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『義経 源平争乱』


平 重盛 (平治の乱)

平重盛(平治の乱)
悪源太義平と戦う平重盛

平 重盛 (たいらのしげもり)
1138年(保延4年)〜1179年(治承3年)
 平安末期の武将。
父は、平清盛。(清盛の長子)
母は、右近将監・高階基章の娘。
    <藤原忠実の娘という説もある>
通称:小松殿、小松大臣、小松内府、灯籠大臣。

 平家嫡流小松家の長。六波羅の東南、小松邸(小松殿)に住んだため「小松殿」と呼ばれた。
 保元の乱(1156年)の功績により従五位上になり、平治の乱の功績により伊予守に任ぜられる。その後、順調に出世をし、1177年、従二位内大臣に至る。
 1179年、病により出家、同年8月1日に父・清盛に先立って死亡。法名:静蓮。

 武勇に優れ温厚な性格であったという。

 京都市東山区・武田病院内「積翠園(しゃくすいえん)」は小松殿の遺構と考えられている。
平治の乱(1159年)では・・・
重盛は、源義平<義朝の長男。悪源太と呼ばれた。>と一騎打ちをする。“悪”=強い、の意。

→戦いの様子は『平治物語』に詳しい。



平重盛


平重盛 後ろから。
後ろから。


<当サイト内 平重盛 関連のページ>
「東へ西へ」“厳島神社への旅”小松内大臣平重盛公御手植松
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