鞍馬寺

●所在地 :京都市右京区鞍馬本町1074

鞍馬寺 仁王門  京都の北にある鞍馬山は標高569メートル。

 牛若が7才もしくは11歳の頃に、母・常盤によって鞍馬寺の別当東光坊の阿闍梨 蓮忍(れんにん)に預けられました。

 牛若は東光坊蓮忍・禅林坊覚日の弟子となり、名を遮那王と称します。
 学問に精進する日々を過ごしますが、あるとき己の出自と父・義朝の無念の死を知り、平家討伐への志を抱くのでした。

 そののち遮那王は、武芸にも励むようになります。
 鞍馬寺の奥の院への道の途中には、牛若(遮那王)ゆかりの史跡が多く残っています。
鞍馬寺 本殿

※鞍馬寺については、当サイト内
「平安時代好きの京都旅行記」“残暑の京都”鞍馬寺もご覧下さい。
今回の旅では、ケーブルカーを利用したので義経ゆかりの地のうち、数箇所チェック漏れがあります。




息次ぎの水
義経公 息次ぎの水 義経公 息次ぎの水

 鞍馬寺の奥の院参道の途中にある湧き水です。

 牛若丸が東光坊から奥の院へ兵法の修行へ通う途中、この清水を汲んでのどを潤したと伝えられています。

 現在も水は湧き続けています。
牛若丸が毎夜、奥の院僧正が谷へ剣術の修行に通った時、この清水を汲んで喉を潤したといわれる。現在も湧き続けている。



木の根道
木の根道  岩盤が固いため地下に根を張れず杉の根が顕わになっています。
 牛若丸が兵法の稽古をした所といわれています。



遮那王堂と背比べ石
【左】背比べ石・【右】遮那王堂
【左】背比べ石・【右】遮那王堂

 遮那王堂

 源義経が波乱の人生の末に、31才の短い命を終えたのち、その魂は遮那王尊として祀られています。
遮那王堂
義経公背比べ石  義経公背比べ石

 鞍馬寺奥の院参道の頂上に位置する高さ1,2メートルほどの石です。遮那王堂の隣りにあります。
 牛若が遮那王と名乗って鞍馬山で修行したのち、奥州へ下る際、名残を惜しんで背比べをしたと伝わります。
 当時、遮那王は16歳。小柄で動作が機敏な少年を彷彿とさせます。
遮那王と名乗って10年あまり鞍馬山で修行をしていた牛若丸が山をあとに奥州平泉の藤原秀衡の許に下る時名残を惜しんで背を比べた石といわれる


鞍馬寺 義経堂へ


〔源義経ゆかりの伝説の地をたずねる〕


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