスを利用する。でも歩いたところでたいしたことはなさそうだ。溶岩流の斜面を緩やかに道は登ってゆく。道に沿って植えられた桜並木は春には美しいだろう。道の傍らには、別荘地でよく見かけるトーテムポールのように巨大な道標が建つ。右に行くと「○×銀行」の保養所だったり、左に行くと「ヴィラ・○×△★」と唇と舌をかみそうになる名前のペンションだったり。人気の観光地だけあって車の通りは時折激しいけれど、車が通り過ぎて静かになると雑木林の奥からはコジュケイの鳴き声が響き、頭上の桜の枝ではメジロのつがいがなかよく遊ぶ。リゾートの朝は実にさわやかである。

 道の途中は何ヶ所か切り通しになっていた。そこには別荘地の礎を造る大室山溶岩流が露出する。溶岩流を覆う土はとても薄く、森の木々は溶岩流の内部にまで根を張っている。樹々は、5000年前の火山活動の跡に未だ悪戦苦闘しているように見える。悪戦苦闘しているのは人間も例外でないようだ。造成中の場所では、土地を平らにするためにトンネル工事で使うような砕石機が溶岩を砕いている。重機の無い昔だったらこんな場所を畑にしようにも鍬が立たなかっただろう。

大室山溶岩流上の別荘地

大室山溶岩流の上には
別荘が建ち並ぶ

 大室山に近づくにつれ、あたりは通る車もなく静まり返っていた。どの建物も手入れはされているものの、ぽかぽか陽気のさわやかな朝だというのに洗濯物を干す姿もなく、雨戸は閉ざされたままだ。これらの建物は「別荘」であって家ではない。生活の匂いが全くしない街並みだ。



【大室山山頂】

 駅から一時間と少し歩いたところで、大室山山麓のリフト乗り場に着く。山麓には東伊豆の代表的観光スポットでもあるシャボテン公園もあるので、大勢の観光客でにぎわっている。山麓から山頂までは往復420円のリフトが掛かる。リフトでの登山は5分足らず。これで「登頂」というには恥ずかしい。見事に禿げあがった山に掛かるリフトは、まるで雪の無いスキ−場を思わせる。斜面の角度は30度位で中級者向けといったところ。この大室山の禿げっぷりをはじめて見たときは、いまだ樹木を拒むほどに熱い火山なのだと興奮したものだが、あとでそれは毎年3月に行う山焼きのせいだと知り愕然としてしまった。勘違いしていたうちは禿頭に貫禄を感じていたのに、実は小さいがために人間に飼い慣らされている火山の姿だった。

大室山山頂から望む天城のやまなみと池集落

大室山山頂から望む天城のやまなみと池集落

 山頂のお鉢巡りは1周1km程の散歩だ。現金なもので、禿山の展望の良さに感動してしまう。眼下に広がる風景の中からあいつも火山こいつも火山と地図を片手に単成火山探しが面白い。それは火山地形のジオラマ。火山オタクにはたまらない景色だ。リフト乗り場から500m程お鉢をめぐると、三角点が置かれる大室山の最高点に着く。正面には百名山として有名な天城山がそびえる。天城山は伊豆東部単成火山群より昔に活動していた火山で、こちらは堂々とした複成火山。単成火山たちはこの大先輩の山腹にもイボイボをいくつも造る。その一つで、やけに不安定なそびえ方をして目立つ山は矢筈山という。この山は約2000年前にできたらしく、陸上にある単成火山のうちでは最も若い。

 あまりにあっけない登頂に拍子抜けしながらぼんやりしていると、不思議な風景に気がついた。矢筈山の麓に水田が広がっているではないか。そこは生活感が無くバタ臭い山麓のリゾートとは何かが違う。その田んぼの風景からは日本の匂いが漂ってくる。地図を見ると水田の横には「池」という集落がある。変わった名前だ。それに池など、どこにもない。気になる「池」へと行ってみることにした。


【大池】

 リフト乗り場から大室山山麓を半分ほど回ったところで「池」へと下る道があった。急な坂を下り、しばらくすると集落の入り口に差し掛かる。道の傍らには庚申塚と掘られた灯篭が立っている。辞書によると庚申塚は庚申待というものに関係があるらしい。庚申待とは庚申(かのえさる)の日に神仏を祭って、夜寝ないで過ごす風習だという。もしその夜に寝てしまったなら、人の腹に住むという三匹の虫が抜け出て、天の神様仏様に日頃の罪を告げ口され早死にしてしまうという。徹夜で騒ぐための口実としか思えないけれど、実に素朴な信仰だ。ともかくこの塚は古い風習を語る代物。別荘地とは全く異なる歴史がこの集落に流れているに違いない。

 集落に入ると、そこには農村らしい風景があった。庭先の小屋では、鶏がクルクルいいながら忙しく餌をついている。縁側には玉葱や干し柿がたくさん吊されていて、集落を一層のどかに見せる。どこかの梢で百舌がキチキチと鳴き、初秋の農村ム−ドをさらに演出してくれる。集落の外れには神社があった。入り口の鳥居には「山神社」と書かれている。境内には太い杉の木が並び、お清めの手洗いには絶えず水が湧いている。石段を登ると本殿がある。その脇には「池」の謎を語る説明書きがあった。

 昔々、この場所には大池があった。その池は雨が降るたびに増水し、集落に住む人々を悩ませた。安政の頃になって、治水のための大事業が持ち上がる。遂道を掘って大池の水を抜いてしまおうというのだ。工事は40年に及び、明治34年にようやく遂道が完成した。そして大池の水は抜かれ、そのあとに実り豊かな農地が開かれたそうな。

 大室山から見えた盆地こそが池の跡だったようだ。溶岩流の上と違い、池のまわりの平坦な場所なら耕しやすく、しばしば起こる水害に耐えさえすれば、そこで生活をすることはできたのだ。でも大池の水害は相当に厄介だったのだろう。やがて人々を水抜きという大事業にまで向かわせたのだから。

ススキが穂を揺らす大池の跡と矢筈山

ススキが穂を揺らす大池の跡と矢筈山
 大池の跡に開かれた水田を歩いてみる。遠目には水田に見えた場所も、穂を揺らしていたのはススキばかり。稲を育てる人はもはや少ないのかもしれない。畦道を歩いていると、盆地の真ん中を流れる川に出会う。その一直線に整えられた流れは川というよりも用水のようだ。この澄んだ流れは矢筈山の山腹に源を発する、かつて大池を造っていた流れだ。

 下流へと川をたどってみる。やがて盆地の縁に近づき、大室山溶岩流が迫ってくる。そして溶岩流が右手の山とぶつかり盆地が閉じた所に、遂道の入り口があった。流れが遂道の暗やみの中に吸い込まれて行く。地図を見ると、この流れは大室山溶岩を貫通する遂道を抜けて、約1km先で再び地表に現れる。

 周りの風景は歴史を語りかけているようだ。大室山が噴火して、大量の溶岩流が辺りを覆い尽くす。南側に流れた溶岩流は川を塞き止め、大池を造った。やがて大池のまわりでは農耕も始まり、集落が出来る。一方、ごつごつの溶岩流の上はあまりに暮らしにくく、長いこと生活の場にはならなかった。大池のそばにあった集落は「池」と呼ばれた。江戸から明治にかけて造られた遂道によって大池の水が抜かれ、その跡には水田が開かれた。「池」は地名として残った。ようやく最近になって大室山溶岩流の上にも開発の手が伸び、次々に別荘が建てられていった。

 大室山溶岩流とともにある伊豆高原の別荘地と池の集落。印象は大きく違うけれども、どちらも火山活動と人間の営みが造った火山山麓の風景だ。


【穴の原溶岩洞窟】

穴の原溶岩洞窟

穴の原溶岩洞窟
 大室山の北西山麓にある桜の里公園には面白いものがあった。公園の一角にこんもりと森がある。桜ではなく濃密な照葉樹の森だ。樹の塊に近づいてみると、森の中にはぽっかりと穴があいている。案内板によると、ここは「穴の原溶岩洞窟」という実に火山チックな名所である。これも5000年前の大室山噴火が造った造形なのだ。溶岩洞窟といえば九州・五島列島福江島で立派なものを拝見したことがある。 穴の原溶岩洞窟は火山オタクにとって非常に重要な名所であるにも関わらず、ガイドブックなどに紹介されてはいない。それほどオタク向けの場所でもないと思うのだけれど。その証拠に横を通り過ぎる人は大抵この不思議な森の塊に吸い寄せられ、案内板を見てはヘエーと感心し穴を覗き込むのだ。普通の人にとっても魅力に欠ける場所では決してない。

 ちょうど地下にあった空洞の天井が陥没したように直径40〜50mほどの縦穴が口を開けている。縦穴の底の溶岩塊はシダ植物に覆われ、さらに横穴が続いているようだ。森から滴り落ちる水滴の音が、深遠な横穴に響いている。一体穴はどこまで続いているのだろう。案内板によると洞窟奥深くには「イズオビヤスデ」なる洞窟生物が居るという。「イズオ・ビヤスデ」と切るとウルトラマンにでも出てきそうな怪獣を想像させるけれど、実のところは「イズ・オビ・ヤスデ」と切って読むヤスデの類なのだろう。時は鎌倉時代、源頼家は家臣の和田平太胤長にこの洞窟を探検させたという。胤長は穴の中で大蛇と出くわし、見事に退治したそうだ。


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